異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ

君たちはどこを目指しているんだという戦い方が流行っている《三輪百合》。
元祖ド畜生戦法の伝道者ウルウの戦いぶりとは。


第十話 亡霊と辺境の女

 長くもなく苦しくもない戦いだった。

 期待してる人とかいたら申し訳ないんだけど、私は戦闘苦手だし嫌いだし面倒くさいから、見せ場もなく山場もなく、特等武装女中とやらの活躍もなく、さっさと終わらせた。

 普段だったらもう少し手加減というかサービスもしないでもないんだけど、ペルニオさんが気になること言うから、大人気なく全力でイベント終了を優先してしまった。RTAだなこれじゃ。

 

 いやまあ、ほんと、相手が悪かったと思うよ、彼女らも。

 私だって私が相手だったらなんだこのクソゲーってなると思うし。

 

 この大気全てが武器だと言わんばかりに、空を駆けまわって全方位から空爪の空爆を仕掛けてくるツィニーコは、まあ、格好いいよね、こういうの。風遣いって格好いいんだよなあ。

 トルンペートの時はやっぱり手抜かりなく手を抜いてくれてたみたいなんだけど、私相手には遠慮なしで、熊木菟(ウルソストリゴ)も目じゃないような大威力の空爪が次々飛んでくるんだよね。

 

 まあ、全部自動回避するから関係ないんだけど。

 

 で、フォルノシードさんは、こう、土蜘蛛(ロンガクルルロ)はパワータイプって言うイメージあったんだけど、意外とテクニカルタイプだったね。

 最初は何されてるかよくわかんなかったんだけど、ツィニーコの空爪の間を通して、っていうか、多分練られたコンビ技なんだろうね、風に乗せてほとんど不可視の糸を飛ばしてくるんだよ。

 多分、糸でからめとって身動きが取れないところを空爪で叩くか、逆に空爪で逃げ場所をなくしたところで、糸で切断するみたいなそういう感じなんだろうね。

 いやー、糸遣いも格好いいよね。スタイリッシュって言うか。風の刃にも通じるんだけど、ほとんど見えないから、気が付いたときにはずたずたにされてるみたいな、中二病的な格好良さがある。

 

 まあ、全部自動回避するから関係ないんだけど。

 

 普通なら逃げられない避けられないどうしようもない圧倒的な攻撃だったんだろうけど、私の積み上げた幸運値(ラック)を崩すにはちょっと足りなかったようだ。避けられるスペースがあるんなら避けられるんだよ、私の身体は。

 

 すでに発見されてる状態だから《隠蓑(クローキング)》とかで隠れることはできなかったんだけど、まあ当たんないから関係ないよね。

 空飛んでるのと、周囲を素早く駆けまわるのと、ちょろちょろする相手だからさ、追いかけて叩くのも面倒くさくって。

 

 《石拾い》して、《石投げ》して、終わり。

 

 あ、一応《技能(スキル)》ね、これ。

 チュートリアルみたいので覚える最初期の《技能(スキル)》で、文字通り石拾って、投げるだけ。

 でもこれステータスに関係なく無属性固定ダメージ通るし、さりげに必中なんだよね。自然回復する程度のダメージと、軽いヘイト集めくらいしかできないけど、まあ十分だよね。

 

 どれだけ避けてもなぜか頭にヒットする石礫を、しかも際限なく続けられたら、この二人でなくても降参すると思う。

 残りの、アパーティオとかいう人はそもそも参戦しなかった。というか寝てた。寒いし興味ないからいいって。気が合いそうだ。

 

 さっさとイベントこなしたら、本命イベントだ。

 ペルニオさんもさっさと終わることは予想していたのか、気のない拍手で迎えてくれた。

 

 リリオたちを置いて、私とペルニオさんは屋形の一室に移った。ペルニオさんの私室だというそこは、センスはいいけれど生活感に欠ける部屋だった。

 

「ミニマリストというわけでは、ありませんけれど、部屋に物が多いのは、落ち着きませんから」

「……それで。さっきのはどういうことかな?」

「性急ですね。お茶の一杯でも、ご馳走しようと思っていたのですけれど」

()()()()()()()()()()()()?」

 

 私の問いかけに、ペルニオさんはただゆっくりと茶器の支度を始めた。

 それが私には苛立たしい。

 この世界での生活は、私にとっては気楽な旅行みたいなものだ。だった、か。リリオと出会い、トルンペートと友達になり、少しの苦労をしながら、たくさんの未知と物語を巡る、おおむね穏やかな日々。

 大抵の問題はどうとでもなるし、私をどうこうできる存在というのはそれほど多くない。

 最悪、私の手元にある《死出の一針》ならば強制的に事態を終わらせられる。

 

 けれど、それが()()()()()相手なら話は別だ。

 ペルニオさんはさっき、こう囁いた。

 

「死神()()()()も丸くなりましたね」

 

 エイシス。

 それは私が《エンズビル・オンライン》で用いていたハンドルネームだ。

 その名を知るものがこの世界にいるはずがない。いるとすれば()()()()()()だけだ。

 仮にペルニオさんがプレイヤーだとして、そして私のエイシスとしてのプレイを知っているのならば、それは甘く見ていい相手ではない。

 

 勧められた席にもつかず、手の中に《針》を忍ばせて警戒する私に、ようようお茶を淹れ終えたペルニオさんは、アルカイックスマイルのままこう言った。

 

「止めましょう。千日手になりますよ」

「……?」

「あなたにわたくしは殺せないし、わたくしはあなたに攻撃を当てられません」

「ッ!?」

 

 ペルニオさんはゆっくりと席に着いて、それからもう一度私に席を勧めた。凍り付いたような十数秒間の後に、私がおずおずと席に着くと、それでようやく彼女は口を開いた。

 

「まず最初に、答えはイエス、です」

「……プレイヤー。それも私を知ってる」

「何ならお話もしたことがありますよ。お久し振りと言うべきでしょうか。それとも初めましてと言うべきでしょうか。わたくしは、()()()()()()はHAL-1。本名は春原(すのはら) 雛菊(ひなぎく)と言います。とはいえ、もうずいぶん長いことペルニオの名で通していますから、今後もこちらでお願い申し上げます」

 

 あまりにもあっさりとペルニオさんは答えた。

 HAL-1。確かにその名前は知っている。そして本当にその名前の持ち主なら、私は確かに彼女を()()()()。システム上、それは不可能なのだ。

 何故ならばその名前を持つキャラクターの種族は自動人形(オートマータ)。命を持たない機械であるところのその種族は、即死貫通さえ通らない即死無効種族だからだ。

 

「っていうことは……」

「ええ。見た目は大分人間に寄せましたけれど、中身は機械です」

 

 おもむろに彼女は自分の頭を持ち上げた。文字通り、左右から手でつかんで、首から引き抜いてしまった。その断面からは、私には理解のできない歯車や配線が見える。予想はしていたとはいえ、なかなかショッキングな光景ではある。

 そしてそのショッキングな光景を眺めながら、私はさらに恐ろしい想像にいたってしまった。昔馴染みと会うだけでSAN値チェックが必要だとは。

 

「もしかしてと思うんだけど、さっき言ってた『()()()()()()』ってさ」

「ええ。()()()()()()もわたくしとしてこの世界に来ていますよ。他のと言っても、わたくしではありますし、いまこうしている今も、同時にわたくしなのですけれど、この感覚はうまく説明いたしかねます」

「ああ、そう、まああんまり知りたくもないけど……」

 

 HAL-1、といういかにもSFチックな名前は、お察しの通り「通し番号」だ。一番がいるなら、二番も三番もいる。私の知る限り四番までいる。

 どういうことかというと、HALという名前を冠する一から四までのキャラクターを()()()()()していたのが彼女なのだ。

 

 懐かしき我が同胞、《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》が一人、と言っていいのか四人と言うべきかのか。

 ただでさえ面倒くさい種族である自動人形(オートマータ)を、四体同時に育成して、独りでパーティ組んでた頭のおかしいプレイヤーが彼女だった。

 確か当時は、物理タンクと、魔法アタッカー、ヒーラー、サポーターの四種四体を操作してたっけ。

 多少マクロは使っていたにせよ、四台のPC(パソコン)を使って四体のPC(キャラクター)を支障なく動かしていたあたり、プレイングだけでなく本人のスキルも大概おかしい。

 

 今の彼女がどういう精神状態で存在しているのかは、彼女からしても説明しづらいらしいが、いやはや。

 

「突っ込みどころが多い……他のあなたは?」

「一体は養成所に。一体は領内の巡回に。一体は御屋形で医者の真似事を」

「医者……まさか《玩具箱(トイ・ボックス)》って」

「それもわたくしです」

「そりゃあ優秀なわけだ……」

 

 トルンペートがちらっと口にした医療施設。ネーミング的に現地語っぽくないと思ってたけど、転生者がらみか。消費アイテムはそうそう使えないだろうけれど、治療《技能(スキル)》ならこの世界の基準よりはるかに上のレベルで治療できるだろう。

 

自動人形(オートマータ)はアイテム消費激しいから大変だろうけど……()()()()?」

「この辺境のほとんど始まりから。そういうあなたは極最近のようですね」

「時系列どうなってんだ……私はまあ、半年くらい」

「おや、まあ。本当に、最近ですね」

 

 さて。

 一応は知り合いということで少し落ち着いたけど、例え知り合いであっても私別にこの人のことよく知ってるわけでもないんだよな。同じギルドだったし、会話もしたことあるけど、この人何しろ一人でパーティ組んでるから大概のこと自分でできるし、あんまりからむことなかったんだよ。

 その上、機械だから即死させられない天敵だし、向こうも当てられないとかいうけど、私がギルド戦でやられた時のこととか知ってるから普通に対処されそうなんだよなあ。

 

 対応を考えあぐねていると、ペルニオさんは気にせず話を続けた。

 

「あなたが三人目です」

「は?」

「転生したプレイヤーです。過去にもしかしたらという伝承があったりもしますけれど、確定したのはあなたが三人目です」

「他にも来たの?」

「雪が積もる前に帝都から一人。その人物によれば帝都にはもう一人いるそうです」

「やっぱり《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》?」

「ええ。詳しくお話ししましょうか?」

「いや、いいや。変に絡みたくない」

 

 思わず断ってしまうと、ペルニオさんは小さく何度か頷いた。

 

「面倒ごとには関わりたくない。素晴らしい判断にございます」

「皮肉かな?」

「とんでもないことでございます。わたくしもそう考えておりますので」

 

 ペルニオさんはそう答えて、命を持たない瞳で私をじっと見つめた。

 

「わたくしはこの辺境で長く暮らしております。いまやふるさとと申し上げてよろしいでしょう。その辺境を離れる気は全くございません。帝国では不穏な空気もあるようにございますが、辺境に事件を持ち込まれることも望みません。正直なところを申し上げるのであれば、わたくしはあなたに、面倒ごとを持ち込まないよう釘を刺しておきたかったのです」

 

 成程、それはもっともな話だった。

 私がこの人を警戒していた以上に、この人も私を警戒していたのか。

 プレイヤーの強力さを自覚していれば、そのプレイヤーと敵対した時の怖さは想像がつくというものだ。

 

「安心して、といっても難しいかもしれないけど、私も面倒ごとはごめんだよ。きっとリリオは面倒ごとに首突っ込みたがるだろうけど、私は遠慮したいね」

「フムン。あなたは異世界転生したのにチートスキルで無双したくないのですね」

「あなたもそうだろう。私はひとがゲームしてるのを横で見てるのが好きなだけだよ。最近だと温泉とご飯も」

 

 ペルニオさんはまじまじと私を眺めて、それから肩をすくめた。

 

「そのように過ごせることをお祈り申し上げます」

 

 不安になるから止めて?




用語解説

・RTA
 リアル・タイム・アタックの略。
 ここでは速度優先で事情は勘案しない意で使用している。

・《石拾い》/《石投げ》
 ルビさえないが一応ゲーム内《技能(スキル)》。
 それぞれ《石》を拾い、投げることができる。
 《SP(スキルポイント)》の消費は極めて少ない。
 《石投げ》は地味に無属性固定ダメージ必中ではあるが、当然ダメージは極微。
『道端の石が最初の武器だ。最後の武器にならんといいな』/『遠くから、一方的に。人類の武器の原点はここにある』

・《石》
 一応ゲーム内アイテム。何の変哲もない石。重量値はあるが、売却値はない。
 どんな地形だろうと関係なく《石拾い》をすれば手に入る。
 一応素材やイベント用アイテムとしても扱われるが、お察し。
 新規マップが導入される度に、現地で《石拾い》を使用しては《「どこそこ」の石》として記念に売るプレイヤーが一定数いた。
『つまずいて転ぶのも、拾い上げて磨くのも、君の自由だ』

・《死出の一針》
 クリティカルヒット時に低確率で発動という超低確率でしか発動しないけれど、即死耐性持ちでも問答無用で殺す《貫通即死》という特性を付与された武器。しかしあまりにも武器攻撃力が低く、その取得難易度もあって産廃でしかない。
『何者であれ死神の持つ一針を恐れぬ者はなかった。髪の毛の先程の、ほんの小さな一点を刺されれば、ただそれだけで偉大な王も道端の乞食も、分け隔てなくその命を散じるのだった』

・春原雛菊
 《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》の一人。プレイヤー。現在はペルニオを名乗る。
 自動人形(オートマータ)という特殊な種族のキャラクターを六体育てており、その六体を同時にプレイしていたというトチ狂ったプレイヤー。
 通常は-1から-4の四体をパーティにして、残り二体は関係ないように見せかけて運用していた。
 その六体全てが意識を共有しているらしいが、その感覚は他人に説明しづらいという。
 詳細は不明であるが、辺境の歴史のかなり初期からこの世界にいたという。

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