異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ   作:長串望

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前回のあらすじ
鍛冶屋に鎧と剣を預けたリリオ。
内緒と言っていたサシミの秘密が鍛冶屋にもばれている件。


第三話 白百合と鉄砲百合

 カサドコさんに装備を預けて数日間。これはとても長い数日間でした。

 何しろ楽しみで楽しみで。ウルウはこの手の感覚に全く理解がないのですが、装備を新調した時というのは胸がわくわくしてたまらなくなるものなのです。

 

 なので、私はその日になるや否や、ウルウ曰く「犬のように」駆けだしてお店に向かったのでした。

 

 相変わらず騒がしい鍛冶屋街の喧騒に耳を慣らし、《鍛冶屋カサドコ》の戸をくぐると、カサドコさんが待っていましたとばかりに仕上がった鎧を置いて待っていました。

 

「よう、よう、よう、待たせたね」

「待ちました!」

「待たせただけの仕上がりにはなったよ」

 

 鎧を渡す前に、カサドコさんは一人の男性を紹介してくれました。人族の男性で、腰の曲がったかなりのお年寄りですが、指先はとても繊細に動き、目元も力強く光っています。

 

「レド爺さんだ。革細工の店を出してて、あたしもよく世話になる」

「初めましてお嬢さん。レドだ。あんたの鎧の術式を刺させてもらったよ」

 

 なんでもカサドコさんは、革をなめしたり鎧の形に仕上げたりということは得意だそうですが、術式などの絡む細かい刺繍はいつもレドさんに依頼しているとのことでした。年は離れたお二人でしたが、お互いの技術に対して信頼があるようで、仕上がりはしっかりと調和がとれています。

 

 お二人が仕上げたという鎧は、大まかなデザインは以前のものをそのまま踏襲しているようでしたけれど、ところどころに霹靂猫魚(トンドルシルウロ)のものと思われる革が鋭く黒いラインを描いており、より鋭角な印象を与えるようになっていました。

 いままでの白一色の革鎧が、美しくはあるもののどこか曖昧な色彩だったことに比べて、輪郭がはっきりとして、地に足の着いたような印象があります。

 

「飛竜革の強度を落とさないように、霹靂猫魚(トンドルシルウロ)の皮革は織り上げて靭性を高める方向で仕上げてある。衝撃に対してしなやかに受け止めるようになっているはずだ」

「術式に関しては、何しろ鎧自体の強度はこれ以上ないからね、耐性を上げる方向で仕上げてみた。雷精と水精にたいして親和性と耐性がかなり上がっておる。風精との親和性も全く落ちていないと確信しておるよ」

 

 これは素晴らしいことでした。

 いままでは風精に対する親和性が高かったのですけれど、他に関しては強度に頼るばかりでした。しかし、珍しい雷精はともかく水精に対する親和性と耐性が増したのはありがたいことです。

 

「水精に対する親和性ということはもしかして」

「空踏みのことだろう。あんたの練習次第だが、うまく合わせれれば水踏みもできるようになるだろうね」

「楽しみです!」

「さすがに水中呼吸の術式まではつけとらんから、おぼれないようにだけ気をつけてな」

「はい!」

 

 空踏み、つまり風を蹴って走る技は、何しろ相手が軽い風なのでもって数歩くらいでしたけれど、重たい水ならあるいは川を渡るくらいはできるようになるかもしれません。楽しみです。

 

「剣に関しては、刀身に関しちゃ我々でも手におえんかったが、柄巻きに霹靂猫魚(トンドルシルウロ)の雷繊を織り込んだ皮革を使い、放電の術式を刺しておいたよ」

「ほうでん?」

「雷を出すってことさ」

「おお!」

 

 つまりそれは、剣に魔力を流し込めば霹靂猫魚(トンドルシルウロ)のように雷を放てるということでしょう。

 

「まあお嬢さんの魔力次第だが、刀身にまとわせるくらいは簡単だろう。鉄の武器を使う相手には厄介な武器に仕上がったと思うよ」

「ありがとうございます!」

 

 これは人相手だけでなく、魔獣や害獣相手にも素晴らしい効果を上げることでしょう。なにしろ雷を受けたことのあるものはそうそういないでしょうから。また、雷を受けると放心してしまうことは身をもって体験しましたから、余り傷つけずに素材を得るにも役立つことでしょう。

 

「早速身に着けてみようじゃないか」

「ええ、ええ、すぐにでも!」

 

 早速私は、カサドコさんに手伝ってもらって鎧を着こみました。そしてその都度、鎧の各所に付け足された改良部分を説明してもらい、着心地に違和感はないか、どこか擦れるようなところは無いかを確かめてもらいました。

 

 いくらかの調整を済ませて、剣を腰に帯びると、なんだか自分が立派な一人の冒険屋になったような気分で誇らしくなります。

 

「どうですウルウ! 似合いますか!?」

「え? ああ、うん、いいんじゃないかな」

「興味!」

「ないね」

「もう!」

 

 面白いものを触らせてもらったし、とずいぶん安くしてもらったお代を支払い、私たちは事務所へと足取り軽く向かいました。正確には足取りが軽いのは私だけで、ウルウはいつも通りですけれど。

 

「うう、早く試し切りしたいです」

「そのセリフすっごく危ない気がする」

「辻斬りなんかしませんよう」

「そう祈るよ」

 

 ルンルン気分で事務所までたどり着き、そして私は思わず回れ右してしまいそうになりました。

 

「どうした」

「え? えーと、なんでしょう」

 

 何かはわかりませんが物凄く嫌な予感がします。

 こういう時の私の勘はよく当たるのですけれど、しかし嫌な予感がするからという理由で避けようにも、目的地がここなので避けようがありません。

 

 私はしばらくうんうんと唸って、それでもどうしようもないものはどうしようもないので、しかたなく事務所のドアを恐る恐る開けました。

 

「ただいまもどりま」

「おっぜうさまっ!!!」

 

 いやな予感、的中です。

 

 甲高い叫び声が事務所の中から襲い掛かり、咄嗟にしめそうになったドアががっしりと押さえつけられ、私は室内に引きずり込まれました。

 

「よーうやっく見つけただよおぜうさま! いったいひとりでどーこまでほっつきまわりよっとですか!」

 

 私が逃げられないように首根っこを掴み上げて、見慣れた姿が耳元で怒鳴りつけてきます。

 

「もう成人だっちうのにいい年してなーに子供みてな真似さしてっだ! おらァもうさんざっぱらあっちゃこっちゃ探し回ったんだど! ほだら一人でこげなとこまで! はーもう御屋形様になんてお詫びしたもんか!」

「せ、せからしかぁ! 耳元で叫ばんといてん!」

「はんかくしゃあ真似すっかい、怒られるんだべさ!」

「おらァ一人でんでぇじょぶだって何度も言っとうが! 国さ(けえ)れ!」

「おぜうさま残して(けえ)るわけにいかんべや! (けえ)るなら一緒だべさ!」

「だ、誰が(けえ)るかいまだなんもしとらんべさ! やっとこさ冒険屋さなったんだど!」

 

 ぎゃいぎゃいと怒鳴りあっている後ろでウルウが目を白黒とさせていることにも気づかず、私たちはしばらくそうして取っ組み合いを演じたのでした。




用語解説

・革細工の店
 普通、鍛冶屋はすべての作業を一人で行うことはない。研ぎは研ぎ師に、柄は柄師にと仕事が分担されている。

・空踏み/水踏み
 それぞれ空気を踏んで歩く技と、水を踏んで歩く技。達人は空を一里は走ることができるというし、伝説には海を渡ったものもいるという。

・水中呼吸の術式
 水精の加護を得れば、水中で呼吸が可能になる。そう言った魔道具もあるし、自前で術をかけられる魔術師もいる。

・おっぜうさまっ!!!
 訳:お嬢様!!!

・よーうやっく見つけただよおぜうさま! いったいひとりでどーこまでほっつきまわりよっとですか!
 訳:ようやく見つけましたよお嬢様! いったい一人でどこまで行っていたんですか!

・「もう成人だっちうのにいい年してなーに子供みてな真似さしてっだ! おらァもうさんざっぱらあっちゃこっちゃ探し回ったんだど! ほだら一人でこげなとこまで! はーもう御屋形様になんてお詫びしたもんか!」
「せ、せからしかぁ! 耳元で叫ばんといてん!」
「はんかくしゃあ真似すっかい、怒られるんだべさ!」
「おらァ一人でんでぇじょぶだって何度も言っとうが! 国さ帰れ!」
「おぜうさま残して帰るわけにいかんべや! 帰るなら一緒だべさ!」
「だ、誰が帰るかいまだなんもしとらんべさ! やっとこさ冒険屋さなったんだど!」

訳:「もう成人だというのにいい年して何を子供みたいな真似をしているのですか! わたくしはもうずいぶんあちこち探しまわったんですよ! そうしたら一人でこんなところまで! ああもう御屋形様に何とお詫び申し上げたものか!」
「う、うるさいなあ! 耳元で叫ばないで!」
「ばかげた真似をするから、怒られるんですよ!」
「私は一人でも大丈夫だって何度も言ってるでしょ! 国に帰って!」
「お嬢様を残して帰るわけにいかないでしょう! 帰るなら一緒ですよ!」
「だ、誰が帰るもんですか、いまだなにもできてないのに! やっと冒険屋になったのよ!」

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