第五話『発動』
『――――ねぇ、貴方の力は固有結界だって言ってたわよね?』
翌日の学校での授業中、凜が念話で士郎に語り掛けた。
『そうだよ。ドナルドの力は全てそこから零れ落ちたものなのさ!』
『ねぇ、貴方の力は凄いと思うわ。でも、固有結界自体を発動するとどうなるのかが想像もつかないのよ』
ライダーの結界すら無効化し、破損した物体を修復する『綺麗にする能力』。芋や肉といった有機物を生み出す『ハッピーセットを生み出す能力』。最上級の対魔力が無ければ防ぐ事の出来ない情報看破能力と空間転移を可能とする『笑顔の為に直ぐに駆けつける能力』。そして、セイバーの対魔力さえ凌駕して宝具の発動をキャンセルさせた『ランランルー』。
真面目に考察すれば、有機物を投影しているハッピーセットを生み出す能力も相当なデタラメ具合だ。ライダーの結界が魔法の域だと驚いていたが、士郎の能力も軒並み魔法の域へ達している。
それらを総括する大魔術。その真髄を凛は想像する事すら出来ずにいる。
『ドナルドの固有結界は“
その士郎の言葉に、凜は無表情が崩れそうになるのを必死に堪えた。
『その当て字……、幾らなんでも無理が無いかしら? ……って言うか、ドナルドランドって何?』
頭の中に広がるサーヴァントの能力を現すイメージに、ドナルドの“
ただし、中身は不明のままだ。
『ドナルドランドはね、ドナルドを主人公にしたゲームなのさ!』
『そ……、そうなんだ。ゲーム……。それで、どんな能力があるの?』
凜が聞くと、士郎は『んー!』と唸った。
『ドナルドの力は信仰によるものなんだ。だけど、その信仰にも幾つかの種類がある。キリスト教における宗派の違いみたいなものかな? そして、どの信仰が具現化するかはドナルドにも分からないんだ』
思わず叫び出しそうになる衝動を凛は必死に抑える。
『それにね。ドナルドの固有結界には発動の為にかなりの時間が必要なんだ』
その言葉に、凜は僅かに眉を顰めた。
『教えて。それはかなり重要よ。固有結界の発動には、世界の修正みたいなリスクが当然ある。他にも、発動には呪文の詠唱などがあるし、他にも準備が必要な場合もある。戦いはきっと激化するわ。セイバーが召還されていたなら、バーサーカーも召還された可能性は高い。もう、聖杯戦争は始まったと思っていいと思うの』
その言葉に、士郎は『そうだね』と答えた。
『ドナルドの固有結界に必要な所要時間はね……』
『所要時間は……?』
『第一開放に3分。更に第二開放には3分のドナルドエクササイズをする必要があるんだよ』
凜は今度こそ、表情が崩れなかった自分を褒めたかった。
『な、なんなの? ドナルドエクササイズって?』
額から汗が流れるのを感じながら、凜は聞いた。
『ドナルドは昔からダンスに夢中だったんだ。それでね、ハンバーガを食べても健康が悪くならないようにドナルドの考えたダンスをエクササイズとしてビデオ配信したんだよ』
その言葉に、ついに堪えきれなくなり、凜は「気分が悪くなったので休んできます……」と教室を出る。英語の担任である藤村が心配そうに凜を見送る一方で、士郎は藤村を切なそうに見つめていた。
結局、話を放課後に持ち越した。
「それで、ドナルドの固有結界に必要なのはどのくらいの魔力なの?」
凜が屋上に人払いの結界を張ると聞いた。
「んー! ドナルドの固有結界に必要な魔力は呼び水程度だよ。だから、凜ちゃんの魔力を十分の一くらいもらっちゃうけど、それで使えるよ!」
その言葉に、凜は絶句した。固有結界に必要な魔力とは到底思えなかったからだ。
それを察した士郎は説明を始める。
「ドナルドの固有結界はみんなの信仰で成り立っているんだ。ドナルドのダンスと魔力でみんなの信仰の中の一種類を下ろして来て展開する。それがドナルドの固有結界なのさ! その全ての信仰の土台にドナルドの5つのモットーがあるから、ドナルドは力を使えるのさ!」
その言葉に、凜は疑いの眼差しを向けた。
そして、「なら」と口を開いた。
「使ってみてよ。本当に固有結界をそんなに簡単に使えるのなら!」
それは、八つ当たりに近かったかもしれない。
士郎自身の生き様は尊敬に値する。だが、まるで魔術を馬鹿にしているかのような士郎の力に、凜はつい子供の様な発作に見舞われたのだ。そして、凜の申し出を士郎は快く頷いた。
「もちろんさー! 凜ちゃんの頼みならドナルドは何でもするよ! じゃあ行くよ!」
凜は、予想に反して簡単に了承して固有結界の準備に入る士郎に再び絶句してしまった。
そして、すぐに止めようとした。何故なら、固有結界は諸刃の刃だからだ。
世界は異物を嫌う。たった一人で世界を支えるなど、常識では不可能なのだ。例え、衛宮士郎が固有結界に特化した存在だとしてもだ。
故に、凜は叫ぼうとしたが出来なかった。士郎の言葉に、凜の体が勝手に動き出してしまったのだ……。
「ゴー、アクティブ!」
その瞬間だった。
テンポの良い曲がどこからともなく聞こえ、ドナルドのダンスに合わせて凜は勝手に体がうごいちゃっていた。
「まずは準備運動! 首を前へ」
その指示通りに凜は「前へ」と言いながら首を前に曲げてしまった。
心の中で自分は何をやっているんだと騒いだが、凜の顔には0円スマイルが輝いていた。それから、ドナルドエクササイズが終了するまで、凜は終始笑顔で踊らされてしまった。その上、何故か心はポカポカと温かくなっている。
そして、準備が終了した直後だった。突如、金網から声が聞こえた。
「なんだ、やめちまうのか? 面白かったんだがな。嬢ちゃん、アンタの笑顔……、良かったぜ」
その声に、凜は固まってしまった。
あまりの事に、硬くなりながら声の主の方向に首を曲げると、そこには青き鎧に身を包んだ真紅の槍を持つ超常の存在が君臨していた。
その顔には爽快な0円スマイルが浮かんでいる。だが、その瞳には同時に獰猛な殺意も篭められていた。
「Es ist gros, Es ist klein…………!!」
瞬間、凜は駆け出していた。金網を跳び越えて、呪文で身体を地面に向けて加速させる。
気付けば空は暗くなっており、生徒の姿もない。
「vox Gott Es Atlas――――! ドナルド、着地お願い!!」
「もちろんさー!」
凜の言葉に、士郎は凜の直ぐ傍に現れる。着地した瞬間に凜は駆け出した。
だが、風の如き速さを誇る凜の足も、神速を誇る槍の英霊の足には敵わなかった。
「ドナルド!!」
すると、士郎は余裕の笑みを浮べながら凜を護るように立った。
「へっ! 中々の脚だったな。それに、手前えも中々やりそうだな? 道化師の英霊なんざ聞いた事もねえが……、只者じゃねえな。いいぜ、聞いてやる!名を名乗れ!!」
ランサーは血の様な紅の魔槍を構えながら叫んだ。
そして、ランサーの予想とは違い、士郎はアッサリと名乗った。
「僕はドナルド。ドナルド・マクドナルドさ! 僕は君の事も知ってるよ! 驚いた? それに、そこに居る美人さんもね」
そう言って、とびっきりの0円スマイルを浮べたまま、校舎の入口の影を指差した。
すると、その影から一人の女性が現れる。
「驚きましたね。完璧に気配は隠したつもりでしたが、サーヴァントにはバレてしまいますか……」
現れたのは、紅のショートヘアーの麗人だった。スーツを着込み、鋭い眼光は夜闇の中だというのに輝いてすら見える。
そして、ランサーが口を開いた。
「おい、貴様……。俺を知っているとほざいたな? 聞かせてもらおうじゃねえか!!」
凄まじい殺気を放ちながら、ランサーが吼える。
だが、ドナルドは余裕の0円スマイルを消すことは無かった。
「クー・フーリン。アイルランドの光の御子と戦えるなんて、ドナルドは感激だよ! ドナルドは知ってるよ? 君が笑顔になるのは最高の戦いをした時だって! だから、ドナルドは君の願いに全力で応えようと思うんだ!」
すると、ランサーは凶悪な笑みを浮べた。凄まじい殺気が迸る。
だが、凜は不思議なほど恐怖を感じなかった。
それは、目の前に立つ、最高の相棒のおかげだった。そして、士郎は言う。
「いくよ、これがドナルドの全力全開さ!! “
その瞬間、世界は塗り替えられた。
この世に存在する魔術の中で最大の禁忌と呼ばれし力が……。