異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ

奇遇な所で奇遇な出会い。
久しい出会いに語らい、そしてまた別れるのだった。


第十一話 白百合と旅のはなむけ

 旅の神と冒険の神にそれぞれの幸運を祈って旅商人のおじいさんと再びわかれ、私たちはまたもう一つの別れの為にオンチョさんの商社の支店を訪れました。

 川港そばの大きな支店は街の規模に比べて立派なもので、成程オンチョさんの商社のたくましさが伺えました。河船でやってきたオンチョさんはここで品を下ろし、また品を積み、支店の監査を済ませ、と忙しくしておられました。

 

「おや、おや、いらっしゃいませ。狭いところですが、どうぞ」

 

 客の前で忙しなさを見せないようにしながらも、オンチョさんのもとには必ず誰かがやってきては報告をし、また返事を受けて、足取りも素早く往来が繰り返されているのでした。

 

「お忙しそうですね」

「おかげさまで商売繁盛といったところで。私としてはもう少しゆっくりできる程度でいいんですけれどねえ」

 

 そんな風に語りながらも、オンチョさんの顔にはやりがいというものが浮かんでいるのでした。

 

 忙しい中に席を作っていただいて、船の中でも頂いた西方の緑のお茶とセンベを頂きながら、私たちは船旅の感謝を告げました。

 

「いえいえ、とんでもない。なんでしたらバージョまでお連れしてもよろしいんですけれど」

「高い船賃を負けてもらうのも申し訳ないですし、陸の旅を楽しみたくもありますから」

「リリオさんは本当に冒険屋でいらっしゃる」

「お恥ずかしい」

 

 あとはまあ、これ以上船旅を続けると、ウルウが慣れる前に乙女塊大洪水の挙句に憤死しかねないので、致し方ないという事情もあります。そのあたりはオンチョさんもお察しのようで、ちらりと乙女の恥じらう顔を見やったきり苦笑いです。

 

「この後の旅程はもうお決まりですか」

「はい。次はムジコへ。ムジコの次はレモへ。南部へ入ってはバージョ、バージョから海路でハヴェノへ向かおうと思います」

「成程、成程。ハヴェノ周りは少し前まで海賊騒ぎもありましたが、今から向かえばもう落ち着いている頃でしょうかねえ」

「フムン、海賊ですか」

「いままでもちょこちょこいたんですけれどね、どうにもなかなか手強いのがいたそうで、なんとかいう高名な冒険屋を雇って退治したそうです」

「聞きましたかウルウ、浪漫ですねえ、私たちもいずれそんな風に御呼ばれしたいですねえ」

「御呼ばれって、お茶会じゃないんだから」

「ふふふ、なんでも恐ろしい魔女で、杖の一振りで海賊船を海ごと凍らせてしまったとか」

「そりゃまた恐ろしい」

「ウルウならできるんじゃないですか?」

「その根拠のない期待やめてもらえるかなあ」

 

 ウルウならできそうな気がするんですけどね。

 まあでも、確かにウルウの管轄外というか、専門外という感じはします。もう少しごり押しというか、ありもので適当に済ませる感じがありますもんね、ウルウって。

 

「私をなんだと思ってるんだ、君は」

「私のウルウです」

「どういう一言なんだ、それは」

「頼りにしてますよってことですよ」

「そりゃどうも」

 

 一方でトルンペートはもう少しすんなりと片づけそうな気がします。

 乱戦中にするっと海賊船に侵入して、敵の親分にナイフを突きつけて降参を進めるような、そういった切れ者って感じの絵面が良く似合います。

 

「まあ、確かに正面切っては無理でも、そういう方向ならできるかしら」

「海賊船の相手したことあるの?」

「こちとら辺境育ちよ、あるわけないじゃない」

「その割には自信満々だね」

「こちとら辺境育ちよ」

「納得の一言だ」

 

 まあそれを言ったらウルウもするっと忍び込んで、っていうのは普通にできそうですよね。気づいたら侵入していて、いくら攻撃してもぬるぬるかわされて、最終的に分身に囲まれて片手間に制圧されそうな感じです。

 

「本当に人をなんだと」

「でもできるんでしょ」

「多分できるけど」

「できるんじゃない」

「でーきーるーけーどー」

 

 私たちのやり取りをくすくすと笑って、オンチョさんはでは、とこう切り出しました。

 

「ではリリオさんならどうなさいますか」

 

 フムン。

 これには少し困りましたけれど、でもまあ実際私にできることってあまりないので、精々二択くらいでしょうか。

 

「まず一つは、直接敵船に乗り込んで正面から正々堂々と切った張ったを繰り広げます。剣の届く範囲にさえ入り込めれば、あとは陸上と一緒のことです。揺れようがよろけようが、切れば一緒です」

「ほう、これは剛毅だ。また一つは?」

「また一つは、船外から船ごと切り捨てます」

 

 これにはさしものオンチョさんもぽかんとなさいました。

 

「船ごと、切る、とおっしゃる」

「竜が切れて船が切れぬという道理はないでしょう」

「成程、これは、ははあ、剛毅だ」

 

 オンチョさんはからからと笑って、それから何度か成程成程とうなずきました。

 

「メザーガが目にかけるわけだ」

「メザーガが?」

「実はメザーガから預かりものがありましてね。あなた方にお渡しするようにと」

 

 預かりものというのは、厩舎にあった。




用語解説

・辺境育ち
 ある種の免罪符。

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