息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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※スパクロネタありです。


魂の行き場

遂に見つけた。

この世界の歪み。

奪い合いの連鎖を生み出す存在。

そうさ、それはずっと前からいた。

楽観視して見ないようにしていたんだ。

その歪みは――。

 

『お前だ!ナオヤ…!!』

『うおっ!?』

 

チッ、避けた。

ブラックアストレアの蹴りが空を斬る。

話に聞いていたジンクスのカスタム機、アドヴァンスドジンクスにはナオヤが搭乗している。

アドヴァンスドジンクスがトリニティの命を奪った。

連鎖の始まり。

奪い合いの連鎖を生み出す歪みだ。

俺はその歪みを破壊する。

 

『だから、一緒に戦ってくれ。ミハエル…!』

 

ブラックアストレアの手に持つGNビームサーベル。

半壊した本拠で拾ってきたそれはスローネ ツヴァイのものだ。

スローネのビームサーベルは高出力の刃を形成することができる。

装備の乏しい今、燃費を気にせず戦えるためこのビームサーベルは有難い。

今はこのビームサーベルがブラックアストレアの最大の武器だ。

その刃を高出力で出現させ、アドヴァンスドジンクスに斬りかかる。

 

『はああっ!』

『へっ、俺だって…!』

 

アドヴァンスドジンクスもプロトGNランスを構えて迎え撃った。

4門の粒子ビーム砲から放たれた弾道を回避し、接近を試しみるが俺の機動を弾圧が追ってくる。

気にせず接近すれば弾道に自ら入ることになり、被弾する。

GNシールドもない今のブラックアストレアじゃ被弾確定だ。

仕方なく、接近を諦めるとナオヤの高潮した気分を耳にする。

 

『ははは!オラオラァ!避けてばっかかよ、ガンダム…!』

『舐めるな…っ!』

 

この程度の弾圧で調子に乗りやがって。

やりようなら、いくらでもあるんだよ!

その一つ、余っているブラックアストレアのGNビームサーベルを抜刀し、アドヴァンスドジンクスに投擲する。

 

『なっ…!?』

『この程度、避けて見せろよ!!』

『ぐっ…!てめぇ!』

 

ビームサーベルは見事にアドヴァンスドジンクスのプロトGNランスの砲門に突き刺さり、プロトGNランスと共に爆散する。

その衝撃でアドヴァンスドジンクスは態勢を崩した。

爆発によって無防備で空に放られる。

 

『貰った…!』

『ごはっ!?』

 

あまりにも隙だらけだった腹部に蹴りを入れるとあっさり決まった。

それなりにいいのが入ったが、まさかそのまま墜落するのか…?

 

『ク、クソ…!』

 

と、までは行かないようだ。

なんとか降下中に耐え、態勢を立て直す。

……どうも気になる。

手応えがなさ過ぎる、その上全く相手にならない。

こんな奴がトリニティを殺ったのか…?

なんというか、拍子抜けだ。

正直眼下のナオヤにはその実力の欠片も感じない。

 

『ぶ、武装が…!てめぇ、やりやがったな!』

『……』

 

主武装を失って俺を睨むナオヤだが、あの程度回避できるだろ。

寧ろ俺自身がプロトGNランスを破壊できたことに驚きだったくらいだ。

交戦してすぐでここまで手応えがないとは…なんなんだ?こいつ。

ちょっと試してみるか。

 

『ほらよ』

『うおっ、と…!なんだこれ…?』

『見りゃ分かるだろ。武器だよ』

『なっ…!』

 

ブラックアストレアのGNビームサーベルを故意的に投げ渡してやった。

ナオヤは辛うじて掴み取り、理解不能といった様子で暫く眺めていて情けをかけられたと思ったのか顔が強ばる。

もはや俺の武器がツヴァイのものとGNバルカンのみとなったがまあいいだろう。

なんか戻ってきそうな気もするし。

 

『てめぇ、舐めんじゃねえ!!』

 

ナオヤは怒りで叫び、GNビームサーベルの刃を生成すふと斬りかかってきた。

ってなんだこの真っ直ぐな剣筋は。

棒切れを振るう常人とまでは言わないが、読みやす過ぎる。

 

『はああっ!』

『……』

 

特に困ることもなく普通に避けた。

GNビームサーベルは虚しく空を斬る。

 

『まだだ!』

 

ナオヤは諦めずに何度も振るうが当たらない。

剣筋が簡単に読めるし、動きも無駄があり過ぎて遅い。

ちなみに粒子を節約するためにこっちのサーベルは刃を消した。

暫く付き合ってやるつもりだ。

 

『はあっ!せやっ!ク、クソ…!あ、当たらねえ!』

『……もういい』

 

単調な剣筋に、いちいち大幅な予備動作のせいで次の手が考えなくても読める。

最初のうちはそんなこともなかったけど焦り出してからすぐに形が崩れた。

その隙を突いて、蹴り上げてGNビームサーベルを奪い取り、同時に二刀で片腕を切断する。

 

『ぐあ…っ!』

『終わりだ、ナオヤ』

 

試してみてほぼ確定した。

恐らくトリニティを一人で圧倒したのはナオヤじゃない。

それでも結局はこいつがいて、その取り巻きがいたから起こった悲劇だ。

充分に蹂躙する理由がある。

だが、俺の振り下ろした刃を受け止める者がいた。

 

『なに…っ!』

『ナオヤは殺らせん』

 

ブラックアストレアの刃を阻む乱入してきたもう一筋の刃。

ナオヤのアドヴァンスドジンクスを守るように割り込んできたその機体に俺は思わず目を見開いた。

邪魔をしてきたのは肩に特徴的な長距離砲を持つ擬似太陽炉搭載型MS、ガンダムスローネ アインだった。

 

『スローネ アイン…!?』

『貴様、あの狙撃手(スナイパー)の仲間か。まさかまだパイロットがいたとはな』

『……っ』

 

通信で冷酷に淡々と言葉を放つスローネ アインのパイロット。

やはりその声はヨハンのものではない。

俺でも聞いたことのない、聞き覚えのない女の声。

一体誰だ…?

 

『何者だ!』

『答える義理はない』

『くっ…!』

 

問い掛けと共に打ち込んだ斬撃が全て捌かれた。

こいつ、手強い。

さらに斬り合いは相手の優勢で終わり、そのまま攻め込んで来るのをなんとか防いで競り合いへと持ち込まれた。

だが、勢いで圧されてるのは俺だ。

まるでナオヤから遠ざけるように後退させられていく。

なんて(パワー)だ…!

 

いや、力じゃない。

技術だ。

この接近戦の競り合いにおいて、相手は俺の力を器用に受け流し、最も効率的に押し込める工夫をすることで成り立ってるんだ。

力量差ではなく、技量差。

悔しいが俺の方が劣っている。

 

『それでも負けるわけにはいかない!』

『この機体のパイロットもそのような事を言っていた。結果は惨敗だったがな』

『なに…!?』

『フッ、甘い!』

『ぐあ…っ!』

 

しまった、動揺の隙を突かれたか。

少しでも隙を見せたが最後、左腕を奪われた。

さらに背後で反転し、照準で捉えられている。

 

『クソ…!』

『沈め』

 

予想通り、GNランチャーから至近距離で放たれた粒子ビーム。

背後から迫るそれを俺は双眼を色彩に輝かせて避けた。

 

『言っただろう…!負けるわけにはいかないってな!!』

『今の機動は…っ』

『貰った!』

 

GNバーニアを噴射し、スローネ アインに向けて加速する。

ツヴァイの高出力なGNサーベルを手に斬りかかった。

対してアインは先程とは対称的にGNビームサーベルで受け止め、守りに入る。

 

『予備動作のない、極限まで無駄のない動き…。貴様、中々やる』

『お前に褒められても嬉しくねえんだよ!』

『私は嬉しいぞ。ここに来て多少は手応えがありそうでな…!』

『がはっ…!?』

 

懐を蹴り込まれた!?

GNフラッグを駆る何処ぞのトップガンみたいな真似しやがって。

と、思ってた矢先にはGNビームライフルの銃口が至近距離で当てられていた。

こいつは避けなきゃマズい…!

 

『墜ちるがいい!』

『タダでは受けねえ…!ぐああっ!?』

『なに?足を切り離して盾の代わりにしただと!?』

 

至近距離からの射撃。

流石に咄嗟の対応じゃ完璧には防ぎきれなかったが、自ら右足を捧げると相手も驚愕した。

致命傷は避けれたし、最適な選択だっただろう。

 

『強い…』

『中々面白い。貴様、名はなんだ?』

『答える義理はない』

『ハッ、それもそうか』

 

高出力のGNビームサーベルを構え、相手の問いも一蹴してただ戦闘に集中する。

相手は俺が過去に戦った中で技量の点では間違いなくトップに入る強者だ。

以前より修羅場超えて多少形にはなりつつあるにしろ、戦闘のセンスのない俺が油断して勝てる相手ではない。

 

『チッ、あの男は逃げたか…』

 

何の話だ?

アインの目線を追ったがその先には何もいない。

ちなみに格納庫と思わしき施設は半壊していて上から丸見えだった。

スローネ ドライはまだ格納庫に居る。

もしかすると回収して帰れるか…。

 

『余裕があれば、だけどな…』

『何か言ったか?』

『いや』

 

視線を目の前の敵に戻す。

この女を退けないことにはドライの奪還も叶わない。

それに俺は奪い合いの連鎖を生み出す歪みを壊しに来た。

その根源が、この女とナオヤだ。

今回は元凶と言った方が近いか。

とにかくここに来た目的はナオヤと仲間の女を倒すこと。

ドライの奪還は二の次となる…が、この調子だと厳しいな…。

 

『そう緊迫するな。どうせ貴様はもうじき死ぬ』

『勝手に殺してんじゃねえ…!』

 

まったく、どこまで勝利を確信してんだ。

技量差があろうとも俺はまだ諦めていない。

例え手足がもげようとも倒す!

 

『はああああっ!』

『剣筋が甘い…!』

 

真正面から切り込むとアインは当然の如く避ける。

そして、横切るブラックアストレアを墜とそうとGNビームライフルを構えた。

狙い通り。

俺はビームサーベルを上に投げ捨て、GNバーニアを噴射して拳を振るった。

 

『なに!?』

『あいつらの痛みを味わえっ!!』

『ぐっ…!』

 

アインのGNビームライフルから放たれた粒子ビームはブラックアストレアに命中したが、コクピットからは外れた。

粒子ビームに貫かれつつブラックアストレアの拳はアインの顔面に減り込み、両腕に1門ずつ内蔵されているGNバルカンを連射する。

マシンガンの如く発砲される粒子ビーム砲撃にアインの顔面は吹き飛んだ。

 

『……っ!貴様…!』

『ぐああっ!?』

 

コクピットのすぐ近くで爆発が起きて当然コクピットも損傷する。

狙い通りとはいえ、身体の右側が焼けるように熱い。

ヘルメットのバイザーもヒビが入って少し顔も傷付いた。

額からは鮮血が流れるのを感じる。

瞳もダメージを受けたのか、右眼が開かなくなった。

それでも攻めに出なければ俺はコクピットを粒子ビームで貫かれて死んでいただろう…。

命が健在なだけマシか。

嘆いている暇はない。

相手のモニターが機能していない今が好機だ。

 

『今度こそ貰った…っ!』

『くっ…、舐めるな!!』

 

アインがGNビームライフルとGNランチャーからデタラメに粒子ビームを放つ。

いや、デタラメじゃない。

これは避けなければ当たる。

被弾なんて甘いもんじゃない。

狙いは的確だ、命中すれば良くて致命傷悪くて死ぬ…!

 

『モニターなしで…!どんな腕してんだよ!』

『レーダーのみでも多少は狙えるものだ。だから、言っただろう。舐めるなと…!』

『化け物かよ…!』

 

思わず本音が出た。

正直レーダーだけで正確な射撃を繰り出すなんて尋常じゃない。

レーダーで分かるのはあくまで相手の方角のみだ。

モニターがないと肉眼で正確な位置は捉えられない、筈なんだが…。

 

『クソ!近付けない…!』

『墜ちろ!』

『冗談…!』

 

このままでは埒が明かない。

それにジリ便を続ければ負けるのは俺だ。

最小限の被弾に抑えて突っ込むしかない。

 

『行くぞ、ブラックアストレア…!』

 

降ってきたツヴァイのGNビームサーベルを手にして加速する。

隻眼となってしまったが、俺の瞳はまだ輝いていた。

この色彩が絶えない限り、射撃は当たらない。

接近しつつ高機動で粒子ビームを回避する。

 

『この機動…っ!マグレではないか…!』

『破壊する!奪い合いの連鎖を生み出す歪みを破壊する!!』

 

GNビームサーベルの刃を高出力で生成する。

あともうひと推進で近接の間合い。

GNランチャーの射程からは外れ、GNビームライフルは先に斬り落とした。

ここまで来れば、俺の距離だ…!

 

『はああああっ!』

『――掛かった』

『なに…?』

 

詰め寄り、後はビームサーベルを振り落とせばアインは真っ二つとなり、俺の勝ちとなる。

そんな刹那、敵の呟きを聞き取った。

なんだ?何に掛かった?

いつの間に罠を……この状況で、こいつは何を出来るって言うんだ。

待て。

違う、こいつはこれから動作を起こすんじゃない。

もう()()()()()()()()…!

 

『まさか!』

『もう遅い…!』

『しまっ――』

 

上を見上げたと同時、高出力な刃を生成した二本のGNビームサーベルが降ってきた。

察知した時にはビーム刀身がブラックアストレアの右腕の接続部と頭を貫く。

やられた…!

 

『ぐああああああああーーっ!!』

 

突き刺さったGNビームサーベルにより、ブラックアストレアが爆破する。

頭と腕、その他も損傷し、爆炎に包まれた。

 

『うぐっ……』

 

どうにかコクピットのある胴体部と右脚だけが黒煙の中から抜け出たが、GNバーニアも破損してしまったがために高度はどんどん降下していく。

爆発でコクピットにも衝撃が伝わり、右側の傷はさらに抉られて激しい痛みが走っている。

だが、敵はこれで終わりにはしてくれなかった。

深い傷の具合と出血の激しい右腕を抑えてながら、色彩の輝きが消えた瞳でレーダーに目をやると敵の照準がブラックアストレアを捉えているのが分かる。

もう避けることも守ることも抵抗することもできない…。

クソ、太陽炉は諦めるしか…。

 

『コクピットが…開かねえ…っ』

 

高度は高いが、飛び降りて死ぬ程ではない。

幸い、下は砂漠だからな。

だが、コクピットが開かない。

どうやらシステムが完全に落ちたようだ。

 

『クソ…っ、まだ…死ねるか……っ!!』

 

片手で銃を構えて乱射する。

コクピットハッチを強引にこじ開けた。

すると、眼下には黄色の地上が待っている。

マズい…!粒子ビームが来るか!

 

『ぐっ…!ぐあああっ!?』

 

直前で落ちるように飛び降りたが、ギリギリだった。

恐らくGNランチャーによる粒子ビームに貫かれてすぐ傍でブラックアストレアは爆散した。

その爆発の衝撃に巻き込まれて俺は地上に叩きつけられる。

なんとか命だけは助かった……。

 

「………っ」

 

空に巻き起こる爆炎と弾ける粒子の光が眩しい。

視界の全てが奪われそうだ!

残った左眼も失いそうだったが、腕で覆ったおかげでそれを防ぐ。

光が止むとMS(モビルスーツ)の機動音が俺を機影で覆う。

 

『私の勝ちだ。無様だな、ガンダムのパイロット』

「くっ…!」

 

俺を見下ろすアインの瞳がまるで蔑むように捉えられる。

だが、女の言う通り俺は完敗だった…。

凄まじい潜在能力(ポテンシャル)MS(モビルスーツ)操縦の技術、土壇場での機転。

通常能力も突出していて全て俺を上回っている。

そんな奴を前に生身なら必死に足を引き摺ってでも逃げるしかない。

 

『逃げるか。その身体で…、愚かな』

「……っ」

 

なんと言われようと足を緩めない。

例え撃たれて終わりでも止まることはない。

そんな俺にスローネ アインはGNランチャーの銃口を向けた。

 

『フッ、生への縋りは大したものだ。実に殺しがある…!』

「くそ…!こんなところで…っ」

 

万が一にもあの女は外さない。

俺の命もここまでか…クソ!

 

『まあ待てよ、ネルシェン。殺すのはなしだ』

『ナオヤ…?』

「なっ……」

 

ナオヤの名に思わず振り返ると、ナオヤの駆るアドヴァンスドジンクスがネルシェンと呼ばれた女の駆るスローネ アインを制止していた。

あいつ何のつもりだ…?

俺に情けでもかけるというのか。

 

『おい!人革連の。お前には貸しがある…そいつを返すまでは生かしておいてやってもいいぜ?』

「お前…!」

 

何を偉そうに。

俺相手に手も足も出なかったやつが言うセリフか!

まるで自分が勝ったみたいな言動しやがって…!

漏れた微量な脳量子波から俺を特定したか。

さすがは同タイプ。

態度は気に食わんがな!

 

『じゃあな!』

『……ふん』

「ま、待て…!」

 

言いたいことだけ言ってナオヤはスローネ アインを連れて施設を後にした。

恐らく国連軍と合流するのだろう。

ここは戦闘区域になったし、何処かで整備を済ませて宇宙(そら)に上がる…といったところか。

そうなると頂武も宇宙(そら)に上がると見ていい。

元々彼らが地上に留まったのはトリニティと俺達が原因だ。

それをここまで叩かれたらもはや脅威ではないだろう。

最もトリニティが壊滅した時点で彼らは決定していただろうが。

 

「クソ……」

 

何度目か分からない悪態をつく。

気候は温帯のせいか、それ程日差しもきつくはない。

しかし、傷を負ってしまった上にネルシェンとの戦闘で疲労も身体を蝕み始めた。

とりあえずAEU軍の施設に侵入して何処かで休みを取ろう…。

 

「はぁ…はぁ…くっ…!」

 

なんとか格納庫までたどり着いたが、倒れ込む。

出血が時間を経る事に酷くなっていく…。

それに目がとにかく痛くて仕方ない。

よく見る隻眼のキャラをかっこいいとか思っていたが、実際はこの激痛の上に成り立っていたようだ…。

やっぱ憧れはないな。

 

「……って、そんなことはどうでもいいんだよ…。あぁ、くそ…痛てぇ…」

「レ、レイ…?」

「えっ?」

 

壁に背を預けて脱力していたら聞き覚えのある声が聞こえた。

その声が耳に届いた瞬間、実は幻聴だと思ってしまった。

だってもう彼女は死んだものだと思い込んでいたから…。

少し幼さの残るあどけないよく透る声。

格納庫の入口付近に目を向けるとそこには――ネーナがいた。

 

「ネーナ…?」

「レイ…。レイ!レイだぁぁあーー!うわーーーんっ!レイに会えたぁぁぁぁーーーっ!!」

「うわっ!?ちょ、待て!まずはどういう状況か……痛ってぇぇぇぇぇぇえええええーーーー!!」

「あっ、ごめん…!えっと、何があったの?その傷……」

「さ、さっきやられて……それよりネーナはなんでここに!てっきり死んだかと……」

 

そうだ、子供達からはトリニティは全員死んだと聞いていた。

だけど目の前にはちゃんと生きたネーナがいる…。

どういうことなんだ?

尋ねるとネーナは暗い表情で俯いた。

 

「ヨハン兄と…ミハ兄は、殺された…。あたしだけはキモ男に生かされて捕虜にされてたの……」

「そうだったのか…」

 

本筋通り、ヨハンとミハエルは死んでしまったか…。

2人の最期を辛い心情のネーナから聞き出そうとは思わない。

あとキモ男が誰か分かるからそこには触れない。

ネーナも思い出しくないだろうしな。

今は、彼女に寄り添ってあげることが大事だ。

事情を聞くよりも何よりもまずはネーナが生きてたことを心の底から喜びたい。

 

「……ネーナ」

「ちょっ!?レ、レイ…!?あ、あたし心の準備が……」

「ありがとう。生きていてくれて」

「え?」

 

辛うじて動く左腕でネーナを抱き寄せると、顔を紅潮させていたネーナは俺の囁きに目を見開く。

俺はそっと身体を離してネーナの瞳を見つめる。

 

「良かった。ネーナが無事で…。ごめん、守れなくて…」

「レイ…」

 

ネーナの頬に触れ、謝罪する。

守ると言ったのに。

共に戦うと理想を叶えると約束したのに、俺は目を離してしまった。

その隙にヨハンとミハエルは殺されてしまった。

それでも、ネーナは生きていてくれた。

今はそのことだけが心から嬉しいと感じている…。

 

「もう、離さない…。ネーナは俺が守る。守らせてくれ、ネーナ。一緒に生きて…未来を掴もう。あの2人の分まで生きるんだ」

「レイ…っ。レイ!!」

 

ネーナが俺の胸に飛び込んでくる。

不思議と痛みは気にならない。

ただ出来るだけ優しくネーナを抱き返してやり、綺麗な紅髪を撫でた。

 

「うあああああああーーーんっ!ああああ……ああああーーっ!!ヨハン兄……ひぐっ!ミハ兄…!うあああ…っ、あああ…っ!レイ!レイーーーっ!」

「ありがとう、生きていてくれて…。ありがとう、生まれてくれて…。これからも、生きてくれ…ネーナ」

「うんっ!うん…っ!生きる…!あたし、レイと生きるっ!生きるから……っ!」

「あぁ。今は……泣いていいんだ。俺はずっと傍にいるから」

 

ネーナの涙は止まらなかった。

俺の胸に顔を埋め、嗚咽を沈めるネーナ。

本来ならば刹那に助けられたあと、孤独に涙を流し、心にポッカリと穴が空いたまま唯一宛のあった(ワン)家に拾われる。

だが、今俺の目の前にいるネーナは孤独じゃない。

辛いことも悲しいことも共有できる相手が、目の前に俺がいる。

身体の痛みよりも、ネルシェンという女に負けたことよりも俺は寄り添わなければならない。

大事な人を失った気持ちを受け止めるのは誰だって辛いのだから。

 

「うっ…ううっ…、ヨハン兄…ミハ兄…。あたし…あたし……っ。2人の分まで、生きるから……っ。自由になって、ちゃんと清算するから…。だから……」

「あぁ。きっと見守ってくれるさ、2人とも。ネーナの成長を」

「レイ…」

 

ネーナを撫でながら、こちらの顔を涙を浮かべながら覗いてくるので微笑み返す。

人は一人では生きられない。

だから、ネーナがこれから前を向いて歩くためにも傍に寄り添ってくれる人が必要だ。

ヨハンとミハエルに誓おう。

決してネーナを1人にしないと。

 

「なぁ、ネーナ。『バイストン・ウェル』って知ってるか?」

「えっ…」

「地上での生を終えた魂が行き着くところ、つまり死後の世界。魂の安息の場……それが『バイストン・ウェル』だ。俺もある人から聞いたことなんだけどな、そこできっとヨハンとミハエルの魂は幸せにしているさ…。きっとネーナを見守ってくれている」

「兄々ズの魂が…バイストン・ウェルで…」

「あぁ」

「……」

 

頷くとネーナは涙を拭って空を見上げた。

崩壊した天井から覗く、青く澄んだ宇宙(そら)を……。


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