異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ
ただ一刀、されど一刀。


第十二話 合格祝い

 リリオの試験がどう運んでどのように落ち着いたのか、はたから見ていた私たちには、ちょっとわかりづらかった。

 けれど、短いやり取りの間に、メザーガはリリオに問いかけ、そしてリリオは確かにメザーガに答えたのだった。多分、そういうことだったのだと思う。

 

「よーし、じゃあ総評と行くか」

 

 ぐったりと疲れ切ったリリオに肩を貸そうにも身長差がありすぎてどうしようもなかったので後ろから抱っこするように抱えていると、メザーガが気だるげにそんなことを言い始めた。

 

「まず、トルンペートとクナーボな」

 

 メザーガは二人の試合をざっとおさらいし、この手は良かった、ここはもう少し改善の余地があったなどと、意外にもしっかり試合を見ていたらしいコメントを残していた。トルンペートもうなずいたりしているあたり、的外れということもないようだ。

 クナーボ? クナーボは結局メザーガの言うことなら何でも頷くからあてにならない。

 

「トルンペートの戦法はなかなかしっかりしていたな。最初こそ動揺していたようだが、その動揺の殺し方もうまい。ただ全体的にちょいと走り気味なところがある。防御がおろそかだな。見たとこ個人技は十分な技量があるが、仲間と連携しての行動はちと疑問が残る。そんなところだなそんなところだな」

「むーん」

「不服か?」

「いえ、為になったわ」

「そうか。よし。クナーボは随分上達した。背面打ちや左右の切り替えもスムーズで、初見の相手ならまず翻弄できるだろう。ただやはり、射撃に手いっぱいで考えが回らないところがあるな。咄嗟の判断力ももうすこしといったところだ」

「うにゅう」

「まあこの調子なら成人後は見習いとして雇ってもいいだろう」

「本当ですか!」

「慣例となっちまった乙種魔獣討伐出来たらな」

「そんなぁ……」

「大丈夫ですよ。意外と簡単ですって」

「そうそう、下準備すれば簡単よ」

「この先輩たちあてにならないからね」

 

 続いて私とナージャに関してだったけれど、ここはあっさり流された。

 というのも、熟練のメザーガをもってしても「理解しかねる」とのお墨付きを頂けたからだった。

 

「ナージャがわけわかんねえのはもう今更何も言わんが、ウルウ、お前は本当にわからん」

「ごめん、私にもわからない」

「なんなんだろうなお前は。最後のは何だ。何をしたらああなる」

「それは秘密」

「お前は秘密の事もそうでないことも全く分からん」

 

 結論、奇々怪々で済まされてしまった。

 

「おお、閠! 殺したと思ったんだが!」

「あれ本気だったのか」

「うむ、仕留めたと思ったのだがな。何やら妙な術でも使われたようだな」

「私は弱くて臆病なんでね」

「はっはっは! 面白いやつだ。またやろう」

「断固お断りします」

「はっはっは!」

 

 リリオは、散々だった。

 

「打ち込みが甘い。日頃適当に振ってるんじゃないだろうな。剣筋が立ってないぞ。もっと自分の手足の延長と思えるようになるくらいは棒振りに励め。それくらいしかできないんだから。あんな格好いい技を一人で開発しやがっておじさんにも教えろください。全くとんでもないガキだな」

 

 などなどじっくりみっちりくどくどとお説教された上で、なにやら封筒を渡されていた。

 

「なにそれ?」

「……父から見たいです」

 

 私の腕の中で、リリオは気だるげに封筒を開いて、それから目を瞬かせた。

 

「竜殺しの課程は一応の修了とみなす。励むように」

「……それだけ?」

「それだけです。……ふふふ、それだけです」

 

 リリオはおかしそうに笑って封筒をしまった。多分、それは、私にはわからない笑いどころで、そしてリリオにだけわかればいい笑いどころなのだと思う。

 

「まあ、俺からいわせりゃまだまだだが、それでもあれだけ俺から殺意浴びせられて立ち上がれるんだ。まあ、悔しいが認める他ねえだろうな」

「メザーガって本場の人にも竜扱いされるくらいなんだ」

「ばっか言えおめえ、竜殺しの連中が竜より弱いわけねえだろ」

 

 辺境の人間の強さに関して、これ以上ない位納得のいく説明があった気がする。

 そうなるとリリオも将来、メザーガくらいは倒せるくらいに強く育つのだろうか。そうなると私的にはちょっと怖い。私はまだメザーガを倒せる自信はないのだ。

 

「よっし。じゃあ終わったら、あれだ。あれだな」

「なにさあれって」

「決まってるだろ」

 

 一仕事終えたと言わんばかりに一つ伸びをして、メザーガは笑った。

 

「飯だよ」

 

 

 

 事務所に手用意の進んでいた熊木菟(ウルソストリゴ)の鍋は、なるほど秘伝というだけあって格別なうまさだった。

 まず熊の類の肉は殺してすぐに適切な処理をしなければ不味いという。これは朝早いうちににウールソ直々に仕留めたものを処理して寝かせたものだという。私たちが試験うける朝に、審判引き受けてるくせにそんなさらっと熊仕留めてこれるのかよ。

 

 熊木菟(ウルソストリゴ)の脂は分厚いがさらりとしていてよく解け、甘味があった。これが肉の濃厚なうまみとともに汁に溶け出し、野菜にしみこんで、たまらない。

 味付けには味噌を用いていたが、これはいつもの胡桃味噌(ヌクソ・パースト)だけでなくいくつかの味噌を合わせた合わせ味噌のようで、独特の風味がしたが、この風味が美味いこと獣臭さを消してくれていた。

 

 野菜はとにかくたっぷりと入れられていたが、これは何しろ肉のうまみがしみ込むので、放っておけばあっという間に食べられてしまうので、最初からたっぷり入れないとすぐに悲惨なことになるからだという。事実、そうだった。

 珍しく辛味がして何かと思えば、唐辛子のようなものが入っている。やはり辛味を出すもので、また臭み消しにも良いという。程よく体が温まり、良い。

 

 また軽い酸味もあって何かと思えば、汁の赤色は味噌や唐辛子だけでなく、トマトのような野菜の赤身もあるのだという。これは南部から入ってきたもので、交易共通語(リンガフランカ)でも同じくトマトと呼ぶようだったが、これが固くなりがちな熊肉をやわらかく仕上げるコツだという。また酒をたっぷり用いるのも肉をやわらかくする要素だという。

 

 トマトで柔らかくなる、ということはたんぱく質分解酵素だな。と私は察しをつけた。パイナップルなど、果物にはたんぱく質を分解する成分を含むものがある。いくつか知っている範囲で、またこの世界でも見かけたものを紹介すると感謝された。

 

 旅先でも熊木菟(ウルソストリゴ)を食べたいと思って処理の仕方を尋ねてみたが、ウールソは決して首を縦に振らなかった。教わった山椒魚人(プラオ)とは、自分一人の頭の中に納めること、という条件で、互いに秘伝の味を教え合ったのだという。

 これは山椒魚人(プラオ)というのも、ぜひとも見つけなければならない。

 

 昼から私たちは酒を開け、鍋をむさぼり、大いに飲み食いした。

 

「しかし、全員合格したからよかったものの、失格してたらこの鍋の準備どうするつもりだったの?」

「なに、そのときは残念でした会さ」

「どちらにしろメザーガは一人得をするわけだ」

「馬鹿言え葬式みたいな空気で酒が飲めるか」

「じゃあ美味しく酒が飲めた分は路銀でも貰おうか」

「ばっか言え。だがまあ、そうだな。うまい酒はいいもんだ。いくらか、俺の使う商人どもを紹介してやる」

 

 宴会は夜まで続いた。


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