【書籍化】異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ

突然世界が美しく思えたり、気分が明るくなったら、もしかしたら躁状態になってるかもしれないので気をつけようという啓発。
そしてその裏でいともたやすくえげつなく命を奪われるリスモドキ。害獣死すべし。慈悲はない。


第七話 鉄砲百合と縞椋栗鼠のパイ

 練習代わりに投げた飛竜の肋骨の短剣は、実に使い勝手がいいものだった。

 慣れるまでは結構かかったけど、今ではそれなりに思い通りに操れる。

 このくらいの小さな獲物なら、当てた後、手元まで飛んで帰ってこさせることもできた。いちいち回収しなくていいってのは、投げもの遣いには嬉しい限りよね。

 結構魔力使うから、ほんとはこういう雑用で使っていいものでもないんでしょうけど。

 

 まあ、この素晴らしい短剣と、あたしの素晴らしい技前のおかげで、全部投げて外れはなし。

 短剣十二本で獲物が十二。悪くないじゃない。

 さすがにもう一巡する前に、残りは逃げちゃったけど。

 

縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)だっけ? よく狩れるね」

「簡単よ。動きが単純だもの」

「うーん、この戦場は地獄だぜ感」

「はあ?」

 

 お昼と聞いて喜んで飛び出てきたリリオと支度をしながら、ちょっと聞いてみたんだけど、どうもウルウが言ってるのってそう言うことじゃないみたいね。

 まあ、あたしの短剣投げにもそりゃ感心はしてたんだけど、そうじゃなくて、かわいいんですって。

 縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)が。

 

「これ食べるの? ええ……かわいいじゃん」

「かわいい……?」

「かわ……?」

「え、なにこれ私がおかしいの?」

 

 うーん。

 短剣を引き抜きながら縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)を眺めてみる。

 まあ、小動物系ではある。ふわふわもこもこしてるし、確かにウルウ的には好きそうな感じだ。

 ウルウはふわふわもこもこしてるだけで無条件に点数入れるとこあるし。

 ふさふさのしっぽなんかウルウ的にかなり高評価だろう。

 

 確かに言われてみればまあ、愛玩動物として見れなくもない。

 見た目は。そうね、そういうことかしら。

 ウサギとかといっしょね。

 

「えーとですね、かわいく見えるかもしれませんけれど、害獣ですよこれ」

「害獣?」

「こいつらね、食害がひどいのよ」

 

 あたしは肥えた一匹を掴んで持ち上げてみせる。

 小動物系とはいっても、それなりの大きさだ。

 くちばしは短く分厚く、大抵のものはかじって食べてしまえる。

 

「こいつら、木の実とか、茸とか、虫とか、まあ草食寄りの雑食よね、なんでも食べるのよ」

「人里ではゴミをあさることもありますし、小さくてはしっこいので家に忍び込んで食料を荒らすこともあります」

「当然、畑も荒らすわ。兎とか栗鼠とかの類は、あんたにはかわいく見えるかもしれないけど、農家の絶対殺す害獣十選殿堂入りなのよ。放っておいたら死ぬのは農家の方だもの」

 

 雪の上に縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)十二匹並んでる。短剣の数が十二だから、一度に仕留められたのがこの数ってだけで、実際には多分二十匹以上は群れてただろう。

 こいつらは冬場に温め合ったり、外敵に襲われても助かる確率を上げるために、群れて集まる習性がある。

 なのでこいつらの食害は、必然的に数の暴力にもなる。

 小さくてはしっこくて数も多い。厄介この上ないわね。

 

 そして厄介なのは人里に対してだけじゃない。

 山や森で増えすぎると、木の皮や根までかじりだすから、土地が荒れちゃう。

 天敵の肉食獣がうまいこと減らしてくれるといいんだけど、そういう肉食獣が増えると今度は人間の方が困る。

 こういうのはなかなかに塩梅が難しいのだ。

 

「あー……うん、そう言う感覚なんだね」

 

 理屈はわかるけど、みたいな顔ね。

 まあ都会っ子ってのはこういうものかもしれない。

 ヴォーストで過ごしてた時も、町の人間たちは、自然というものをよくわかっていないことが多かった。自分の食べる食材が、実際に生きている時の姿を知らない子供だっていた。

 ウルウみたいに旅に慣れてきても、そう言う感覚は抜けきらないんだろう。

 

 雪むぐり(ネヂタルポ)が、その円匙(ショベリロ)みたいに幅広な前足で、雪をべしべし叩いて潰して、しっかり立てるくらいに固めてくれる。

 このあたりの雪はさらさらとした粉雪で、そのうえこの時期は日もあたらず、一度溶けてまた固まるって言う工程がないから、そのさらさらがびっくりするくらい積もってる。

 だからこうして固めないと、まるで落とし穴みたいにすぽんと腰くらいまで埋まっちゃうこともよくある。下手するとリリオくらいなら頭まで埋まるほど、粉雪だけが積もっていることだってある。

 ここまで来ちゃうともう雪輪(ネジシューオ)履いてたって誤差みたいなもんよ。

 

 あたしとリリオは、雪に突っ込んだ縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)を処理していく。

 一匹ずつ喉を裂いてもんで血を抜き、皮を剥いで内臓を抜き、雪で洗う。まあこの辺りはウルウも慣れたものよね。ちょっと気持ち悪そうだけど、眼をそらして逃げるなんてことも最近はない。おっかなびっくりだけど手伝いもしてくれる。

 ただ、まだうまくなくて、ウルウに任せると処理が甘かったり食べるとこが減っちゃったりするから、一匹だけ見せながらやってもらう。

 

 一度見たことは忘れないし、不器用でもないから、やれるはやれる。

 ただ、頭でわかってるのと実際の感覚ってのは、どうしても同じじゃないからね。

 こういうのは数こなして覚えてくしかないわ。

 

 縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)は常にものを食べ続けて素嚢に溜め込んでるから、抜き出した内臓には中身が残ってることが多い。これをしっかりしごき出してやって、雪で洗う。

 中身と言っても木の実や茸、種子なんかが多いから、肉食もする雑食よりはきれいなもんだ。そうでない時もあるけど。

 

 十二匹分を手早く処理すれば、ふわふわもこもこの毛皮が脱げて一回り小さくなったお肉が十二個と、その中身が雪の上に並ぶ。なかなか壮観だ。こうなっちゃうと鶏とかとそう変わらない。鶏と比べて違うとすれば、皮下脂肪が全然ないから、筋肉がつるんと見えることくらいか。

 

 毛皮の方は、まあ色々な使い道があるけど、高く売れるって程でもない。刃物で殺してるから、傷もあるし。お土産に持っていったら、ほどほどに受けがいい程度。子供の小遣いくらいのもんよ。

 

 それよりも、肉だ。

 さあって、リス肉は久しぶりだけど、なににしようかしら。

 焼いてもいいし、煮てもいい。取れたての生の脳みそは、珍味だ。

 

 でもまあ、かわいさを摂取し損ねたばかりのウルウがかわいそうだし、あんまり形がわかるものは止めてあげた方がいいかもしれない。

 となると、ここはパイにしましょう。

 刻んでミンチにして、パイ生地で包んじゃえばもとの形なんて気にしないもの。

 パイ生地は寒いと作りづらいけど、こんなこともあろうと事前につくったものを《自在蔵(ポスタープロ)》にいくらか保存してるのだ。ウルウのに。

 

 あたしは分厚いまな板を固定して、これまた分厚い肉切り包丁をリリオに渡す。

 そして自分も構えて、リス肉を次々に刻んでいく。

 ミンチは手間がかかるけど、リリオがいると格段に楽でいい。

 そして面倒なものは、楽できるときに食べるに限る。

 

 リリオと二人がかりでどかどかとまな板を叩いてたら、ウルウもやるって言い出して驚いた。

 ウルウが嫌がるだろうと思って形をなくす作業をしているのに、そのウルウがリスの形を粉砕する作業をしたがるとは。

 

「チタタㇷ゚だチタタㇷ゚」

「なにそれ?」

 

 よくわかんないけど、まあ楽しそうで何よりだ。

 リリオはともかくあたしは普通に疲れる作業だから、交代して休み休みやれるのは助かる。

 

 肉が刻めてきたら、骨も刻む。縞椋栗鼠(タミアストゥルノ)は割と大柄だから、太い骨は難しいけど、細い骨は一緒に巻き込んで圧し折って混ぜ込んじゃう。

 ここで手抜きをすると、骨の塊が残って、食べるとき嫌な思いをする。

 内臓も入れちゃうし、脳みそも投入。こうすれば余すとこなく食べれちゃうのだ。

 

「脳みそって珍味なんでしょ」

「まあ、珍味は珍味よ。生で食べる人もいるわね」

「トルンペートも?」

「まあきれいに取れたら、一個くらい食べよっかなってくらい」

「私はそこまで好きでもないですね。ちっちゃいので」

「食べ応えの問題なんだ……」

 

 まあおいしいはおいしい。魚の白子の、コクが深いような味わい。

 でも何としてもってほどでもないわね。牛の脳なんかとそうかわらないし。

 生なので普通に病気も怖いし、一回食べたらしばらくはいいかなって感じよね。

 ウルウもさすがに生は嫌っぽい。

 でも気にはなるらしいので、一つ取っておいてパイと一緒に焼いてやろう。

 

 他は全部刻んで混ぜる。

 リスとかウサギとかの類は、脂肪が全然ないから、これで脂を補う。脳ってほとんど脂肪なのよね。

 それでも足りないから、あたしは牛脂も混ぜちゃう。

 これで割とあっさり目のリス肉に、いい感じのコクも出る。

 

 リリオとウルウが仲良くチタタㇷ゚チタタㇷ゚言いながら刻んでいる間に、あたしはあったかい幌の中に戻ってパイ生地を練り直し、焼き窯もどき(クヴァザウフォルノ)に張り付けていく。

 これはまあ、鋳鉄の分厚い深鍋みたいな感じよね。

 それに重たい蓋。

 

 出来上がったミンチを詰めて、あまりのパイ生地で蓋をして、鉄蓋をかぶせる。

 この焼き窯もどきをストーブの上にかけて、そして鉄蓋の上に焼けた炭を置いてあげる。

 こうすることで、上下から加熱できるから、鍋みたいだけど、オーブンと同じような調理ができるって言う寸法よ。

 ある程度焼けたら火からおろして余熱で焼き上げて、その間にスープも仕上げちゃおう。

 

 香ばしいかおりに、はやくも胃袋は待ちわび始めていた。




用語解説
・はしっこい
 素早い、敏捷であるの意。

雪輪(ネジシューオ)(Neĝŝuo)
 かんじき。雪に沈み込まないように、足元の面積を広げる道具。

・パイ
 現地人組の回ですが、誤字ではありません。
 今まで横文字全てを現地語に変換してきましたが、ほぼ無意味な上に読むときも煩雑ですので、日本語として一般的に使われている横文字はそのまま使用する方向でいきたいと考えております。
 実は現地語変換もいろいろ法則があったのですがお気づきでしょうか。
 調べてみると面白いかもしれません。
 過去の表現に関しても順次修正していきたいところですが、文量が多大なうえ、複数サイトで連載しておりますので、時間と気力次第と思われます。
 なお本当にパイがわからなかった方のために用語解説も入れておきます。
 小麦粉と油脂で作った生地で果実類や肉、魚その他の具を包み込んでオーブン等で焼き上げた料理または菓子のことです。パイ投げには基本的に用いません。
 代表例はスターゲイジー・パイなど。

・チタタㇷ゚
 アイヌ語で「我々が・たくさん叩いた・もの」のような意味の語、また料理とされる。
 魚や肉などを細かく叩いて刻んだもので、なめろうやタルタルステーキのような料理らしい。
 主に生食し、鮮度の落ちたものはつみれなどにして汁物に入れて食べるとされる。
 アイヌを題材に含む漫画作品で有名になった。
 作中では「チタタㇷ゚、チタタㇷ゚」と唱えながら刻んでいた。

焼き窯もどき(クヴァザウフォルノ)
 いわゆるダッチオーブン。
 蓋つきの金属製の深鍋で、蓋に炭火などの熱源を載せられるようにしたもの。
 これによって上下から加熱できるため、野外でオーブンとして利用できる。
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