スーナとビーデルの戦いはある意味で一方的なものとなっていた。ビーデルが攻め、スーナが受ける。しかし、ビーデルの攻撃はクリーンヒットは一発も無く、全て捌かれていた。しかもスーナから戦い方のアドバイス付きで。
「己の力を過信してはなりません。成長途上の時には自身の力を見誤ってしまいますからね」
「こ、の……馬鹿にして!」
ビーデルの拳をパシッと掌で弾いたスーナはフワリと舞台の端に移動する。その動きは力強いビーデルとは対照的に羽毛の様に軽やかな動きだった。
「貴女の拳からは真っ直ぐな気持ちが伝わってきました。これなら安心して後を任せられますね。出来る事ならばもっと戦いたかったのですが……」
「え、それってどう言う意味で……」
スーナの安心した様な表情に怪訝な顔付きになったビーデル。しかし、その意味をすぐに理解する事になる。
「審判さん。申し訳ありませんが私は棄権させて頂きます」
『へ……?』
「えっ!?」
スーナが審判ににこやかに棄権を告げ、舞台を降りていく。その光景に審判もビーデルも唖然として硬直してしまい、スーナを見送るしか出来なかった。
『あ、ええっと……孫桃香選手、棄権によりビーデル選手の勝ちであります!』
審判もビーデルも観客達も呆然としていたが、真っ先に正気に戻った審判がビーデルの勝ち名乗りを上げた。会場内は静まり返り微妙な空気が漂っていた。
「おい、スーナ……なんの真似だ?」
「それが……地獄で問題が発生した様でして。私自身が出向かねばならない様です」
舞台から降りたスーナを悟空達が出迎え、ベジータが戦いを放棄した理由を問う。するとスーナは溜息混じりに理由を答えた。
「先程、界王様から念話が届きました。閻魔大王経由からでしたが地獄でコルド大王様が反乱騒ぎを起こそうとしていると連絡がありました。申し訳ありませんが、私は一度地獄に帰ります。事が済み次第、現世に戻りますので」
そう告げるとスーナは控え室へと戻っていく。
「ちっ……水を差しやがる」
「コルド大王って前にフリーザと一緒に地球に来たフリーザの父親だよな?」
ベジータはコルド大王の所為で地獄に一時的に帰らなけれならない事態に舌打ちし、クリリンは以前感じたフリーザと同等の気を持つコルド大王の事を思い出していた。
「桃香の話では定期的に反乱騒ぎを起こしていると言っていたな。恐らく、桃香が下界に降りてきた事を知ってたから反乱騒ぎを引き起こしたのだろう」
「それで界王様か閻魔のおっちゃんが桃香に連絡したって事か」
「あいも変わらずワーカーホリックだな」
ピッコロは半身が元々神の地位にいた事もあり、あの世の事にも詳しく更に先程スーナに聞いた地獄の現状の事を思い出しながら推測をする。悟空はその報告をしたのが閻魔大王か界王なのだろうと考えていた。ベジータはスーナがあの世でも変わらずに働き詰めである事に呆れ顔になっていた。
「本来ならパイクーハンさんが対応する手筈でしたが、何かトラブルが起きたのでしょう。確認も含めて少々地獄まで行ってきます」
「桃香、着替えてきたんか?」
一度控え室に戻ったスーナは眼鏡とスーツ姿に着替え直していた。ネクタイを締めながら悟空達に合流したスーナは仕事に戻る事もあり、顔付きが真面目な顔に戻っていた。
「地獄の反乱騒ぎを処理したらすぐに下界に戻るつもりですが大会の決勝戦に間に合わない事態になったらお母さんに伝えておいてください。では、失礼」
表面上は冷静な顔付きのスーナは悟空に帰りが遅くなったらチチに事態を説明しておいて欲しいと言い残すと自身の額に指を這わせてピシュンと風切り音と共にスーナは姿を消した。
「コルド大王は地獄で素直に拷問を受けていた方が幸せだっただろうな」
「ああ、間違いなくそうだな……」
「馬鹿な事をしたもんだなコルド大王も……」
悲壮感の漂うピッコロ、ベジータ、クリリンの順にコメントを溢し、界王神やキビトは何事なのかと首を傾げた。
「桃香は下界に帰ってくんのスゲー楽しみにしてっから、それを邪魔されたから怒ってんぞ」
「ああ、我が娘ながら恐ろしい程に怒っていたな。見た目が冷静かつにこやかにしていたからより恐ろしかった」
スーナの父である悟空とギニューは身をもってスーナの怖さを知っているだけに遠い目をしながらコルド大王達がどんな目にあうか容易に想像がついていた。スーナの事を知らない界王神とキビトはあの少女は改めて何者なのだろうと疑問を抱く事になる。
◆◇地獄◆◇
「フハハハーっ!孫桃香が居なければ恐るるに足らず!」
「あの小娘が居なければ容易いわ!」
「お、おにー!?」
「スーナ様がいないから好き放題だオニ!」
地獄の一角で暴れていたセルとスラッグ。コルド大王とターレスは別の場所で暴れている為に互いに陽動であり、本命でもある。二か所で同時に戦い、パイクーハンが出てきたら足止めをして片方が閻魔殿を落とすと言う計画だったのだ。その計画はうまく行っていたと言えるだろう。
この時点までは。
「あら、私の休日を潰そうとした罪は地獄の罰よりも重い事を自覚してくださいね?」
「な、孫桃がはっ!……ぶるわぁぁぁぁぉぁぁぁぁっ!?」
「貴様……何故、此処に!?」
瞬間移動でセルの隣に瞬間移動してきたスーナは即座にスーパーサイヤ人になるとセルの腹に渾身の拳を叩き込んだ。悶絶したセルは前屈みになり、頭の高さが下がったセルにスーナはハイキックで頭を蹴り飛ばした。スーツ姿で蹴ったので本来ならスカートの中を気にするべきなのだが怒りの方が優っているらしく、スーナの視線は立ち尽くしていたスラッグに向けられている。そしてフッとスーナの姿がスラッグの視線から消えた。
「消え……ぐがっ!?」
「生憎と手加減する気はありません」
「て、的確に頸椎を狙ったオニ……」
「骨が砕けた音がしたオニよ……」
スラッグの背後、それも首の高さに飛んだスーナは背後からスラッグの首に回し蹴りを放った。凄まじい音がしてスラッグが悶絶しながら倒れる。
その光景を見た地獄の鬼達は身を震わせながら怒っているスーナに怯えていた。
「さて、此処にナマモノとスラッグが居ると言う事は向こう側にコルド大王様とターレスさんがいらっしゃいますね。では、私は彼方の始末に向かいますから此処はお願いしますね」
「わ、わかりましたオニ!」
「お任せくださいオニ!」
スーパーサイヤ人から元の姿に戻ったスーナは長い後髪をかき上げながら、その場を後にした。黒髪の美少女が静かな笑みを零しながら髪をかき上げる仕草に本来であれば頬を染めるか、見惚れる筈であるが地獄の鬼達は恐怖の方が優っていたらしく、その場を後にしたスーナに地獄の鬼達は敬礼をした。
笑顔とは元々威嚇行為の一つである事を一人の鬼は思い出していたがそれをこの場で口にする勇気は持ち合わせていなかった。