チョロい彼とオトす彼女   作:杜甫kuresu

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ちょっと長いです。不定期更新のタグをちゃんと回収するこの律儀さ。ラストが大体決まったので、あらすじはマトモなやつに差し替えです。
それでは本文をどうぞ。


夜風に当たって

 二回目の人生を送ったベテランとして言わせてもらうなら、世界は美しいというのは事実だ。夜空はいつだって星が此方を見つめているし、山を登れば思わぬ絶景が見えることも在るし、きっと美しい人も、どっかには居るのだろう。

 

 だが人間。人類という括りで見たら――――――控え目に言って、終わってると思う。

 だって人間は

 エゴの塊で、

 利己的で、

 結局自分大好きで、

 人なんて自分を満たす道具でしかなくて、

 世界は全部自分の為に回ってほしいと願うことが在る――――――――そんな愚かで、ハリボテばかりが立派な裸の王様の事だ。

 

 俺は、だから自分含めて大衆を信用しない。皆が渡る赤信号は間違っていると疑うし、皆が曲がる方向で俺は真っすぐ行って、田んぼを突っ切りながら目的地にたどり着いたりする――――――そういう変な生き方をしていると、自覚がある。

 

 前世はあまりに普通だった。唯、平々凡々と働いて、馬鹿みたいになってきている頭で中身のない玩具ゲーム、ネット、テレビで遊んでいるだけ。

 俺自身が無意味だから、どれも中身がなかった。

 

 

 

――――――ただ。知らぬ間に死んでいたのだろうか、もう一度赤ん坊として産声を上げた時に、霞む思考がこう唸り声を上げた。

 

【今回こそは、自分を好きになりたい。誰かを好きになりたい、俺が識っている世界は狭くて、色んなものが輝いているんだと思えるように成りたい】

 

 霞む思考がやたらと饒舌なのは、おしゃべりな俺らしい。当時も今も、そう思う。

 

 さて、そんなつまらないモノローグより開始された俺の第二の人生である。

 ハッキリ言って、二回目は全部ハードモードだ。成り切れないのは辛い、孤独感は何時も消えないし、理解者は永久に現れないのだから。

 

 それでも俺が小学生ぐらいまで精神を保てたのは、あの無愛想な親父ではなく、恐らく病弱になった母親に有ったのだろうと思う。

 

『也人。もっと阿呆に生きなさい』

 

 何時もそう言われた。親父が俺を「賢い子供」と評したのに続くように、いつもそう言い聞かされた。

――――行儀よく待っていた時は、気にせず好きに遊べばいいと言うし。

――――嫌いなものでも食べている時は、偶には突っぱねればいいと言うし。

――――子供相手に喧嘩をした時に造った顔で謝ると、むすっとしたまま謝ればいいと言うし。

 

 正直意味不明な人だった。幾ら俺が物分りが良すぎるとはいえ、教育のほぼ全てが間違っていたように思う。

 だがそれでも救われたのは確かだった。我儘で良いなんて言ってくれたのは、あの人だけだったのだ。

 

 それで不思議なのが、普段は普通の母親のような口調なのだが、偶にえらく男勝りな口調で喋ることが在ることだ。

 その時の彼女は、何だか前世で見た誰かに重なった気がするのだが、それに関しては上手く思い出せないまま、

 

『誰かに似ているような…………』

 

 で済ませてしまってきていた。

 

 それに、今は色々あって母親の顔はあまり思い出せないのだ。

 

『行儀の良いままだと、本当に価値のある物を見れないままに死んでしまう。それは、悲しいことなんだ』

 

 この言葉が、彼女の言葉でも少し印象深いかもしれない。

 口調が変だったのは、決まって何か大事なことを言うときだから、俺にとってノートのマーカー扱いの所も当時は有った。

 

『貴方はとても賢い子に育った――――――いや、()()()()()()()()()ようだが。何かしたいことは見つからないのか、我儘は言ってみるものだぞ?』

 

 今思えば、いつも軍にばかり居た親父の代わりでもしたかったのだろうか、とも思う。

 

――――――此処まで来て変な発表をするのだが。

 怖いことに、恐らく彼女は()()()()()()()()()()()

 問題は此処から。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普通は尋ねる。お前は誰だ、前は何処に居た、何だかんだ。色々聞くだろう、当然だ。赤の他人と大差ない感覚すら、持ってしまうかもしれない。

 

 何も言わなかった。俺がまるで子供でないということに完璧に気付いている筈なのに、さも当然のように愛情を注がれた。普通に奇妙な教育をされた。

 

 

 

 

 

――――――さて、今回の回想は此処までとなるが。これが結果としてどう繋がったのかだけは明言しよう。

 

 多分彼女のお陰で、俺は人を普通に好きになれるようになった。何というか、理由は色々思いつくんだが、うーん………………これだ、これが近い。

 造った自分じゃなくて、素の自分をそれでも愛そうとしてくれた人が居たから、もうちょい信じる気力が残っている。こんな感じだ。

 

 後、さっき「顔を忘れた」なんて抜かしたが、実は他人の空似にしたってよく似ている奴を見かけるのだ。其の顔を見たときだけは、霞んでいるはずのあの面影がくっきりと映像になってくれるから分かり易い。

 

 

 

――――――ああ、うん。お察しの通りそいつの名前は【Enterprise】って言うんだけどもさ。

 中々ロマンチックだろ? まあアッチは俺のことなんぞ、精々上司ぐらいにしか思っていないかもしれないがな。

 でも出会うまでは、少なくとも色んな意味で、運命さ。それは信じられるから、そういうことの出来る世界は

 

《きっと綺麗だと俺は断言できる》

 

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

 

 

「『愛してる』って何なんだ…………?」

 

 月光遍く行き届き、我先我先にと星が煌めく夜の海を眺めて呟いた。

 砂浜に一つ足跡を残す毎に、どうやら今も俺は生きているらしいことが再確認できてくる。

 

 夜の海は、俺にとっては平穏というより静寂だった。いや、誰もがそう思うのかもしれないが俺にとって、多分アンタが思う其の静寂は意味がちょっとだけズレている。

 

(四海と言って中国では天下と解釈したんだったか…………)

 

 今の俺にとって海は世界そのものだ。朝起きれば海、昼飯を食っても海、手続きしても海。どれもが海と俺を絡ませてぐっちゃぐちゃにしてくるので、俺自身が海の一部なのかもしれない。

 だから本来は結構騒がしいものであることを知っているし、ウチは騒がしくしろと誰にでも教えてきたから尚更煩かった。

 

 だから多くが寝静まる夜の海は、余程の嵐でも来てないならば俺には静寂という概念そのものに近かった。何せ、本当に波の音しか届いてこないのだから。

 

 

 

 さて。『愛してる』について語ろう、人には言えないが、脳裏で空想会談を開くだけなら全く誰も恥じることはないはずだ。

 

『指揮官様、お慕いしております♥』

 

 まあ、彼女のことから話そう。

 黒々とした衣服に、髪に、だけど白いインナーとか、赤いミニスカートとかがよく映えるあの娘。

 一航戦の赤城。彼女がよく俺に愛の言葉ばかり囁くものだから、ついつい今日は尋ねてしまったのだ。

 

『愛してるって感覚、分かります?』

 

 実は、分からないのだ。人間性の欠如とか言いたいのではなく、いや本当にそういうくだらない話をしたいのではなく。

 

(一体何処まで大事だと思えば、人はそれを愛だ恋だと騒ぎ立ててるんだ?)

 

 こういうことである。

 だって俺は誰だって怪我をして欲しくないし、出来ることなら護ってやりたいし、笑っているのを見るのは艦ならば誰だって嬉しい。

 だがこれは恋愛とやらに繋がる要素でも在ると何処かで聞いたので、となると俺は『艦全てを愛している』なんて馬鹿馬鹿しいことを言い出さなくてはいけないのだろうか――――――と思ったのが事の発端である。

 

――――――波の打ち返す音に、思わず砂浜を見つめる。僅かに光る何かの粒がそれこそ空の星のようで、星は転がっているものなのだという正しい現実をよく表していた。

 

――――――彼女は少し考え込んで、困った笑いをした。言われてみれば、という感じなのも有るだろうし、普通に振る舞っている人間が素っ頓狂なことを尋ねてくるから、不思議な感じだったというのも有ったのだと思う。

 

『し、指揮官様? 熱でもお有りなのでしょうか?』

 

『いやえらく失礼だな赤城さん。俺が変な質問することは多いじゃないですか』

 

 勿論、何がおかしいかというのは分かる。

 俺は普段から「人間と大差なく生きろ」という事だけを艦に教えていたので、まさかそんな男が人間らしい感情の理解に欠くとは俺だって予想がつかない。

 

 でも感覚は少し薄れてきている。長らく人を好きだとか、愛してるとか感じたことがないというか。こう、「これが愛か」と思う感じがなくなったというか。

 だから確認と言っていい。もう忘れそうな感情だった。

 

――――――まあおかしいとは思っていても、彼女は質問を却下とかはしなかった。真面目に考えてくれるのが、妙に有り難い。

 以前の知り合いに尋ねても適当にはぐらかされて、考えもしてくれまい。

 

『ええっと………………そうですね。難しい話、だと思います』

 

 それは分かっている、とちょっと素っ気なく答える。

 難しいからこそ尋ねるのだ。まるで分からない難問を、その手の専門家に聞いているのと感覚は同じだ。

 

――――――赤城はひとしきり考えて、俺の事を見たり、急に顔を赤らめたりしながら、何とか出たらしい解答を言葉として織り始める。

 

『正直なお話をさせてもらいますと、ご本人が【愛とか恋】と仰れば、それで成立してしまう不安定なものかと』

 

『独占欲でも、依存でも、庇護欲でも、それを感情の持ち手がどう認識するか――――――其処に、愛と、そうでないものの違いが有るのではないでしょうか?』

 

 成る程、と俺は思わず顎を持って其の言葉を反芻した。

 

 不定形のものならば確かに定義は難しい。だって本人がどう思うか、だなんて事は本人にしか分からない。

 

――――詩人みたいな言い草をしてしまえば「その人の愛は、その人にしか分からない」という訳だ。何だか寂しい話である。

 分かち合うのが愛とばかり認識してきたので、理解し合えない前提に立つものだとは予想しなかった。

 

「何か心っていうもんは寂しいよな」

 

 つい、言葉が漏れた。海の波のような鳴き声に言葉は埋もれて、死んでいく。

 

 相手を慮ろうとしても、最後は何処か必ず身勝手だ。だって他人は理解しきれないから、他人のふりをした自分の幸せしか考えることは出来ない。

 与える側もこんな感じで、受け取る側はこれを理解してやらなくちゃならない。

 

 自分の欲しいものと違っていても、「何かをしようとしてくれている」事に関して安易に否定は出来るものでもないからだ。

 

(まあそれすらも上手く通わなかったら、俗に言う悲恋なのか…………)

 

 ふと、自分の歩みは止まっていた。

 

――――――海は相変わらず波打つだけで、此方にまるで興味が無いと見える。懲りるわけでもなく砂を引こうとしては、海の手はそれすら上手く出来ずに引き返す。

 もう一度と息を吸い込んだように大きく水面が膨らむのだが、やはり砂は殆ど持っていけなくて、海が引いた其処には僅かに光る何かが残る。

 

 俺も似たような感じだった。いつも何かを掴めそうなんだが、結局手の中は空っぽみたいな。いつもぬか喜びさせられた。

 

 この鎮守府だって、最初はやっと「これで色々と立ち回りが楽になる」と思いながら門を潜ったはずなのだが結果はどうだ。しがらみは増えて、気づけば俺のやっていることは親父のなぞり直しだ。

 

 

 

――――親父は優秀な男だったと思う。

 鎮守府の経営自体も中々に器用にこなしたし、俺が今目指す「艦の扱いの見直し」についてももっと上手く立ち回って取り組んでいた。

 それにエンタープライズ。アイツを見れば、親父が如何に部下を大事にしてきたかはよく分かる。

 

 アイツは確か、艦の建造についての方式が確立していない頃に作られたのだと、風の噂で聞いたことが有る。

 やり方は単純で、「本当の子供から育てる」という、今で考えると訳の分からない方法だ。ヨークタウン型はそれで建造されたらしいのだが、それは「建造」ではなく「養育」だと言いたくなるのは、アイツが聞けば恐らく

 

「情を挟み過ぎだ」

 

 と静かに訂正を求められるだろう。

 

 だが実際に、親父を俺以上に親代わりと思っている。だからそれを否定されるのがどうにも怖くて、この話はアイツには言っていない。

 何であんな事を言うのかははっきりと追求できていないのだが、アイツが大切に思っているのに、それを外からの発言だとかの下らない理由で否定させたくはなかった。

 

 アイツはいつも

 

『素直に誠実に生きることが願いだ』

 

 と言っているのに、何故か艦の話についてだけはあからさまな嘘をつく。

 

 アイツはそれを自分で気づかない性格でもないから、多分苦しい。だから余計に、何で嘘をつくと問い質しそうになる。

 言葉にするのは気恥ずかしいが、心配だ。何を思ってそう頑ななのか分からないし、分からないことを知りたくさせてくる。

 

『例えば見たい、知りたい、聞きたいも愛と言えば――――――きっとそうでしょう』

 

 赤城の言葉を思い出す。何だか俺の顔を見ては、何処か忌々しげに言っていたのも思い出す。

 

――――――じゃあ俺は好きなのか、と言われるとそれは違うと思う。

 何だかそれじゃない。しっくり来ないのだ、何か。

 

 親父の死に顔の前で泣き崩れる姿を見た時に、今まで見た人間とは違う電撃じみた感覚は有った。

 だけれども其れは恋愛感情というより

 

【何でこの娘が泣かなくちゃならないんだろう】

 

 という電撃だった。

 別におかしいと言いたかったのではない。

 其の話を極限まで追求すれば、親父が死んだのは親父が一番悔しいと思う。心残りのない死に方が出来るやつは絶対居ないし、アイツが後に言うには明らかな殺人だったらしいし、後悔ばっかりだと思う。

 

 そうじゃなくて。

 どうして人が死ぬと、こんなに多くの人の心に波紋が打たれるのか、という疑問を持った。死んだのは当人なのに、当人以上に周りがざわめくのがどうにも奇妙に見えた。

 

 其処で思ったのが、「人は他人の中の方がよく生きている」という結論だった。

 喋っている本人より、各人に残る誰かの亡霊の方がよく喋っている。

 

――――――そう考えなくてはおかしな話だ。死んだという出来事よりも、死んだことに何かを思う人の方が世界の割いている容量は多いのは不思議だった。

 

 

 

 そして、俺は殺されたことに関して憤っている理由の殆どが判明した。

 親父が死んだ、それも有る。だけど、俺は最終的に赤の他人で、其処はドライに切り捨てられるはずだった。

 

 だから俺が怒っていたのは。これまでの事を考えると、恐らく――――――

 

「――――――指揮官?」

 

 ふと、夜風が人の声を模した。奇妙な幻聴だな、と思いながら幻聴の在り処に瞳を向ける。

 

――――――幻聴ではなく、そこでは風の化身がゆらゆらと水で遊んでいるらしかった。

 珍しくブーツを脱いでいて、見える足先は自分のものとは比べ物にならないほどきめ細やかで、細くて、まるで何かの芸術品のように見えた。

 

「え、何で居るの」

 

 開口早々、俺はキャラを練り終えていた。いつもの陽気で、何か抜けてる俺の分身の声色だった。

 

 分身の声は風に届いて、夕暮れの海のように輝く瞳に働きかける。

 

「指揮官こそ」

 

「俺は趣味だ」

 

 趣味って。真実とは言え、我ながら自殺願望者の詩人のような趣味に思う。

 唐で詩仙と謳われた李白は、水面に写った月を取ろうとして溺死したのだという伝説が有るが、それと同類の匂いがする趣味だ。

 

 だが水面の月より美しいものが見えていれば、そんな幻想に手を伸ばすこともないのかもしれない。

 

「お前こそ何で」

 

「…………あの人が、夜の海は好きだと言っていたからな。少し見てみようと思って」

 

 体験しようとかではなくか、という言葉が喉からまた体に戻っていく。

 

――――――しかし水遊びをしているというのに、子供っぽいどころか、少し濡れた白い足はむしろ色っぽかった。

 何というか、俺は道端の犬の性行為よりはよっぽど見るのを躊躇っている所がある。

 

「冷たくないか?」

 

「――――――そうだな、冷たい」

 

 意外と見られたのが恥ずかしかったのか、珍しく頬に朱を差しながら彼女はへにゃりと笑って答えた。

 その顔も、普段と違って妙な気分になる。何だかそんなに親しくもないくせに、彼女の見慣れない顔ばかり見ているのが罪悪感。

 

 いつも被っている制帽は何処かに置いてきていて、あの黒々としたコートも着ていなくて、今日の彼女はいつも以上にその細い腕が顕になっていた。

 

――――――しかし、帽子がないだけで彼女の横顔はとても頼りなく思えてくる。

 そう思いたいだけかもしれないが。強い誰かの隙を見たいというのは、人間の良くない欲望だろう。

 

「帽子無い方が、お前女の子っぽいのな」

 

「失礼じゃないか、それ?」

 

 失礼承知で言ったのだが、というのもまた喉から体に再吸収。他のやつに比べて、妙に言葉を選ぶのが何だか阿呆らしい。

 

――――――彼女は急に思い立った。そういう風に砂ごと海を蹴り上げた。

 雫に還った彼等が浮いては光を吸い込んで、何処か幻想的なこの状況を更に過剰演出してくれる。

 

「意外と綺麗だな。私はこういう感性はないと思っていたが」

 

 そう言って月を見つめる。今日は満月だから、いつもより何となく月が大きく見えてくる。

 彼女の白銀の髪は振り向きざまに尾を引いて、月の光を吸っては吐いて――――――大層美しく煌めく。俺は月よりも、正直そちらに目が行ってしまっている。

 

 何だかセンスのない俺でも、今ならそこそこの評論家に及第点を貰える詩が読めそうに思えてくる。何せ素材が揃いすぎだ。

 

「親父はどんな男だった?」

 

 ふと聞いた。興味本位だ。

 

「あなたによく似た、善い人だよ」

 

 間髪入れずに返答が帰ってくる、まるで俺の言葉を予知していたようだ。

 

――――――内心善い人、なんて呼ばれてにやつかずには居られなかった。他人に言われても何となく言葉を疑ってしまうが、彼女はそういう嘘は絶対につかないから、きっとそれは真実だと思えるのだ。

 

「でも、あなたよりは打算があった。勿論次に何かを為すための打算だから、狡猾ではないのだが」

 

 容易に想像がついた。俺よりももっとトントン拍子で事を運んで、達成した物事を次の達成にちゃんと活かせる。

 俺は其れが出来ない。一個ずつ達成するまでが限界で、其処に連続性なんてとても持たせられない。

 

「彼は鮮やかに事を済ませる人だった」

 

「………………俺もそういう奴に成りたかったんだがなあ」

 

 なれないよなあ、アレは遠すぎる。

 

――――――俺の呟きが聞こえていたのか、彼女は見つめていた月を見放して、唐突に俺の顔をじっと見る。

 

「………………何だよ?」

 

 後ろに手を組んだまま無言でひたり、ひたりと歩いてくる。

 

 怒っているような、嘆いているような変な顔付き。どうとでも取れるから、どうとでも想定させてもらうのだが――――――そんな想像が本格的に始まる前に、彼女は俺のすぐ目の前に立った。

 

 長い睫毛とか、扇情的な唇だとかから目を離す。俺はそういう趣味はない、というか趣味がないというより嫌というか。

 艦は俺を人間として信頼しているのだから、俺も「女性」という括りを外して見てやらなければ、不誠実だろう?

 

 まあチョロい俺に、それが長く続けられないのもまた事実だが。

 

「な、何か言えよ。怖いんだけど」

 

 そう言うと、それはなるほどと納得したのかもしれない。

 

 俺の顔を覗き込みながら

 

「あなたはあなたで構わない。誰の代わりもしなくて良い」

 

「今のままのあなたが私は好きだ」

 

 とだけ小さく言った。陰になった顔は全くいつも通りだったが、耳が気持ち赤かったような、そうでもないような気がする。

 

――――――――何だ其れは。思わず紅潮するのを顔を逸らして誤魔化す。

 他意はないのだろうけども、そう直球で言われると勘違いの一つや二つしそうになる。

 絶賛間違いを犯さない自制心を効かせているところだと言うのにな、まるで気が利かない奴だ。

 

「あのな、そうやってすぐ俺をからかう」

 

「………………面白いからな」

 

 何だか寂しそうに笑って、顔を離される。

 

――――――結局俺達は、それ以上は言葉を交わさずに。互いの作業に戻って、次の日の朝にまた出会った。

 

 彼女はどうだか知らないのだが、俺は別れた後もその顔を思い出しては、気が気でない気分にばかりなっていた。

 何というか、まるで好きみたいだ。多分違うのに。

 

 いい加減女性の一人や二人慣れておきたいな、切にこの夜はそう思った。




個人的な話、愛情なんて何でも形は構いません。僕は持ったことがないのですが、持ったことが有ると思えるだけで財産で、愛を与える人がいるならそれはとても尊いと思いますよ。

僕の定義する愛とやらは、少なくとも「相手に尽くせるかどうか」でしか測りません。前作(というかアチラ)でも、似たような判断基準でそういうものを書きました。
もう全然僕は人に尽くしたり出来ないので、出来る彼等が羨ましいと思うところもあります。まあ、あんな不幸な目には遭いたくないですけど。


それでは今回はさようなら。
次回もきっと、余韻の最中に言葉を送らせて戴ければ幸いです。
というか文章力もっとほしい。語彙も取捨選択もまだ弱いです、嗚呼虚しい。



最後に。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン、何回でも宣伝します。マジで、読もう。神。
アレ、なける。やばいよ、よもう(語彙力爆発)。
作者が女性らしく、やっぱり自分は感性が男からやや遠いという疑念を消せなくなってきている。
僕は、男です。マジで。

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