「そうだネギ先生」
「はい、どうしました?」
打ち合わせが済んだ後、雄は個別にネギを呼び止める。何だろうと歩みを止め、雄の元へともどってきた。周囲に誰も居ないことを確認すると、昨日と同じよう一枚の人型をした紙を取り出す。
見覚えのある紙に心強さを感じながらも、今日も雄が同席出来ないことに改めて寂寥感を覚えた。
「あ、そういえば風見先生は同席出来ないんですよね……」
「あぁ、流石に学園側を空ける訳には行かないし、そもそも担任副担任が同じ班に付き添うのはおかしな話だからな。で、今日の分身は自立型の分身でね、昨日の分身とは違って俺の身に何かあっても分身が消える事はない」
念には念を。
昨日のような見せかけだけの分身体ではなく、雄自身に何かがあったとしても動けるように、完全な自立型の術式が組まれた分身を用意した。
「それにそこらの術者には遅れを取ることはないから、十分信頼を置ける。ま、いつも俺に接するようにしてくれれば違和感は無くなるはずだ」
「そうなんですね。助かります」
昨日よりも長い術式を唱えると、人型の紙から光が発し、徐々に人型を成していく。昨日と同じようなミニマムサイズの雄が出来上がると、ネギに再度、今日の流れを簡単に説明する。
「今日は初日のようには行かないだろう。先方も全力で妨害してくるはずだ。木乃香には刹那をベタで付けているけど、いつどこで何が起こるか分からない。この分身体も、万が一の時は等身大の大きさで戦うことも出来るから、上手く使って欲しい」
「ありがとうございますっ、じゃあ僕も準備があるので行きますね!」
頭を下げると元気良く、ネギは部屋へと戻っていった。その後をミニマム姿の雄が追いかけていく。端から見たらRPGのような構図にも見えるが現実である。昨日と同じように簡易のステルスを掛けているため、ただの一般人には目視することが出来ない。
雄が把握している生徒の中で数名、目視できるであろう人間を見つけているが、そもそもこちら側の世界に足を踏み入れている人間であり、バレることに対する危険性はかなり低いものがあった。仮に知られたところでも事情を悟って変に聞いてくることも無さそうだ。言い訳を考える必要もないだろう。
雄の用意した分身は当然喋ることは出来るものの、人前で声を発すると雄自身、とどのつまりオリジナルが話してもいないのに、話しているように見えてしまい、かえって混乱を招きかねない。それにステルスを掛けてるとはいえ、声は一般人にもしっかりと聞こえる。雄が居る前で分身体に話させるのは、避けた方が良いのは明白だった。
「あや、お兄ちゃん。こんなところで何しとるん?」
「ちょっとネギ先生と打ち合わせをな。木乃香もこれから出掛けるのか?」
ネギが立ち去るのと入れ替わるように、木乃香が姿を現す。すでに私服姿に着替えたようで、カジュアルな服装がよく似合っている。
「せやで。お兄ちゃんはどーするん? 何かネギくんから聞いたんやけど、教員は同じ班に二名付けないって……」
「まぁね。こればかりは決まりだからどうしようも無いよ」
「うーん……でもそれはちょっと残念やなぁ」
雄と一緒に京都散策を出来ないことが寂しいのか、如実に寂しさが表情に現れた。木乃香の良いところに、極めて喜怒哀楽がはっきりしているところがあげられる。今の彼女の表情は恐らく本気で寂しがっているのだろう。
雄に木乃香が懐いていることは既にクラスでは知らない生徒は居ない。アキラには付き合っているんですかと勘違いされるほど、二人の仲は良好なものがあり、どの生徒よりも関係値は高い状態にあった。
初日の全体行動こそ共に回ることが出来たが、二日目の奈良散策から今日まで二日間、一緒に行動出来ないでいる。もちろん教員としての仕事がメインにあるのと、ネギでは抱えきれない業務を全て対応しているため、彼に掛かる負担は相当大きいものがある。
昨日の一大イベントも落ち着かせたのは雄であり、この修学旅行中、まともに休めた日はあったのか。無理矢理駄々を捏ねればきっとついてくるだろう。だが、それでは他に大きな迷惑を掛けてしまう。
心の奥底に潜む甘えたい感情を仕舞い込み、何事も無いかのように振る舞う。
「でも、仕方ないな。ウチのワガママだけで甘えている訳にもアカンし」
「……すまん」
「謝らんといて。お兄ちゃんは何も間違うたことしとらんし、センセとしての仕事を全うしとるやん。これくらいのこと、ウチが我慢すればええんよ」
本心はもう少し甘えていたい。内に潜む本心を隠して木乃香は笑顔を向ける。
彼女の本心は懐いている、尊敬している以外の感情も混ざって来ていた。木乃香にとって理想の兄、先輩のイメージは雄であり、全て雄が基準になっている。それ程までに強く影響を受けているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「あ、そうだ。今日は俺大阪方面みたいだし、何か大阪の土産を買ってくるよ。木乃香に合いそうなやつ」
「え、ほんまに?」
「おう。すげー良いやつ探してくるから楽しみにしててくれ!」
「やったぁ、お兄ちゃん大好きやー♪」
笑みを浮かべたまま、雄に飛びつく木乃香。反射的であろう彼女の行為に驚きながらも、その小さな体躯をしっかりと受け止める。
「ってこら、ここで引っ付くなよ! 誰かに見られたらどーするんだ!」
「えへへー♪ 誰もおらんから大丈夫やー!」
誰かに見られることを危惧して逃げようとするも、思いの外、木乃香の力が強いようで抜け出すことが出来ない。無理矢理こじ開けようとすれば出来るかもしれないが、それでは木乃香が怪我をしてしまうかもしれない。
上手く誰からも見えないように、物陰に誘導しようとする雄と、ニコニコと笑顔を崩さずにひっついたままの木乃香。
時間にしてはほんの十秒から十数秒の出来事だったが、満足をしたようで離れる。ったくと苦笑いを浮かべる雄に対して、木乃香は満面笑み。どうやら寄り添うだけでも、不満を解消できたようだった。
「ほな、お兄ちゃん。行ってくるな~!」
「ああ、行ってらっしゃい」
踵を返し、パタパタと駆けていく木乃香の後ろ姿を見つめ、姿が見えなくなると同時に背後を振り向く。一見何もない、誰も居ないような空間に見えるが、その誰も居ないはずの場所に向かって雄は声を掛けた。
「刹那、もういいよ。出て来い」
「あの……もしかしてお邪魔でしたか?」
物陰からひょっこりと姿を現したのは刹那だった。元々最後の打ち合わせにと雄を探していたのだが、偶々木乃香が行る現場に鉢合わせ、反射的に姿を隠す。
初日の夜に木乃香との距離は一気に近付いたかのように思えたが、やはり木乃香が近くにいると落ち着かず、話しかけられると恥ずかしさの余り、反射的に逃げてしまう。
刹那が木乃香を嫌っているという誤解は解けたものの、面と向かってしっかりと話すという根本的な部分は未だ改善されず、昨日も一緒にお団子を食べようと歩み寄る木乃香から逃げる姿が奈良公園で目撃されている。むしろその目撃者が雄だった。
「いや、大丈夫。逆にもっと早く出てきてくれくらいに思っていた」
雄が木乃香に抱きつかれた時、既に刹那の存在に気付いており、だからこそ誰かに見られたらどうするのかと木乃香に伝えたのだ。最も相手が刹那だったことが不幸中の幸いであり、隠れてるくらいなら早く出てきてくれと思うも、当然一歩引いた位置にいる刹那は姿を現さず。
「し、しかしですね。私ごときがお嬢様と話すなどと……」
「良いじゃん。きっかけは作っただろ? 後は多分刹那次第だって」
「うっ……」
ど正論を叩きつけられ、ぐうの音も出ない刹那はたじろぎながら視線を逸らした。木乃香は刹那が自身のことを嫌っていると思わない限りは、歩み寄ってくるはず。それに対して、後は刹那が応えるだけだ。昨日も似たような内容を明日菜に言われるも、中々改善されず。
どれだけの時間を費やすことやらと、途方の見えないゴールに思わず溜息をつきそうになる。ただ前と違って刹那も改善しようと努力をしている事は分かるし、意外にその時は近いのではないかと、期待はしていた。
それに今日はネギと明日菜が親書を届けに行っている間、フォローしてくれる人間は居ないのだから、木乃香と刹那が話す機会は自然と増える。少なくとも関西呪術協会側の妨害が苛烈になれば、自ずと近くに寄りそう機会も増えてくる。
もし危機的な状況であるにも駆けつけず、遠巻きに木乃香を守ろうとするのであれば、護衛失格だ。それくらいは刹那とて分かっているはず。
「そ、それはそうなんですが……」
「ま、ちょいと変なことは言ったが、以前の刹那に比べればだいぶ良くなっていると思うぞ」
とはいえ雄も決して刹那を非難している訳ではない。少なくとも刹那の精神的な成長は雄も認めており、木乃香との現状を何とかしようと陰で行動していることは知っていた。以前ならば、私は守れるだけで幸せだの一点張りで、何も前進する事はなかった。
先の戦いでも、一度は敵の罠にハマるも自身の力で活路を見出し、罠を破っている。そこは間違いなく評価すべき点であり、彼女の成長でもあった。
「え?」
意味が分からないと首を傾げるが、彼女の反応は当たり前だろう。何故なら本人は意識しているやっているわけでは無いからだ。
自分自身の成長は自分が決めるものではなく、見ている周りが決めるもの。自分で成長したと線を引けば、その時点で成長は完全に止まる。無意識のうちにやっていた事が、刹那としては吉に転んでいた。
「とにかく、今日は長い一日になるだろう。刹那ばかりに重荷を押し付けて申し訳ない。今日を乗り切ってしまえば後は何とかなるはずだ」
「もちろん、それくらいは分かってます。何としてもこの修学旅行が無事に終わってくれることを……」
「そうだな。その為にも、ネギくんや明日菜だけじゃなくて、お前の力が必要になる、刹那」
「はい!」
自身で出来ることには限りがある。
今回の人員の配置に関しても苦渋の策だったに違いない。
それでも今日を乗り切れば、何とか活路を見出すことが出来るはず。そう信じ、二人は場から散開する。
去り際に一言、刹那に聞こえるような声で。
「……木乃香を、頼んだ」
そう呟いた。