「さて、誰だ? 学園からこそこそと後を付けているのは」
木乃香と別れ、一人寮の外で後ろに居るであろう存在に向かって声を掛ける。学校が終わってから数時間が経ち、既に周囲は真っ暗。明かりと言えば寮の玄関の明かりと、通学路に灯る街灯の明かりのみ。
学園内を回っている間、片時も俺たちから離れなかった視線。気配は上手く隠していたため、場所自体の特定は出来なかったが、視線の正体は同じ人物なのは分かった。
途中で何度かカマを掛けて誘き出そうとするも、周囲に人が多すぎた事もあって辞めた。特に視線が強くなったのは、木乃香のことを名前で呼ぶようになった辺りか。
二人きりになったタイミングで思わぬ話をされて、ようやく靄掛かった俺と木乃香の接点が明らかになったが、距離が近付いた途端、嫉妬感情の入り交じったものへと切り替わった。
何だろう、悪いことをしてないのに理不尽な仕打ち。
「……よく気付きましたね」
建物の柱の影から姿を現す一人の女性。
「君は……桜咲?」
彼女の姿に見覚えがあった。
確かうちのクラスの生徒。出席番号十五番、桜咲刹那。
あまりクラスでは目立つ存在では無かったはず。どちらかというと自ら存在感を消し、人との関わりを極力避けているようにも見えた。
クラス名簿には京都神鳴流と書いてあったから、その手の生徒だとは思うが……。
ん、京都? 京都って確か木乃香の実家だったっけ?
もしかして関係があるのか?
「どこに隠れてるかまでは分からなかったが、同じ視線と気が数時間に渡ってついてくれば流石に気付くよ。まさか桜咲がつけているとは思わなかったけど」
警戒心はマックス。
彼女の仕事柄、人を疑ってかかる性分はしかないのかもしれない。それにネギ君をはじめとした魔法使いの人間にも、俺の立場を一切教えていないため、俺がかつて近右衛門と共に仕事をしたこともある魔法関係者だと知っている学園の人間は限りなくゼロに近い。
「貴方は一体何者なんです? 雰囲気から見ても一般人とは思えない。それにこのタイミングでの赴任……都合が良すぎるような気がするんですが」
んー、あれだ、ちょっと堅すぎるかな。
得体の知れない人間に警戒心を抱くのは仕事人として当然だが、それが全面に溢れすぎている。これでは誘導尋問もへったくれもない。ここまで圧迫感のある質問をされて、正直に答える敵はいないだろう。
逃げられて終わる未来が如実に見えている。それが未熟な敵であれば彼女にも対応できるだろうが、レベルが上がれば上がるほどに対処は困難になる。
桜咲がどれだけ出来るか知らないが、俺だったら即座に逃げている。
「おいおい、随分な言い草だな。赴任のタイミングは偶々依頼を受けたからだよ。特に理由はない。それに習わなかったか? 人の素性訪ねる時にはまず自分からだって」
「っ! 目的は何だ!」
少しからかったつもりが、警戒心を飛び越え、明確な敵意が込められた視線で睨まれた。長い袋包みを握る手の力が強まる。袋の長さからして、中に収納されているのは木刀や竹刀、もしくは業物か。
ただ彼女が神鳴流剣士なら、いざという時の戦闘も想定しているはず、そう考えると木刀や竹刀もいった選択肢は除外される。
目的……目的か。特に何もないんだけど彼女の実力を見るのにはちょうど良いかもしれない。
「目的? 特に目的は……ないけど」
「貴様っ!」
「へ? うおっ!?」
中途半端に答えを濁すと同時に、俺の眼前を鋭い蹴りが通過していく。咄嗟に体をリンボーダンスの要領で折り曲げ、すんでのところでかわす。少し余裕をこきすぎたか、体勢的に連続攻撃は難しいと判断し、バックステップを踏みながら桜咲との距離をとる。
後一瞬判断が遅かったら間違いなく、俺の顔面に彼女の踵がめり込んでいたことだろう。それに恐ろしく手加減の無い一撃、完全に俺を無力化する前提で攻撃している。
今の彼女にどれだけ弁明したところで聞く耳は持たない。からかうつもりがとんだ災難だ。変に挑発するのも良くないと、改めて分かっただけでも収穫……じゃなくて。
「あぶねぇな! 今の避け遅れたら死んでいたぞ!」
「ちっ、外したかっ!」
「外したかっ! じゃねぇよ! 俺の話聞いてたか!?」
「聞く耳など持たん!」
「くそっ、ここだと目立つな……仕方ない」
このまま玄関の前で戦い続けるのは非常に頂けない。遅い時間帯とはいえ、生徒の誰かが通るとも限らないし、バレるリスクを考えると玄関前での戦闘は避けたい。
攻撃をかわした後、走って林の中へと逃げ込む。
「待てッ!」
案の定、俺のことを追いかけてくる。表情をみる限り、キチンとした話をしない限り納得しない……というか何を言っても手遅れか。逃げたら逃げたで、最終的には近衛が説得してくれるだろうが、個人的にはあまり面白くはない。
戦いに面白いことを求めること自体、完全に間違っているが、この際桜咲の現状を、実力を把握しておく機会には丁度良い。
どちらにしても安易な挑発にのっているようでは、一人前の神鳴流剣士としては成長出来ない。精神的な成長、それは一戦士として最も必要なスキルとなる。もろい精神は自身を弱体化させ、率いる仲間たちにまで被害を被る事になりかねない。
「待てって言われて誰が待つか……よっ!」
待てと言われて待っているほど、俺は優しい人間ではない。
先を走る俺の動きを止めるために、木の枝を折り、それをクナイのように投げ飛ばしてくる。正確無比なコントロールだが、狙うところがはっきりしていれば怖い攻撃ではない。
体の軸をぶらさずに顔だけ後方に向け、飛んでくる木の枝を素手で掴む。変に体ごと後ろに向けてしまうとバランスを崩す可能性もある上に、その後すぐに走り出せずに追いつかれてしまう。
攻撃が片目でも追いきれるのであれば無理な体勢のままでも十分、だがそれを過信してはならない。どんなケースにおいても戦況を冷静に判断し、適切な行動をとることが得策。今回は俺がそう判断しただけであって、相手の力量や余裕によっても変わってくる。
単純な戦闘力だけなら桜咲はそこそこ腕が立つみたいだし、下手な油断は禁物だ。
逃げている間にも容赦のない攻撃が続く。
「だーかーら! 人の話を聞けっつーの!」
「ふん! そんなものは貴様を捕らえてからゆっくり聞けばいい!」
「そういう問題じゃねー!」
なんか相手にするのが段々疲れてきた。ふざけた点は申し訳ないが、それ以外に何か悪いことをしたかと言われると、した覚えがないような気しかない。
まさか放課後に木乃香と出かけたことを根に持っているのであれば、完全な冤罪だ。とばっちりも良いところである。
仕方ない。
「お?」
進行方向に見えるのはサッカーボールサイズの石。タイミングが良すぎるような気がするが、接地面をみる限り、そこまでべったりと地面にこびり付いている訳でも無い。
こびり付いている場合、引き剥がす、蹴り上げるといった二行程が必要になり、同時に行えるだけのキック力で蹴ると、先に石が割れてしまう。
「よっと!」
「!」
走り際に足を引っ掛け、ロングシュートをするイメージよりかは、パスをするようなイメージで上に蹴り上げた。すると接着の弱い石はいとも容易く地面から剥がれ、俺の胸元ぐらいまで上がる。
胸元まで上がった足を一旦足下付近にまで落とし、再度自身の蹴りやすい高さに調整すると同時に、体を勢い良く反転させ、遠心力を利用して右足をピンポイントで石にぶち当てた。
「何っ!?」
桜咲もこればかりは想定していなかったハズ。蹴られた石はぶれることなく、一直線に桜坂の元へと向かっていく。
よし、これで多少なりとも時間を稼ぐことが出来る。石が向かう先に桜咲の素顔が確認できる。改めて見てみると整った顔立ちだ、もう少し笑うことを覚えれば大人の女性になれるんだがと思いつつ、どんな表情を浮かべるかと観察する。
「……ふっ」
「へ?」
ニヤリと笑った。
「神鳴流奥義……」
「はっ!? ちょっと待った! それは流石に洒落にならな……」
「斬岩剣っ!!!」
俺が最後まで言い切る前に、桜咲は剣を抜いた。
寸分の狂いもなく放たれた一閃は、俺が蹴った石をいとも容易く真っ二つに切り裂く。が、それだけにとどまらず放たれた斬撃の風圧の刃が俺を襲う。
「このっ!」
このまま逃げたところで直撃する。地面を蹴って桜咲と対面するように前を向くと、次の片足着地で横へと飛んだ。
間一髪、斬撃を避けることに成功するも、俺がもたついている間にも桜咲は俺との間合いを詰めている。更なる一撃が俺に襲いかかろうとしていた。
取ったと咄嗟に判断したのか。大きく振りかぶる桜咲の姿が映る。流石にこの攻撃をモロに受けたら出血多量で病院送り、下手すりゃ死ねる。
桜咲が振り下ろす瞬間。
「まぁ、とりあえず落ち着けよ桜咲」
「えっ……」
素早く俺は後ろに回り込み、桜咲が持っていた刀を首元に突き付けた。
何が起きたか分からず、立ち尽くす桜咲。自身の手を見ると、先ほどまでは確かに握っていたはずの自身の刀が無い。
いつ奪われたのか、刀を振り上げるまでは確かに握っていたはず。まさか攻撃が当たる僅か瞬間で自身の手から刀を奪い、背後に回り込んだのか。目の前の事実が信じられずに頭の中をぐるぐると思考が駆け回っているはず。
力なく場に膝を落とす桜咲。抵抗する気は無いように見えるが、万が一の事もある。桜咲から距離を取ると、近くの気の根本付近に刀を突き立てる。
「良いか、よく聞け。聞きたくなくてもよく聞け。まず俺は敵じゃないし、学園や近衛に手を出すつもりもない」
「……」
「後は、そうだな。あんな如実な反応じゃお前が誰を守っているのかすぐにバレる。もう少し精神面を鍛えた方が良い。まぁ、まだ若いし、いくらでも成長出来るよ」
一方的に話を続けるが、桜咲からの反応はない。聞いてはいるんだろうが、これ以上追い討ちするのは酷か。
「言ったからな、俺は敵じゃないって。夜も遅いし、気をつけて帰れよ」
踵を返し、寮へと戻ろうとした時、近くの林がガサガサと揺れる。化け物でも出て来たのかと身構えるも、その不安は次の瞬間、一気に取り払われる。
「そこに誰か居るのかい?」
「ん?」
林から現れたのは、三十代くらいの白スーツを着た渋めの男性だった。