「……」
───気をつけた方がいいですね、先生。特に……向こうに着いてからはね。
───……多少なりとも周囲に動きがある。動ける人間は限られてくるわけだから、用心して損は無いと思いますよ、ネギ先生。
二人の声がネギの頭の中から離れない。それほどまでに印象的かつ、この現状を一言で物語る言い方であり、まるで全てを見通されているかのような錯覚に陥っていた。刹那と雄と続けざまに忠告を受けて、脳内の思考が一気に真っ白になっていく。何を信じていいのか分からない、周囲から仲間が一斉に消え去った感覚と言えばいいのだろうか。
二人が果たして味方かどうかは分からないが、怪しい存在に認識されたことは事実。仮に敵だったとすれば、これまで以上に気を配らなければならない。果てしなくグレーゾーンに近い存在である二人が、四泊五日の修学旅行にどう影響してくるのか想像も出来なかった。
呆然と立ち尽くすネギに、先に我に戻ったカモが声を掛ける。
「お、おい兄貴、何やってんだよ! 今のどう見ても怪しいだろ!」
「へ……え?」
「え? じゃなくてだな。明らかにおかしいだろうよあの二人!」
「ふ、二人って風見先生と桜咲さん? で、でもこれといった証拠は……」
ないと言い切ろうとしたものの、二人が怪しいことには変わらない。とはいえ二人が敵である証拠がない以上、一方的に決めつけることは出来ない上に、仲間であると言い切ることも出来なかった。中途半端なもやもやとした感情が渦巻くせいで、どうにも気分が悪い。
逆に確固たる証拠があれば敵だと言い切ることが出来るのだから。
そういえば回収したカエルはどうなったのか。袋には潰した形跡も、開封してカエルを出した形跡もない。見た感じ雄が袋に手を加えた形跡はなさそうだが。
もし中身を覗いて折角集めたカエルが跳び出して来てしまったら元も子もないが、中身を確認せざるを得ない。本当に雄が式神を逃したのであれば、それは敵であることを決める確固たる証拠になる。後々事実が判明して、取り返しがつかなくなっては遅い。これも教師であり、親書を届ける上での仕事だと割り切り、静かになった袋の中を恐る恐る開封していく。
「ん、あれ!?」
袋を開けたネギは驚きを隠せなかった。
あれほど溢れかえっていたカエルの大群は全て式神の媒体状態、紙の状態へと戻されていたからだ。中身に手を付けずにどうやって紙媒体に戻したというのか、中身を覗いた当初こそ気が付かなかったが、よくよく集中力を研ぎ澄ますと、ほのかに気が残っていた。
(これは……確かに気の力を感じる。ということはやっぱり風見先生は魔法関係者……?)
敵ではないにしても雄が気を使えると分かった以上、魔法関係者である事実は否めない。実力があるかどうかまでは分からなくとも、一般世界とは別世界を見たことがある人間、もしくは知っている人間だということは確実。敵だと疑わなければならないのか、それとも本人に直接確認をした方が良いのか。
「桜咲の時と一緒だ! やっぱり式神が元に戻ってやがる。奴がカエルの式神の術者だ!」
「えぇ!? じゃ、じゃあ!」
「そうだ。奴らが西からのスパイかもしれねえぜ! 風見って副担任の身体能力も気の強化によるものだったんだ!」
「そ、そんな!」
カモはスパイの線が高いと推測するも、ネギはまだ信じられなかった。まさかあの二人が……。
そうこうしている内にも新幹線は京都に向けてひた走る。いつまでも呆然としているわけにも行かず、一旦クラスの元へと戻った。
「次は京都、京都です───」
新幹線内に響きわたるアナウンスが、もうすぐで京都に到着することを伝える。二時間半の移動時間は今を謳歌する少女たちにとっては物足りない一時だったのか、多くがもう着いたのかとしぶしぶ重たい腰を上げ、自分の手荷物を整理し始めた。幸いなことにカエルの件を除けば至って平和な移動時間であり、むしろカエル騒動に関して、既に何人かの生徒は忘れかけている。
そんなことよりもこれから学業を忘れて楽しめる時間に対しての期待具合が大きく、例え覚えていたとしてもそこまで気にしていないというのが現実だろう。
「皆さんー降りる準備をして下さいねー」
ネギも担任として、降り忘れが無いようにクラスメイト誘導している。先ほど起きた電車内での一件を気にしていないと言えば嘘になるが、業務にまで介入はさせられない。あくまで魔法関係としての問題であり、教員業務とは関係ない。
生徒たちもネギの事情は知らないのだから、こればかりは心の奥底に仕舞い込んで平静を装うしかなかった。
「荷物が下ろしにくい奴らはすぐに言えよー、手伝いに行くからなー」
ネギとは反対側で雄も同じように生徒たちに声を掛ける。彼もまた意味深な一言をネギに告げた一人であるが、業務を行う仕草に変化は特に見られなかった。敵であるならいつ行動を起こしてもおかしくないと考え、あれから気を張るようにしていたものの、変な行動を起こすことは一切ない。
それどころか京都に到着するまでの小一時間は、生徒たちに話し掛けたり、クラスで流行っている魔法のカードゲームに参加したりと、率先してコミュニケーションを取っていた。
「あー鳴滝姉妹。お前らの荷物は取ってやるから無理して取ろうとするな、落ちてきたら危ないし」
そのままでは荷物棚に届かないために、座席に乗ってカバンを取ろうとするのを制し、代わりに自分が取りに行く。些細な気遣いをしている姿を見て居ると、とても敵だとは思えない。演技をしている可能性がゼロとは言えないものの、分け隔てなく接している姿を見ると演技には到底見えなかった。
(ホントに、敵なのかな? カモくんは間違いないって言ってたけど……)
やはりそうは見えない。
刹那に関しては元々人付き合いを好む傾向にはないせいで不鮮明な部分も多く、ネギとしても把握しきれていない部分もあるが、雄の行動を見る限りはクロとは言えない。
「雄先生ありがとー!」
「はは、こらこら引っ張るなっての」
(うーん……ん?)
京都到着が近づくにつれてがやがやと賑やかになる車内の影に隠れ、こちらを静かに見つめる姿が一つ。向こうもネギが見たことに気付いたようで、サッと視線を逸らしてしまう。彼女の、刹那の挙動だけで判断するのなら、最もスパイ候補に近いだろう。
「ネーギくん! もうすぐ着くよ? なーに堅い顔してるの?」
近くに居た桜子に気難しい顔をしていたのを悟られ、ネギは慌てて我に返る。
「あ、いや。ハハッ、すいません。では皆さんいざ京都へ!!」
改めて一同は古都、京都の地に足をつく。
「刹那、どう見る?」
「今回はただの嫌がらせで、混乱を招ければ良い……くらいの考えではないでしょうか。あわよくば親書を盗めればといったところですかね」
京都駅に到着し、点呼も終わったところで合流した雄と刹那は、新幹線内で起きた一連の騒動に関して考察を重ねていた。ここからバスに乗って京都内を散策する流れになるのだが、バスの搭乗時間まで時間があるということもあり、各々分かれて別行動をとっている。
本来なら班別で行動するのだが、刹那の場合はトイレに行くと言ってこっそりと班を抜けて来た形になる。当然その際に木乃香に話し掛けられるも、軽く一礼をして出てきてしまったらしい。流石にそれはダメだろうと雄に突っ込まれるも、やはり身体が勝手に反応してしまうそうで、どうしようもない様子。
数分ほど落ち込んでいたものの、落ち込んでいたら話にならないと、気持ちを切り替えて新幹線内の状況報告を雄に伝える。
彼女の報告に何度か相槌を打ち、どこか満足そうな笑みを浮かべながら聞く。考えていることが同じで良かったと安堵しているようにも見えた。
「ふむ、ほぼ同じか。とりあえず、地味な嫌がらせ程度で収まっている。今日一日は団体行動だし、周囲に危害が無いように見張っておこう」
「そうですね。正直、新幹線内での一件で突拍子もないことをやってくる可能性も分かりましたし、少し気を張った方がよさそうです」
話としてはある程度同じような考え方であり、この後しばらくは気を緩めずにやっていくといった結論でまとまった。
「ところで、ネギくんは刹那の目にどう映った? 率直な意見を聞いてみたいんだが」
「ネギ先生ですか? うーん、何と言えばいいんでしょう」
話題を仕事の話からネギの話へと振り返ると、意外といった表情を浮かべる刹那。率直に言って欲しいと言われてどこか言いずらそうに口ごもる。まだ刹那の中でネギのイメージが漠然としていること、更に大切な親書を不意打ちとはいえ式神に盗まれるところを目撃しているせいで、やや不甲斐なさが目立っていることで、評価自体は及第点といったところか。
「よくも悪くも年相応で不相応……ですかね。ちょっと頼りない印象は否めないですが」
年齢的には十歳。良く言えば十歳という年齢で頑張っているという評価がある反面、重大な事柄では頼りない一面も見せてしまっているということになる。決してネギをマイナスに見るわけではなく、裏の仕事を請け負う視点から客観的に判断するとそのような判断になる。
そもそもネギが裏世界に関わって自ら問題解決に走るのは今回が初めてであり、イレギュラーに慣れていないのは当然。頼りなく見えたところで仕方が無かった。彼のフォローのために刹那や、雄がいる訳であり、この任務は近右衛門
もそこを見越して、ネギに任せている。
雄はふむふむと刹那のネギに対する評価に頷く。
「そうか。なるほど、刹那はそう思ってたのな」
「あっ、あくまで私の個人的な見立てなので。い、言わないで下さいね?」
まさか今のをまんまネギに伝えるつもりなのかと、確認をする刹那に雄は思わず突っ込みを入れそうになる。第一印象が適当なイメージのせいで、所々信用ならないと思ってしまう部分が刹那にはあるようだった。
「いわねーよ。言ったら自分から魔法関係者だって言っているようなものだし、そこはネギくんに自力で気付いてもらうさ。もうだいぶヒントは与えているしね」
「ヒントですか?」
「そ、ヒント。この修学旅行、ネギくん一人では乗り切れない。現状のネギくんは俺や刹那に不信感を覚えている……違うか?」
雄の返しにコクリと頷く刹那。そこは自分でも良く分かっている。先ほどの式神を撃退したのも、婉曲して刹那が召喚したのではないかと疑いを掛けられていることも。
影でこそこそと行動する以上疑われるのは承知の上だが、下手な探り合いでつぶし合いになったら元も子もない。
「だからこそだ。こちらからネギくんに正体を明かすのは簡単だろう。だが、それを周りで誰かに聞かれていたら先手を打たれる可能性だってある」
どこで誰が聞き、見ているかなんて分からない。今自分たちから正体を伝えに行くのはリスクがある。極力火種になりそうな事柄は潰しておきたかった。
「後は、これを刹那に渡しておく。修学旅行期間中、本当にどうしようも無い時に使ってほしい」
「これは……何かの呪符ですか?」
「そ。まぁ普段はお守り代わりに持ってくれ。使うことも無いと思うしな」
ただこれから先、雄と刹那が分かれて行動しなければならない機会は出てくるはず。懐から一枚の小さな札を刹那へと預けた。複雑な術式が二重、三重書かれており、刹那が目を凝らしても何が書いてあるのか読み取ることが出来ない。
それに効力を説明されず、お守り変わりと言われても困るものがある。普段は使うなということだろうか、少し考え込むも折角くれたのだからと断り切れずに、札をしまった。
「さ、そろそろ行くぞ。トイレに行くって伝えて来たなら、戻らないとマズイだろ?」
「え、は、はい。そうですね」
修学旅行は始まったばかり。
先の見えない未来に、舞台はいよいよ清水寺へと移る。