「よおっしゃー! 宮崎のどか仮契約カードゲットだぜー!!」
旅館内のとある一室。仮契約カードを片手にガッツポーズしながら、某主人公が決めゼリフとして言いそうな単語を連ねるオコジョ妖精のカモ。正式な仮契約一回につき、五万オコジョドルが仲介料として手に入る。日本円にした場合の単価は定かではないが、一般企業なんかではコミッションやインセンティブと呼ばれるようなものであり、かなりの高額なものであることが伺えた。
カモの喜び方を見ても、それほどに価値のあるものだということがよく分かる。
「おぉ! 偽物の先生でもカードが出るんだね!」
今回のイベントの主催者である和美が、偽のネギとのキスによって生まれたカードを手に持って、枚数を数えている。枚数によって報酬が変わるのか、若干目には期待の光が見えた。
「大がかりな準備だった割には情けねぇ成果だが、仕方ねぇ」
「よっしゃ、ずらかるよカモっち!」
パンパンに膨らんだ袋を持ち、和美は颯爽と部屋を後にしようとする。袋の中身は今回のトトカルチョで集めた食券であり、数えるとかなりの枚数があった。仮に予想が当たった人物に価値分の食券を配当したとしても、手元には多くの食券が残る。
これだけあれば、今後学園生活を送る上で当分昼食に困ることは無いだろう。カモ的には寂しい成果かもしれないが、和美からすると今回の企画は相当儲かったことになる。後はバレないうちにここから離れれば、全てが円満に終わる。
ここまで来たならと、楽観視しながら部屋を出ようとするが、そこまで融通を聞かせるほど神様は甘くなかった。
「ん?」
扉を開けた瞬間に何か堅いものが顔に当たる。部屋の前に固形物をおいた覚えはなく、何が当たったのか分からず首を傾げるばかり。
「……」
が、状況を把握すると血の気が引いたかのように顔が青ざめた。だらだと嫌な冷や汗が吹き出てくると共に、恐怖の二文字が相応しいと言わんばかりのオーラが当てられる。自分がぶつかったのは固形物ではなく、部屋の前に立つ人間の胸板だった。
ギギギッと壊れた機械のような音を立てながら顔だけを、対象の方向へと向けると、そこには恐怖の象徴とも言える存在がいた。
「なるほど朝倉、貴様が主犯か」
こめかみに血管を浮き上がらせながら、怒り心頭の新田が和美の視界に入る。どうしてこの場所が分かったのか、それはどうでも良い。今の彼女にはどうこの場をやり過ごすかを考えるだけで精一杯だった。
が、現状を打破出来る要素は皆無。手にはトトカルチョで集めた大量の食券がある。もはや修学旅行に全く関係ないものであり、これをどう良いわけすればいいのか思い付かなかった。
和美がテンパっている間にも、コソコソと場から逃げ出そうとするカモ。ドアから出てすぐの出来事だった。
「むぎゃっ!?」
「何だ? 今どこかから声が……」
「すみませんね、新田先生。ウチの生徒が迷惑を掛けて……」
「風見先生、どうしてここに?」
新田が振り向く先には、申し訳無さそうな表情を浮かべる雄の姿があった。手にはバタバタと逃げ出そうとするカモがいるが、カモの力よりも遙かに雄の握力が勝るために、抜け出そうにも抜け出せない。
視線だけを下げ、和美がいることを確認するとすぐに新田の方へと視線を向ける。
「いえ、ちょっと外が騒がしかったもので。もしかしてと思って出て来たんですが……」
先ほど偶々部屋前で居合わせた二人だが、新田よりもう少ししっかりと締めて欲しいと指摘を受けたことで、自身も外に出てきたと説明する。
そしたら案の定、新田に捕まった和美を発見。助けるためではないが、自分のクラスの生徒が起こしたトラブルは、自分たちで解決しようと。ある程度理由を説明すると、新田も納得したかのような表情を浮かべた。
「ところで、朝倉以外にも出歩いていた生徒は居るんですか?」
「えぇ、むしろA組の大半が朝倉の企てたゲームに参加しておりまして。今は参加者全員と一緒に遊んでいたネギ先生も、ロビーで正座をさせている状態です」
「……」
新田の口から出てきた事実に、思わず頭を抱える。まさかネギも一緒になってロビーで正座させられているとは、彼も思わなかっただろう。そもそもネギが本当に今回のイベントを知っていて、かつ積極的に参加していたかどうかも甚だ疑問だった。
が、結局は新田の口から語られることが事実であり、覆しようのない証拠になっているのは間違いなかった。
「新田先生、後は俺が引き継ぎますよ」
兎にも角にも生徒たちを救出するのが先決だ。このまま朝まで正座コースはいくら何でもきつすぎる。おいたが過ぎた結果がこれだが、次の日の行動に支障を出したくはないし、まずは生徒の体調管理が第一。
「それに冷たいロビーで正座をさせたら、次の日にも影響が出かねませんし、解放してやって頂けませんか?」
「いや、しかしですな風見先生……他の生徒も自室では寝ております。万が一また騒がれても、周囲の部屋に迷惑が掛かる。私としては了承しかねます」
新田の三年A組に対するイメージは、あまり良いものでは無い。雄の申し出に対し、表情をやや歪めながら断りを入れる。
端から見ても、騒がしいクラスであることは明白だが、普段の彼女たちの行いが、学園広域指導員としての新田に対し、他クラスに比べて悪く写ってしまっていた。もちろん敵意むき出しにして、目の敵にしている訳ではなく、教員として他のクラスを守る意味合いも含めている。
立場上、生徒たちを律するのも仕事であり、今回はやむおえないと判断した。
「……ですが今回の件、私の管理不足もあります。本来は新田先生の手を煩わせることがあってはならなかった。キチンと生徒には伝えます、絶対に騒がないようにとね」
「えぇ、風見先生が?」
「私も学生の頃はどうしようもない人間で、夜はいつもはしゃいで迷惑を掛けたものです。特に広域指導員の方にはね」
雄は自身の学生時代の思い出を恥ずかしそうに語る。新田の方を見ながら、まるで今日みたいにねと言いたげな表情を浮かべた。
雄の表情に新田は押し黙る。
いくら鬼教員とはいっても、学生時代から堅苦しい人間だった訳ではない。新田自身も今の三年A組のようにふざけていた時期もあっただろう。
「……そうですな。私も昔のことながら、当時は中々に言うことを聞かない生徒でした。なるほど、そういうことか」
やがて口を開く。何かを悟ったかのように、雄の顔を笑みを浮かべながら見つめた。恐らく近くにいる和美は新田の笑う表情を見たことなど無かったのか、驚きを隠せないでいる。
言葉に置き換えるのなら、あの鬼の新田が……とでも言いたげだ。過去を懐かしむような柔らかな表情は、今の生徒たちの現状を過去の自身に置き換えたのか、それともまた別の要因があるのか、そればかりは本人にしか分からない。
「今回は多目に見ましょう。ただ次は無いですから、気をつけて下さいね、風見先生」
「寛大な処置に感謝します」
最後にふと笑うと、踵を返して二人のいる廊下から立ち去った。終始ぽかんとしたまま、状況を見ていた和美だが、やがてはっとしたかのように口を開く。
「あ、風見先生。助けてくれてありがとう……」
改めて助けて貰ったことに対し、感謝の言葉を述べる。まさかの救いの手に、些か感動を覚えながら頭を下げた。
「ま、これくらい気にするな。ただ後できちっと話は聞くから覚悟しておけよ?」
「うっ……しっかりしてるのね」
今回の一連の騒動に対する話は後でしっかりと確認すると告げると、若干引きつった顔をしながらも渋々了承する。
本来だったら新田にしょっぴかれるところだったのを、助けられたのだから雄には感謝しか無いのだが、いざ後々じっくり話を聞かれることを想像すると、何とも言えない気分になる。
雄と二人きりの話し合い、この場合は『OHANASHI』とでも言うのか。
「カモ、お前もな?」
「……旦那、ひでーっす」
胴体を摘ままれたまま身動きが取れず、吊されるカモの姿が哀れに見えた。事態の収束を見届け、ホッと一息つくと和美にロビーで正座をしている生徒たちに、部屋に戻るように伝えるよう指示すると、和美はバタバタとかけていく。
やがてその姿が見えなくなると、自身の背後で隠れているであろう人物に声を掛けた。
「おい、もう良いぞ」
雄の声に釣られるように、背後の曲がり角から姿を現したのはアキラだった。周囲をキョロキョロと見回し、改めて人が居ないことを確認すると、遠慮しがちに声を掛ける。
「あ、あの、新田先生は……?」
「見回りに戻ったよ。後はうちのクラスで、正座させられている生徒は解放してくれるらしい」
「ほ、本当ですか!」
自分と共に行動していた裕奈は交戦途中に新田に見つかり、ロビーへと連れて行かれてしまった。裏切るつもりはなかったが、結果的に自分だけが助かる形になってしまい、彼女に対して申し訳なさで一杯だった。
が、雄の機転により裕奈を初めとするロビーに連れて行かれた生徒たちは全員救出する事に成功。数分もすればそれぞれ部屋に戻るはず。
一度新田にしょっぴかれていることから、騒がしくしたり部屋の外に無断で出ようと企てる生徒はもう居ない。イベント自体も終わったことで、改めて普段通りの夜が戻ってきた。
「あぁ、だから大河内も早めに部屋に戻れ。また新田先生が戻ってきたら面倒なことになるだろうし」
雄はアキラに対し、早めに部屋へと戻るように促す。新田を説得することには成功したが、出歩いていればとやかく言われることは間違いない。事態が収束している間に、さっさと部屋に戻ってしまった方が、後々手間になることもない。
このまま裕奈の元へ駆けつけようとも考えたが、流石に下手に出歩こうとは思わなかった。
「ホントに何から何までありがとうございました。ご迷惑かけてごめんなさい」
「大丈夫、何事も無く済んで良かった。また明日な」
「はい、おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げると、足早に自室へと戻っていく。アキラの姿が無くなったことを確認すると、同じように自室へと戻り始めた。
なお、先ほど捕まえたカモは未だに掴んだままであり、いつになったら解放されるのかと、顔だけを上げて雄へと尋ねる。
「だ、旦那? オレっちはいつまで捕まって居れば?」
「お前には話があるから少しだけつき合え。拒否権は無い」
「へい……」
カモはがっくりと力なくうなだれる。
余談だが、この後数時間、カモは雄の部屋で取り調べを受けたらしい。
修学旅行も二日目が終わった。