「―――敵の嫌がらせがかなりエスカレートしてきました。このままではこのかお嬢様に危害が及びかねません」
その一言が周囲を静寂に包みこんだ。
結局のところ、現状言いきれるとすれば木乃香を狙う人間がいるということ。ごくりと固唾を呑み込む二人と一匹に、いつもと変わらない様子で場を見守る。淡々と話し始める刹那だったが、ふうと一つため息をついたうえでジト目でネギの方を見つめた。
「……ネギ先生は優秀な西洋魔術師と聞いておりましたので、上手く対処してくれると思ったのですが、意外と対応が不甲斐なかったので敵も調子に乗った様です」
軽く毒を吐きつつ期待していたのにと落胆の眼差しで見つめる刹那に対し、不甲斐なくてすいませんと謝る。
最も全容をほぼ聞かされていない状態での、修学旅行だったために準備が不十分であることは否めない。まさか木乃香が狙われるだなんて、ネギも思ってもみなかっただろう。
「相手も間抜けじゃないからな。こっちの戦力を探ろうとしている節は見受けられるし、あまり悠長なことを言ってる暇もないのは事実だろ」
「えぇ。もう先方は動いているでしょうし、次いつ襲われるかなんて分かりません」
雄の言葉に刹那は深く同調する。一旦は修学旅行を楽しみながら仕事を完遂するなどといった認識を改め直さなければならない。少なくとも相手を捕獲するでもしない限りはおちおち休んでもいられないだろう。一瞬だが仕事に対する厳しい表情を浮かべる二人に、たじろぎそうになるネギと明日菜。
ネギと明日菜の様子に気付いた雄は、苦笑いを浮かべて言葉をつづけた。
「そこまで硬くなる必要はないよ。俺や刹那も自由に動けるように体は空けるし、万が一の対策も立てている。まず二人にやってもらうのは相手を知るってところだな」
「相手は関西なんちゃらって奴らじゃないの?」
「大まかには。ただ関西呪術協会にも派閥がある、そこを簡単に説明しようと思う」
途中まで言い掛けたところで、後は頼むと刹那へと託す。明日菜もネギから部分部分では確認しているものの、全てを把握しきれているわけでは無い。敵を知っておけば、相手の動きに合わせた行動が出来るし、対応、対策も練ることが出来る。最も危ないのは何も知らないまま、闇雲に突っ走ってしまうこと。
今回は偶々、雄と刹那のスパイ疑惑が解けたから良いものの、もし最後まで気付かなかったとしたら全員共倒れする可能性も考えられた。雄からのスイングに快諾すると、雄の話から続けるように切り出した。
「そうですね。神楽坂さんもネギ先生も、まだ今回の全容を把握できていないと思うので。……私達の敵はおそらく関西呪術協会の一部勢力で、陰陽道の呪符使い、そしてそれを使う式神です」
「あ、あの新幹線でのカエルとかですね」
「あぁ。もちろんネギ先生の言うように、カエルのような戦闘力を持たない低級式神もいるんだ……が」
式神と聞いて、ネギと明日菜は先ほどの新幹線内での出来事を思い出す。カエルや露天風呂での猿は全て物理的な戦闘力を持たない、低級式神に分類される。
もちろん、それ以外にも式神には数多くの種類が存在する。以前雄が刹那救出の際に戦った式神は、上級式神に位置する。
「力の差はまちまちだ。術者のレベルによってはとんでもないレベルの式神がくることもある」
式神のクラスは術者が持っている気力によって変わり、力を持つ式神を召喚するのであれば、相当量の気力を込めなければならない。無理をして上級式神を呼び寄せようとすると、自身の気力を使い果たしてしまい、戦うことすらままならなくなることもある。
「術者の匙加減にはなってくるので、全てそうとは限りませんが、今後はそのような相手も対応しなければならない、と考えた方がいいでしょう」
雄の説明に刹那が付け足す。
あくまで想定するのは最悪の事態に対してであり、誰でも対応出来るものなら、対策をする必要はない。式神や呪術協会に対応出来るのは、限られた魔法関係者のみ。そう考えればもう少し早く、打ち合わせをしてもよかった内容かもしれない。
「話を戻しますね。基本的に呪符使いは、呪文を唱える間に無防備になるのはネギ先生のような西洋魔術師と同じです。そこをカバーするために、前鬼や後鬼といった式神を前衛に置いて戦うのが、基本スタイルになります」
エヴァやネギといった魔法使いが、茶々丸や明日菜を前衛にして戦うのと同じように、呪符使いも前衛を置いて戦う。遠距離から戦う自身のスタイルでは接近戦に強い前衛タイプの剣士や、肉体派の相手はまさに天敵。適材適所で能力を割り振り戦う方法が、ほとんど。
納得したかのように首を振るネギと、よく分からず冷や汗をかきながら明後日の方向を見つめる明日菜、反応は様々だが、刹那は当然と、前置きをした上で話を続けた。
「今のは基本スタイルです。更に関西呪術協会は我が京都神鳴流と深い関係があります。神鳴流とは京を護り、魔を討つ為に組織された掛け値なしの力を持った戦闘集団。呪符使いの護衛として神鳴流剣士が付く事もあると厄介な事極まりないです」
「うーん……僕も近接戦は苦手ですし、考えれば考えるほどに先が見えなくなってきますね」
漠然と状況をイメージし、ネギは小さくつぶやく。元々完全な後衛型のネギにとって、前衛タイプの神鳴流は天敵以外の何物でもない。
相手の手の内がほとんど見えない中、どう対処すればいいのかと頭を悩ませる。ネギからすれば相手方は、今まで出会ったことのないタイプであるが故に、具体的な対応策も考えなけばならなかった。
現状麻帆良学園側で完全に対応出来るのは、雄と刹那の二人だけ。ただネギたちに足りない要素を補うべく、二人はここにいる。
「ネギ先生には雄さんもついているので、あらかた大丈夫かと。もちろんイレギュラーは加味する必要はありますが」
「そうだ。雄さんって結局魔法使いじゃないのよね? 身体能力が高いのは分かったんだけど、戦えるの?」
話を聞いていて、明日菜が雄に対して思った疑問を投げつける。実際に先ほども刹那が戦った場面は見ているが、雄が実際に戦っているところを見たことは無い。雄の実力が分からない以上、本当に大丈夫なのかと思うのも無理はなかった。
明日菜の鋭い発言に、苦笑いを浮かべながら答えようとする雄だが、それよりも先に刹那が代弁する。
「そこに関しては全く問題ありません。私や学園長が背中を預けても問題ないと思うくらいですから」
「え!? 学園長先生が!?」
刹那の出した単語に、真っ先に反応したのはネギだった。
学園長、近衛近右衛門といえば麻帆良学園が誇る最強の魔法使いだ。それこそ世界中に点在する魔法使いの多くが尊敬し、敬意を払っていた。そんな凄い方が背中を預けられるぐらい信頼を置いているということは、つまり自身の命を預けられるような存在になる。
身近に凄い存在がいたと、驚きを隠せない。
「待て待て刹那、買い被りすぎだって。……まぁ明日菜やネギ先生が混乱するのも無理はないよ、戦っているところを見た訳じゃないしな」
身近で一番強さを感じているのは刹那だろう。百聞は一見に如かず、見たことも無い相手の力量を信じるのも無理な話になる。
不思議そうな、どこか疑った表情で雄のことを見つめるネギだが、それにはちゃんとした理由があった。
(雄さんから全く気を感じない……どうしてだろう、普通の術者ならある程度は感じ取れるはずなのに)
担任と副担任という間柄、側にいることは多いはずなのに、雄の気を感じ取ったことは一度もない。対象者が遠方に居るのならまだしも、自身の隣り合わせるほどの距離に居るのに、何故気を感じ取れなかったのか。
元々素質が必要な魔力と違い、気はある程度の厳しい修行によって身に付くものになる。そこまで行き着く人間は限られてくる故に、気付きやすいものにはなるのだが、自身は感じ取ることが出来なかった。
改めて集中力を研ぎ澄ましても、感じることが出来るのは近くにいる刹那の気のみ。
一体何などうなっているのか、ネギの中で疑問は深まるばかり。
「とにかく、刹那からもお墨付きは貰えているみたいだし、一旦はそれを信じて欲しい。時期が来れば嫌でも戦っているところを見るだろうから」
「そ、そうですね。ってあれ? 刹那さんの話を纏めるとやっぱり神鳴流は敵ってことになるんじゃ……」
ネギの一言に、再度明日菜も刹那の方を見やる。予想通りの反応だったと、落ち着いた様子で切り出し始めた。
「はい。東に降りた私は、彼らにとっては裏切り者。でもこればかりは仕方ありません」
淡々と特段感情を込めずに話す刹那だが、途中まで話したところで一旦間を置く。
そして柔らかな表情を浮かべて続けた。
「私は―――このかお嬢様をお守り出来ればそれで十分ですから……」
決して語気を強めたわけでは無い。
小さく、場にいる人間にしか聞き取ることが出来ないほどの声だったにも関わらず、強く並々ならぬ決心がひしひしと伝わってきた。事情を知らなかったネギと明日菜には、想像以上に強い想いが伝わって来たことだろう。そして二人には確実に伝わったであろう、木乃香への想い。
少なくともそれは、嫌っている人間が言う言葉ではないことも。明日菜は初等部から木乃香のことを知る一人であり、周りの人間よりかは木乃香のことを知っているつもりだ。だからこそ、刹那の強い想いがより理解できた。
同時に木乃香のことを嫌っているのではないかという疑問は、誰よりも大切に思っているという確信へと変わった。ソファから立ち上がると、刹那の近くへと歩み寄り肩をバシバシと叩く。
「よーし! 分かったわよ桜咲さん!! あんたがこのかの事を嫌ってなくて良かった事が分かればそれで十分! 友達の友達は友達だからね、アタシも協力するわよ!!」
ダメなことも良いこともはっきりと言い切る明日菜にとって、刹那の真っすぐな思いは協力するには十分すぎる理由だった。明日菜に続いてネギも刹那の元へと歩み寄り、その手を握る。慣れないことの連続で恥ずかしさから頬を紅潮させた。自分の周りに協力すると、人が歩み寄ってくるのは初めてだろう。
刹那の周囲に人が集まる様子を静観していた雄は、ようやく仲間が出来たかと、思わせぶりな笑みを浮かべた。
(刹那、意外に悪くないもんだろ仲間って。一人で解決することだけが全てじゃないんだぜ)
雄の心の声は誰にも聞こえることは無い。
その後、旅館内と外で分担を決めて各自は散開するのだった。