「あの……ネギ先生? これは一体どういうことですか?」
「か、風見先生! こ、これはですね! 何人かが疲れて寝てしまったというか!」
何ということをしてくれたのでしょう。
客観的な立場から見ればそう見えるであろうこの悲惨な状況をどう説明すればいいのか、非常に頭を悩ませていた。クラスの中では恐らく最後尾にいた俺と木乃香は適度に周囲を観察しながら、音羽の滝にて生徒たちと合流。
……したまでは良かったのだが、飲めば恋愛の運気が上がるともいわれる縁結びの滝の水汲み場には、顔を真っ赤にして寝込んでいる生徒たち。それも全員が全員三年A組の生徒と来た。何をどうすればこうなるのかと頭を抱えるも、寝込んでいる理由は直ぐに分かった。
鼻をさす独特なアルコールの匂い、お酒だ。
何でも俺がいない間に飲めば恋愛運が上がる噂話を信じて、縁結びの滝の水をこぞって飲み始めたそうだが、飲んでいくにつれて生徒たちの顔は真っ赤に。飲んだタイミングで水にしては味がおかしいと気付いた生徒も何人かいただろうが、運気の上昇がある水だから多少変な味がしてもおかしくはないと、酒だと微塵も疑うことなく飲み続けた結果、酔いつぶれてしまった。
いくらアルコール耐性がある人間がいたとしても限度はある。それも度数の高い酒をハイペースで飲み続けていれば確実に潰れる。ネギくんが異変に気付いた時には時すでに遅く、水だと信じて疑わず飲み続けた生徒は全員潰れ、死屍累々の見るも無残な現状に。今はさすがにそのままには出来ないと、素面の生徒たちと近くの休憩所まで酔いつぶれた生徒を運び、休ませていた。
いまいち現状を把握出来なかったことで説明を求めるも、生徒たちがお酒を飲んだという事実を隠したいのか必死に言い訳を並べる。ネギくんとしても生徒が無意識でもお酒を飲んだ事実を、隠したいのだろう。バレたとしたら修学旅行中止、下手をすれば停学も免れない。
経緯を悟り、必要以上に掘り進めようとはしなかったが、どうしてただの水がお酒にすり替わっていたのか、問題はそこにある。
「ん? なんかお酒臭くないですか?」
「あー!! 瀬流彦先生! そこの甘酒ですよ甘酒!」
潰れている生徒たちを休憩所まで運び、ようやく一息つくと思いきやそうも行かず。近くを通りかかった新田さん、瀬流彦さんの引率教員二名がアルコールの匂いを嗅ぎつける。新田さんに関しては生徒が休んでいる方の香りを何度も嗅ぎ、匂いの出所を探そうとした。
最終的には明日菜まで割って入り、近くで売っている甘酒の匂いですよと誤魔化し出す始末。二人が必死に誤魔化している後ろで綾瀬が猛烈な往復ビンタを雪広にかましているが、酔いつぶれた雪広には痛みもただも心地よく感じるのか、満足そうな顔を浮かべながら寝ている。
「……嫌がらせが増え始めてるか」
縁結びの滝の水が酒にすり替えられたのも恐らくは嫌がらせの一つだと思われる。
直接的な実害は薄いが、新幹線でのカエルの件に続き清水寺でも二件。滝の水以外にも落とし穴を掘られたらしく、連続で起きている。地味な嫌がらせでこちらの気を引き、集中力を無くそうとでも考えているのかもしれないが、ただの嫌がらせで集中力が切れるほど、俺も刹那も柔な鍛え方はしていない。
ただ今回の嫌がらせは決して許せるものではないということ。無意識のうちに酒を飲まされたことで、彼女たちは進級の危機にまで晒されている。それに偶々出なかったが、体質によっては急性アルコール中毒になってもおかしくない量を飲んでいた。
常識で考えて、あり得ない。
嫌がらせにも限度がある。次は真っ向から向かい合う形になる、情けをかける必要は無い。徹底的に潰す。
「あ、あら風見先生。これは一体?」
「え?」
今後の対策を考えていると偶々通りかかったしずなさんが異変に気付き、休憩所近くまで近寄って来た。背後で酔いつぶれている生徒と、俺の顔を交互に見るが、生憎俺は何もやっていない。
下手な誤解をされると後がこわいから、先に誤解を解いておこう。
「あー、しずなさん。どうやら一部生徒がはしゃぎ疲れてしまったと、とネギ先生から報告を受けてます。バスの方には強引に押し込みますので」
「あ、あら。そう? 大変ね、雄くんも」
「いえいえ、これくらいなら別に。もうそろそろ旅館に向かう時間だと思うので、生徒たちをバス乗り場に集めときます」
「わかったわ。頑張ってね」
激励の言葉を受けつつも、ネギくんを盾に使ったことと、盛大に嘘をついたことに関しては申し訳ない気持ちしかない。
一旦気持ちを切り替えよう。これからもう一度バス乗り場までの道のりを運んでいかなければならない。ここにいる全員を運ぶとなると結構な手間にはなりそうだが、事態が起きてしまった以上は仕方ない。酔いの回り方的にも戻るのは明日だろうし、今日に関しては大人しく寝てて貰おう。
今日に関しては騒がしさも薄れるだろうし、日程の中ではゆっくり出来る唯一の時間と思えばプラスに働く。ポジティブ思考であればなんとかなると誰かが言ってたし、何とかなるはず。
「あ、先生。ちょっといいですか?」
間髪入れずに背後から誰かが声を掛けてくる。あまり聞き覚えのない声に、振り向くとそこには長身の生徒が立っていた。こうして面と向かって話すのは初めてかもしれない、大和撫子を体現するかのような美人。スラリとしたスタイルと、立ち居振る舞いから端から見ると大人の女性を連想させる。
名は大河内アキラ、常に四人組でいるイメージが強い。
この後どのようにすればいいのか、困った顔をしながら、俺に声を掛けてきた。
「どうした?」
「あの、これからどうすればいいですか? もうすぐバスの時間なんですけど……」
沈黙の後は言わずもがな、彼女が振り向く先には酔いつぶれの集団が。バスの時間が近くなったことを彼女自身も把握しており、何とか行動を起こそうとするも、自分自身だけではどうしようも出来なくなり声を掛けてきたみたいだ。普段共に居る他の三人は全員撃沈。
ネギくんもクラスの半数近くが酔い潰れる異例の事態に、激しく動揺しており、すぐに的確な指示を飛ばすのは無理に見えた。何よりネギくんだけに負担を掛けたら、今度は仕事で潰れてしまうかもしれない。一旦俺が受けきれる部分は俺の方で処理することにする。
「時間は少ないけど、二人一組、もしくは一人で運ぶぞ。細かい指示出しは俺がするから、何人か動ける生徒を連れてきてほしい」
「はい、分かりました」
大河内に最低限の指示を伝えると淡々と素早く行動をしてくれた。
そこからは早かった。
力がある生徒は一人で生徒を抱え、非力な生徒は二人組で抱えるなど効率よくバスの中へと運び込むといった連携を見せ、あっという間に酔いつぶれた全員をバスの座席に座らせることに成功。集合時間の十分前までには全員がバスに搭乗を終えているといった状態で清水寺を後にした。
「いやーマジで助かった! 好きな飲み物持ってってくれ」
旅館に到着し、無事に生徒たちを自室へと運び終わったところで、ロビーにて手伝ってくれた生徒たちにそれぞれ飲み物を配っていく。皆、飲み物を嬉しそうに受け取り自室へと戻っていった。これから就寝時間までは自由時間になるから、仕事らしい仕事は無くなるため、一旦一息つける。
何とかなったとホッと一安心する一方で、これから先大丈夫なのかとやや不安を覚える部分もある。結局今まで嫌がらせはしてきても、相手方が姿を現すことは一度もなかった。清水寺で背後から感じた妙ちくりんな雰囲気も、音羽の滝を訪れた時には既に消失。ただ単に嫌がらせをしたかっただけなのか、相手の意図がイマイチ読めなかった。
以前学園で刹那が襲われた時には京都で確実に木乃香を攫うと言われたため、念には念をと今日は常に着いて歩いたわけだが、反応はなく。そうなると考えられるのは皆が寝静まった深夜の襲来か。旅館には京都に修学旅行に来た全クラスが泊っているが、三年A組のいるシマは大半の生徒が酔いつぶれて寝ている。誰かが忍び込んだところで、誰一人気付かない可能性もあった。
流石に俺やネギくんが木乃香たちのいる女性の部屋に入るわけにはいかないし、部屋の前で警備をするわけにも行かない。つまり、一番無防備になるのが旅館の部屋でもある。後で刹那と打ち合わせをして旅館の周りに護符の札を張り巡らすなど、相応の対策は必要になりそうだ。
そうこうしているうちに山積みにした飲み物はみるみる減り、残り一個。最後に残ったスポーツドリンクを大河内が受け取ると、こちらに受けてペコリと頭を下げた。
「あ、風見先生。先ほどは助かりました。ありがとうございます、声を掛けてくれて」
「いやいや、あれくらい造作もないよ。むしろこっちの方こそ助かった、大河内が声を掛けてくれなかったら周囲に迷惑をかけていただろうし」
感謝されることをしたつもりはないし、手伝ってもらったのは俺たちの方だ。もしあのタイミングで大河内が声を掛けてくれなかったら、搭乗に間に合わす周囲に迷惑を掛けることになっていた。気の利いた彼女なりの配慮に、こちらの方こそと頭を下げる。
「気が利くんだな大河内は」
「いえ、私なんてそんな。偶々ですよ気付いたのも」
照れ臭そうに謙遜するも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
クラスの名簿の写真や授業中や普段の立ち居振る舞いから寡黙なイメージが強かったが、話してみればなんてことは無い普通の女の子だ。むしろ恥ずかしそうにはにかむ姿が非常に可愛らしい。ギャップ萌えってこういうことを言うのかと理解をするも、頷きが表面に出たせいであらぬ誤解を与えてしまったのか、ジト目で睨まれる。
「……」
「な、なんだよ?」
「先生、今変なこと考えてませんでした?」
「変なこととは失礼な。しっかりしてるなって思っただけだよ。後は話してみて何となく大河内のことが知れてよかったなって」
「え……?」
これもあらぬ誤解を与えてしまったのか、固まったままの顔をさらに赤くさせる。こっちからすれば何の気なしに言ったつもりだったのに、大河内のことがよく知れたと伝えたのがまずかったのだろうか。どこか恨めしそうに睨みながら、プイと顔を背ける。
「こ、これはだな。特別な感情は無いというか……そ、そう! 口から無意識に出来て! ハッ!?」
もはや今の発言が失言であったことに、言ってから気付くという間抜けさ、穴があるのなら入りたい。
「……先生は、そうやって他の女の子も口説いているんですか?」
「違う、それは断じて違うぞ! だから俺が言いたいのは……あーもう! 何かごめん!」
一方的にまくしたてた後に謝るという、もはや年上の威厳など完全にかなぐり捨てた行動に他の生徒や教師が見ていたら目を点にすることだろう。
「あははっ、風見先生って面白いですね。雰囲気とか授業中のイメージとは全然違う人だったなんて、ちょっと驚きです」
「……俺だって人間だからな、そりゃギャップの一つや二つくらいあるもんさ」
割と女性を勘違いさせてしまう言葉を伝えたのに、気にしていないあたり大河内の心が広かったのだと感謝する。
いや、本当に一般世間でやらかしたら笑い事では済まない。
今後注意しよう。
「では皆が心配なので、一旦部屋に戻りますね」
「あ、あぁ。初日の移動日で随分疲れただろうし、ゆっくりと休んでくれ」
部屋へと戻っていく後姿を見守ると、近くのソファにどっかりと座り込む。何だろう、ウチのクラスの誰にも当てはまらない、今頃の女子中学生に見えない雰囲気があった。物静かだからあまり話さないイメージがあったのに、話し始めると結構話すし、何より周囲のこと、人のことを良く観察している。
それゆえに同世代の生徒たちよりも一段と大人っぽく見えるのだと思われた。
……意外にまだ話していない生徒も多い。
そんな生徒の一面に、俺は思わず手玉に取られてしまった。
まだ刹那が来るまでは時間が残っている。少しの時間ではあるが、全体重をソファの背もたれに預け、身体を休めるのだった。