異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ

馬鹿の総大将が現れた!


第十話 亡霊と暴風

 癇癪を起しそうになったリリオを押さえつけて宥めてはみたが、いやはや、そこらの魔獣なんか簡単に屠れるわけだ。リリオを押さえつけるのは生半な事ではなかった。

 

 私の《暗殺者(アサシン)》としての勘がリリオの急所を正確に押さえつけてくれたからよかったけれど、そうでなければ実のところ、リリオを押さえつけるって言うのはそろそろ私にはきついのだ。

 つまり、最近のリリオは成長も芳しく、明確に数値上で、力強さ(ストレングス)が私を超えているのだった。

 

 おまけに数値上ではよくわからないところである魔力とやらの出力は尋常でなく、《SP(スキルポイント)》のゲージは私のものをとっくのとうに上回っている。

 この世界での魔術師の事情はよく知らないが、ギルド《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》で付き合いのあった《魔術師(キャスター)》の数値をすでに超えているのだから、もはやどっちがチートだか分かったものではない。

 

 その魔力がそのまま膂力にプラスされるだけならまだなんとかなるが、無意識のうちに魔法として形成されて、周囲の空気を震わせたり弾けさせたりするのには参った。空気だけならうるさいとか、豆茶(カーフォ)がこぼれるとかで済むけど、私の体の方にまで地味にダメージが通ってくるのが怖い。

 

 当人も押さえ込もうとしているようだし、骨に響くほどのダメージではないのでなんとなかっているが、普段自動回避で痛みというものを知らない私にとって、この痛みというものが地味につらいのだ。本当は今すぐに離してしまいたいくらい痛い。

 

 おまけに、これが消耗してどんどん弱くなっていくならばともかく、こいつ、さっきから《SP(スキルポイント)》のゲージが減らないのである。量が多すぎて減っているように見えないということではなく、使用した端から回復しているのである。

 

 この世界風に言えば、魔力を常に生産し続けている状態になるのだろうか。

 成程トルンペートが辺境貴族は特別だという訳である。

 

 痛みをごまかすために、なぜか生きていてそしてケロッとした顔を出してきたリリオの母親であるというマテンステロとの会話を試みているが、正直馬鹿なのではという疑問が先ほどから浮かんでは消えてならない。

 

 頭が悪いという意味ではない。

 発想が尋常ではないし、やることなすこと尋常ではないという意味での、馬鹿だ。

 

 聞けば飛竜相手に素手で相撲を取っただの、思い付きでそれにまたがって南部まで飛んで来ただの、まず普通の人間が思いつかない、思いつこうともしないことを平然と成し遂げているあたり、事前にリリオから聞いていた印象がガラガラと崩れていくばかりである。

 

「なんでですか」

 

 ふと、腕の中でまだ空気をぱちぱち言わせているリリオが、それでも大分落ち着いてきたらしく、呟くように尋ねた。

 

「なんでってなにが?」

「どうして、何も言わずに、逃げ出すみたいに、行ってしまったんですか?」

 

 噛み締めるような、食いしばるような、そんな問いかけだった。そうでもしなければ、叫び出してしまいそうな激情がいま、リリオの中で荒れ狂っているのだった。

 

「家が嫌になってしまったんですか? 私が嫌いになってしまったんですか? それとも、それとも、」

「そんなことないわ」

 

 癇癪をなだめるわけでもなく、しかし、マテンステロはしっかりと娘と向き合って、そしてまっすぐに言葉を吐いた。それはリリオの誠実であろうとする姿勢によく似ていた。

 

「あの家の居心地は悪くなかったわ。冬は寒いし、海の幸は食べられないけど、少し窮屈だったけど貴族の暮らしってのも、悪くなかったわ。それに育ちざかりの子供がかわいくない親なんて、まあ、いるかもしれないけど、私はそうじゃなかった。私について回るあなたはかわいかったし、お兄ちゃんぶって甘えたいのを我慢してるティグロもかわいかった」

「じゃあ、じゃあなんで!」

 

 ぱあん、とひときわ強く空気が爆ぜた。

 何が悪いでもないのならば、なぜ、と、なぜ行ってしまったのか、と。

 普段、子供っぽいとはいえそれでも泣き言を言わなかったリリオが、いま、年相応に涙を流しているのだった。

 

 それに対し、マテンステロは謝罪はしなかった。

 謝るということは、悪かったと認めることだ。それはつまり、リリオの悲しみも、それを乗り越えてきた過去も、全ては過ちの上にあったと宣言することだからだった。

 

 マテンステロはただ、寂しげに微笑んだ。

 

「旦那の愛が病み過ぎてて……」

「なんて?」

 

 そして寂しげな笑みのままなんか言い出すので思わず聞き直してしまった。

 

「いやね、アラーチョ……アラバストロもかわいいはかわいいやつなのよ。私に惚れて告白してきた時なんかもう子犬みたいでね。私が弱いやつは嫌よーって遠回しにフッてやったら、そりゃもう男の子って感じで決闘挑んできちゃってまあ、思いっきりぼこぼこにしてあげたんだけど、やっぱり辺境貴族って強いわね。ちょっと滞在するつもりの間に何回も挑んでくるからその度にぼろ雑巾にしてあげたんだけど、その度に強くなってくの。それでついつい絆されて長居してる間に一本取られちゃって、こりゃ年貢の納め時だわと思って結婚してあげたんだけど、いやもうベッドの上でもかわいいのなんのって」

「すいませんけど惚気はあとにして本題お願いします」

 

 リリオが目を白黒させているので話の続きを促したところ、非常に残念そうに、しかしご納得いただけた。聞いてるとこっちのやる気とSAN値が削られそうだ。

 

「最初におかしいなって思った時は、ティグロが生まれた時よね。私も自分の血を引いた子供が生まれるなんて、なんだかとても不思議で、それ以上に愛おしくて、なんだか私が私じゃなくなるみたいに幸せな日々だったわ。それで思ったの。お父ちゃんとお母ちゃんにも孫を見せてやらなくちゃって」

 

 しかしダメだった、とマテンステロは言った。

 

「アラバストロが止めたの。自分も一緒に挨拶に行きたいけど、まだ領地が不安定だとか、産後の肥立ちがとか、まあもっともらしいこと言うから、私もそうかもしれないわねって思って、手紙だけで済ませたわ。まあ生まれたばっかりのティグロに長旅はつらいかもしれないしとも思ったし、毎日大きくなるティグロをかわいがるので忙しかったし。でも、リリオがお腹の中にいるってわかって、今度こそはって里帰りを主張してもダメなのよ。妊婦には危険な旅だからって。それからずっとそう。二人が大きくなっても、ずっとダメだダメだってそればっかり。十二年間ずっと、里帰りどころか領地からも出れなかったの!」

 

 もはやマテンステロは、娘に聞かせているというよりは、完全に愚痴が入り始めていた。

 

「それで私、二人ともいい年だし、一度くらいは里帰りさせてよって訴えたの。そしたらアラーチョ、なんて言ったと思う? こうよ。『僕を捨てないで!』」

 

 腕の中でリリオが完全に固まったのを感じた。

 

「『そう言って帰ってこないつもりなんだ!』『僕たちを捨てるのか!?』『お願いだよマーニョ、どこにもいかないで!』」

 

 マテンステロがノリノリで声真似をするたびに、腕の中のリリオがダメージを受けていくのが感じられた。

 そう言えば威厳あるとか厳しいとか寂しそうな人とかいろいろ言ってた気がする。まあ寂しそうな人ではあるな。うん。

 

「それはもうかわいかったんだけど、さすがにこれはまずいかなーって思ったのよ、私。それで、いい機会だと思ったし、咄嗟にキューちゃんに飛び乗ってたわけ」

 

 それでおしまい、とばかりに冷めかけた豆茶(カーフォ)を啜るマテンステロと、恐らく以前にも説明されたのだろう、なんとも形容しがたい顔で聞き流しているマルーソとメルクーロ。

 そして完全にキャパオーバーして頭を抱えているトルンペートに、再起動待ちのリリオ。

 

 誰か助けてくれ。

 




用語解説

・アラバストロ(Alabastro)
 アラバストロ・ドラコバーネ。三十三歳。リリオの実父。
 アラーチョは愛称。
 先代当主の早逝で僅か十六歳で当主に就任する羽目になるも、当時二十歳のマテンステロのおかげで就任パーティに成功。そのこともあり、またマテンステロの実力にもほれ込み、一年かけてなんとか一太刀浴びせて結婚をつかみ取る。
 若いうちから苦労の連続ではあったが、努力家で才能もあり、実力は十分にある。
 ヤンデレ。


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