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高校の入学式が終わると、生徒達は一様にぞろぞろと新しい自分の生活に向っていく。
新春、新しく学校や会社も始まり、スーツや残った冬物の服などがよくセールに出されるのを見る季節になった。
喫茶店へと向かう道には人であふれており、夏はまだ遠いというのに蒸し暑さを感じて制服のワイシャツでパタパタと仰いでいる。
「おーい!!八幡くーん!」
後ろで、呼ばれたような気がして振り返ると声の主は俺に気づいて、元気よく手を上げると、さらっと髪が軽く揺れた。
保登心愛。最近こちらに引越して来て、俺と同じく喫茶店ラビットハウスでバイトをしている。見た目は今時の女子高生って感じで普通に考えれば俺に気軽に声をかけてくるような存在じゃなさそうだが、いつの間にか名前呼びをされるまでになってしまった。それどころか、最近は俺に対しても名前呼びを強調するようになってしまった…割とめんどくさい奴である。
保登は配布されたクラス表を片手に、そのまま俺の横に並んで歩く。
「八幡くん!八幡くん!!クラス表見た!?見た!?私達同じクラスだよー!!下宿先もバイト先もクラスも同じなんて、これはもう運命だよ!!」
目をキラキラと輝かせながら語る保登に対し、はいはいっと適当に返事を返す。
もう毎度毎度色々な所で繰り返し言っているような気もするので、今更あえて掘り下げて言う必要もないとは思うが、俺は運命なんてものを信じてはいない。
大体、こんな事で何度も運命感じるとかずいぶんチープな運命もあったものである。ありがたみまるでねぇな。一生今だけ!!な進研ゼミの広告マンガなの?どんだけ毎日がデスティニィーなんだよ。
「…で、何か用か?」
横にテクテクと並んで歩く保登に尋ねると、質問の意図が伝わらなかったのか、キョトンとされるだけだった。…いや、そんな不思議そうな顔されても。
「んー、特に用事はなかったけど…八幡くんを見かけたから?」
にっこりと笑いながらちょこんと小首を傾げる保登。…んだよ、ちゃんと伝わってんじゃねぇか。
「ねぇねぇ八幡くん、八幡くんはバイト以外になにかするの?例えば…部活とか」
「特には何もする気は無いな、お前は?」
「私?私はねー…うーん」
首を傾げながら保登は考えていく。
まぁ、実際コイツ(保登)も俺同様に喫茶店のバイトもあるし、やれるものは必然的に限られてくる。
週に何度も練習を入れなければならない運動部系は入れないし、文化系の部活といえど、活動の日程がシフトと被っていたら考え直さなければならない。
総じて考えるに、やはり何も入らない方がいいな。
運動部とか体育で特定の競技の時、必ず貧乏くじ引かされるし、見本見せてみろとか言われるし、終いにゃ用具の片付けや準備までやらされる。これらの時間外労働が平気でまかり通ってしまうのが体育会系の闇である。運動部は社畜予備軍ともっぱらな噂だ、俺の中で。
などと頭の悪いことを考えながら2人して歩いていると、またしても見覚えのある顔に遭遇してしまった。
「あ」
「あら?」
確か名前はチヨ…いやヤチヨ?あるいはキミガヨ?なんか日本っぽい名前だったはずなんだよな…今は、ウチの学校の制服だが、前会った時の服装からして茶道家って感じ。茶道って言えば緑茶か?緑茶緑茶…、麦茶抹茶…宇治抹茶、宇治松、宇治松?うん、たぶん宇治松で合ってるはずだ。
「あっ!!千夜ちゃん!」
「ココアちゃんと…あなたは確か、シャロちゃんの時の…」
「…どうも」
どうやら保登の知り合いだったらしい。
俺との関係はと言うと、昨日、ファーストフードで絡まれた女子高生を家まで送り届けた際の受け取り人という関係で、その後お礼にと色々とその家の和菓子屋でおごってもらったりしたが、実を言うとほとんど赤の他人である。
「へ~でも驚いちゃった、まさか八幡くんと千夜ちゃんが知り合い同士だったなんて」
その言い方だとまるで俺に知り合いがいたことに驚いてるっぽく聞こえるからやめようね、まさかってなんだまさかって…まぁ、正しいんだけどさ…驚くポイントとしては的確だが、驚かれるポイントとしては最低の部類だった。
「人の縁の不思議よねぇ~私もココアちゃんと同じクラスでよかったー」
「本当!?じゃあこれからも一緒に帰れるね!!」
…気づいていなかったのか。まぁ、それも致し方ない。
本来どの学校も入学式を終えると新教室で初の顔合わせが行われるが、ウチの学校は学校側の用事で急遽明日に延ばされることとなった。
しかし、そんな中で俺を真っ先に見つけてくるとか…コイツ(保登)俺のこと好きなの?それともあれか、これを切っ掛けにクラスで俺に精神的に優位に立つ作戦か。残念だったな!その手には乗らないぜ!
そうやって深読みすると墓穴掘るって八幡知ってるもん!
とか勝手に思っていたが、保登のほうにそんな深い考えはないようで、何故かパン屋の店棚に並ぶパンを見て、はふーとため息を吐く。
「…かわいい」
「パンが?」
「………………ああ、そういや実家がパン屋だって言ってたっけか」
あまりにどうでもいい情報だったので、思い出すのに少し間を取ったが、以前保登がそんな話をしていたのを思い出した。
「うん、ウチでよく作ったんだー。また作りたいなぁ…パンをみてると私の中のパン魂が高ぶってくるんだよ!」
「わかるわ!私も和菓子を見ているとアイディアが溢れてくるの」
言うと、保登は宇治松の同意を得られて嬉しかったのか、妙にテンションが高い気がする。
…つーかパン魂ってなんだよ。なに、お前手に太陽の手とか宿してるのん?
まぁ、保登にしても宇治松にしてもタイプが同じと言うか、波長が近いのだろう。実際、宇治松の甘兎庵のメニュー名を見ているとなんとなく分かる。
それにこのおっとりポアポア感もかなり似てると言っていい。ただ分からないのは何故コイツ(保登)は俺に対してここまで距離感が近いのかという点である。
「んー、でも八幡くんは私にちょっと距離があるよね」
「…ちょっと、人の心勝手に読むなっての、お前はエスパーの人かよ」
「声に出てたよ」
言うと、保登は苦笑しながらこちらに振り返る。
その場に、ちょっとした静寂が流れ、少々居ずらい空気が生まれる。
尻の辺りがむずむずするような、妙な沈黙を破ったのは宇治松だった。
「…そうだわ!ならこれから親睦を深めるためにもどこか遊びに行かない?」
「おお!!いいね!じゃあどこ行こっかー!」
「そか、なら、俺は先バイト行ってるわ、じゃな」
言って俺はその場を後にしようとすると、驚いた表情の保登に袖を引かれてしまった。
「え…ちょ、ちょっと待って、八幡くんも一緒に行こうよ!」
「えっと…これから何か用事でもあるの?無ければ私たちと一緒に遊ばない?」
宇治松にも聞かれてしまったので少々考える様子を取る。
遊ぶ…遊ぶねぇ…。
遊ぶ、と言う言葉ほど多種多様な意味合いを持ち、かつ定義があいまいな言葉、あるいは行為はあるまい。
例えば、『へいへーい、ねぇちゃん遊ぼうぜ』と言う使い方ならリア充は死ねと思うし、『私とは遊びだったのね!』という使い方ならやっぱりリア充は死ねと思う。
遊び心を入れた料理は大抵悲惨なことになるし、何かに挑戦して失敗したときの言い訳に『これは遊びだから~』なんて言い出すこともままあることだ。
つまり、遊びなんて録でもないものである。
よって、俺の回答は決まったようなものだろう。
「あー、俺のところのバイト、シフトが早いんだよ」
誘われたらとりあえず断る。これはぼっちの安定行動であり、回避本能でもある。だってほら、行くって答えてそれが社交辞令だった場合、『あ、行くんだ…』とか苦笑いされる中学のクラス会みたいなことになったら申し訳ないじゃん?その気づかいに対しては気づかいで応じるのが大人の礼儀と言うものだ。
「そうなの?ココアちゃん」
「ん?そんなことないよ?だって今日八幡くんも私もバイト遅番でしょ?」
問われて保登が首を振った。当たり前だが即バレた。まぁ、あそこの従業員はほとんど学生だからな。もちろんシフトが一緒になる日がほとんどなんだが、たまにバラバラのシフトになるときがある。
保登は答えると、ふぅと小さなため息をつく。
「八幡くん、もしかして…私のこと嫌い?」
控え目な、けれどほんのわずかに一歩、いや半歩くらいだろうか、試すように踏み込まれた距離。
保登の叱られる前の子供の様な不安げな瞳に見つめられ、うっと一瞬言葉に詰まる。
「…別に嫌いじゃねぇよ、そもそも嫌いになるほどお前のこと知らねぇし…」
大体、人間関係のイザコザなんてものは、ある程度近しい者にしか発生しないし、好き嫌いで判別できるものでもない。
まぁ、俺の場合は大抵の人を嫌ってきたからな、今更ちょっとやそっとじゃ人を嫌いにならないが…。
すると、保登はパァァァっと表情が晴れていく。
「本当!?よかったー!!八幡くんそっけないし、私が話かけてもいつも適当に流されちゃうから嫌われてるかと思ったよ―」
よほど安堵したのか保登は若干涙目ながら微笑む。
そして一つ大きな深呼吸をした。
「よし!!私、八幡くんに好きになってもらえるように頑張るね!!」
「…そうかよ」
「うん!!」
元気よく返事をされてしまった。
全く…コイツ(保登)はなんでこう男子を勘違いさせる発言が多いのだろうか。
しかもこれ、素でやってるのだから始末に終えない。
普通に照れくさくて保登から顔をそらすと、そこにはどこぞの高校生アイドルもびっくりな笑顔の宇治松がいた。…これが本当のニコニコニー。
「…なに?」
「ううん、ココアちゃんと仲いいなぁっと思って、そうだ自己紹介ちゃんとしていなかったわ!昨日はあんまり時間もなかったし改めて言うわね、私は宇治松千夜。よろしくね、えっと…八幡君?」
そう言ってスッと右手を差し出してきた。
「…比企谷八幡だ」
言って宇治松の手を軽く払い、自己紹介を済ませる。
それじゃあ、と宇治松が前置きをして、こちらの反応を窺うように照れながら、上目づかいで俺を見る。
「私も八幡君って呼んでいい?」
「…お好きにどうぞ」
もうこの手の輩に何を言っても変わらないのは保登で確認済みである。
俺が肩をカクッと落とし、降参したのを確認すると宇治松はまたもやにっこりと微笑んだ。…くそう、笑うと口元にえくぼができるとか、それがちょっと可愛いとか死ぬほどどうでもいい知識を得てしまった。
「よーし、八幡くんも千夜ちゃんもオッケーってことで遊びに行こー!!」
保登がグッと拳を空に突き上げ、その勢いのまま俺と宇治松の手を掴んで歩きだす。
…だからなんでコイツはこういう行動を取るんだっつーの。いいですか?そういう無邪気な行動がですね、多くの男子を勘違いさせ、結果、死地へと送り込むことになるんですよ?そこんとこちゃんと考えて行動してもらいたい。
と、赤くなっていそうな頬を誤魔化すためにも反論しておこうと保登を見る。
「…つーか、まだ俺行くって言ってねーんだけど…」
すると返答は保登ではなく宇治松から帰ってきた。
「まあまあ…いいんじゃない?行ってるうちに楽しくなって来るかもしれないわよ?」
「えー…」
なんかうまく乗せられてるような気もする…。
とはいえ、先ほども言ったが遊びなんて録なものじゃない。
遊んでばかりいるとどうなってしまうのか。その悲惨な未来を想像するのは難しくない。
が、故事来歴を紐解くに、『遊び人はレベル20で賢者に転生できる』。
だから、まぁ、なんだ…ちょっとくらいは遊んでいいやな…。
そんなアホなことを考えながら、俺は保登が進むがままに手をひっぱられて街の中を進んで行った。
はい!という訳で3話目でした!!
今回は千夜が初登場という訳で下校中の一幕という形を取らせていただきました!!
それにしてもココアの使い勝手の良さは異常…ココア可愛い…ココアは良い文明。多分今後もよく出る。
バイトも下宿先もクラスも同じとか、それもう運命!!
運命て凄いですね!!でも作者的には自由の方が好きなんですけどね!!
千夜にも名前呼びされるようになってしまった八幡…でもね、もう、この手の人間には言ってもどうしょうも無いことを悟った八幡なのであった…まる。
さて、ここまで読んでくれた方に感謝を込めて、また次回も読んで頂けますように…
次は劣等生だな、うん。