「ふわぁ……」
「随分と眠そうですが大丈夫ですか?」
「あぁ、一応ね。どっかのアホのせいで夜遅くまで起きてたからな。つーか日付変わってるわ」
欠伸をしてだらしなくなる口元を押さえながら、ロビーを歩く雄と、かなり眠そうな表情をしている雄の身を案じる刹那。
原因の大半が夜中に行われたイベントなのだが、立場上は致し方ないと割り切るも、身体に溜まる疲労感や眠気ばかりはどうしようもない。
朝食後、今日のスケジュールを確認しようと合流した二人は、他の協力者たちが待つ場所へと向かっていた。修学旅行三日目、今日はネギが親書を総本山へと届ける最も大切な一日となる。
昨日は何事もなく、本当の意味での平穏無事に過ごすことは出来たが、今日はそう簡単には行かない。本来なら雄も同席するべきなのだろうが、同じ班に担任と副担任がつくことは許されておらず、必ず分担するようにと釘を刺されていた。
最も、身代わりでも作ってしまえば十分その役割は担ってくれそうだが、先方が無関係な人間を手に掛けないとも限らない。故に全戦力を親書側に傾けてしまうと、学園側が疎かになってしまうために、最善策に見えて実は違う。
それに親書を渡す道中での妨害を考えると、丸一日時間を費やすことにもなる。雄が付き添ってしまうと、それだけの間、学園側が完全な無防備な状態になる。相手の出方が不確定である以上、完全に放置する訳にはいかなった。
「粗方伝えたと思うけど、今日も昨日みたいに俺の分身体を付ける。完全自立型な上に戦闘能力も高いから、二日前の手先に遅れを取ることはまずない」
「ありがとうございます。今日が恐らく山場でしょうし、親書さえ届けることが出来れば……」
「ただ問題なのは、増援があったときだ。十分に考えられるし、最悪木乃香を連れて実家に逃げ込む必要も出てくるかもしれない」
「えぇ、そこはこちらで上手く対応します」
「頼むぞ。本当の緊急事態には俺も駆けつけられるようにしておくから」
不安要素は事前にある程度潰しておくのが定石。万が一が十分に考えられる以上、すべての不安要素に対して完全な対応は不可能に近いが、致し方ない。
動ける人数は限られているし、仮にタカミチが居れば雄も自由に動くことが出来ただろうが、無いものをねだっても仕方ない。現有戦力でやれることをやる、それだけだ。
気持ちを切り替え、ロビーへと向かうと既視感があるような声と内容が聞こえてきた。
「ちょっとどーすんのよネギ! こんなに仮契約カード作っちゃって!」
「えぇ! ぼ、ぼくのせいですかー!?」
大量のカードを持ち、ネギへと詰め寄る明日菜と、自分のせいではないと半泣きで訴えるネギ。
話の内容は昨日のイベントにより大量生産された仮契約カードであり、右手には成立カードであるのどかのカード、左手には偽物のネギにキスしたことで作られたスカカードが数枚。いくら本人にその気が無かったとしても、状況が状況だけに詰められるのは仕方なかった。
「まぁまぁ姐さん」
「いーじゃんアスナ。儲かったってことで」
と、楽観視しながら言葉を発するカモと和美だが、二人の一言が、明日菜の怒りに油を注ぐことになる。
「エロガモと朝倉は黙ってて!!」
「はい……」
「エロガモ!?」
表情を歪ませて二人に一喝する明日菜に、和美は蛇に睨まれた蛙のように身をすくませ、カモは悪口のような言葉にショックを受ける。二人は今回の一件の原因を作った張本人である故に、情状酌量の余地はない。
挙げ句の果てに、新田にしょっぴかれる寸前のところを雄に助けられているのだ。本来なら笑い事で済むような話ではない。
「相変わらず朝から元気だな明日菜」
「雄さん、ちょっと聞いてよ! ネギったらこんなにカードを……」
ガミガミと説教を続ける明日菜に近付き声を掛けると、昨日一日で作ったカードを見せながら歩み寄ってくる。持っていたカードの枚数に驚き、思わず目を見開いた。まさかあの一時間足らずの出来事の間に、これだけの枚数を作っているとは思いも寄らなかったのだろう。
和美とカモを聴取した時には、具体的に何枚仮契約カードを作ったのかまでは聞いていないし、驚くのも無理はない。カードを見る雄からあからさまにバツが悪そうに視線を背ける和美とカモの両名に苦笑いを浮かべながら、半泣き状態のネギに労いの言葉を掛ける。
「やぁ、ネギ先生。昨日は色々と大変だったみたいだね」
「い、いえ! こちらこそ風見先生に迷惑を掛けてしまって……」
「ははっ、気にしてないさ。修学旅行の夜はあれくらい賑やかじゃないとな。ま、どっかの二人はやりすぎが祟って痛い目を見たわけだが」
「うっ……」
ジロリと視線を向ける先の二人が如実に反応をした。和美は雄に何をしたのかの詳細を聞かれ、カモは部屋に呼び出され直々に『OHANASHI』するという地獄を味わう羽目に。
和美の場合は夜も遅いために、夜は何事もなく部屋に戻り、今日の朝食前に聞かれるだけに留まったが、カモの場合は捕まってから数時間もの間雄に睨まれ続けて、若干のトラウマになっているようだった。
「カードを作ったのは仕方ないけど、宮崎には事実を知らせない方が良いな。現状、彼女を今回の案件に引き込むには危険すぎる」
話題を変え、改めて仮契約カードについての注意をネギに伝えた。のどかは魔法側のことは何も知らないため、下手に事情を話せば彼女を危険にさらすことになる。
あくまで景品として渡すのはまだしも、本来の仮契約カードの能力を使うようになってしまえば、自ずと魔法世界に関わりを持つようになる。そうなれば守ることも難しくなるし、生死と隣り合わせの状況を生み出す可能性も出てくる。
現状はただの景品として渡すのが一番良いだろう。
「そうね。景品としてコピーカードを渡すのは仕方ないにしても、マスターカードは使っちゃ駄目よ。本屋ちゃんは完全な一般人なんだから」
「その方が良いかもしれませんね。知らせて危険な目に合わせる訳には行かないですし、魔法のことは黙っておいた方が良いでしょう」
明日菜や刹那も、雄の意見に賛成のようだった。三人の意見に対し、ネギも首を縦に振り同意見であることを伝えた。
「そうですね。宮崎さんには魔法のことは黙っておきます」
「しかしあのカード強力そうなんだけどなー。まぁいいや、姐さんにもコピーカードを渡しておくぜ」
のどかの仮契約カードの効能にカモは残念がるも、気持ちを切り替えて明日菜にもコピーカードを渡す。が、先日の一件にてコピーカードの性能は念話が出来るだけだと思い込んでいる明日菜は、若干疑い深い眼差しでカモを見つめた。
「えー? いいわよ、そんなの。どうせ念話出来るだけなんでしょー?」
「ち、ちげぇって! この前使った武器が自分でも出せるようになるのさ」
疑い深くも、カモが掲げる仮契約カードを受け取る。本当に念話だけじゃないのかと、信用出来ないような雰囲気を醸し出すも、ちゃんと武器が出せるのであれば、使い方を知っておいて損はない。
カードの裏表を交互に見つめながら、続くカモの説明を聞いていく。
「で、どう使えばいいの?」
「簡単でぇ。手に持ってアデアットって言えばいいのさ」
「ふーん? ……じゃあ、アデアット!」
明日菜が呟くと同時にカードが発光し、いつの間にか一昨日の夜に使ったハリセンが出てきた。まるで手品のような一連の流れに明日菜は驚き、そして少しばかりの感動を覚える。
「すごい! 手品みたい!」
大道芸に使える! とクルクルとハリセンを回しながら、興奮を抑えきれないでいた。この前までは一端の中学生だった明日菜が、いきなり自分も魔法具を使えると分かれば、多少なりとも感動するのも無理はない。
「ん?」
仮契約カードに夢中になる一方で、不意に何者かの気配を悟り、雄は背後を向く。すぐ後ろの自動販売機の影は死角になっていて、角度をずらさないと先が見えないようになっている。
今誰かがこちらの様子を覗いていた気がするが、自分の気のせいだろうか。敵特有の気配ではないため、深く気にする必要は無さそうだが、一般生徒に見られていたとしたら人によっては面倒なことになるかもしれない。
が、比較的距離はあるため、恐らくこちらで話している内容は聞こえては居ない。仮に聞こえていたとしても部分部分で、何を言っているのか分からないはず。カモも意識的に大声にならないように声を抑えているし、変に勘ぐられることはないはず。
それにここにいるメンバーが、誰かに聞かれたところで口を割る可能性は低い。下手に心配する必要はない。
雄が背後を振り向く様子を見ていた刹那も、何かあったのかと声を掛けてきた。
「何かありましたか?」
「あぁ、誰かに見られているような気がしてな」
「まさか関西呪術協会が……?」
「いや、奴ら特有の雰囲気は感じられなかったし、恐らくうちの学園の関係者だと思うぞ。幸いそこまで声は響いて無いし、魔法がバレる可能性は低いだろう」
「だと良いんですが……」
比較的楽観視している雄に対し、刹那は一抹の不安を抱えていた。雄が言うんだから間違い無いんだろうが、ほんの少しでも可能性があるのなら気にするべきではないか。
彼女にとって良い部分であり、逆に悪い部分でもある細かさ。深読みは相手の術中にハマり、かえって混乱を招く可能性がある。下手な推測は命取り、深く考える必要はない。
「ははっ、心配性だな刹那は。大丈夫だよ、俺が言ってるんだから安心しろって」
「……はい」
雄に肩をぽんぽんと叩かれてようやく納得した。二人のやりとりの一部始終を見ていたカモが、ニヤリと笑みを浮かべながら、二人へと話題を振る。
「そういえば、旦那は仮契約をしないんですかい?」
「俺? 俺なんか仮契約しても仕方ないだろ。そもそも俺なんかとする相手が何処にいるんだよ」
「意外に居ると思いますぜ、例えば刹那の姐さんとか」
「は、はい!?」
カモの一声に、刹那はあからさまに裏返った声で反応をし、顔を赤らめた。そんな刹那の反応に、カモは親父モードで畳み掛けていく。
「実のところどうなんですか姐さん? 俺たちが知らねぇ間にも一緒に仕事をしていた訳だし、全く気が無いってわけじゃ……ぷげらっ!?」
「やめんか」
不意に伸びてきた雄の手によって潰されるカモの体。流石に多少なりともセンシティブな情報になる故に、黙認は出来ないと判断したらしい。
押しつぶされるカモの様子を、何やってんだかと溜め息をつきながら眺める明日菜に、苦笑いを浮かべるネギ、和美は改めて刹那と雄の関係が気になるようだった。
刹那は刹那でほうと一息つき、やがて真剣な顔へと変わる。
「それでは皆さん。大変な一日になるとは思いますが、よろしくお願いします」
長い長い三日目が幕を開けた。