「はぁあ、楽しかったー!」
「ねー! 鹿も可愛かったし。後まき絵が鹿せんべいを食べたところとか……くくっ」
「あー! ゆーな、もうその話は終わりだってばー!」
「そんなんまき絵が風見先生の話聞く前に食べてまうからやん。しばらくはネタになるで」
一旦時は戻り、ホテルのとある一室。
二日目の奈良観光を終え、無事にホテルへと戻ってきた四判は部屋で各々着替えを始めていた。一日来た上着をハンガーに掛け、まき絵と裕奈はワイシャツ姿のまま積み上げられた座布団の塔へともたれ掛かる。
完全に半日を潰されてしまった初日とは違い、キチンと自由行動を楽しめた事に満足そうな声をあげる。クラスの中でもはっちゃけている二人にとって、酔いつぶれてしまったことは相当悔いが残ったことだろう。朝の悔しそうな表情とは一変し、観光の程良い疲れが全身に残っていた。
「二人とも。そのままやとシワが残ってまうで。はよ着替えな」
そんな二人に亜子が、すぐにワイシャツを脱ぐように伝える。いくら自室に戻ってきたとはいっても、ワイシャツ姿でくつろぐのはいただけない。それにスカートもはいたままだ。
毎日制服は洗うわけではないため、変にシワが出来ると着た時に目立ってしまう。修学旅行中は洗濯にも出せないし、あまり制服姿のままくつろがない方が良い。
「昨日の静かさが嘘みたいだな」
「うん。そうだね」
昨日は上述の三人は酔いつぶれていて、起きていたのは真名とアキラの二人のみ。いつもの騒がしさが戻って来たことに嬉しそうな笑みを浮かべるアキラと、また始まったかと苦笑いを浮かべる真名。
真名も騒がしいことが嫌いな訳ではないが、普段は単独での行動を好む故に不思議と静かな場所が落ち着いてしまう。
「昨日はねちゃったけど、今日はぜーったい寝ないよー!」
「おー!」
「二人とも一日中歩きっぱなしやったのに、ほんま元気やなぁ」
無尽蔵なスタミナはどこから来るのか。楽しかったとは言っても、帰ってくれば身体の力が抜け、多少は疲れが出る。が、二人は疲れを全くと言って良いほど感じさせなかった。
「あ、せや。今日風見センセと初めてちゃんと話したけど……思った以上に面白い人やったな」
「あ、それは分かるかも!」
「そう、それだよ! 特にアキラとはいい感じに話していたみたいだし……」
「え?」
何てことはない雄の話から、アキラは不意に話題を振られて固まった。まさか自分に話が来るとは想定していなかったらしく、どうしようかと慌てる。隣にいる真名はご愁傷様だと笑みを浮かべながら、部屋の外へと消えていった。
まさに四面楚歌、自分に味方がいない状況である。キラリと目を光らせているのは、まき絵と裕奈の二人。亜子は亜子で興味深げな表情を浮かべていた。三人とも年頃の女子であり、他人の恋愛事情には目がない。特に男性の少ない女子校であり、色恋沙汰には共学校に比べて敏感なものがあった。
「ねーねー、いつの間に風見先生と仲良くなったの?」
「な、仲良くって。風見先生と話したのなんて昨日が初めてなんだから、皆が期待しているようなことなんて一つも……」
柄になくオロオロと狼狽えるアキラの姿を見て、場にいる三人が微笑ましい表情を浮かべる。担任のネギが年下であり、恋愛対象としては今は見ることが出来ないが、雄であれば十分に恋愛対象として見ることが出来る。
アキラも雄に対して悪いイメージを持っている訳ではなく、むしろ逆。授業中は淡々とした教え方ながらも、要点を掴んだ非常に分かりやすい説明であり、実体験でもしたかのようなリアリティある教え方が、生徒たちには非常に好評だ。
ふと微笑むシーンはあれど、授業中はあまり表情が変わらない冷静沈着なイメージからクールな教員だと思われていたが、アキラは雄の授業の時とは違った一面を偶然見かけた事で、多少なりとも彼の見方が変わりつつあった。
「ほーんーとーにー? 今日も真っ先に声を掛けに言ってたし、実は気があるんじゃないのー?」
「そうそう! 初日にアキラが風見先生と話していたってことも聞いてるんだよ!」
「話って、皆を運ぶために指示を仰いだだけで、特別な事は何もしてないよ。も、もう! 何で私の話になるの!」
「えー、だってねー!」
この話は終わりだと、目の前で手をクロスさせるアキラだが、火のついてしまった二人は止まる素振りが無い。特別な感情は一切持ち合わせて居なかったアキラでも、周りから変におだてられると、変に意識をしてしまう。
雄を客観的に見てどうかと言われれば、間違いなくイケメンの部類に区分けされる。教師と生徒の関係ではあるが、頼れる年上の存在として意識することもあり得る。現に班別行動の時の彼の立ち居振る舞いは、教師としての面が垣間見える反面、一個人としての素の感情が出ているようにも見えた。
「そういえば風見先生ってよくこのかと一緒に居るよね。何か昔会ったことがあるなんて噂だけど」
「ウチ前、桜咲さんと一緒におるの見たで」
「えー! 桜咲さんと!?」
裕奈、亜子、まき絵が更に多い被さるように話を続けていく。彼女たちが言っていることは事実であり、普段雄は木乃香や刹那と行動をしている。木乃香に関してはもはや周知の事実であり、実の兄を慕うように懐いていた。もはや本当の兄妹ではないかと想像する人間も少なくはない。
一方で刹那は意外に思う生徒が大半。それもそのはず、クラスの変動がない麻帆良学園において、クラスメートとほぼ関わりを持たずに、二年間を過ごしてきたのだから。行事をサボることはないが、自らが率先して何か行動を起こしたり、誰かと話している様子を見たことがなかった。
また、本人の触れれば切れるような凛とした立ち居振る舞いから、話し掛けにいく生徒自体も少なく、周囲で話していることがあるのは真名くらいだ。話す内容に関しては表向きに言えるような内容ではなく、プライベートで仲睦まじいわけでもない。
肝心の真名も雰囲気を悟ったのか、いつの間にか姿を消しており、聞くことは出来なかった
つまり刹那とまともに会話をしているのは雄だけなのだ。
「風見先生ってもしかして結構凄い?」
「誰とでも分け隔て無く接することが出来るのは凄いよね。授業も分かりやすいし、カッコいいし! 何かあったらコロッと惚れてもおかしくないよ! ね、アキラ」
「だ、だから私は……」
雄との関係を根掘り葉掘り聞かれるアキラだが、このやり取りは後小一時間に渡って繰り広げられたという。
「むぐぐ、明日の予定は……」
歯を磨きながら明日の予定を思い出す。自由行動三日目は完全な自由行動であり、各班が回りたい場所を散策するといった、何とも分かりやすい一日になる。京都奈良だけではなく、周辺の都道府県に自由に足を運ぶ事が可能になるわけだが、これがまた各班綺麗に分かれている。
ネギ君が引率予定の五班は京都の各名所の散策。完全に行き当たりばったりな行動になるため、隙を見計らって抜け出すらしい。抜けるのはネギ君と明日菜の二人だけで、刹那はそのまま五班に残り、木乃香の護衛を続けるとのこと。
明日の重要な任務は親書を総本山に届けることであり、最優先事項になる。親書を届ける際、必然的に先方からの妨害が想定される故に、木乃香は刹那が直で護衛した方が安全だと判断。
あくまで今回の修学旅行に関してはメインはネギくんたちであり、俺はサポーターに過ぎない。近衛からはネギくんたちがどうしようも無い時だけ、手を貸すように頼まれているものの、それはそれでまた難しいものがあった。
悪い言い方をすれば、非常事態に何も行動しない魔法関係者、薄情者といえば良いか。幸い大事にはなっていないが、いつどうなるかまでは把握できない。
今日一日、五班にベタ付きで監視させた俺の分身体からの共有記憶には、襲われた類の出来事は無かった。まぁ、他の衝撃的な出来事は記憶として残っているけど……それを語るのはまた改めてにしよう。
前提として最後まで分身体が残っている時点で、襲われた可能性は限り無くゼロになる。分身体の方には本当にヤバいときは、自分から媒体に戻るよう共有してあるし、一日無事に過ごせた。
「……明日が勝負か」
結論としては明日が全ての鍵を握ることになる。本山に入ってしまえばある程度安全には過ごせるかも……いや、正直この現状で安全な場所などない。木乃香がさらわれかけた時に、先方側の戦力を分析してみたが、あのメンバーだけで来るのなら、大した戦力ではない。天ヶ崎千草、千景の両名でかかったしても、刹那の力量にも及ばない。
歯磨きによって口の中にたまった歯磨き粉を洗面台に吐き出し、口の中に水を含んで濯いでいく。
問題なのはもう一人居た神鳴流剣士だ。両手に小刀を纏い、独特の動きから相手に近寄り、手数の多い攻撃を加える。一本刀の刹那からすると、不慣れな間合いな上に、対戦してきたことの無いトリッキーなタイプに苦戦は必死。
が、対抗できるのは俺か刹那くらいしかいない。
本当なら俺も五班に加わり、サポートに回りたいが、うるさい広域指導員が頑なにそれを許さず。今日もホテルを出掛ける際に、ネギくんと重複しないように言われたばかり。赴任早々大事にするわけにも往かないし、今回も分身体に任せることになりそうだ。
「やっかいだな。堂々と抜け出せるのは夜か、ホテルも空けるわけには行かないし」
万が一は常に想定しなければならない。今日の分身体はほぼ気を込めずに作り出したが、明日はキチンと戦えるレベルの分身体を作り出す必要がある。また麻帆良側の業務を終えたら、即本山へ駆けつける事にしようか。
相手には木乃香をさらうという明確な目標があるとはいえ、他の第三者に危害を加えないとも限らない。自由行動も含めて丸一日、全神経を尖らせておくのが良いだろう。
「……あ、何だ?」
顔を吹いた辺りで、何やらガヤガヤと部屋の前がやたら騒がしい。
何かをおっ始めようとでもしているのか。昨日が静かすぎたせいですっかり失念していたが、これが本来の三年A組だ。
が、この夜遅くに騒ぎ立てるのは頂けない。俺は笑って済ましたとしても、黙っていない教員だっている。どこぞの鬼教師とかな。乾かしたばかりの髪をわしゃわしゃとかきながら、入り口へと向かう。
どーせくだらない事でもやっているんだろう。あまりにも騒がしいようなら軽く注意して、部屋にでも戻せば良い。
様々な想像を膨らませながら部屋の扉の鍵を開け、外へと踏み出した。
「えっ!?」
「あれ? 何してんだこんなところで……」