【書籍化】異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ②巻
2025年8月29日発売いたしました。
KYO=H先生による完全無欠の美少女メイドさん、トルンペートの美麗な表紙絵が目印です。
ぜひお友達やご家族とお誘いあわせの上、お買い求めください。
そしてSNSやその他で購入報告や感想などを呟いていただけますと、作者の人が喜ぶだけでなく、続刊の刊行にもつながることと思います。
助けると思って、などとは迂遠なことは申しません。直截的に、助けてください。
このとおり(どのとおり?)伏してお願い申し上げます。
よしなに、よしなに。


書籍②巻発売記念SS
書籍②巻発売記念SS 亡霊と完全無欠のメイドさん


 トルンペートについて私が知っていることは、じつのところそんなに多くない。

 料理を味見をして、うまくいっていた時の微笑みが可愛いこととか、私をいじめるときの笑顔はあんまり可愛くないけど魅力的なこととか、そういうことくらいだ。

 あと、自然とそんなのろけめいたことを口にしてしまう程度には、私という仮定された有機交流電燈のひとつのくすんだ照明に分かちがたく接続されて、風景や人々とはまるで違うようにいかにも確かにまばゆく灯っている、くらい。

 

 まあ、だからというか、なんというか。

 なにということもない旅の中、持て余した暇のやりどころとして、彼女のことをちょっと考えてみようかと、そんなことを思ったのだった。

 

 私たちの旅は、もっぱら馬車の旅だった。日がな一日、馬車に揺られて進むのだった。

 時々、窮屈な気持ちになって歩きたくなったときや、もろもろの面倒を済ませるときなんかには下りもするけれど、ほとんど一日馬車で過ごすと言っていい。

 

 馬車をひく大熊犬(ティタノ・ドーゴ)のボイは賢いけれど、それでもまったくの指示なしというわけにもいかないから、リリオか、トルンペートか、時々は私も交代で御者をする。

 

 トルンペートが御者をしているときは、リリオはたいてい私にくっついてくる。膝の間に座ったり、意味もなくもたれたり、帝国将棋(シャーコ)で遊んだりもする。私を枕に昼寝することもある。

 

 その間トルンペートは、うらやましいだのはやく代われだの言うこともあるけど、もっぱら忠実に御者に徹する。手はしっかりと手綱を取り、背筋はピンと伸びて、頭は固定されたように動かない。視線は遠くに投げかけられ、ときおりなにかに意識を向けることもあるけれど、ほとんどはどこにピントが合っているのかよくわからない、茫洋としたような目をしている。

 

 それはぼーっとしているというわけではなく、格闘家が手を見るでなく足を見るでなく、相手の全体を見て動きの起こりを察するかのように、遠くの山を見るようにして景色の全体に気を配っているらしかった。

 

 またそれは目だけでなく、耳で音を聞き、鼻で空気をかぎ、私にはとんとわからないなにかの微細な気配を読み取って、馬車を急がせたり、ときに止めたりもした。獣や野盗、あるいは狭隘(きょうあい)路で対向馬車とかち合ったときなんかに。

 ちなみに野盗とか魔獣が出たときは、リリオとじゃんけんする。どっちが相手をするかだ。勝った方が喜び勇んで暴力を振るいに行き、ぶちのめしたあとは笑顔で私に戦果を見せつけてくる。犬がボール取ってきた時みたいにね。君たちの活躍を見れて私も嬉しいけど、たまに血腥さの方が強いんだよなあ。舞台の最前席は思ったより血しぶきがひどい。

 トルンペートはファンタジー御用達の戦うメイドさんだけあって強いんだけど、基本がナイフ投げなので、急所を外して刺された相手は苦悶の声とともに倒れることになる。そして鉈とか鈍器とかで殴られる。確かに私、無駄な殺生は好きじゃないし、君たちがそんな私に配慮してくれてるのはわかってるけど、生きてたらいいっていう問題でもないよ?

 

 ちなみに、そもそも馬車をひいてるボイが強いので、面倒な時は手綱を操ってボイにポイしてもらったりムシャムシャしてもらったりしてる。

 

「馬のあつかいも習ったの?」

「そうね。さすがに裸馬を乗りこなせるほどじゃないけど」

 

 武装女中は、馬のあつかいも仕事の内らしい。

 あんまりひとりでいろいろやっちゃうのは、他の人の仕事を取ることになると思うんだけど、武装女中はそういうのは気にしないらしい。まあリリオみたいに連れてるのがひとりだけっていうのがおかしいんだろうけど。というか辺境貴族が、か。辺境貴族が気まぐれで行動したときについていけるのが武装女中だけっていう感じなのかな。

 

 普段はリリオとふざけた冗談言い合いもするし、じゃれ合うみたいな喧嘩もするし、鍛錬だっていって青あざできるような組手もするけど、ちゃんとしてるときはすっごくちゃんとしてるし、武装女中っていうのは本当に不思議な職業だ。

 

 たまーに偉い人と会うときなんか、リリオも背筋をピンと伸ばして、はきはきと受け答えもする。そしてトルンペートはその斜め後ろに静かに控えて、背景に徹したものだ。私と違って姿を消しているわけでもないのに、本当に存在感が薄くなる。こんな美少女を見失うわけがないのに、意識していないとそこに立っていることを忘れそうになる。

 

 それでいて、仕事はそつなくこなす。リリオの椅子も引くし、リリオが咄嗟に言葉に詰まるとうまくフォローするし。女中とは言うけど、侍女とか執事の仕事なんじゃないのかな。私はそのあたり詳しくないけど。

 

 そんなトルンペートは、リリオが御者してるときは、だいたい馬車の中でなにかしら手仕事をしている。

 武器屋さんかなってくらい多種多様に仕込んだ武器の手入れだったり、食事の下ごしらえだったり、繕いものだったり、馬車に詰め込んだあれこれの点検だったり、リリオと違い働き者だ。まあ、リリオが怠け者というより、トルンペートが仕事を取られるとすねるからなんだろうけど。

 

 ああ、それに、私のお世話もその仕事の中に入っているらしい。

 主人であるリリオのお世話だけでいいと思うんだけど、その主人の嫁である私のお世話も当然のようにトルンペートの仕事の範疇らしい。君も嫁じゃんと思うんだけど、ならなおさら、らしい。嫁であるトルンペートが嫁であるリリオと嫁である私のお世話をするのは、武装女中の職務であると同時に嫁としての喜びであるらしい。嫁が渋滞してきたな。

 

 と言っても、私の世話なんてたいしてない。

 私の服のほとんどはゲームアイテムの装備品で、これらは不思議なことにしわとか汚れとかが気づいたら消えている。耐久度が低下したとみなされるほどの損傷はたぶん直らないけど、普段使い程度ならお手入れいらずなのだ。

 なのでトルンペートのお世話はもっぱら私の備品ではなく、本体である私自身に向けられる。髪を梳いたり、いろいろ編み込んでみたり。肩をもんでくれたり、肩以外をもまれて反射的にひっぱたいてお礼を言われたり。無敵かこいつ。

 

 しっかしふたりともさあ、私の体を気軽に触るんだよね。

 いや、セクハラというか、セクシャルな意図で触ってくるときははっきりそう示してくるんだよね。いま胸触られた時みたいに。だから私も遠慮なく突っ込むし、ふたりもそれ分かったうえでコミュニケーションの一環としてやってるというか。身内間で許されてるセクハラなわけ。

 

 でもそうじゃない時が厄介なんだよね。

 シンプルに距離が近いんだよふたりとも。ボディタッチが普通の文化なんだよ。ハグするし、もたれかかるし、意味もなく腕組むし、指絡めて手をつなぐし、私に座るし、私を枕にするし。しかも別に私相手だけじゃなくてふたりもお互いにそういうことしてるし。

 

 ふたりがべたべたしてる分には姉妹みたいでかわいいなあ、で済むんだけど、私相手にしてくるときが困る。からかいとか悪戯とかそういうのじゃなくて、コミュニケーションの一環としてそういうのしてくるんだよ。セクハラはすぐに対応できるし、そういう雰囲気の時は流されちゃうけど、こういう、純粋な好意の発露として触れてこられると、どうしたらいいのかわかんなくなる。

 だいたいは固まるしかなくて、時々気持ち悪くもなって、それで、なんとか頑張ってたまに触れ返すと、すごく柔らかく微笑まれるから、本当にどうしたらいいかわからなくなる。

 

 いまも、そうだ。

 ぼんやり眺めていたことに気づかれたのか、トルンペートはちょっと小首をかしげてちらりと見つめてくる。まるで、どうしたの? ってたずねてくるみたいに。それで、小さく笑う。可笑しみでもなく楽しみでもなく、喜びでも嬉しみでもなく、ただ自然とこぼれるような笑みを私に向ける。

 

 私はちょっと呆然としたように、その姿を眺めた。

 

 深い紺色のエプロンドレスに、飛竜紋の入った臙脂色の革エプロン。

 頑丈そうな編み上げのブーツに、指にフィットした皮手袋。

 腰には鉈とナイフ。背には斧。ベルトにはこまごまと道具入れも並び、衣服の各所には《自在蔵(ポスタープロ)》も仕込んでいるらしい。

 飴色の髪はふたつのシニョンにまとめてカバーをかぶせ、リボンで飾っている。

 気の強そうなつり目は、おすまし顔とお団子髪も相まっていいとこの猫みたい。

 未成熟で危うい、完璧な少女性をそのままにとどめたような華奢な肢体は、リリオのためだけに磨かれ、リリオのためだけに造られた、完全無欠のお人形。

 

 その笑顔がいまは、私にも向けられるということが、なんだか落ち着かなくて、胸のあたりがわさわさして、それで、ちょっと嬉しい、かもしれない。

 

「あ、今夜のおかずが来たわ」

「なんて??」

 

 その笑顔が、すぐにニヤッとした悪戯っぽい笑みに変わって、トルンペートは風通しのために幌をあげていた馬車から軽く身を乗り出した。

 そしてすかさずヒョウと音を立てて、飛竜骨の短剣が飛んでいる。いつ取り出して、いつ投げたのか、ぼうっとしていた私にはまるでわからなかった。この体は動体視力もいいはずなのに、トルンペートは手品のようにいつも私の目を欺く。

 

 風精に導かれた短剣を目で追えば、それは私にはなんの変哲もないように見えた藪の中に吸い込まれて生き、そしてギャアッと悲鳴が上がった。あるいは断末魔の叫び。

 うまくいったと素直に喜ぶ満面の笑み。私はそっと目を閉じた。少しもすれば、風精に導かれた短剣は、トルンペートの手元に戻ってくるからだ。今夜のおかずをひっさげて。

 夕食が少し豪勢になることと、たぶん小動物系の死骸が飛んでくることを、私は少しの間、心の中の天秤にかけるのだった。

 

 その答えは。

 答えは、そうだな。

 

 年頃相応の朗らかな笑顔に免じて、その手の中は見ないことにした。なんかリス系のやつだった。見るんじゃないよ。いやでも調理するときは見ることになるしな……。

 

「ん? なによ、変な顔して」

「トルンペートは美少女だね……」

「ええ、もちろん。惚れ直した?」

「惚れ損なったことはないよ」

 

 完全無欠の美少女は、メイドさんの形をしていた。

 そしてそれは私のお嫁さんで、私は彼女のお嫁さんなのだった。




用語解説

・メイドさん
 つよい
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