「どこから話そうかな。ウチ、引っ越してアスナと暮らす前までは、京都に住んでたやろ?」
手短に着替えを済ませ、脱衣所前にあるソファに集まった俺、明日菜、ネギくんと、オコジョ妖精の三人と一匹は、椅子に座る木乃香の過去の話を黙って聞いていた。木乃香の昔の話はあらかた聞いていて、実際に幼い頃の木乃香に会い、遊んだこともある。壁に背中を預け、腕を組みながら木乃香の背後で静かに話を聞く。
財閥を思わせるような大きな屋敷で育ったはいいものの、人里離れた土地で育ったことから友達など誰一人として居なかった。木乃香の口から発せられる言葉に耳を傾け、彼女の過去を聞いていく。
「山奥やから友達一人もおらんかったんや。これが当たり前や思っとったんやけど、やっぱり寂しくて……そんな時に会ったんがお兄ちゃんやった」
ネギくん、明日菜、オコジョの視線が一斉に俺の方へと向く。今から十年ちょっと前の出来事で、関西呪術協会の長、詠春から依頼を受けて京都に飛んだ俺は、奴の実家にて幼い頃の木乃香と遭遇。
元々、当日は呪術協会の集会が行われるらしく、誰も木乃香のことを見守る人間がいないから、来てほしいと言われるがままに行ったわけだが、いつの間にか木乃香と遊んで仕事を終えるという、依頼の中でも五本の指に入るくらいの楽なものだった。
当初は遊ぶつもりもなく、一人で遊んでいる彼女を木の上から遠巻きに見つめるだけにしておこうと思った。しかし、鞠を高い木の上に引っ掛けてしまい、それを取ろうと何度も木を登ろうとしていたために、変わって俺がとっただけに過ぎない。
ただ今思えばあれがあったからこそ、俺と木乃香が今このように面識を持てているのは間違いなかった。
「短い時間やったけど、ウチと初めて遊んでくれた。ウチにとっては、お兄ちゃんが初めて出来たお友達やってん」
「へえー、雄さんが」
「ふふっ。それにな、人間生きていれば必ずどこかで会えるやなんて、幼いウチからして見ればお兄ちゃんが童話の中にしかおらん魔法使いみたいに見えたんよ」
「魔法使いって……大げさだな」
「ううん。本当にお兄ちゃんには感謝しとるんよ。ホンマはあの時別のお仕事で来とったんやろ?」
「まぁ、そうだな」
身体も成長し、考えるようにもなった。あくまで遊ぶことが仕事だなんて出任せを言ったが、今思えば不自然なことばかり。人里離れた山奥に遊びにいくだなんて、そんな仕事があるはずがない。
あくまで護衛の延長上に遊びが入っただけで、本来の仕事は木乃香の一時的な護衛になる。だが今も昔も本当の理由を打ち明ける訳にも行かなかった。
「お兄ちゃんが居なくなった後、少しの間一人になったんやけど、時間を置かずに今度はまた別の出会いがあったんよ」
「それって……」
「うん、せっちゃんやねん。せっちゃんは剣道やってて、怖い犬を追っ払ってくれたり、危ない時は守ってくれた」
「へー」
俺の話から刹那との話に切り替わる。ネギくんや明日菜が最も聞きたかった刹那の話題、俺も木乃香の口から直接聞いたことはないから、それなりに興味はある。そうは言ってもセンシティブな情報にはなる故に、本当なら一教師としては聞かない方がいい内容なのかもしれない。
「川でウチが溺れそうになった時も……一生懸命助けようとしてくれたんやけど」
二人とも溺れて結局大人に助けられたと、木乃香は続ける。子供の体躯では流れの速い川で人一人を支えることは難しい。それに溺れた本人は服を着ているのだとすれば、支える重さはより増える。浅瀬でも溺れる事例があるのだから、二人とも大事に至らなくて良かった。
が、この時刹那は押し潰されそうな自責の念に駆られたはず。木乃香は性格上、助けられたなかったとしても気にするなと、言える優しさがある。でも刹那は人一倍責任感が強く、過去の失態をいつまでも引きずってしまう傾向があった。
自分が不甲斐なかったから、木乃香が危ない目に遭った。自分がしっかりしていれば怖い思いをさせずに済んだ。何度も何度も、頭の中で自問自答を繰り返したことだろう。
「その後、せっちゃんは剣道の練習で忙しくなって会えんようになって……うちも麻帆良に引っ越して。中一の時にやっと会えたって思うたんやけど……」
そこまで言い終えた木乃香の瞳に涙が浮かぶ。久しぶりに再会したかつての親友。数時間だけ遊んだ俺とは違い、比較的長い期間、共に遊んだ友達が、久しぶりに会った時に、全く口をきいてくれなかったとしたらどう思うか。刹那としては成長と共に木乃香の立場を知り、遠慮して距離を取るようにしたのかもしれない。もちろん気まずいと思っている部分もあるだろう。
が、事実を全く知らない木乃香がいきなり刹那に距離を取られてしまえば、嫌われてしまったのだと思っても仕方ない。むしろ誰しもが嫌われたと思うはずだ。
仮に理由を話そうにも一旦切り出してしまった手前、後に引けずに気まずさから歩み寄れない刹那。理由を知らず、自分が何か悪いことをしたせいで嫌われてしまったと思い込む木乃香。蓋を開けてみれば互いの事を想い合っているのだ、素直になれば全て解決するとはいえ、簡単なことだからこそ出来ていない。
「ウチ、何か悪いことしたんかなぁ。せっちゃん昔みたいに話してくれへんよーになってて……」
涙を拭いながら、笑みを浮かべようとするも無理をしている感が強すぎて、笑顔になっていない。本人は多少の笑い話にしようとでも思っていたのか、だとしたら相当に無理のある話だ。
「このか……」
「このかさん……」
木乃香の心中を察し、ネギくんと明日菜は何も言い返せずに名前を呼ぶしかなかった。木乃香が悲しそうな表情をするのもほんの一瞬で、次の瞬間には気遣う明日菜を大丈夫だと静止させる。
一旦部屋へと木乃香を送るべく明日菜は離脱、俺は一足先にどこかで式神返しの札を貼っているであろう刹那を探しに向かった。
「どいつもこいつも、本当に素直じゃないよなー」
「……それってもしかして私に言ってます?」
「いや、こっちの話」
壁に式神返しの札を貼っている刹那にジロリと睨まれて顔を逸らす。
刹那しかり、木乃香しかり、そして俺しかり。本当の意味で素直になれる人間が果たして何人いるのか分からないが、周囲には少数なように思えた。
「私だって、出来ることなら話したいです。でもお嬢様がそれを今更許してくれるとは……」
「はいはい。またネガティブのエンドレスループになるから一旦忘れましょうねー」
刹那にとっても地雷だったらしく、頭を垂れながら落ち込む。何だろう、刹那ってこんな落ち込みキャラだったっけ、凛々しい表面とは裏腹に、内面が繊細過ぎてたまに分からなくなることがあった。気を取り直して、壁に一枚一枚丁寧に式神返しの札を貼っていく。身長も高くないため、背伸びをしても届かないところが多く、ロビーに置いてあった踏み台を使い、背伸びをして一枚一枚丁寧に貼っている後姿が可愛い。
他意は無く、小柄な女の子が高いところにあるものを一生懸命取ろうとする姿が絵になると思うのは少なくとも俺だけじゃない。
「ん……」
背伸びをしても届かずに、何度も同じ動作を繰り返している。人を頼るのが苦手なのは間違いないようで、背伸びしても届かない場所に何とか貼り付けようとしている。
「待て待て、そこは俺がやるよ。さすがにここは届かないだろ」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
高さ的に普通の女性では厳しい場所に貼り付けようとしていたために、一旦刹那の行動を止めさせた。こっちとしては足をプルプルさせながら頑張っている後姿は絵になるが、本人としては面白くも何ともない。一旦台をおりて、俺と居場所をチェンジし、札を刹那が指定した場所に貼り付ける。
等間隔に何枚か貼り付け、台から降りると刹那が何とも言えない表情でこちらを見つめていた。
「我ここにあらず見たいな顔してどした?」
「い、いえ。特に何でも……」
ハッとした表情を浮かべながら、刹那は俺から残った札を受け取る。まさかさっきの一件を思い出していたのか。あまり深く聞くと本人もいい思いはしないし、それ以上の詮索はやめた。
「あ、いたいた桜咲さんと雄さん」
階段の方から聞こえる声に振り向くと、ネギくんと明日菜が階段を下りながらこちらに歩いてきていた。もういくら魔法とは関係ありませんと伝えたところで、誤魔化しはきかないし、ある程度割り切って話した方がよさそうだ。
「な、何をしているんですか?」
「今は式神返しの札を貼っているところです」
受け取った札を机の上で整える。
やるべき仕事はあらかたやり終えたし、これ以上特に手を加えることもない。近くにあるソファに腰を落とし、両肩をグルグルと回した。
「えと、刹那さんも日本の魔法を使えるんですか?」
「ええ、まぁ。剣術の補助程度ですが」
「なるほど、ちょっとした魔法剣士ってやつだなつまり」
ネギくんの肩にいるオコジョも話している辺り、もはや隠す気などさらさらなさそうだ。それに明日菜も驚いていない様子を見ると、彼女もまたこちら側の世界に引き込まれた人間らしい。一応念には念をとのことで、刹那は確認を取る。
「あ、神楽坂さんには話しても?」
「は、ハイ大丈夫です」
「もう、思いっきり巻き込まれているわよ」
明日菜は刹那に言い分にやれやれとした表情を浮かべた。ネギくんの距離感を見ると相当前から魔法の存在を認知しているようにも見える。魔法がバレたらオコジョにされて本国へ強制送還という規律は何処へやら、そもそも魔法関係者の多い、麻帆良の地で完全に魔法がバレないように生きるのは中々難しいものがある。
好きでバレたわけではなさそうだが、やむを得ない事情がありそうだ。
「そ、そういえば風見先生も魔法使いなんですか?」
「俺? 俺は魔法使いではないですよ。もちろんこの立ち位置なんで魔法の存在は熟知してますけど」
「やっぱそうだったのね。買い物の時の足の速さとかあり得なかったもの」
ようやく納得できたと言うのは明日菜。以前修学旅行の買い物中に、荷物を預けて刹那を助けに行ったことがあり、目的地に向けて全力で走り去る様をまざまざと見られていた。
「あれ、でも新幹線でカエルの式神を紙に戻したのは……」
「あぁ、それは俺です。袋越しに気を流し込んで元の姿に戻しました。さすがにあのままにするわけにも行かなかったんで」
ネギくんからも同様に質問が飛んできた。新幹線で袋の中にいたカエルの式神をどうやって紙媒体に戻したのかと。原理は簡単で、自身の気を袋の中に流し込んだだけなのだが、少しだけ工夫を加えている。
「刹那と違って具体的な戦闘スタイルは無いんでね。気を扱える魔法関係者くらいに思ってもらえれば」
「ふむ、ちょっとした気の使い手って感じだな」
一同の質問も一段落したところで刹那が一つ咳ばらいを入れると、ようやく本題へと話が移る。