リニアトレイン公社の会長別荘。
日差しの強い熱帯地域に建つ建造物はとてつもなく大きく、敷地は私有地とは思えないほど広い。
もちろん主はラグナ・ハーヴェイ総裁。
まったく、これが別荘だっていうんだから相当金持ちだ。
ラグナ・ハーヴェイは、何度も言ってる通りリニアトレイン事業の総裁で、国際経営団のトップだ。
絹江・クロスロードの務めるJNNの大株主でもあり、軌道エレベーターを自由に扱うことが出来る上に
故に奴はアレハンドロに利用され、擬似太陽炉搭載型
細かいところまで突っ込めばビサイド・ペインとかも関係してくるが今はいいだろう。
ガンダムスローネやGN-Xを作った張本人だが、国連軍が誕生すれば用済みになって勝手に消える。
救いたい気持ちがないわけでもないが…流石に現状手を出しにくい人物だ。
まあ更生させようもない悪人なだけに何が何でも助けようとはしない。
ある程度は自業自得だ。
そんなことより今は他に気にすべき相手がいるわけで。
正体がソレスタルビーイングの監視者であるラグナに危険にも近付く人物がいる。
それが絹江・クロスロード、沙慈・クロスロードの姉であり、JNN報道局に務めるジャーナリストだ。
「絹江は父親の影響から危険に首を突っ込みがちだ。常に真実を求め、繋ぎ合わせた先を目指している」
「今回はそれが裏目に出て、関わり過ぎたがために殺されてしまう……お兄ちゃんは絹江さんが死ぬのを止めたいんだね」
「あぁ」
飛行艇の中、レナの言葉に頷く。
絹江と沙慈の父親もジャーナリストだったが、取材相手に濡れ衣を着せられ、投獄された。
そんな父親が言い残した――『事実を求め、繋ぎ合わせれば、そこに真実がある』――という言葉を絹江は脳裏に焼き付けて活動してきた。
だが、今回に限ってそれは仇となる。
相手が悪過ぎた。
首を突っ込んだ問題がデカすぎたんだ。
『ヴェーダ』の情報統制の影響を受けるだけならまだしも絹江はラグナに辿り着いてしまった。
奴らは裏切り者、既にイオリアの計画を背く者だ。
追ったところでイオリアの真意にはたどり着けない。
いや、辿り着けないこともないかもしれないが明らかに遠回りだ。
だから、敢えて正しい情報の方へ導いてやろうと思う。
絹江・クロスロードの命を救うために。
「もうすぐ着陸するけど、どうするの?具体的には」
「敢えて飛びっきりの情報を渡す。この世界のルールや『ヴェーダ』を気にしなくても俺は全て知っている。俺の知識で絹江を捕まえてやる」
「なるほど…。旨い餌を与えてラグナさん達から遠ざけるんだね!」
「言い方が酷いな…。まああながち間違ってないが」
深雪はこっちに来てから毒を吐くことを覚えたらしい。
兄としてはとても辛い成長だ。
純粋に生きて欲しいというのは全国兄共通思考だろう。
ちなみに別荘には着いたが少し離れたところに着陸する。
基本的にラグナの敷地内には着陸できないし、こちらも最低限隠密に行動したい。
時すでに遅しな気もするがもう知らん。
まあ運送業者だとかなんだとか偽装はしてあるし、その辺も面倒なことは全てレナに一任している。
優秀な妹を持つと兄は思考力を奪われそうだ。
無能とか言うな。
「ラグナさんの別荘はこの先500mにあるよ。車でも借りる?」
「いや、歩いていこう。金が勿体ない」
そもそも免許を持っていない。
レナは知らないけどな。
ということで2人で別荘まで歩くことにした。
前世では運動とかしてこなかったけど、仕方ない。
車を借りるほどの距離かと言われればそうでないし、借りている時間すら勿体なかった。
ちなみに観光地域だからか、降下地点のすぐそこで借りられるようで提案に出てきた原因はそれだ。
今となっては関係ない話。
レナと俺は暫く歩くとラグナ・ハーヴェイの別荘に辿り着いた。
辺りを見渡すが絹江の姿がない。
おいおい、まさか――。
「もうサーシェスに連れて行かれちゃったか?」
「うーん、まだ分からないんじゃないかな。とりあえず別荘訪ねてみようよ」
「は?なんで?」
ラグナに用はないんだが――と俺が口に出す前にレナは行動に出た。
問答無用で別荘へと向かっていくので俺も嘆息し、諦めてついて行く。
それにしても暑い。
もっと暑さ対策をしてくるべきだった…。
とか下らない事を考えている間に会長別荘玄関口に到着、受付を通して連絡を試みた。
「すみません。ラグナ・ハーヴェイ総裁はいらっしゃいますか?」
「会長に何か御用ですか?」
「はい。我々、運送会社の――」
まずは受付を通してレナが対応する。
まあ偽装たっぷりの証明書やらで運送業者を偽って接触中だ。
ただの運送ではラグナ自身に会えないし、会う必要も無いので受付の女性が荷物だけを回収する。
一応レナがデータをハッキングしてラグナが違う配達業者に頼んでいたものを持ってきた。
後で同じものが届いて混乱するかもしれないが手違いなどで済むだろう。
まあ正直ラグナはどうでもいい。
重要なのは絹江・クロスロード。
俺達が探し求めてるのも彼女だ。
レナがついでにさり気なくJNNの記者がいないか聞いている。
それはもう上手く会話に混ぜて。
「そういえばJNNの記者さんとか訪ねて来ませんでした?さっきふと目にしたのでもしかしてラグナ・ハーヴェイ総裁に用があったのかと思いましてー」
「そうなんですよ。訪ねて来られたのですが会長が面会中で、お通しはできなかったのですが…」
「そうですかー。取材か何かなら空振りですね~。あ、印鑑ここにお願いします」
「はい。確かにお預けしました」
「ありがとうございます」
いつの間にやら受付の女性と談笑し、愛想笑いを混じらせて情報を得るレナ。
全て理解している身からするとすんげぇ怖い。
知らない間に恐ろしい娘に育ったなぁ…。
頬をひくつかせていると恐ろしい方向に育ってしまった妹が戻ってきた。
「絹江さん、もう来たっぽいよ」
「みたいだな」
こそっり俺に囁くレナと共に会長別荘を後にする。
外に出て周囲を見渡すが、絹江が居た周囲の風景は分かっても正確な位置までは分からない。
レナの得た情報でラグナに訪ねたのはつい数分前らしい。
絹江が汗水垂らして待っていた様子を見るに数分でサーシェスと出会ったわけではないだろう。
ならまだ何処かに――と視線を泳がせると露店から姿を現した絹江を見つけた。
その手には飲み物が握られている。
なるほど、喉の乾きを潤いに屋台にでも行ってたのか。
そりゃ見つからないわけだ。
「レナ。絹江を見つけた」
「え?どこ?」
「ほら、あの屋台が並んでるとこ」
「あ、ほんとだー」
暑さのせいかレナが気の抜けた声で絹江に気付く。
表情に出ないだけで暑かったのか。
言えば、絹江みたいに飲み物か何か買ってやったというもの…。
てか俺が欲しい。
と、そんなどうでもいいことよりやっと絹江を見つけた。
これはアタックするしかない。
サーシェスも現れない今がチャンスだ。
「行くぞ、レナ」
「うん。お兄ちゃんに任せていいんだよね?」
「あぁ」
レナは原作知識がないからな。
口が得意ってわけじゃないが俺がやるしかないだろう。
レナに応じると俺は彼女を連れてゆっくりと絹江に近付く。
絹江が近寄る俺に気付いたところで声を掛けた。
「申し訳ありません。少し、いいですか?」
「え?あ、はい…えっと、でも今取り込み中で…」
「あまりお時間は取りませんので」
「でも…」
暑さのせいか、汗を拭いながらながら表情を曇らせる絹江・クロスロード。
時間は取らないと言ったが多分沢山時間を使うだろう。
だが、絹江にとって喜ばしい展開になるんだ。
それくらいは許される…と思う。
暫く考えた絹江は何か思いついたのかハッと顔を上げる。
「あの、もしかしてリニアトレイン公社の方ですか?だったら総裁に…ラグナ・ハーヴェイ氏に直接お会いしたいのですが…」
「あぁ。いえ、違います。ですが貴女の知りたいことを知っています」
「そうですか…え?」
あ、やべ。焦って話切り出すの早くなった。
レナをチラ見すると笑顔でこっちを見てる。
ただ目が笑っていない。
怖い、顔がこう言っている。
お前は下手くそか、と。
ちなみに脳量子波を使うとリボンズにバレるので使わないようにしている。
本筋ではまだ『ヴェーダ』は掌握されていないので行動すること自体には問題ない。
まあそこに改変が起きていたらレナですらどうしようもないと言っていたので諦める。
デジャヴを感じるな。
そうだ、もし状況が最悪の方向に言ったら俺の知るイノベイド全員に脳量子波で悪口言って死んでやろう。
まあそれはそうと絹江は一瞬落胆するが、驚愕に目を見開く。
当然だよな、怪しいしそれ以上に見透かされている。
真意は分からぬとも筒抜けだと感じるのは恐怖だ。
「貴女が追い求めているのはイオリア・シュヘンベルグ…いや、ソレスタルビーイング」
「……っ!」
「ガンダムを所有する私設武装組織を追って…貴女はラグナ・ハーヴェイにまでたどり着いた。ユニオン、AEU、人革連の合同軍事演習の時に現れた新型のガンダム…ガンダムスローネのパイロットの会話を偶然にも聞いたリアルドのパイロットからの情報によって」
「ど、どうしてそれを…!?」
絹江がリニアトレイン公社のラグナにまで辿り着いた形跡を全て言い当て、彼女は分かりやすい程に動揺する。
俺が1歩近付くと絹江は1歩後退った。
「全て知っています。ソレスタルビーイングのことも、イオリア・シュヘンベルグのことも、ラグナのことも、そして……この世界にこれから起きること。この世界の結末を」
「この世界の、結末…?」
「貴女が追い求めているもの以上のことを俺は知っている。どうです?知りたいでしょう。教えて差し上げますよ。……貴女がそれで満足するのなら」
「……っ。貴方は、一体…」
未だ半信半疑だが、全て見透かされて動揺しているため俺に怯えている。
だが、仕方ない。
それでも根っからのジャーナリストである絹江の性質を利用して惹き付けられると俺は信じている。
だから、惜しみなく情報を漏らす。
辺りの監視カメラはレナがジャック済みだ。
さて、絹江の問いに答えてやるとするか。
「俺はレイ・デスペア。イノベイド、人類の進化種であるイノベイターの模造的存在…。異世界から貴女を救いに来ました」
絹江は訳が分からなくて困惑している。
当然、俺が何を言っているのか理解できないのだろう。
だが、絹江の事情を暴き、情報を持つと自分から申し出てくる者をジャーナリストは逃がさない。
だから、絹江は差し出された俺の手を戸惑いながらも取った。