【書籍化】異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ書籍③巻発売中!
書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。



前回のあらすじ

村に迫る脅威、羆蜂ウルソヴェスポ。
一刻を争う事態を前に、一行は歯を磨いて風呂入って寝るのであった。


第十話 亡霊と森のくまさん(Hard mord)

 朝になって、私たちは軽めの朝食を済ませ、装備を整え、ボイを連れて森に向かった。

 ここまではよかったんだけど、ここでパールさんが蜜熊蜂(ウルソアベロ)たちとご登場。

 なんでも、羆蜂(ウルソヴェスポ)の巣に案内したいのだという。昨夜地図は描いてもらったけど、森の中の地図などというものはあまり当てにならないもの。実際に行って帰ってきた案内人がいるというのは心強い。

 

「でもですね、羆蜂(ウルソヴェスポ)がたくさんうろついているんでしょ? 私たちだけならいざ知らず、パールさんを守りながらっていうのは……」

「まあまあ、私たちだけではたどり着くまで時間がかかるでしょうし」

蜜熊蜂(ウルソアベロ)たちもいるし、なんとかなるでしょ」

「いや、でもね……」

「大丈夫です。私を信じてください、ウルウ」

「君はいい感じの声でキメ顔すれば私がほだされると思ってるからいまいち信用できない」

「あれっ!?」

 

 まあ、ごねたところで、案内役がいたほうが効率がいいのは確かなのだ。

 私たちだけだと、初見の熊の残す痕跡をたどりながら、熊多発地帯におっかなびっくり踏み込まなければならない。そしてまた、パールさんは以外と責任感があり、しかも無駄にフットワークが軽いらしいので、あとから追いかけてきてしまうかもしれない。そう考えれば、すなおに案内を受け入れ、手早く事を済ませたほうが双方の安全にもつながるだろう。

 

 昨日、人権を半ば無視する形で丸洗いしてしまったから、強く言い出せないのもある。

 

 そのようなわけで、私たちはとパールさんの臨時パーティは、森に踏み込んでいった。

 

 森の入り口は、養蜂場からすぐの《白の森》だ。

 柵をひょいと乗り越えて、白い花を咲かせる針槐(ロビニオ)の木立の間を抜けていく。

 森、とは言っても、木々の間隔は広く、村人もよく出入りするからか足元は踏み固められ、とても歩きやすい。

 いまは熊が出るため不要不急の立ち入りは禁止しているそうだけど、観光客が散歩がてら美しい花を楽しんでいくというのもよくある話だったという。

 

「……実際、ただ見て歩くだけでもちょっと楽しいかもしれない」

「きれいですよねえ。ただ白い花が咲いてるだけ、なんて思っていましたけれど、見事なものです」

「小さい花が集まって、かわいらしいわよねえ」

 

 この花の見ごろは初夏の頃で、いまはちょっと散りはじめみたいだけど、それでも小さく白い花が房のように垂れさがる姿は、すなおに美しいと思えるものだった。

 それ一面の木がすべて針槐(ロビニオ)なので、そんな花の房がいくつもいくつも垂れ下がっていて、なんだか幻想的な光景だ。夜間にライトアップしたらたぶんもっと雰囲気出る。トルンペートじゃないけど、なんだか妖精郷みたいなのがあったらこんな感じなのかな。

 

 時々蜜蜂たちが、その小さな花にやってきては、蜜を集めていく。

 ぷいん、と羽音が耳にかかるとちょっと身構えちゃうけど、蜜蜂のほうでは全然気にした風もなく、私たちのことはちょっとした障害物程度のあつかいで、すぐによそに行ってしまう。

 蜜蜂たちの活動が鈍くなっているという中でこの調子なのだから、普段の《白の森》はもしかすると蜜蜂がぶんぶん飛び回っているような環境なのかも。

 さすがにそんな感じだったら、ちょっと散歩はしたくないかな。

 避けられるからとかそういうのではないんだよ。怖いもんは怖い。

 

 そんな美しい《白の森》も、やがてまばらになり、足元も悪くなっていき、そして植生が一気に切り替わった。まるで見えない境界線を引いたように、そこから先は空気が違った。足元は人が歩くことなんて考えていない自然のままの地面で、木々はそれぞれがそれぞれのありたいように伸び、うねり、そびえていた。

 

「なんかいつもの森って感じ」

「まあ、北部の森とかとはやっぱり違いますけれどね」

「針葉樹林とかが少ないのはわかる」

「あんたなんでも覚えられるのに、いまだに森の区別はつかないわよね」

「記憶と認知は別なんだよなあ……」

 

 私は絶対記憶持ちだから迷ったりしない(キリッ)とか転生初手でやってた私だけど、いま考えるとあれはリリオに遭遇してなかったら詰んでたかもしれない。

 確かに私はすべての景色を写真のように覚えてられるし、動画のように自分の歩いてきた道も思い出せる。でも、それと迷わないのは別物なんだなあってことを、ふたりとの森歩きでだいぶ学んだ。

 行きと帰りでは当然見えてるものは違うし、時間帯でも景色は姿を変えるし、そもそも「全部覚えている」と胸を張るには、私は植物に対してあまりにも興味が欠けているのだった。

 葉脈の模様を完全に覚えることはできても、「これこれこういうふうに茂みがあって木が生えてるからこのあたりが歩けます」とか「ここ兎の足跡」とか「ほらあの木は北部にはなかったやつですよ」とか「これ猪の足跡」とか言われても私にはなにもわからないのである。

 ひとつの事例を記憶できても、それを応用して活かすことができない。足跡って言われればまあ足跡なのかなとは思うけど、それを自分で発見することはできない。

 

「ふへ、へへぇ、森歩きはぁ、慣れないと難しいですよねぇ……私も慣れない森はぁ、しばらく過ごしてみないとぉ、慣れませんねぇ」

「そのしばらく過ごすって、何日か森に住んでみるって感じなんだろうなあ……」

「け、結構、快適ですよぉ……新しい発見もたくさんですしぃ」

「うーん……あまり至りたくない境地……」

 

 まあ、それでも最近はだいぶ感覚は掴んできたというか、休日に近所の山とかにハイキング行ける程度にはなったと思う。逆に言えば、いままでかかってようやくそのレベルだ。私は根本的にアウトドアに向いてないんだと思う。

 

 まあ、私がアウトドアに向いてなくても、自然のほうではそんなことに配慮してくれたりはしない。

 

「話の途中ですけれど、おおっと、熊ですね!」

「こいつが羆蜂(ウルソヴェスポ)ってやつね!」

 

 初の羆蜂(ウルソヴェスポ)との遭遇戦。

 北部の凶悪な熊代表こと熊木菟(ウルソストリゴ)よりもはっきり小柄で、その熊木菟(ウルソストリゴ)といい勝負なボイよりもかなりちいさい。二本足で立っても私より低いけどリリオよりは大きい。ざっくり百六十センチくらいかな。

 熊木菟(ウルソストリゴ)がヒグマなら、こっちはツキノワグマくらいかなあ。

 でも六肢の特徴的な体型はそれを補って余りある危険性を思わせる。

 確かに六本足なのは蜜熊蜂(ウルソアベロ)と似てるけど、こいつはかなり虫度が高く、顔なんかはほとんど毛皮を張り付けた巨大雀蜂と言っていい。かわいげはもちろんない。

 

 やつはこちらが気づくよりも先ににおいで気づいていたのか、触角を揺らしながらまっすぐこちらに向かってくる。茂みを平然と押しのけ、どすどすと二本脚で向かってくる。

 

 私たちはいつもの戦法で試してみた。

 つまり、トルンペートが遠距離のうちから投擲武器で狙う。

 それを受けても倒れないやつはリリオが剣で仕留める。

 私は後方腕組み観劇者をする。

 完璧だ。

 なんかボイの視線が冷たい気はするけど、もともとそういう約束で私はリリオについてきてるのだからこれは正しいスタンスなのだ。たまに心配して飛び出しちゃう方が間違ってるのだ。

 

 トルンペートが投げた短剣は、羆蜂(ウルソヴェスポ)の肩のあたりに突き刺さったけど、それだけだった。羆蜂(ウルソヴェスポ)はひるむこともなく突っ込んでくる。

 

「うーん。(とお)るは徹るわね。でも蟲獣って痛みに鈍いのよね。小物じゃ効果薄いかも」

「手斧とか使う?」

「あんまり数ないのよ。それに、手斧も投げるくらいなら素直にリリオに任せた方がいいかも」

「ええ! お任せを!」

 

 ぎいぎいときしむような鳴き声とともにずんずんと突っ込んでくる羆蜂(ウルソヴェスポ)

 リリオはそれに真正面から立ち向かい、剣……ではなく、小袋をその顔面に放り投げた。

 

「ぎっ!? ぎぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」

「おお……思った以上に効きますね」

「触角に直撃って、鼻に詰め込まれるようなもんなのかしら」

「君らもえげつないことするよね」

「ウルウの直伝なんですけれど……」

 

 まあ、私が仕込みました。

 熊には熊スプレー、というのはニュースで満たし、今回も用意しておいた、催涙弾。

 小袋は目の粗い麻で、中に詰めた粉末が衝撃で吹き出る感じだ。その粉末というのが、香辛料、特に唐辛子(カプシコ)とか胡椒(ピプロ)をあれこれ混ぜ合わせたもので、鼻とか目に対して非常に悪辣な効果を発揮するものだ。

 

 以前リリオパパの顔面を崩壊させた催涙弾と同じようなもんだけど、あれの簡易版だね。

 あの時のは、中身を抜いた卵の殻に、唐辛子(カプシコ)をアルコールに漬け込んで抽出したカプサイシン溶液を詰めてたんだけど、高純度アルコールが割高なのと、扱いが危ないのと、そしてまた割れやすい卵の殻に詰めるから事故率が高いんだよね。

 なので、効果は幾分落ちるけど、目の細かい粉末唐辛子(カプシコ)胡椒(ピプロ)を、目の粗い麻袋に詰めて、それをまた木製ケースに封入。使うときはそこから引き抜いて、相手の顔とかにぶつける。

 これのいいところは、うまくいけば袋と、残った粉末を再利用できるってことだね。

 

 蜂……というか昆虫全般が嫌うっていうミントっぽい清涼感ある葉っぱも粉にして入れてるけど、この効果が出てるのかはよくわかんなかったな。時間があればハッカ油とか抽出したかったんだけど。今後の課題だね。

 

 虫系だけでなく、鼻が利くやつ全般に対して非殺傷でも使える便利な道具として改良を続けていきたいけど、粉が散る都合上、トルンペートが投げると軌道上に粉がばらまかれて危ないし、いまみたいに近距離で使うしかない。だからリリオは自爆しないよう矢避けの加護つかわないとだね。当然、相手が矢避けの加護つかったら無意味。難しい。

 

 ともあれ、いい感じにひるんでくれた羆蜂(ウルソヴェスポ)に、リリオの剣が振り下ろされ、ばちん、と音と閃光。

 一瞬の、しかし強烈な電撃に、羆蜂(ウルソヴェスポ)の巨体がけいれんしながら崩れ落ちる。リリオはすかさずその背を踏み、甲殻の間を狙うように、剣を突き立てる。がくん、とひときわ強く痙攣して、それきり羆蜂(ウルソヴェスポ)の巨体は沈黙した。

 

 蟲獣と呼ばれる巨大な虫みたいな連中は、神経のつくりが違うのか単純なのか、首を落としてもまだ動くことがある。首より、胸に近いあたりの神経節を断つのがコツ、というのはリリオの談だ。

 

「ふーむ……思ったより()()、というか。斬って斬れなくはなさそうですね」

「据え物切りじゃないのよ。骨まで断てるか怪しいんだから、安全策とってくわよ」

「むむむ……まあ、無理をするところではありませんね」

 

 リリオとしては、剣だけで倒したいという欲求もあるみたいだし、実際不可能じゃないんだろう。リリオの剣は大具足裾払(アルマアラネオ)とかいう辺境の超生物の甲殻? でできていて、恐ろしく鋭く、魔力が表面をきれいに流れる。リリオの腕前で振るえば、たいがいの生物は切断できる……とまで言い切るとさすがに怪しいかな。

 ただねえ。リリオの腕力と腕前は確かだけど、なにぶん体重がないし、剣自体も軽いから、重みが乗らない。そこがネックだ。

 

「パールさん、先に倒してしまいましたけれど、これが羆蜂(ウルソヴェスポ)で相違ないですね?」

「はいぃ……確かに羆蜂(ウルソヴェスポ)ですねぇ。胸郭が膨らんでますしぃ、働き熊に変化してますねぇ」

「胸郭……胸が膨らむってこと?」

「膨らむといいますかぁ、餌を女王個体に運ぶためにぃ、手だけじゃなくてぇ、喉も使うんですねぇ。飲み込むけどぉ、お腹に入れずにぃ、あとで吐き戻して女王に与えるんですねぇ」

「なるほど、それで胸が膨らんで見えるんだ」

 

 まあ、言われてみても、元の羆蜂(ウルソヴェスポ)を知らないし、膨らんでいるって言われてもよくわかんないけど。

 

 第一発見羆蜂(ウルソヴェスポ)との遭遇により、この先は羆蜂(ウルソヴェスポ)との遭遇が増えるだろう、と私たちは警戒を改めた。

 のだけれど。

 

「……いや、まあ遭遇が増えるだろうとは言ったけど」

「入れ食いというかなんというか、剣を収める暇もないですね」

 

 森の奥に進むにつれて、徘徊する羆蜂(ウルソヴェスポ)との接触が増える、程度に予想してたんだけど、なんかもうただ立ってるだけでも向こうから発見して遠くからやってくるのだ。

 蜜蜂とかの嗅覚は犬より優れてるって聞いたことがあるけど、羆蜂(ウルソヴェスポ)の嗅覚もかなり鋭いのかもしれない。

 

 そして一度気づかれるとわき目も振らず突進してくるので、対処しないわけにはいかない。

 逃げようにも、森の中で熊の速度に敵うわけがない。私やトルンペートだけならワンチャン逃げ切れるかもだけど、今日は非戦闘員もいるからそんな危険を冒すわけにはいかない。

 

 幸い、羆蜂(ウルソヴェスポ)たちは連携をとるということがなく、たまたま近くにいて同時にこっちに気づいたときは一緒に突っ込んでくるけど、仲間を呼ぶとかそういうことはしないみたいで、基本的には一対一の連戦。パターンを掴めばリリオたちには難しいものではない。

 何回か繰り返すとふたりも慣れてきて、トルンペートが手斧一発で仕留めたり、リリオも催涙弾使わず電撃と刺突でさくさく仕留められるようになっていた。

 

「腕が四本あって、拳一発で人間の顔面をはぎ取れる程度の腕力があって、容赦なく初手でそれを繰り出すくらいには倫理観がなくて、噛みつきもけたぐりも反則なしで繰り出してきて、痛みとかに鈍い、革鎧着込んだ、目が合ったやつ全員殺してやるって口角泡飛ばしてる大柄なおっさんくらいの危険性よ」

「わかるようなわからないような!」

 

 いやまあ、羅列したらそうなるんだろうけど!

 というかまあ、目が合ったやつ全員殺してやるって口角泡飛ばしてる大柄なおっさんというだけですでに生々しくて危険すぎる。おっさんを付け加えちゃったら八割くらい持ってかれるだろ。危機感が。無敵のひとじゃないか。

 じゃあおばさんだったらいいのかというと、そっちはそっちで嫌な生々しさと危険性があるけど。おなじ腕力があったらおばさんもたぶん暴力に出るし。

 

 あとそのやべーやつを流れ作業でさくさく仕留めていく君らの戦闘力が怖いよ私は。

 たぶん一般冒険屋はまず剣で斬りかかっても弾かれたり、浅くしか刃が徹らなかったりって感じで苦戦すると思う。というか一般冒険屋は熊相手に剣で挑まない。

 

 そのような不定期遭遇戦を繰り返しながら進んでいくと、さすがにフィールドワークで野歩きに慣れているらしいパールさんもひいはあと息が荒くなり、足元も危うくなってくる。肉体的な疲労だけでなく、繰り返される襲撃に、精神が参ってきているのかもしれない。

 私も、最悪自分に攻撃跳んできても絶対回避できるという確信がなかったら精神が持たない気がする。熊ラッシュ怖すぎるもんな。

 

 蜜熊蜂(ウルソアベロ)たちもそんなパールのそばを離れず、支えるようにしてくれている。健気でかわいい。そして意外なことに、うちの賢いお馬さんことボイもパールさんを気にかけてやっているようで、羆蜂(ウルソヴェスポ)が出るたびに盾になるように前に出てあげている。

 

「ひぃ、はぁ、し、進路はぁ、こ、このままでぇ、大丈夫ですぅ……」

「わかりました。辛かったらボイの背に乗ってくださいね」

「ま、まだぁ、がんばれますぅ……!」

 

 パールさんは呼吸も荒く、汗もかいて、足取りはふらつきはじめ、なんとも頼りないけれど、だからこそだろうか、リリオも、トルンペートも、ボイも、そして蜜熊蜂(ウルソアベロ)たちも、守ってあげなければと感じているのかもしれない。庇護欲というやつだ。

 私も、がんばっている姿には素直にそういう気持ちがわいてくる。

 なんか、こういう健気な感じに弱いのかもしれないな。チョロいといわれるかもだけど。

 

 ゲームだとねえ。

 こういう、非戦闘系のNPC護衛するクエストとかはだいぶ嫌いだったけどね。かなりイラつきながらやってた。本来戦闘を全部回避するか、効率よく狩っていくスタイルなのに、ちんたら歩くNPCに合わせて移動しなきゃいけないし、要らん戦闘を先んじてこなさないといけないし、かといってある程度先へ先へと敵を潰していったらついてきてなかったり、ああ、なんか思い出したらイライラしてきた。

 

 でもそれが現実になると、意外とイラつかないものだった。

 その頑張りとか、健気さとかが、目で見て感じられるからだろうか。やっぱり表情とか大事だよね。デフォルメ・キャラクターに感情移入させるにはもうちょっと頑張ってほしかったな、《エンズビル・オンライン》。あんまり感情移入したら、失敗して死なせてしまったときとか立ち直れないかもしれないけど。

 

 額に汗しながら頑張って歩くパールさんに、私は心の中でだけがんばれとエールを送る。心なしペースを落としつつ、ちらちらと後ろを気にしながらも前衛を務める二人に早く進めと目で訴える。辛そうに見えるかもしれないけど、早く済ませてあげたほうが、パールさんとしても安心できるだろう。

 

 まあ……。

 心でエールは送っても、手を取りはしないけど。

 なんなら必要以上には近寄りもしないけど。

 申し訳ないけど。

 かなり最悪な女だとは我ながら思うけど。

 

 だって、めっちゃ汗だくだし。

 ぐへえとばかりに涎まで垂らしてるし。

 汗で蒸れるのかばりぼり頭かくし。

 正直むわっとしてて湿度高くていやだし。

 疲労で顔面がいろいろと崩壊してるし。

 

 がんばる人はね……見苦しくなっちゃうからね……そしてわたしは身内でない人のそういうのはきれいな汗とかは思えないタイプなので……。

 ごめんだけど。

 ちょっと触りたくない。

 

『トロフィーを獲得しました!:普通にどうかと思う』

 

 陽気な幻聴が、胸に刺さる。




用語解説

・催涙弾
 日々改良中のウルウお手製凶器。
 今回は効果は少なめだが、使用者の安全性は向上している。
 実はそれなりのお値段がするので、一般冒険屋からするとバカみたいな武器である。

・一般冒険屋
 刃物持った倫理観に欠けるタイプのおっさんとかおばさんが主な面子。
 転生チート女とゆかいな仲間たちの旅を見ていると感覚がマヒしてきていると思われるが、普通の人間はどれだけ鍛えても熊に近接武器で勝てるわけがないのである。
 そのため「熊に勝てる」は冒険屋の中でもかなり明確な上澄みラインである。
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