ネギま! another scenario   作:たつな

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奈良公園は鹿まみれ

「鹿だぁっ!!」

 

 

現物を目の当たりにし、大きな声をあげるのはまき絵と裕奈の二人だった。周囲の観光客は何事かと、こちらを振り向く。一方で何人かは我興味なしと言わんばかりに、観光を楽しんでいる。

 

観光客の中には常連のマニアも混ざっており、騒がしい修学旅行の生徒たちには慣れていた。そんな様子を遠巻きに見つめる班員の和泉亜子とアキラは恥ずかしそうに顔を赤らめ、龍宮真名はふぅとため息をつく。

 

初めて見る鹿の大群に、二人は目をキラキラとさせながら子供のように駆けていった。

 

 

「すみません……恥ずかしいですよね」

 

「ははっ、そうか? 年頃の女の子って感じがして良いと思うけど」

 

 

引率として四班に着いて来た雄は、恥ずかしそうに話しかけてくるアキラの言葉にも、顔をひきつらせることなく、淡々とした口調で答える。誰がどう見ても元気すぎる二人の行動は、他の教員であれば間違いなく止めに入っているだろう。

 

本来であれば止めた方が良いが、あえてそれをしようとはしなかった。

 

 

「でも……」

 

 

それでも不特定多数の第三者が見ている前で、あれはいただけないのではないかと、表情を曇らせる。

 

普段の彼女であれば、どんなバカ騒ぎであろうが共に楽しめるだけの余裕と器があるものの、公共の、それも世界遺産として登録されている施設の中ではしゃぐ勇気はない。

 

何より近くで副担任である雄が見守っているのもあった。ネギと違い、雄はアキラたちよりも年齢が上になる。年頃の女性として、あまりはしたない姿を見せたくない思いもあった。

 

 

「あーやって出来るのも今のうちだしな。就職なんかしたら、嫌でも大人しくなるさ」

 

「そういうものなんでしょうか……」

 

 

よく分からないと首を傾げる。実体験でもしたことがない限り分かるものではないし、そもそも学園都市に居る以上、教員以外の社会人と会う機会が少ない。故に雄の心理を分かりかねる部分もあった。

 

 

「あぁ。ま、大河内なんかは二人と比べるとだいぶ大人びているし、将来絶対良い女性になるよ」

 

「こ、こんな場所で何言ってるんですか……」

 

「センセ、アキラのこと口説いてるん?」

 

「違うっつーの、モノの例えだよ。こんなところで口説いてたら、下手すりゃセクハラで教員免許剥奪されるわ」

 

 

アキラと雄の一部始終を見ていた亜子が声を掛けてくる。どうやら先述の二人を追いかけるようについていっていたらしく、前方から走ってきた。

 

 

「ほら、修学旅行なんだし、俺なんか構わずに楽しんでこい」

 

 

アキラの肩に手を置くと場に残る三人を送り出す。中学校生活の思い出の一ページとして、はるばる古都まで繰り出したのに、雄ばかりにかまけていたら勿体ないと背中を押した。

 

雄の後押しに、アキラ、亜子、真名の三人は先に走っていったまき絵、裕奈の二人の後を追う。雄もそれに続いてゆっくりと歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

「鹿煎餅?」

 

「そ、テレビで見たことあるだろ」

 

 

奈良公園の代名詞といえば鹿であり、生息している鹿に餌、とどのつまり『鹿煎餅』を与えるのは、お約束と言っても過言ではない。聞き慣れない単語に首を傾げるまき絵に、周囲のクラスメートたちは苦笑いを浮かべる。割とメジャーな単語ではあるため、知らないとは思わなかったのだろう。で

 

直売店の目の前で足を止めた一同は、台の上に並べられている煎餅を興味深げに見る。すると雄は一人直売の側にいる年輩の女性に近づき、声を掛けた。

 

 

「おばちゃん、六セット貰えるか?」

 

「あいよー! あんちゃん引率の先生かい、若いねー!」

 

「ははっ、どうも。そう言って貰えると光栄です」

 

 

軽いやり取りをした後にお金を渡すと、場にある六セットの煎餅を手に取り、それを一セットずつ配っていく。いきなり手渡されたことに亜子は目を見開いて驚いた。

 

 

「えっ、センセこれは?」

 

「折角奈良公園に来たんだから、思い出作りには良いんじゃないか?」

 

 

にこりと微笑みを返す雄。

 

わざわざ奈良公園に来たんだから、食べさせる体験してみても良いんじゃないかと、全員分を買った。が、それが彼女たちにとって意外な行動に思えたらしい。些細な金額とはいえ、教師に奢って貰うのはやや申し訳ない部分もある。

 

 

「でもお金は……」

 

「あー、気にすんな。それくらいどうってことない。多少の出費で楽しめるのなら、痛くはないさ」

 

 

心配をしてくるアキラを大丈夫だと静止する。額面としてはさほど高い部類には入らないため、雄自身奢ったことに関して特に思うところは無い。普段からあまり奢られることが無い人間からしてみると、人から奢って貰うことに抵抗感を覚えやすいのかもしれない。

 

そうこうしている間にも一同の周囲に、数多くのシカが群がってくる。匂いにつられたのか、それとも購入するタイミングを見計らっていたのかは疑問だが、まるで人参をぶら下げられた馬のように目の色を変えて近寄ってきた。

 

 

「はいはい、どうどう。やり方は簡単でまずはせんべいを鹿の頭上に上げる」

 

 

群がってくる鹿をあやしながら、一匹の鹿に近づき、鹿煎餅を半分に割ると、それを鹿の頭上に掲げる。鹿の視線が上を向くか否かという瞬間、人間がお辞儀をするかのようにぺこりと頭を下げた。

 

 

「頭を下げたら、食べさせる。差し出せば勝手に食べてくれるから、後は手を離せば良い」

 

 

鹿の顔の前まで手を下げると、勝手に鹿がかぶりつく、そして雄は頃合いを見計らって手を離した。 

 

 

「なっ、簡単だろ?」

 

「はいはーい! しつもーん!」

 

「どうした? 何か分からない所でもあったか?」

 

 

一通り動作を説明したタイミングで、まき絵が元気よく手を上げる。そこまで難しいことを言わなかったとは思ったが、質問があるというまき絵の質問を聞く体制に入る。

 

 

「このおせんべいって食べること出来るのー?」

 

「あぁ、一応な。材料的には人間の食べれるものしか使って「じゃあ頂きまーす」あー……ただ、味ないから美味くは無いぞ」

 

 

肝心なところを言い切る前に、まき絵は口の中へと入れてしまう。彼女の様子を見ながら、しまったと言わんばかりの苦々しい表情を浮かべる雄だが、時既に遅し。まき絵の口の中に放り込まれていた。

 

素材的には米ぬかと小麦粉のみであるため、人間が口にして害があるわけではない。ただ賞味期限の区分けはなく、かついつ作られたものか分からない。下手をすれば半年以上前のものである可能性もある。

 

賞味期限の定かではない飲食物を食べようとは思わない。加えて長期保存のために味付けという味付けは一切なく、味は全くしない。味付けのない、いつ作られたかも分からない煎餅ほど美味しくないものは無い。

 

口の中に入れたまき絵は初めこそ笑顔を浮かべて居たが、徐々に表情がひきつり、涙目になりながら口に残る感触を減らしていく。口の中が空になるとその場に両手を付きながらがっくりとうなだれた。

 

 

「うぇ~……なにこれぇ、全然味がしないよ……」

 

「最後まで聞かずに食べるやつがどこにいるんだっての。まぁ佐々木の反応を見て貰って分かるように、味がない。食べるのは自由だが、オススメはしない」

 

 

雄の一言に、絶対に食べませんと言いたげな生徒たち。目の前に食べた張本人が居て、その末路を見ているのだからよほどの物好きでない限りは食べることはなさそうだ。

 

気持ちを切り替え、近くに寄ってきている鹿の方へと向き直り、それぞれに餌づけをしていく。餌を待ち望む鹿の仕草に、キャイキャイとはしゃぎながら楽しむ様子を遠巻きに見つめながら、近くのベンチへと腰掛ける。

 

煎餅がなくなるまではそう遠くには行かないだろうし、むやみやたらにあげるわけではなく、可愛らしい鹿を選んでいるところからそこそこ時間は掛かるだろうと判断。一息つけると思い、一人背もたれに体重を預けた。

 

 

「風見先生は行かないんですか?」

 

「ん、俺が率先して楽しんでも仕方ないし。大河内はもう終わったのか? だとするとやけに早い気が……」

 

「あ、いえ。まだ終わってはいないんですけど」

 

 

アキラの手には数枚の煎餅が握られている。他の班員が戻ってきていない所を見ると、彼女だけ早く戻ってきたことが分かった。もしかして気を遣わせてしまったのか。だとしたら杞憂だと伝えなければならない。

 

多少なりとも教師の仕事を知っている人間であれば、見えない業務が多いことくらいは想像出来たはず。特に修学旅行は仮にも生徒たちを束ねる立場として引率をするため、生徒の身に何かがあれば、それは全て引率教員の責任になる。

 

それに三年A組は他クラスに比べて騒がしく、悪く言ってしまえば問題児も多い。だからこそ想像以上に細心の注意を払って見守る必要があった。ネギは十歳であり、年頃の生徒を完全に止めるには無理があるし、年が上である雄は言葉に説得力はあれど、麻帆良学園に赴任してから日も浅く、教師としての経験がネギに比べると不足している。

 

故に、思った以上に疲れているのではないか。そして本当だったら休みたいところを無理矢理誘ってしまったのではないかと、罪悪感でも抱えているようにも見えた。

 

 

「……何か無理矢理誘って申し訳ないみたいな顔してるけどちげーよ」

 

「え?」

 

 

ベンチから立ち上がりながら、アキラに返答する。雄の一言にはっとしながら顔を上げた。考えていることがバレたと思い、その表情はどこか恥ずかしそうなものだった。

 

 

「こうして皆の行動見ているだけでも、俺は楽しめているよ。一応教員だから、あまりバカ騒ぎは出来ないし、俺が率先して楽しんでるのもどうかと思って一歩退いているだけさ」

 

「本当ですか?」

 

 

心配そうな表情のまま、アキラは上目遣いに雄を見上げる。女性の中ではかなりの長身のアキラだが、それでも雄の方は身長が高く、見上げるような形になってしまう。

 

人の世話を焼くのが好きな性格ではあるが、相手が年上で、それも年が近そうな男性教師徒もなれば対応は変わってくる。少なくとも今まで以上に気を遣うことも多くなる。

 

 

「むしろここまで騒がしい環境に身を置いたことがないから、新鮮なくらいさ。見ているだけでも飽きないよ、今みたいに座りながらでも「せっちゃん待ってー! 一緒にお団子食べよー!」……な?」

 

 

話している途中に自身の背後を横切る木乃香の姿。目の前のことに視線が向いてしまっているせいか、すぐ側にいる雄の存在には気付かずに駆けていく。木乃香の視線には顔を赤らめながら逃げていく刹那が。

 

刹那の木乃香に対する対応が、以前に比べて良くなっており、雰囲気も幾分柔らかいものになっている。が、まだ面と向かって会話をするには勇気がいるらしい。

 

刹那と木乃香に接点があったことなど、クラスのほとんどが知らない。だからこそ、何気ない一個人の生活の一コマが、雄にとって新鮮に思えた。

 

 

「……つか、五班も奈良公園だったのな。ナチュラルに繋げてみたけど、本当に偶然って怖いわ。まぁ俺も麻帆良に来て日が浅いしな。見るもの全てが新鮮でかつ楽しいんだわ」

 

「そうなんですね。良かった、私早とちりしてたみたいで……」

 

「いや、むしろ気を利かせてくれて助かる。ありがとう。とりあえずまだ残っているみたいだし、鹿たちに渡してきたらどうだ?」

 

「はい! それじゃ、先生も!」

 

「えっ、俺も?」

 

「見るもの全てが新鮮なら、生徒と一緒に鹿に餌をあげるのは、もっと新鮮で楽しいですよ?」

 

 

さっき先生言いましたよね? とくすりと笑うアキラに、まんまとしてやられ思わず苦笑いを浮かべる。

 

 

「ははっ、こりゃ一杯食わされた。分かったよ」

 

 

雄はアキラの言葉に対しニヤリと笑い、彼女の後ろ姿を追い、公園の奥へと消えていくのだった。

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