修学旅行二日目。
刹那や雄の読み通り関西呪術協会の妨害はなく、何事もなく一日を終えようとしていた。奈良探索を終えてホテルへと戻った雄は、飲み物を買いにロビーへと向かっている最中。
普段とは別の班に付き添うことで、ほんの少しではあるが何人かの生徒のことが分かり、満足感を覚えながら意気揚々と歩く。既にスーツを脱ぎ捨て、木乃香と買いに行った室内用の部屋着に着替えていて、完全にオフモード。
夕食も済ませ、後は湯船に浸かって寝るだけだった。二階から階段を下り、ロビーへと差し掛かる。
「魔法がバレたぁ!? そ、それもあの朝倉に!?」
「はい……」
突如階段下から聞こえる大きな声に、思わず体を反応させた。何やら誰かが騒いでいるらしく、ロビーを突き抜けて他の部屋にも響き渡りそうな勢いだ。もっとも、内容が余りにもグレーゾーン過ぎて、関係のない人間が聞いたら一大事だろう。
自身が知る限りで魔法の話をする可能性があるのはほんのわずかしかいない。階段を下りながら声の中心に顔を向けると、そこにはベンチに座りながら涙目になりながら、しょぼくれるネギの姿。他には座るネギを囲うように明日菜と刹那が居た。
声の発信源は明日菜であり、喜怒哀楽のはっきりとした表情を浮かべながらネギへと迫る。一方で刹那は一歩引きながら二人の様子を見守っていた。
「……!」
「よっ、何してんだ?」
手すりを飛び越えて床に降り立つ。そんな雄の存在にいち早く気付いたのは刹那であり、腕を組んだまま顔だけを雄の方へと向けた。
明日菜の声が大きく、何が起きたかは何となく把握しており、あえて気付いていない振りをしながら三人の元へと歩み寄る。
「あ、雄さん! ちょっと聞いてよ!」
雄の接近に気付き、ズカズカともの凄い剣幕で近付いてくる明日菜に、若干物怖じしながら後ずさった。
「お、おう? 明日菜、気持ちは分かるが少し落ち着け」
「あ、ゴメン!」
もはやパーソナルスペースを完全無視。そこまで気を遣えなくなるレベルで焦っていた、それも自身の事ではなく、ネギのことについて。遠くからも明日菜の声は聞こえているため、ネギの魔法が誰かにバレてしまったところまでは分かった。
むしろここで問題なのは誰にバレたかだ。他のクラスにバレてしまったのなら、あっという間に広がってしまうことだろう。それに生徒との関係値も、自分たちのクラスに比べれば低い。言い訳をしたところで、無駄な労力をさくだけになる。
一方で、三年A組であれば多少のカバーは出来るはず。最も、どこ誰にバレたのかまでは分かっておらず、ネギに聞く必要があった。
「うぅ……仕方なかったんです、人助けとか猫助けとか」
涙ながらに話すネギの事情を聞くと、防ぎようの無かったことが伝わってくる。背に腹は変えられないし、その場で魔法を使ったことで命が救われるのなら、誰だって同じ行動を取る。ネギの取った行動は何一つ間違っていないが、タイミングが余りにも悪すぎた。
「でも朝倉にバレるってことは、世界にバレるってことよ? 全く……」
朝倉和美、通称麻帆良のパパラッチ。
三年A組の生徒であり、持ち合わせる情報量は他の追随を許さない。報道部に所属し、ありとあらゆる情報を仕入れ、日々諜報活動を続けている。そんな生徒に魔法の存在を知られてしまえば、どうなるかはお察しの通り。
明日菜の反応を見れば一目瞭然だった。
「もーダメだ。世界に魔法の存在がバラされて、オコジョよオコジョ」
「えー、そんな!? 弁護してくださいよアスナさんー!」
どうしようもないわと匙を投げる明日菜に引っ付きながら、援護を求めるネギ。もう彼のキャパシティは一杯であり、どう対処すればいいのかも分からないようで、激しく慌てた様子を見せる。
当然、明日菜や刹那がどうにか出来るような問題ではなく、事態が落ち着くのを見守ることしか出来ない。二人とも魔法関係者ではあるが、魔法自体を使う術者ではない。
頭を抱えるネギを見つめながら、ふとあることに気付いた。
「なぁ、いつもネギ先生と一緒にいるカモはどこにいった?」
「え?」
「そういえばさっきから見ないわねー」
いつもはネギの頭や肩に乗っているカモの姿が見えない。雄も何気ない拍子に気付いただけに過ぎなかったが、言われてみればいつもセットでいるはずの存在がいないことに、違和感しかなかった。
魔法の存在が和美にバレたともなれば、真っ先に行動を起こしそうなもの。どこに行ったのかと考え込む一同の背後から、再び何者かが声を掛ける。
「やぁネギ先生。こりゃまた珍しい組み合わせだこと」
「ぇう! あ、朝倉さん!」
和美の登場にピクリと身体を震わせると、そそくさと明日菜の背後に姿を隠す。
ビクビク怯える様子から、ネギにとって軽くトラウマになっているのかもしれない。彼にとっては恐怖の象徴ともいえる和美だが、ネギの反応をモノともせず、にこやかな表情で一同の元へと歩み寄ってきた。
一同の前に明日菜がたち、和美に話しかけていく。
「朝倉ー、アンタ小さな子供いじめて楽しんでいるんじゃ無いわよ」
「なーに、アスナ。小さな子供には興味無いんじゃなかったの?」
「それとこれとは関係ないわよ。一体何しにきたのよ」
「姉さん落ち着いてくだせぇ! パパラッチの姉さんはこちらの味方ですぜ!」
「あっ、カモくん!」
ひょっこりと朝倉の肩から顔を出すカモにネギが反応する。一瞬、和美側にカモが付いてしまったのではないかという恐怖に襲われるものの、カモの口から発せられる言葉を聞き、頭にはてなを浮かべながら首を傾げた。
「あ、あの、それってどういう……」
「この朝倉和美、カモっちの熱意にほだされてネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していく事にしたよ。よろしくね」
「え、えぇ!?」
和美の口から発せられる予想外の発言に、目を見開き驚く。まさか自身の正体を黙っているとは思えなかったに違いない。彼女の本質はスクープを追いかけることにあり、自分の担任が魔法使いだったなど、空前絶後の大スクープだ。
証拠を突きつけて全世界に公開すれば、一躍時の人として有名人にもなれた。が、彼女とて人の子であり、外道ではない。ましてや自身より幼いネギをダシに這い上がることなど、冷静に考えて出来なかった。
パパラッチとしてのプライドではなく、彼女の一般人としてのプライドが勝り、今回に関してはネギの正体を黙っていることに決めた。おもむろに懐を探ると、そこからはかなりの分厚さを誇る写真の束が出てくる。
タイミング的にネギが魔法を使った瞬間、もしくはそれに等しい行動をした瞬間の写真だろう。この短期間でこれだけの写真を集められるのだから、彼女の情報収集能力には目を見張るものがあった。
端から和美を見つめる雄は小さく口笛を吹き、彼女の行動力、情報収集能力に素直に感心する。おそらく彼女はそちらの方面に天賦の才があるようだ。
「今まで集めた証拠写真も返してあげる」
「や、やったー! あ、ありがとうございます朝倉さん!」
出された写真の束を受け取り、ネギはほっと胸を撫で下ろす。
「よ、よかった。問題が一つ減ったですー」
「はいはい、良かったわね」
泣きながら喜ぶネギの頭を、明日菜はポンポンと叩く。その様子を相も変わらず、淡々とした無表情のまま見つめる刹那だが、あまりこういうことに慣れていないらしい。どう反応すればいいのか分からずに、無言を貫いたままだった。
写真をネギに渡した後、和美の視線が雄の方へと向く。
「風見先生もここにいるって事は……」
「察しがいいな。ま、一応そんなところだ」
下手に隠したところでどうせ足はつく。場に居合わせている人間は全員、魔法関係者であることは、カモの声を聞いて驚かないことから容易に推測出来るはず。
あえて魔法の存在を知る、一人の関係者だと暴露する分には何の問題もない。淡々と、かつ堂々とした口調で肯定した。
「先生は否定しないんだね。結構ストレートに聞いたのに」
「否定したところですぐボロが出る。それにこの状況で隠したところで、何かメリットがある訳じゃない。隠す必要はないだろう」
「ふふっ、意外にサバサバしてんのね。面白いじゃん!」
和美は雄の言葉を聞いて、ニヤリと口角を歪める。
本当にマズいと判断すれば、全力で止めようとするだろうし、彼にとってはまだ精神的な余裕があった。魔法の存在を知られないに越したことはないが、バレてしまったことは仕方ないことであり、今回のケースを防げたかと言われれば、それもまた違う。
なら自身が下手に慌てる必要もない。自分の全てを知られて、それを意図的に第三者に公表しようものなら話は別だが、和美にはその意志は無い。
「あら、ネギ先生こんなところでどうされたんですか?」
そうこうしていると、ロビーを露天風呂上がりのあやかが声を掛けてくる。彼女の一言に、魔法関連の話をしていた一同は一旦会話を区切り、元の会話へと戻していく。
「……あぁ、そうだ。飲み物買いに来たんだ」
話に区切りがついたところで、ようやく本来の目的を思い出す。ネギの魔法がバレた話でロビーに来た目的を完全に失念しており、はっとしながら群衆から離れた。
方や和美の一言で、あらぬ勘違いをしたあやかとまき絵が暴走しかけるところを見て一人姿を消す。離れる間際、雄の様子に気付いた刹那だけがぺこりと頭を下げた。
刹那に軽く手を振ると、何事もなかったかのように自動販売機の方へと向かう。
「……ふぅん。こりゃ今夜、何かあるかもな」
誰もいない場所でぽつりと呟きながら、自動販売機のボタンへと手をかける。呟いた内容だけでは何を意味するのか分からないが、先ほどの和美とカモの距離感を見て、感じる部分があったようだ。
先の未来を想像し、思わず苦笑いが出てくる。よからぬ事を考えているんじゃないか思いつつも、悪意が無いのであれば放任しておく予定ではある。
二人が結託して出来ることなど知れてはいるし、わざわざ介入するまでもないと割り切った。
「ホント、平和だわ」
周囲にはぽつりと呟く雄の声だけが、木霊するのだった。