息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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染まり過ぎた味

「レイ・デスペア少尉、貴官を中尉の階級に昇格する」

「はっ!」

 

ガンダムヴァーチェを追い詰めたことにより俺の階級が上がった。

ガンダム鹵獲のための物量作戦自体は失敗したが、キム司令はスミルノフ中佐を責めることもなく、寧ろ俺がヴァーチェを追い詰めたことも含めて評価した。

やはり人を見る目はあるというか、中佐の実力を見越してクビにはしない。

 

まあ個人的には中佐にはこんなブラック企業よりもっといい所に行ってもらいたいけど。

頼むから家族を優先して欲しいな。

勿論アンドレイのことだ。

 

それはそうと俺はキム司令から昇格を言い渡されて、寮に戻る。

ちなみに人革連本部には軍人寮があり、リボンズに住居を与えられなかった俺はそこに住んでいる。

無一文の生後数日胎児を軍隊に放り投げて帰れなくするとかリボンズはかなり汚い、というか酷い。

超人機関出身のソーマも自宅は持ってないから寮だ。

 

「...ただいま」

 

自室に戻って呼びかけたけど誰もいないので返事は返ってこない。

元からいない訳では無い。

今は撤去されてしまったがついこの前までは俺の他にベットが三つあり、同居人(ルームメイト)がいた。

 

同室で暮らすだけあって少しばかり仲良くなったが、先日のガンダム鹵獲作戦でヴァーチェ――ティエリアに殺された。

静けさの漂う室内が出迎えてくれる。

 

「はぁ…中尉、か」

 

堅苦しい正装を脱ぎ、適当に座り込む。

作戦自体は失敗でも俺は昇格した。

まあガンダムを初めて単騎で追い詰めたから当然といえば当然だ。

そこら辺は腐ってもイノベイターか。

勿論俺強いとか馬鹿な転生者にありきの考えはない。

寧ろイノベイターとしての能力以外に取得が無さすぎる。

イノベイターか疑うレベルだ。

 

「ほんとにイノベイターになったんだよな…?」

 

正直疑えてきた。

イノベイターにしてはスペックが低すぎるからなぁ。

機体性能に差があれどもナドレに乗ったティエリアとキュリオスに乗ったアレルヤには圧倒されたし、射撃が下手なマイスタータイプのイノベイターってのは今更だが不思議だ。

……仲間を守ることもできなかった。

 

ティエリアに仲間を殺された時、直前まで知っていながら見過ごそうとはした。

だが、実際は身体が勝手に動いていた。

感情も後から乗って確かに全力で助けようとした。

でも間に合わなかった。

普通のイノベイターなら救えた筈の距離が動きに無駄がありすぎて辿り着けなかった。

 

おかしい。

どうもマイスタータイプのイノベイターにしては俺は弱過ぎる。

一体何故だ?

と、考え込んでいたらノック音が響いた。

誰か訪問してきたようだが、まさかもう新しい同居人(ルームメイト)でも来たのか。

それともその先行報告か。

いや、それならベットを撤去するとは思えないな。

じゃあ誰だろう。

 

「失礼する」

「はい…ってソーマ?」

 

扉を開けると目に映ったのは美しく靡く白髪。

珍しい訪問客にちょっと驚いた。

 

「どうした?」

「すまない…その…」

「……?」

 

訪ねてきたと思えば言葉を詰まらせている。

俯いているし何か思い詰めてるのか。

仕方ない、ここは招き入れてやるとしよう。

まあ本来は駄目だけどな。

 

「とりあえず入れよ」

「あ、あぁ…」

 

辺りを見渡し誰もいないことを確認して、ソーマを入室させる。

そういえば大分ラフな格好のままだがまあソーマだしいいだろう。

最初はアレルヤのヒロインだとかでドキドキしてたが最近じゃ大して気にならなくなった。

暫く一緒にいる仲間だし自然と慣れてしまったのかもしれない。

 

「それで?何かあったのか」

「……いや、私は何も…」

「……?そうか」

 

何かあるから俺のところに来たと思ったが違ったのか。

いや、この考えはちょっと自意識過剰か?

俺より中佐の方が頼れるかもしれないし何かあればそっち…ってことはないか。

そろそろ自覚しよう。

ソーマは俺に懐いてる。

それに接しやすくしたのは俺だ。

 

あ、やっとココアパウダーを発掘した。

元同居人のものだ。

基本俺はコーヒーしか飲まないから自然と奥深くに眠ってしまう。

 

「ほら」

「……ありがとう」

 

マグカップを渡してやるとソーマは熱いのか啜るように飲み始める。

俺はその隣に座った。

 

「地上へ戻る前に今作戦で死んでしまった人達の、同士達の仇討ちを頼まれた…」

「そうだったのか」

 

ソーマに超兵として期待している者は多い。

必然的にそういう願いはソーマに届けられるのか。

可憐な乙女に頼る光景は異常だな。

さすが人革連(ブラック企業)、闇が深い。

勿論許容する気はないが。

 

「それで、その…」

「ん?なんだ」

 

ソーマが裾を掴んでくる。

何か言おうとして躊躇ってるな。

 

「彼らの仇も…取ろうと思う。デスペア少尉の、為に」

「……それはあいつらのことか」

 

つい先日までベットのあった空間を見遣る。

ソーマは静かに頷いた。

どうもおずおずとしてると思ったら俺に気を使っていたのか。

それにしても俺のためとは…変わったな。

ソーマは超兵であるという認識が強かった筈、作戦を完遂させることが全てだ。

そこを俺が変えたらしい。

これについては後悔していない。

改変が起こる要因の一つであるのにこれだけはやってよかったとスッキリしている。

自分でもよく分からんな。

 

「俺のことは気にするな」

「え…?」

 

ソーマを撫でてやると不思議そうに俺を見上げてくる。

 

「ソーマの仇討ちは要らない。俺も軍人だ、仇くらい自分で取るさ」

「デスペア少尉…」

「それと俺は()()だ」

「あ…。し、失礼しました」

「ふっ、昇格したからって畏まらなくてもいいさ」

「そ、そうか…。わかった」

 

まあ軍人にさせられたっていう方が正しい。

ソーマにとって誰かの仇を討つのも使命になっていたのかもしれない。

だから俺のも代わりに取ろうとしたんだろうが不要だ。

そんなことでソーマには死んで欲しくないからな。

 

「暫くここにいるか?」

「…うん」

 

ソーマは頷き、俺に寄り添った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上へ戻ってくる前、ガンダム鹵獲作戦を終えた『頂武』や作戦参加兵は人革連の低軌道ステーションに暫く滞在していた。

その間にアレルヤ・ハプティズム、ガンダムキュリオスが超人機関研究施設を破壊した。

人革連のスペースコロニー全球にスミルノフ中佐も知らされていない研究施設があり、キュリオスの破壊行動によりその存在が世界単位で明らかになった。

 

超人機関研究施設の壊滅はソーマの耳には届かず、中佐によって軍に派遣されていた技術者も取り調べを受けることになった。

まあソーマにもいつか知らされるだろう。

2ndでは既に把握していたみたいだし、そこら辺はスミルノフ中佐にタイミングを任せるとしよう。

後々だが義父みたいな存在だしな。

 

もちろん俺も低軌道ステーションに滞在していて、廊下を歩いていたら数人の兵士に連れていかれる超人機関の技術者と鉢合わせした。

技術者は俺を見るなり拘束を無理矢理振りきって擦り寄ってくる。

 

「デスペア少尉!私は何も知らないんです!どうか、どうか助けてください!」

「知るか、地獄に落ちろ」

「そんな…!」

 

必死に縋りついてきた技術者を蹴り払うとまた拘束された。

まったく、俺を同志か何かと勘違いしてる節があるな。

 

技術者が絶望しきった顔で連れていかれ、背中が小さくなるのを見ていると、ソーマが現れた。

ソーマが来た頃には技術者は見えなくなるくらいだ。

 

「どうした?確か待機命令だっただろ」

「今、持ち場に戻ろうと思っていたが貴方を見掛けたから…」

「そうか」

 

知り合いがいたら声を掛けるのは何もおかしくはないな。

俺もソーマを見かけたら声を掛ける。

 

「何かあったのか?何やら騒がしい」

 

ソーマが連行されていった技術者の方を眺めて尋ねてくる。

中佐が伏せているなら俺もそうするとしよう。

 

「いや、特に何もないさ。気にするほどの事じゃない」

「わかった。私は持ち場に戻る」

「はいよ、いってらっしゃい」

 

短い会話を済ませるとソーマは持ち場へと向かった。

隠し事をしていると後ろめたい気持ちになるが仕方ないな。

大人から見た視点とソーマ(乙女)から見る視点では違う。

ソーマからすれば同類を、仲間を失ったと同じことだろう。

伝えると精神が不安定になる可能性がある。

 

ならば今は伝えなくていいだろう。

なに、時が来れば必ず知ることになる。

焦る必要はない。

 

ソーマと別れて低軌道ステーションでの休憩室に入る。

勿論休憩時間が割り振られたから休んでいるんだ。

というか暫く仕事がない。

なのでワインを開けさせて貰った。

特別好きなわけじゃないが祝いには必要だと思ってな。

 

「そろそろか…」

 

グリニッジ標準時間を確認しながら呟く。

祝う相手はアレルヤ・ハプティズム。

キュリオスのガンダムマイスターだ。

 

今は敵だが、前世では彼も俺にとってはただのキャラクターだった。

なので今はただのファンとして祝福しようと思ってワインを用意した。

よく生誕祭とかやる、あれと似たようなものだ。

グラスに色濃いワインを注ぎ、揺らす。

 

「……おめでとう、アレルヤ・ハプティズム」

 

少し皮肉を込めた祝いの言葉。

状況が状況だけに、だ。

気持ちを切り替えるためにも…と思っていたが、どうも怒りや憎しみといった感情も少し混じる。

当然仲間を殺されたからだ。

どうやら俺はちょっとこの世界に染まり過ぎてるらしい。

それを象徴するようにワインは少し不味かった。


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