書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。
前回のあらすじ
洗ってない犬のにおいがする女を洗う回(二度目)。
リリオの時よりひどかったそうな。
パールさんの話を聞いた私たちは、大急ぎで養蜂組合の建物にやってきました。
「おう、パールさん見違えたな。初日から見張りさぼった甲斐があったかね」
「大変耳が痛いんですけれど、どうもそれどころではないようでして」
「フムン?」
組合長で村長のアントーノさんからさっそくお小言をいただいてしまいました。
そう……そうなんですよねえ。森から行き倒れが現れたということで介抱してました、まではまだ仕事の範疇と言えなくもないですけれど、その後は三人とも持ち場を放棄してパールさん洗いに数時間姿を消してましたからね。
とはいえ、言い訳もそこそこにパールさんから聞き出した
「
「そうなんですよぉ。森の生態系がどんな風に変わってるのかなあ~って思ってぇ、お弁当持って出かけたんですねぇ。それで森の奥に入っていったらぁ、あー、木の皮がはげてるなぁ、これは熊がよくやるなわばりの目印なんだよなぁって思ってですねぇ、このあたりには熊がいるんだなぁってですねぇ」
「つまりなんだって?」
「森の奥に、
「ばかな。
一番の専門家であり、実際に現地を見てきたはずのパールさんの証言があまりにもまだるっこしいので、早々にこちらに振られてしまいました。
一応聞きだしたことはお伝えできるのですけれど、あいにくと
「ん、そうか。他の地方にはいないのか……まあ、
アントーノさんが雑紙に手早く描いてくれた図は、簡単なものではありますが特徴をとらえた絵でした。
ずんぐりとした六肢の大型の熊で、確かに
しかし、
「
聞く限りは、普通の羆のような生態のようです。森の頂点捕食者であり、個体数は比較的少なく、増えづらいけど減りづらい、という感じですね。
それくらいですと、たまに人里に下りてきて被害が出る、という程度のように思えますが。
「その群れない
「しかも巣まで作ってるとなりゃあ、間違いない。女王個体が生まれちまったようだ」
「女王個体、ですか?」
猟師頭だという
「
「……もしや冬の影響で?」
「いや、もう群れが巣づくりしてるってことは、あるいはもっと早かっただろう。森ってのは複雑な条件で木の実を付けたり付けなかったりするもんだが、ここ数年は実りが微妙だった。……そういやあ、恵みが少ない割には鹿や猪の食害が少なかったんだ。被害がなくてよかったなんて思ってたが、ありゃ
「もっと早く気づけていれば……いや、どうしようもなかったか。人里の巣箱まで狙ってきてるのは、森の中の餌じゃ足りなくなってるんだろう。遅かれ早かれだった」
女王個体が発生すると、
女王個体は洞窟などにこもり、働き熊たちが巣材を集め、餌を集め、女王が卵を産むのに適した環境づくりに従事するそうです。
ただでさえ凶暴な
「…………餌がないのになんで卵たくさん産むの?」
「ふふふ、ウルウ、それはですね。なんででしょうね?」
「なんで一瞬わかるみたいな空気出した?」
「おもしろいですよねぇ、変わった生態ですよねぇ。文献などにぃよりますとぉ、
パールさんがぽややんと解説してくれたので、ウルウも深くうなずきました。
そして私を見下ろします。
「つまり?」
「なんか生存に有利に働くみたいです」
「カスみたいなまとめありがとう」
「どういたし……カスみたいって言いましたいま?」
「お役に立ちましたか? とか言われたら手が出てたかもしんない」
「どういう??」
ともあれ、さすがに群れが崩壊するまで数年も待てません。被害が大きすぎます。
仮に村に下りてくる
さすがにそれは現実的ではありませんね。
「昨年の調査でもぉ、
「パールさんや、もうちょっとまとめて頼めるかい」
「はぁい~……ええとぉ…………奥まで行ったらぁ、
「このひと学者さんなんですよね?」
「大学とかでもこの調子で相手にされなくて、ひとりで野外調査ばっかりしてるんじゃないのかねえ」
「それはもうなんかそういう趣味のひとなのでは……?」
とにかく、パールさんの調査のおかげで、
だいぶぽややんとしてて正直なんかこう、信頼できるかというとはなはだ怪しい感じではあるんですけれど、まあ、一応証言は証言ということで。
「さて参ったね。最悪の場合、増えに増えた
「実際、すでに何度も巣箱を荒らされてんだ。蜂蜜がたっぷりあるってわかってるだろうよ。来るか来ないかじゃなく、あとはもういつ来るかって段階だと思うぜ」
「いまから柵を補強したところでたいしたものはできないし、かといって猟師でどうこうできるもんでもない。さすがに領主案件かねえ……」
アントーノさんと猟師頭さんが頭を抱えるなか、パールさんはぽややんとしながらも、本人なりの真顔で私たちに訴えかけました。
「わたしぃ、この村の人たちにはぁ、とてもぉ、とてもよくしてもらったんですぅ……わたしにはぁ、どうしたらいいかわかんないんですけどぉ……でもぉ、なんとかしてあげられるならぁ、なんとかしてあげたいんですねぇ」
よそ者であり、帰る場所もあるであろうパールさんは、しかしこの村に残り、なにかしてあげたいと、そう考えているようでした。自分のかかわったことならば、できる限りはしたいという、責任感が感じられます。
きちんと身ぎれいにして真剣な顔をしたパールさんに、どうしようもないひとに対する庇護欲ではなく、ひとりの人間として助けになってやりたいという気持ちがわいてきます。
「フムン…………
「はいぃ、そうですねぇ」
「女王個体が死亡した場合はどうなりますか?」
「はあぁ……そうですねぇ…………女王個体がぁ、女王個体を生むという事例はないですのでぇ……おそらくですけどぉ、女王が死んでぇ、におい物質が途切れればぁ、
となれば、話は決まりですね。
女王個体討伐。
それを、私たち《
その提案は、アントーノさんたちを深く考え込ませる程度には心を動かしたようです。
「ううむ……我々は
「だが村長、女王個体も無防備ってわけじゃなかろう。少なくとも数頭の
「なら猟師連中を集めて挑むかい」
「馬鹿言え。猟師であって兵隊じゃあないんだぞ」
「だが、本当の兵隊を引っ張ってきたんじゃあ、いまは助かっても、今後は領主の口出しがうるさくなるだろう」
「生き延びると思えば、しかたなかろう」
「ま、ま、ま、ご心配なさる気持ちもわかります」
もめはじめる村長さんと猟師頭さんの間に入ります。
「若い娘三人となれば不安も感じるでしょう。しかしご安心ください。私は辺境から旅立ち、武者修行をしている身です。トルンペートも飛竜紋の武装女中で、二等の位をいただいております」
「へ、辺境といやぁ、熊も泣いて命乞いするばんぞ……い、いや、そりゃあ、それが本当なら心強いがよ」
「フムン。辺境の獣たちはみな大きく、太古のままに生きてると聞くがね……実際、熊狩りの心得はあるのかい?」
「熊狩りは辺境令嬢のたしなみですよ」
「大きく出たじゃないか」
「それに私たちには馬もいます。熊も恐れぬ
「ほう……
「もちろんです!」
村長さんが頷く決め手は、ボイでした。
「さて、話が決まったなら急ぎましょう!」
「気持ちはわかるけどね。もう夜だ。いまから行ったんじゃあかえって危ない」
「…………まあ、はい、そうですね」
「歯を磨いて、お風呂も入らないと。お風呂あります?」
「共用のがあるよ。神官が浸かってるから好きに使うといい」
「ウルウってこういうときまでお風呂なんですね……」
そういうことになりました。
用語解説
・
ヒグマバチ。蟲獣。六肢の羆。大型の雀蜂。ヒグマとはつくが体長的にはツキノワグマ程度。肉食性寄りの雑食であり、狼や熊まで喰らう。また他種の蜂の巣を襲い、好んで蜂蜜を摂取する。人間を警戒はするが、十分に捕食対象であり、迂闊に接近するべきではない。通常は単独生活をとるが、餌不足などにより個体が減ると、地域で最も大きな個体が女王となり、そのフェロモンにより一時的に群れを形成する。周囲の食物を食いつくしながら行動範囲を広げていき、さらなる餌不足や女王個体の死をきっかけに数年程度で緩やかに崩壊する。
・
オオクマイヌ。東部原産の馬。大型の四つ足の犬。犬というより熊のようなサイズである。
性格は賢く大人しく、食性は雑食。北から南まで様々な環境に対応でき、戦闘能力も高い。
丙種魔獣相手に十分に戦え、乙種相手でも相性による。