息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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マスターキー

冷えた空気が風に乗って頬を掠める。

ゆっくりと五感を取り戻し、瞼を開けた。

 

「ん…っ。なんだ?一体どうなって……」

 

確か記憶が正しければ国連軍に追い詰められ、逃げに逃げてきた筈。

そして、傭兵を名乗る男がイナクトに乗ってやってきた。

 

「あれ…そういやあの傭兵は…。兄貴とネーナもいねえな」

 

起きて早々誰もが居なくなってる事に気付くミハエル。

だが、辺りを見渡して気付いたことがあった。

スローネは消え、イナクトだけがミハエルを見下ろしている。

 

「あ?俺のツヴァイは何処に行った!?」

 

ふと上空を見上げると、空では二つの光影が衝突する。

片方はミハエルの愛機であるスローネ ツヴァイだった。

 

「あれは…!俺のツヴァイじゃねえか!なんでだ。ま、まさかあの傭兵野郎が…っ!」

 

さすがはスローネのマイスターだけあって、ミハエルは状況を偶然にも理解した。

ミハエルのバイオメトリクスが書き換えられた発想には至っていないが。

 

そんなミハエルに近付く影が現れる。

マイスターとして鍛え上げられた動体視力があるミハエルはそれにすぐ気付き、振り返ると少女が居た。

肩に届くかという程の綺麗な黒髪と強調される胸、美しく澄んだ黒目が特徴の女の子だ。

ミハエルは彼女に目を惹かれると共に音もなく現れたことに少し焦りを抱いた。

 

「あ、あんたは…?」

「ミハエル君…だよね。私はレナ・デスペア。スローネ ツヴァイのこと、心配なんだよね」

「……っ!ツヴァイのことを!……もしかしてこの状況分かるか?」

「うん。傭兵の人に貴方は撃たれて…ツヴァイを鹵獲された。でも貴方に撃ち込まれた弾丸は私の撃った麻酔弾だから命に別状はないよ。ツヴァイも、今戦ってるあの機体が取り返してくれる」

「……?え、えっと…よくわかんねえ…。ははは」

「ふふっ、そっか。じゃあ私と待っとこ?」

 

レナが傍に寄って来て微笑んでくる。

パイロットスーツで締め付けられてるにも関わらず、大きく膨らむ彼女の胸を上から見下ろす構図にミハエルはだらしなくも頬を緩め、ニヤつく。

―――どうやら、レナが重要なことを言ったというのに気付いていないらしい。

 

まず、ミハエルを貫いた麻酔弾。

確かにサーシェスは発砲し、その軌道にミハエルの心臓はあった。

だが、レナがタイミングを合わせ、距離を取って狙撃した麻酔弾が意図的にサーシェスの弾に当たり、尚且つ弾のぶつかり合いの反動で麻酔弾の軌道はミハエルへと変わった。

それがミハエル死亡のカモフラージュだった。

サーシェスすらも騙すほどの。

 

そして、笑みを浮かべるレナにデレデレしていたミハエルもさすがに上空の対決にはレナに問いかけた。

特に黒い正義の女神(アストレア)には。

 

「そ、そういや、あのアストレアには誰が乗ってるんだ?まさかフォン・スパークか」

「ううん、あれは―――」

 

意識を逸らすように質問してきたミハエル。

しかし、その目線は全く逸れることなくレナの身体を舐めるように捉えていたが、レナは気にすることなく上空のアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュを一瞥し、再びミハエルに微笑みを向ける。

 

「あれは、私のお兄ちゃんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝突する刃、散る火花。

空を描くように粒子を放出し、ぶつかり合う両機体は共にガンダムであり、パイロットは全くの思想を持つ者だ。

サーシェスはスローネ ツヴァイを駆り、凄まじい機動力で俺のアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュと競う。

相変わらず操縦が化け物みたいに上手い。

スローネ ツヴァイの残量粒子は30%もない筈だが、本当か疑いたくなるな。

 

だが、こちらも格上(それ)は想定している。

だからこそのアヴァランチユニットとダッシュユニットだ。

高機動モードでサーシェスを翻弄する。

奴が優れていても粒子残量は必ず足枷になる。

恐らく出し惜しみはしないだろうが、すぐに劣勢を悟って逃げる筈だ。

そうでないと困るし、逃がすつもりもないけどな。

 

『当たらねえ…っ!?』

『遅い!』

 

スローネ ツヴァイのGNハンドガンから放たれる粒子ビームを回避するのは片手でもできる程容易だ。

粒子ビームを回避しているといつの間にか誘導され、ツヴァイがGNバスターソードで斬り掛かってきた時は焦ったが、GNソードで防ぎ、脚部に仕込まれたビームサーベルで蹴り上げるように一閃し、片腕を切断した。

サーシェスも驚いたのか一度後退し、GNハンドガンを連射したが高機動モードのアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュには通じない。

 

『てめぇ!』

『他人の機体を使った咎だ!』

『くっ…!』

 

捉えることすらできないアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュでツヴァイの懐に入り、蹴り飛ばす。

するとツヴァイは勢いを利用して反転し、俺に背を向けた。

 

『クソが!この俺がぁぁぁあっ!』

『逃がすか!』

 

悔しいのか叫び、後退するサーシェス。

うるせえな。

スピーカーくらい切れよ。

と、そんなことはどうでもいい。

逃がすわけにはいかない。

ツヴァイごと逃げられてはかなわない。

貴重な太陽炉である上にサーシェスにガンダムなんてやったらどんなに悲惨なことになるか考えたくもない。

そういうわけで没収だ。

あいつには早すぎた玩具だ。

 

『墜ちろ!』

『ぐおっ…!?』

 

今度は蹴り落とし、地に仰向けに墜ちたところを踏みつける。

動けないように固定したので逃がすことはない。

さらにGNビームライフルの銃口をコクピットに向ける。

 

『トドメだ!』

「ちくしょう!くそ、せめて死ぬのは回避してやる…っ!!」

『……っ!?』

 

突然白い光が視界を埋め、思わず目を瞑る。

閃光弾か!

 

『クソが…っ!!』

 

ツヴァイのコクピットを開き、中から出てきたサーシェスが閃光弾を放ち、俺の視界を妨害した隙にイナクトに乗り換えやがった。

サーシェス専用の赤いイナクトからサーシェスの苛付きを象徴する叫びが響く。

そして、振り返ることなく一目散に撤退していった。

 

……どうやら脅しが上手くいったようだ。

サーシェスは俺達の事情を知る由もない。

鹵獲されたのなら太陽炉の一つ必要ないと考え、太陽炉ごと殺しにくる――そう捉えるのも仕方ない。

一方的に蹂躙し、スピーディーに攻め上げた上でのコクピットを狙う銃口。

スピード感に圧された状況に思考力を奪い、サーシェスはツヴァイを捨てて逃げるしかなかった。

これで太陽炉とガンダムを一つ確保し、サーシェスにガンダムを与えず、退けることが出来た。

完璧な作戦だ。

 

「さて、と……」

 

地上から手を振る深雪を見遣り、降下する。

地上に降り立ったアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュから俺は降りてミハエルと初対面した。

 

「よぉ、ミハエル・トリニティ。俺はレイ・デスペア。お前と同じガンダムマイスターだ」

「お、俺達も知らないマイスターなんて居たのかよ…」

「驚くのは無理もない。俺とレナはソレスタルビーイングのマイスターじゃないからな」

「なんだって?」

 

ミハエルが訝しむように俺と深雪を交互に見る。

ふむ、少し警戒したか。

馴染みの電磁ナイフをいつでも取り出せるように柄に触れている。

まあとりあえず一人一人説明するのはめんどくさい。

まずはミハエルに状況を理解させよう。

 

「詳しくは後で説明する。今は俺達に付いてきてくれ」

「……援軍ってことでいいのか?俺が寝てたのは気になるけど」

「それでいい。あと寝てたのは命の危機を救ってやったからだ。レナに感謝しろよ」

「命の危機ぃ?」

 

何のことか分からないミハエルはただ首を捻る。

だから一人一人説明するのは面倒臭いんだって。

後で説明するから今は黙っていてほしい。

無理だとは思うが。

俺でも無理だ。

 

「とりあえずお兄さんや妹さんに会いに行こ?ミハエル君」

「え?あ、あぁ…」

 

深雪に覗かれて頬を紅潮させながらも頷くミハエル。

目線が少しけしからん。

多少は多目に見るが手を出したら太陽炉に括りつけて爆薬と一緒に海に捨ててやる。

ちなみに今俺は脳量子波遮断スーツを着ているので深雪に思考を読まれる心配はない。

 

「ヨハン兄…っ!ヨハン兄!!」

「ネーナ?」

「ミハ兄!?なんで……っ!」

 

まさかミハエルが生きていたとは思わなかったんだろう。

スローネ アインのコクピットを号泣しながら叩きまくっているネーナが驚愕して振り向く。

俺達にも気付いて、ブラックアストレアと結びつけたようだ。

複雑な表情をした後、とにかく安心してミハエルに飛びついた。

 

「うわあぁぁぁぁん!良かった、ミハ兄が生きてるー!良かったぁぁあ!!」

「うおっ…。な、なんだよ…どうしたんだネーナ!?一体何が…」

 

深雪に助けを求めるようにミハエルが目線を泳がし、目が合った深雪は会釈して歩み寄る。

とりあえず撫でてあげて、とアドバイスするとミハエルは戸惑ってるからか素直に「あ、あぁ…」と頷いてネーナを撫で始めた。

深雪も結構世話焼きだよな。

 

ネーナは撫でられると安心したように荒れていた呼吸を落ち着かせながら頬を紅く染めながらミハエルを見上げていた。

さすが容姿がいいだけあって潤んだ瞳で上目遣いをされると俺までドキッとする。

向き合っているミハエルなら尚更だろう。

興味ないので見ないが。

 

「さて…ヨハンはこの中か」

「……っ!」

 

スローネ アインのコクピットを小突く俺にネーナがミハエルから離れて振り返る。

警戒と期待か。

ブラックアストレアに乗って助けたのが俺なのは状況を見て理解しているだろうが、何が目的か探るのは仕方ない。

俺も助けられたとしても正体の分からない相手は疑う。

それでも自分ではどうすることもできない兄をなんとかしてくれるかもしれないという先程絶望し掛たが故に期待してるんだろう。

俺達なら救ってくれるかもしれない、と。

 

「レナ。コクピットを開ける方法はあるか?」

 

『ヴェーダ』によって登録されたバイオメトリクスがなければコクピットが他人に開けられることはない。

ていうか不可能だ。

幸いこの場所で留まってるを知っているのはサーシェスのみ。

奴が帰って国連軍に報告するにしても時間は充分にある。

深雪がなんとかできるなら試した方がいいだろう。

 

「ハックできるかもしれないけど、『ヴェーダ』の強固な守りを潜りつけるのに時間が掛かるかも…」

「構わない。やってくれ」

「了解。ハロちゃん」

 

『サポート、サポート』

 

深雪に応じて黒ハロが現れる。

ミハエルとネーナが驚いて言葉も出ず、ミハエルなんかは口を開閉させて指を指している。

深雪…というかレナはコードを取り出し、黒ハロに接続してハックを開始した。

最悪スローネ アインごと持ち帰ってもいいが、ミハエルとネーナを順応させるにはヨハンを説得するのが早い上に返事をしないヨハンがどういった状態なのか気になる。

ただの気絶ならいいが、下手に動かして状態を悪化させる可能性があるからな。

 

「開いたよ」

「ヨハン兄…っ!」

「兄貴!?」

 

暫くしてレナのハックが成功し、アインのコクピットを開くとそこには疲弊しきって顔色悪く気を失っていたヨハンがいた。

ヨハンの普段見ぬ異常な状態に思わず駆け寄るネーナにヨハンがやられたことを知らなかったミハエルが驚愕して切迫する。

2人の気持ちは分かるがまずは容態確認だ。

 

「ごめん、ちょっとだけお兄さんに触れてもいい?」

「う、うん…」

 

レナが出来るだけ優しく問い掛け、ネーナが戸惑いながらも了承する。

ヘルメットを外し、パイロットスーツもはだけさせ、色々と確かめたレナが振り返って俺に伝えてくれる。

 

「脈は問題ないけど、ちょっと呼吸が荒いかな。それに……表情が辛そうでうなされてるみたい。今起こすのは無理かも」

「分かった。アインはアストレアで抱えて行こう。レナはヨハンについてやれ。ネーナとミハエルは各スローネで俺に付いてきて欲しいが…」

 

的確に指示を出したが根本的な問題は解決していない。

ミハエルとネーナは流れに困惑しながらも俺達を完全には信用していない。

小言でネーナがミハエルに俺達がサーシェスから助けてくれたなど説明しているが、完全に信用するには値しない。

ミハエルは話を聞くと微妙そうな表情でどうすればいいのか戸惑い、ネーナも恩から何も言えずにいた。

意外にも切り出したのはミハエル。

ヨハンが起きない今、ネーナにとって唯一の兄であるから率先して前に出たか。

 

「アストレアを持ってるけど、あんたらフェレシュテじゃないんだよな?ソレスタルビーイングじゃねえし……ならなんなんだよ?一体何者だ」

「俺達にこれといって組織名はない。完全に独立している。ガンダムを有しているのは……ヨハンも含めて後で説明する。俺達がお前らのことを知っているのもな」

「そ、その…私達を助けてくれたのはお礼を言うけど…なんで助けてくれたの?」

「助けたのは完全に慈善行為だよ。今は信じてほしい…としか言えないけど、とにかく私達に付いてきて欲しいの」

「まずは匿ってやる。話はそれからだ」

 

レナも入って説得するとミハエルとネーナは不安そうに互いに視線を交わしながら考え込む。

いつもヨハンに頼り、ヨハンの指示に従って動いてきたこいつらに自ら考え、選択させる。

ヨハンさえいれば解決するし、話も理解するだろうからこの手は使いたくなかったんだが仕方ない。

後はこいつらが頷いてくれるのを期待するしかない。

まあ本拠を頂武ジンクス部隊に叩かれたこいつらに帰る場所はないから答えは決まったようなもんだけどな。

 

「……ほんとに匿ってくれるんだよな?俺達を利用しようってなら切り刻むぜ?」

「匿われる身で随分偉そうだな」

「ぐっ…!仕方ねえだろうが!」

「あぁ。仕方ない。まあいいだろう。大丈夫だ、信頼しろ」

 

ミハエルが最終確認として尋ねてきたので肯定する。

すると、ミハエルとネーナは頷き合う。

 

「ガンダムアストレアを持ってるなら国連軍じゃないかも…」

「わ、分かった…。とにかく乗る。匿ってくれ」

「了解。レナ、ヨハンは任せたぞ」

「うん。私達を信じてくれてありがとう!ミハエル君、ネーナちゃん!」

「う、うん…」

 

レナに手を取って礼を言われ、ネーナは照れて俯く。

ミハエルだって不安だったが勇気を出し、俺達に応じ、ネーナはさらに不安だったがミハエルよりも頭を回転させ、俺達に付いていく方向へ結びつけた。

ヨハンのいない状況で少しだけ成長したかもな。

少しだけだが。

 

サーシェスが国連軍に報告するのにもそこまで時間に猶予があるわけではない。

長居をするわけにはいかないので俺のアヴァランチアストレアTYPE-Fブラックダッシュでヨハンとヨハンを介抱するレナの乗ったアインを抱え、飛翔する。

ネーナはドライ、ミハエルはレナの協力でサーシェスのバイオメトリクスを書き換えてからツヴァイを操縦し、落ちた片腕を拾ってから俺のブラックアストレアの後に付くように飛び立った。

 

サーシェスのバイオメトリクスを書き換えるのに、『ヴェーダ』が関係するので時間が掛かったが問題なく終わった。

そういえばレナは何故そこまでハックできるのか。

『ヴェーダ』にアクセスできるのか不思議だったので尋ねてみた。

すると、返ってきた答えは凄く軽い口調だった。

 

「うーん…大体《Rena Despair》、えいっ!って打ち込んだらセキリュティは突破しちゃうね。あとついでに言うとリボンズさんに見つかることもないみたい」

「………………マジで?」

 

もしかしなくてもとんでもないことを聞いてしまった。




塩基配列パターン0000。
それはイオリア・シュヘンベルグが残した最後の希望。

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