息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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再会と離別と

『なに…?』

 

スローネ ヴァラヌスのパイロットであるイノベイドは思わず目を見開いた。

突如、交戦していた筈のガンダムの内2機が姿を消した故だ。

事前に入手した情報で機体名がガンダムアストレアという名のガンダムと情報のない翼持ちのガンダム。

アストレアに蹴り飛ばされたスローネ ヴァラヌスの視点からは見当たらなかった。

 

『一体何処に―――っ!?』

 

困惑の一瞬、死角から衝撃で殴打される。

パイロットのイノベイドは直感と共に相手の位置を悟ったが、遅い。

苦痛による表情の歪みを崩すことすら出来ぬまま振り返ろうとした。

 

「後ろか!」

『────────ッ!』

「なっ!?回り込まれた!?」

 

振り返ったそこには姿はなく、先程まで後方にいたであろうアストレアの影が背後に回り込むのが見えた。

パイロットのイノベイドは自らの反射を持ってしてもその速度に追いつけない。

だが、与えられた使命のためだけに戦うパイロットのイノベイドは最後まで諦めることはなく、損傷してでもアストレアを仕留めようと意を決する。

 

「貴様…っ!ぐっ…!なにっ!?」

 

GNビームサーベルを抜刀し、背後に横薙ぎに払おうとすると自身のヴァラヌスよりさらに高度から降り注いだ粒子ビームが両腕を撃ち落とした。

当然、握られていたビームサーベルも落ち、武装を失う。

 

「馬鹿な…!」

『────────ッ』

 

2機の連携により無防備になったスローネ ヴァラヌスは意図も簡単にソードモードのGNソードの刃により身体を横一閃に両断。

コクピットが重力に支配され、太陽炉を詰んだ上半身は粒子ビームによって溶けていった。

 

『なんという、動き…』

 

落ち行くコクピットの中で一目することすら許されなかった2機のガンダムにヴァラヌスのパイロットであるイノベイドは驚愕する。

機能しなくなったモニターは砂嵐の中、微かに緑の双眼が見下ろしていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軌道エレベーター『天柱』周辺にて、交戦していたスローネ ヴァラヌス。

その数も残り3機になった。

ヨハン、ミハエル、ネーナ達トリニティと共に極秘ファクトリーの襲撃を目的とした作戦を決行したが、50を超えるMS部隊とヴァラヌスの部隊の挟み撃ちに合い、俺達は苦戦していた。

ヨハンは暴走し、ミハエルは追い詰められ、ネーナは劣勢。

 

そこで俺とレナは『必殺』のフォーメーションを実行した。

完成度は計算上40%にも満たず、成功率は比例して低い。

だが、状況を逆転させるために縋り付くには充分なものだ。

 

それがデスペア・フォーメーション。

 

対象を生かすも殺すも意のままに。

対単体特化型必殺フォーメーション。

もし完成すれば相手の命を左右できる夢の代物だが、命を支配できるものだけに怖さもある。

だが、可能な限り犠牲を出したくない俺達にとっては喉から手が出るほど完成が待ち遠しいもの。

それを今使うことになるとは思わなかった。

完全ではないが故に俺とレナは使うのを避けてきた。

 

しかし、ヨハン達を助け出し、形勢を逆転して目的を達成するにはデスペア・フォーメーションの特筆すべきそのスピードが必要だ。

対象が単体特化なだけあって単体を最短かつ確実に仕留めるように計算されている。

そして、今回の対象は4機。

たった四回の使用によりレナも今回は承諾した。

それだけ賭ける価値があるから。

なにより、俺もレナもヨハン達を救いたいからだ!

 

『1機撃墜!指示をよこせ、レナ…!』

『う、うん。南東38度のヴァラヌス2機をバスターライフルで私が分断、お兄ちゃんは急速接近して右の方を無力化して!私は南西45度のヴァラヌスを牽制してからもう1機を迎撃するからお兄ちゃんは初期目標を最短で済ませてトドメを!』

『了解…!』

 

まずはミハエルの救出か。

2機のヴァラヌスを担当しているのはスローネ ツヴァイだ。

そちらを分断し、相手の動揺を突いて1機を最短で仕留め、レナはその間にネーナと対峙するヴァラヌスの勢いを弱める。

ネーナの態勢を整えつつ俺が担当していないヴァラヌスをレナが削ぎ、俺が落とす。

作戦上はこうだ。

普段なら過酷過ぎて嘆いていたが、今はそんな余裕すらない!

 

『だから気張れよ、ブラックアストレア!』

 

GNバーニアを噴射して一気に加速する。

サハクエルには目をくれない、寧ろ視界に映す必要はない。

背後からブラックアストレアを粒子ビームが4閃通過するが、意識も割かない。

ただひたすらに南東38度のヴァラヌスに接近した。

 

『────────っ!?』

『────────っ!?』

『なんだ!?レナか!』

 

突如降り注ぐ粒子ビームに連携を取っていたヴァラヌス2機が乱れる。

なんとか回避したみたいだが、俺達の目的である分断に成功した。

俺は右にだけ集中して最短で詰める。

 

『………っ!!』

『うおっ!?こ、今度はレイかよ!』

 

ミハエルを無視して横切ったらミハエルが驚いたように声を上げた。

ダメだな、そんなのが入ってきてるようだからフォーメーションの完成度が低い。

集中しろ。

ただ対象の単体にだけ意識を向けるんだ。

 

『はあああああああああっ!!』

『────────っ!?』

 

ヴァラヌスがGNビームサーベルを抜刀するが遅い。

加速を緩めず、衝突するようにヴァラヌスの身体を両断した。

コクピットと太陽炉が分離する。

そして、太陽炉を仕留めるのは最短でなくてはならない。

態勢を立て直す暇はない。

加速を殺さず戻っても遅い。

次の標的のためにそれは必要な故に実行するが、同時並行で背後の初期目標を無力化したい。

そのために取るべき行動は……。

 

『こうだ!』

 

加速度と重力、下へと掛かる力の全てに逆らいつつGNソードをライフルモードにして銃口を後方に向ける。

上下共に力の掛かったブラックアストレアが空中で急停止した今が好機だ。

ここで外せば次はない。

照準機能は背後であるがために使えない。

ならば、限られた時間の中で当たるまで撃つ!

 

『当たれ!!』

 

ライフルモードのGNソードの銃口から爆射される粒子ビーム。

全く狙いを定めていないため、多々外したが、目標を撃ち抜き、太陽炉は爆破した。

汚い擬似GN粒子の花火が空に咲く。

 

『次は…ぐっ…!』

 

かなりキツい。

身体への負担が過ぎるな、これ…っ!

だが、やらなくては。

止めるわけにいかない!

最初から次の標的であるヴァラヌスに進行方向を定めていた。

だから、上と下に引き裂かれそうになりながらも生み出した加速はブラックアストレアを一直線に先程分断されたヴァラヌスへと向かってくれる。

 

『はあああああああーーーっ!!』

『────────っ!』

 

目を向けた時には損傷していたヴァラヌスに急速接近する。

GNソードをソードモードにして、前に突き出した。

レナのおかげで相手は無防備、この馬鹿正直な突きが最短かつ最強だ。

 

『────────っ!?』

『よし…!』

 

ヴァラヌスを両断した。

加速を止められない俺は前へと掛かる加速度に逆らいながら背後に気を配る。

予想通り、サハクエルがヴァラヌスの上半身を撃ち抜き、擬似太陽炉が爆破した。

もう言うまでもない。

だが、敢えて言う!さすが俺の妹だ、深雪!

 

『うぐっ…!次、は…深雪…っ!』

『え、えっとそのまま方向転換で加速、一直線上に最後の目標――ヴァラヌスが来るから無力化して!』

『了解!ま、任せろ…!』

 

また逆噴射か。

まあ残ったのは1機で予想してたから既に実行済みだが。

さっきから()()()()吐きそうだ。

 

それにしても一直線に来る、か…。

つまり俺の進行方向、軌道上にヴァラヌスを誘導するということ。

ここでレナの手腕が問われる。

 

『こっちだよ!』

『────────っ!』

 

ヴァラヌスを追いやるようにGNツインバスターライフル、マシンキャノンでわざと遅らせて弾丸と粒子ビームを散らばらせる。

追い立てられ、逃げるヴァラヌスはもうすぐ軌道上に乗る。

 

『お兄ちゃん!』

『任せろ!』

 

俺はただひたすらに加速する。

目指すは目の前一直線。

ヴァラヌスはレナによって軌道上に躍り出てた。

GNソードをソードモードにして一直線上にあるものを滑り込むように一閃する。

 

『────────っ!?』

 

ヴァラヌスは両断され、コクピットと太陽炉が分かれる。

俺とレナは同時に叫んだ。

 

『『狙い撃ちっ!!』』

 

ライフルモードのGNソード、GNツインバスターライフルから放たれた粒子ビームが太陽炉を貫き、爆散する。

これで全機、スローネ ヴァラヌスを無力化した。

 

『はぁ…はぁ…っっ!や、やったぞ!』

『う、うん…!』

 

モニターを通して笑いかけるとレナも疲れたように笑みを浮かべる。

お互いオーバーワークだったからな。

仕方ない。

 

『………っ!ヨ、ヨハ…っ、ヨハン!ミハエル、ネーナ。無事か!』

 

よ、予想以上に息が落ち着かない。

こりゃしんどい。

しんど過ぎるな!

とにかくトリニティの3人の安否を確認しなくては。

途中からレナの声以外は認識的にシャットアウトしていた。

意識も対象にしか注いでいないのであいつらがどうなったのか知らない。

ふと戦場に目線を走らせるとスローネは全機健在だった。

 

『あ、あぁ…無事、ではある…』

『すげぇ…』

『ぜ、全然目で追えなかった…』

 

トリニティが口々に呟く。

俺はレナにモニター越しで微笑みかけた。

 

『だ、そうだ』

『はは…頑張った甲斐があるね、お兄ちゃん』

『そうだな』

 

ようやく肩も落ち着いてきた。

精一杯笑顔を浮かべるレナに俺も会釈を返す。

 

『さて、まだ終わってないぞ』

『そうだね。敵は下にも…』

『やべぇんじゃねえの?かなり時間食ったんじゃ…』

『いや、まだ足りる。そのためのデスペア・フォーメーションだ』

『ほんとだ!あんなに激戦だったのにあんまり時間経ってない!凄い凄い…!』

 

ネーナが作戦開始時間から俺達が苦戦した時間を引いた戦闘時間に興奮してはしゃぐ。

ちなみにフォーメーションを実行してからの所要時間は5分もない筈だ。

……ギリギリだけど。

 

『ヨハン、地上の部隊を任せていいか?』

『……すまない。先程は取り乱してしまった。問題ない、我々に任せて戴きたい』

『わかった。レナ、施設(ファクトリー)に向かうぞ』

『了解、付いていくよ』

 

俺の指示にレナは頷いてサハクエルがブラックアストレアに付いてくる。

――スローネ ヴァラヌス。

あの機体の姿、機能を見てヨハンとネーナは取り乱した。

あれがスローネだと一目でわかったからだ。

計画(誰か)に利用されていたのは自分達だけでなく、スローネもだった。

その事実に戸惑い、怒り狂ったのだろう。

今のヨハンは冷静だ。

だから、任せていい。

 

何も全て相手にする必要はない。

スローネとの性能差で敵部隊を無力化するのは俺とレナがファクトリーを見つけ出すまでの間だけだ。

目星は付く。

そんなに時間は掛からない。

 

『敵機セッキン!敵機セッキン!』

『新シイノガ来タゼ。新シイノガ来タゼ』

 

だが、そんな俺達に追い討ちをかけるように2匹のHAROが警報した。

 

『増援だと!?』

『対応が早い…!目標、レーダーに確認。これは…10機の編隊!!』

『なっ!?ま、まさか…!』

 

ヨハンからの情報は聞き覚えがある。

そして、あの時と状況は同じだ。

―――来る。彼らが!

 

『目視で確認!お、お兄ちゃん…あれは…!』

『ジンクス…!頂武だ』

 

ブラックアストレア、サハクエル、スローネの全機が同じ方角に注目する。

その先にはこちらへと向かってくる10機の編隊、頂武ジンクス部隊の姿があった。

全機、GNロングバレルビームライフルを構えたV字の陣形。

トリニティにとっては悪夢の再来だ。

 

『目標確認。なんと……本当にガンダムが5機も…』

『……っ!あの、機体は…っ!!』

 

『くっ…!ファクトリーは諦める!全機、頂武ジンクス部隊の中央を突破し、帰還するぞ』

『り、了解!』

『了解した!』

『またこのパターンかよ!了解…!』

『ラージャっ!』

 

全員の返答が返ってくる。

……恐らく、中央の隊長機と思わしきジンクスはあの人が乗る機体だ。

どうにかして中佐を切り抜けなければ。

後は――。

 

『ソーマ…』

 

パッと見では見分けは付かない。

どれがソーマなのかは。

だが、あの部隊を突破するにはソーマは鬼門だ。

交戦は出来るなら避け、無理でも少なくしたい。

……多分、戦いたくない気持ちが一番勝ってるのだろうけど。

 

『行くぞ!』

『あっ!あの機体、俺のこと目の敵にしてる奴じゃねえか!結構強えーから気を付けてくれよ』

『……っ!そ、それは』

 

間違いない。

それが、その機体が…!

だ、だがどれだ?

一瞬過ぎてミハエルがどの機体を指摘したのか分からなかった。

 

『どの機体だ!』

『え?えーっと…』

『ミハエル!それは後にして!来るよ…!』

 

レナの警告通り、ジンクスの部隊から粒子ビームが放たれる。

クソ!結局聞き出せなかった。

それにしても多い!

10機の編隊は伊達じゃない!

 

『ブラックアストレア、目標を蹂躙する…!』

『サハクエル、目標を淘汰するよ!』

 

まずは敵の動きを乱し、陣形を崩す。

その為に俺とレナで先陣を切る!

デスペア・フォーメーションを使うには疲弊し過ぎている。

だから、俺とレナ、個々の能力で圧倒する。

 

『当たれ!』

『狙い撃ちっ!』

 

『────────っ!』

 

ライフルモードのGNソード、GNツインバスターライフルの二砲で頂武ジンクス部隊の中央を狙い撃つ。

だが、ジンクスは全機それを回避。

狙い通り、二つに分断された。

 

『左だ!』

『了解…!』

 

中佐は右の団体に分かれた。

だから、右はレナが牽制し、中央の道を死守する。

俺が左の団体に突っ込み、集団を散らす。

 

『ヨハン!!』

『すまない。先に失礼する…!ミハエル、ネーナ掴まれ!』

『了解!』

『りょーかい…!』

 

飛行形態へと変形したスローネ アイン トゥルブレンツにツヴァイとドライが掴まり、一気に加速する。

分断され、頂武の間に出来た中央の道で逃亡を図った。

 

『行かせるな!』

 

『死守する!』

 

中央の道に入るまで先導していたブラックアストレアとサハクエルはアイン トゥルブレンツと並行し、入ったところで左右に展開する。

 

『お前らの相手は俺だ!』

 

『……っ!』

 

ライフルモードのGNソードから粒子ビームを散弾させ、スローネ アインへの妨害を防ぐ。

サハクエルも同様に武装を全開放して中佐達を妨害していた。

そのおかげでスローネは戦線離脱に成功する。

トゥルブレンツの速度ならジンクスを撒ける筈だ。

GNロングバレルビームライフルでの後方射撃は俺達が時間を稼ぐだけで防げる。

 

『いつものあの場所で、君達を待っている。健闘を祈る…!』

『ぜってぇ帰ってこいよ!じゃないと許さねえぜ!』

『死んじゃったらお仕置きだってできないんだからっ!分かってる!?』

 

モニターを繋いでヨハン、ミハエル、ネーナがメッセージを残していく。

俺はそれに微笑を浮かべた。

 

『分かってるよ。必ず生きて帰る…!』

『うん!』

 

俺の言葉にレナも元気よく頷いて即座に覚悟を決める。

後はソードモードのGNソードで敵を薙ぎ払つつ、飛行形態のサハクエルに掴まって逃げるだけ。

やり遂げてみせる…!

 

『はあっ!』

 

『───────っ!?』

 

大袈裟にGNソードを振るって接近してきたジンクスを下がらせる。

後は振り返ればそこにサハクエルがいて―――

 

 

俺の視界に鋭い一閃が走った。

 

 

『ぐっ…!』

『……っ!』

 

GNソードじゃ間に合わない。

即座に捨てて、GNビームサーベルを抜刀し、防いだ。

相手のジンクスもビームサーベルで俺に衝突し、競り合う状態となる。

こいつ、押しが強い…!

ふと首元で何かが落ちた気がした。

 

『くそ…!押し切る!』

『────えっ?』

 

え?

GNビームサーベルをもう一本抜刀し、弾き返した時、声が聞こえた。

深雪と再会した時はまた違った馴染みのある声。

透き通るように澄んだ美声。

たった一瞬なのに、誰なのかすぐに思い浮かんでしまう。

よく風でなびく綺麗な白髪のロング、よく頬を紅く染め、俺に付いてきてくれたこの世界での最愛の人。

それは――。

 

『デスペア、中尉…?』

『ソーマ…?』

 

対峙するジンクスから聞こえる彼女の声。

音声だけの通信で彼女と繋がっている。

……どれ程、どれ程焦がれただろう。

深雪と再会して、その喜びで誤魔化していたつもりだった。

でも深雪との再会と彼女(ソーマ)との再会は全く違う。

どちらと出会ってもどちらと別れている限り、再会した喜びと共に寂しさがあった。

ずっと寂しかった。

ずっと声が聞きたかった。

ずっと会いたかった。

 

―――だから、自然とモニターを解放しようと指が動く。

 

『お兄ちゃん!早く…!!』

『え?あっ…』

 

深雪の声で我に返る。

い、今俺は何をしようと…。

微かに迷う指先をゆっくりと戻す。

 

『お兄ちゃん!』

『あ、あぁ…!』

 

二度目の呼び掛けでやっと振り切れた。

操縦舵に指を掛ける。

 

『行くぞ、レナ。……中央を突破する』

『了解!』

 

俺が待たせてしまったせいで切迫するジンクスがいる。

そのジンクスにビームサーベルを投げ、ブラックアストレアは飛行形態のサハクエルに掴まった。

そして、飛び交う粒子ビームや地上からの弾圧を躱し、戦場を後にする。

 

 

 

 

 

幻聴?いいえ、私が『あの人』の声を聞き間違える筈が…。

確かにあの声は『あの人』のものだった。

でも発声したのはあの黒いガンダム…。

私の直感もそこだけは間違いがないと告げている。

 

「中尉が、ガンダムに…?いや、そんな…まさか…」

 

自分で考えておきながら首を横に振るう。

私はなんて愚かなのだろう。

もう居ない筈の人なのに。

どうしても信じてしまう。

ガンダムから聞こえてきた声にまだ困惑している。

でも、何故か少しだけ動揺と共に歓喜の感情が私の脳内を掻き回す。

 

デスペア中尉が生きてるかもしれないという淡い期待に。

 

しかし、あの黒い機体はあの『緋色』のガンダムと行動を共にしていた。

デスペア中尉の命を奪った『緋色』のガンダム。

もし仮に黒のガンダムがデスペア中尉だとしたら…。

 

『少尉?少尉…!』

『は、はっ…!』

 

いつの間にか考え込んでいた?

中佐の呼び掛けに今更気付いてしまった。

ガンダムは…もういない。

逃げられたか。

 

『追いますか?』

『追わんでいい。高速飛行に長けたユニットを装着している機体もいた。ジンクスでは追いつけん』

『……そう、ですか』

『残念そうだな。少尉』

『え?』

 

思わず聞き返す。

まさかデスペア中尉について悩んでいることを中佐は見抜いている…?

 

『……緋色の機体を追えなかったからか』

『えっ…あっ。いえ、そういうわけでは…』

『む?違うのか』

 

中佐も少し驚いて私を見る。

確かに緋色は仕留めたいが、今はあの声の方が私を惑わす。

だから…。

 

『まあいい。全機、帰還する。被害状況を確認せよ。まさか軌道エレベーターを狙うとは…』

『あ、あの中佐…。先に防衛していた擬似太陽炉搭載機がいたと聞きましたが…』

『……私も聞いている。だが、詳細は分からん。追って通達が来るそうだ』

『そうですか…』

『全く。連中はどれだけの隠し玉を持っているというのだ…』

 

私も中佐に同意する。

国連軍、ソレスタルビーイングの裏切り者。

一体どれ程の技術を所有しているのか。

今回先に対応していたという仲間のガンダムタイプという隠し玉、他に何を隠している…。

 

『中佐。報告します。先に到着していた擬似太陽炉搭載機は全滅したようですが、死者は今のところ…その、0だと…』

『なに!?』

『……っ!』

 

死者が0人…?

これほどの激戦の跡があって?

そんな…まさか…、……っ。

まさか…っ!

 

『中佐!!』

『む?どうした、少尉』

『あの…敵に、ガンダムに…その…』

『なんだ?言ってみろ、少尉』

『いえ…何も、ありません…』

 

――デスペア中尉の声が聞こえた気がしたんです。

 

そう言いたかったが声が出なかった。

確証がない情報を中佐に渡すわけにはいかない。

いや、違う。

本当は…本当、は…。

 

「もし本当にあの人だったら…頂武は、私は…。あの人を殺さなければならなくなってしまう…」

 

頬が冷たい。

何かが伝っている。

あの緋色の機体と、デスペア中尉を殺したガンダムと一緒にいるのがデスペア中尉本人だなんて信じたくない。

なんで…どうして奴と一緒に居られるのか、本人なら問いただしてやりたい。

 

でも、それ以上に。

それ以上に私は―――。

 

「貴方が、好き…。殺したくないの…」

 

私は『あの人(デスペア中尉)』に対して引き金を引くことは出来ない。

あの人が大好きだから。

私は一体どうしたらいいの…?


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