息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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レイの真実

ラグランジュ3。

ソレスタルビーイングのスペースコロニーと同じ地点。

そこはまだ宇宙での開発が展開しきれていないが故にラグランジュ3は絶好の隠れ場所となっている。

だからこそ、ソレスタルビーイングもガンダムやプトレマイオスの開発場所にこのラグランジュを選んだ。

そして、レナの所有する極秘コロニーも存在している。

ソレスタルビーイングのものと同じ規模で、最低限の開発に住み込みまで可能な施設となっている。

最低限でも、申し分ないだろう。

というか凄過ぎる。

 

(ワン)家の補助があるとはいえよく作れたな……」

「私も同じ意見だ。さぁ、レナを運ぶぞ」

「あ、あぁ」

 

施設内で感嘆しているとデルは医療ベットに乗せたレナを連れて奥へと進んでいく。

デルは慣れてるかもしれないが、俺は初見だ。

少しは見学したいが……今はレナが最優先だから仕方ない。

ネーナ曰く一度目を覚ましたらしいが無理をしてすぐに寝込んでしまったらしいからな。

何をやってるのやら。

と、レナを運んでいるとパイロットスーツに身を包んだレオがやってきた。

 

「デル…!」

「レオか。丁度いい、手伝ってくれやしないかい?」

「もちろん。先生…」

 

デルの要請にすぐさま無重力で浮きながらベットへと手を掛けるレオ。

その視線は心配そうにレナを覗き込んでいた。

 

「俺を責めないのか?」

「え…?」

 

レオが目を丸くして俺を見る。

予想だにしてなかったようだ。

そんなにレナが心配なら兄である俺が守れなかったことを責めると思ったが……思い過ごしか。

そもそもレオは心優しい性格の持ち主だ。

責める筈もない。

俺の自意識過剰か…。

 

「いや、なんでもない」

「…?」

「……」

 

こうしてレオも加わり、レナはメディカルルームまで無事に運ばれた。

デルは子供達を総動員させて整備に取り掛かり、レオもその手伝い。

それからというもの俺にはやることがなくただコロニーを練り歩いていた。

傷を癒すため、カプセルに入ろうとはしたがまだ準備が出来ていないらしく待たされた結果だ。

まあコロニー内を見たかったし、これはこれで嬉しい。

心はモヤモヤとしているが。

 

「俺は、諦めてるのか……?」

 

廊下を歩きながら呟く。

ずっと問い掛けていた。

眠りにつく前に聞いたデルの言葉を。

ヨハンとミハエルが殺され、俺は『因果律』について考えるようになった。

もし俺が改変を行おうとして、その結果あいつらの命が奪われたのなら。

俺は……あいつらに夢だけを見させて本来より残酷な死なせ方をさせてしまったのかもしれない。

ネルシェンという女に負けてからどうしてもその事が頭から離れない。

 

それに、これからも改変を起こす度に因果律が元の流れへと強制的に戻そうとするなら、そうなればもう完全なイタチごっこだ。

もしかすると俺が動いたせいで本来より辛い結果を巻き起こすかもしれない。

今回のヨハンとミハエルのように。

果たして改変を起こすことが本当に犠牲のない恒久和平に繋がるのだろうか?

そのことを問われたとして、今の俺には恐らく答えられない。

もし、全て『因果律』によってまた同じようなこと、それ以上に最悪な結果が待ち受けるのならば。

俺は……俺達の理想を諦めなければならない可能性も――。

 

「ん?ここは……」

 

考え事をしていたら迷った。

いつの間にか少し開けたところにいる。

見渡す限り床と繋がった固定机と椅子、奥にはスペースが見える。

食堂か…?

 

「飯を食いたい気分ではないな……」

 

カプセルの準備が出来れば暫く出られなくなる。

その前に何か口にしておくべきではあるが、今はそういう気分ではない。

と、立ち去ろうとしたら室内の隅に何やら端末と睨めっこしている絹江を見つけた。

珈琲を片手に真剣な目付きをしている。

これは話しかけない方が良さそうだ、と思ってたら絹江と目が合った。

……ここで立ち去るのも印象悪いか。

 

「実際に会うのは久しぶりですね」

「レイさん。その目は……」

「あぁ。ちょっと負傷してしまって、大した怪我ではありません」

 

絹江・クロスロードが右眼の眼帯を気にするので触れて大丈夫だと伝える。

すると安堵するように胸をなで下ろし、話を続けた。

 

「すみません、来ていたの知っていたのですが手が離せなくて……」

「いえ、お気になさらず」

 

申し訳なさそうに謝る絹江・クロスロードに会釈で対応する。

でも少し気になる。

外との繋がりは断っていたから絹江・クロスロードには暇をさせてこっちこそ申し訳ないと思っていた。

なんて言ったって報道屋だからな。

閉鎖した空間にいたら息も詰まるだろう。

一応世界の情勢は端末に経て見れるようにはしてあるが。

そんな絹江がこんなにも熱心に打ち込んでる作業。

一体なんだろうか。

 

「拝見してもいいですか?」

「えぇ。いや、やっぱり……」

「ダメですか」

「そういうわけではないんですけど…その……」

 

よく分からないが絹江・クロスロードは恥ずかしそうに端末画面を俺の視線から避ける。

見るなという意図か?

と思ったらおずおずと俺へ向ける。

一体何が正解なんだ……。

 

「えっと…見ても?」

「は、はい」

「では失礼して……」

 

了承を得て目を通す。

その内容に俺は驚いた。

 

「これって…」

「えぇ。貴方達の活動をレポートに纏めてたんです。誰かに見せるわけじゃないんですけど……レイさんと妹さんの活動を、貴方々の想いを知るうちについ……」

「そうですか」

 

話を聞くに、絹江は地上での俺とレナの行動を端末を経て見ていたらしい。

後は黒HAROを通してとか。

すると、当然俺やレナの戦いも目に入るわけで。

過去のデータではユニオンのアイリス社軍需工場防衛。

絹江を保護した後はトリニティの救済や彼らの事情、その為に身を張る俺達や俺達の想い。

その全てを絹江は目にして感銘を受けたらしい。

 

「まずは勝手に貴方達の活動を観察してすみません。ですが、異世界から来た貴方達が関係のないこの世界の為にあんなにも尽力しているのに感動して…」

「……」

 

俺が目を伏せ、俯くのも知らず絹江は興奮気味に続ける。

 

「アイリス社の軍需工場では民間人をガンダムから救い、そのガンダムのパイロット達の運命も貴方達は救おうとした。さらに私も助けて頂けて……貴方々の素晴らしい活動を見て居ても立っても居られなくなり、レポートを作成しています。いつか、貴方々の想いが、素晴らしい行為が世界中の人々に伝わって欲しいと思って――――」

「そんなのじゃない」

「え…?」

 

遮られ、俺の呟きに絹江は顔を顰める。

そうだ。

結局のところ理想は理想に過ぎなかった。

俺達の行った介入が奪い合いを拡大させた。

俺は見てしまったんだ。

AEU軍の施設で人が一人死んでいるのを。

 

確かナオヤ一派の金髪ロールの女性だ。

後で調べたところ、父親が資産家でセレブだったらしい。

ある日、軍との繋がりの深い父が開いたパーティでナオヤと出会い、ナオヤを追いかける形で軍人になったとか。

つまり彼女は本来死ぬはずのなかった者だ。

それを、俺が改変して死なせてしまった。

 

「俺は沢山の悲劇を生んでしまった…。トリニティ、ある資産家の娘……いつか俺の起こした行動で死ぬ筈のなかった沢山の仲間を死なせてしまったように、理想とは真逆の結果になった」

「で、ですがそれは結果論であって……」

「それでも奪ったのは俺だ。これからもきっと本来の流れが俺の改変を歪ませる。救った命も消え、悲劇となり、また俺の罪が増えていく」

 

そんなことに俺は耐えられるだろうか?

導き出される結果は果たして俺の望むものか。

世界は本当に犠牲のない平和を迎えられるのか。

俺は不安でしょうがない。

 

「俺達の掲げた理想は……不可能なのかもしれない。最近そんなことが頭にチラつく。どんなに救ってもまた失われる……」

 

抗えと言って奮い立たせたヨハンを思い出す。

最後には何も掴むことができずに死んでいった。

俺はそれを見ることもなく――。

運命と向き合えと言って必死に戦ったミハエルを思い出す。

守りたい人を見つけ、未来へと生きようとしたその矢先阻まれるように伸ばした手は落ちた。

俺はまた、見ることもなく――。

 

「だから、そんな素晴らしいものじゃない。俺のやってることはただの自己満足でしかない、悲劇を生むだけのものだったんだ……」

「……なによ、それ」

 

腰を下ろして視線を落とす。

そして、俯いたその時、乾いた音が響いた。

―――俺の頬を絹江が叩いたんだ。

 

「いい加減にしなさい!貴方がそんな簡単に諦めてどうするの!?少なくとも私が見てきた貴方はそんな人じゃない…!」

「……」

「トリニティが何のために戦ったか分かってないの!?戦う機会を与えてくれた貴方に感謝して、貴方の為に戦ったはずよ。そして、散った。戦争根絶の為に戦い続けて、貴方達の理想へと繋ごうとした。私にはそう見えたわ」

「……それは」

 

確かにあいつらはアレハンドロを倒し、少しだけ自由を得ていた。

リボンズもガンダムさえ持たなければトリニティには興味がなかっただろう。

あいつらは、ガンダムを手放せば完全ではないとはいえ、自由になれた。

それでも戦い続けたのは俺達の為。

実際その通りだと思う。

でも、心中で肥大化していく不安が俺の足を止めている。

歩き出せない。

もう立ち止まってしまった……。

 

「分かっている。あいつらは俺達へ恩を返そうとしてくれた、その為に戦い続けてくれた。トリニティの努力を俺も無駄にはしたくない。……だが、悲劇を生むだけなら不可能に取り組むのは得策じゃない」

「呆れた。貴方、レナちゃんに合わせる顔もうないわよ」

「……っ」

 

脳裏にレナの顔が浮かぶ。

確かに、レナは俺の掲げた理想を共有のものにしてくれて頑張ってくれた。

一睡もせず倒れてしまうほどに。

ここで諦めてしまえば、そんなレナを裏切ることになる。

でも、仕方ないだろう。

悪化すると知っていてなぜ前進し続けなければならない。

思い悩んで、立ち止まるのが普通じゃないか。

 

「もう、放っておいてくれ」

「逃げる気…?」

「……」

 

絹江が俺を睨む。

ハッキリものをいうタイプで、感情を表に出しやすい性格ではあったけどここまで露わにするとは相当だ。

それでも俺は目線を上げない。

 

「……そう」

 

やがて、絹江は諦めたように呟いた。

その後2人の間に沈黙が重く続き、先に口を開いたのは絹江だった。

静かに、しかし強く言葉を紡ぐ。

 

「ここには、貴方に救われた命がある」

「……っ!」

 

思わず目線をあげた。

俺の目と絹江の信念のこもった目が合う。

そんな絹江は自身の胸に、心臓の上に触れていた。

 

「……私は事実を追いすぎて、深追いし、真実を知らないまま死ぬところだった。でも貴方が助けてくれた。そうでしょう?レイさん」

「あぁ…」

 

微かに肯定する。

確かにサーシェスに殺される未来を変えてみせた。

だが、それも一時的なものに過ぎないかもしれない……。

因果律によって絹江の命が奪われる可能性もある。

次はどんな悲劇か。

沙慈とルイスを目の前で失ってしまうのか。

報道仲間や報道局かもしれない。

絹江にとって大切なものが奪われ、絶望の最中また消えていく。

そんなのはもう耐えられない。

 

「私は、生きるわよ」

「え…?」

 

再び顔を上げると微かに震える絹江がいた。

そうだ。

俺だけじゃない。

救われると思われたトリニティの命が消え、怯えたのは絹江もだったんだ。

それでも、絹江は強く前へ踏み出している。

 

「私は生きる。沙慈を1人にはできないし、ルイスにも寄り添ってあげないと……それに、私はまだ知らない真実がある」

「知らない真実…?」

「貴方のことよ、レイさん」

 

オレ、の…?

 

「貴方は自分に嘘をついてる。本当の貴方を、貴方の真実を私に見せてちょうだい」

「俺の真実……」

 

その言葉が俺の心にストンと落ちる。

俺は自身に嘘をついていたのだろうか?

あぁ、そうだ。

俺は因果律による歪みが怖かったわけじゃない。

それを理由に辛いことから目を逸らしたかっただけだ。

俺の理想は、俺の想いはそんな簡単に折れるものじゃない。

だから、掲げることができたんだ。

 

例え因果律があろうとなかろうとやることは変わらない。

逃げることは出来ない。

最初にレナと誓った時に、世界の隅っこで生きることを断ったんだ。

そして、充分に介入してきた。

それをなかったことにする程、無責任ではない。

俺の理想を叶えるために。

因果律だろうとなんだろうと邪魔するものはぶち壊す!

 

「……ありがとう、絹江。ようやく目が覚めた」

「レイさん!」

 

くよくよ悩むのは止め、立ち上がる。

絹江の表情は明るくなり、きっと俺の瞳にも光が戻っただろう。

そんな絹江に礼を済ませ、俺の脳裏には謝らなければならない人の顔が浮かぶ。

 

「すまない。少し行ってくる」

「えぇ」

 

絹江も分かっているのだろう。

問い掛けることもなく、呆れたような笑みで頷いた。

彼女の承諾を経て俺は走り出す。

食堂をあとにして、一刻も早くあいつに頭を下げたいと駆ける。

が、道中人とぶつかってしまった。

 

「きゃっ!レ、レイ…?」

「痛てぇ……。ネーナか、すまん。ちょっと急いでて」

「うん、それはいいけど……目、痛むの?」

「まあ少しな」

 

ぶつかったのはネーナ。

尻餅をついてしまったので手を差し伸べ、取ってもらう。

俺の補助で立ち上がったネーナは恐る恐るそっと俺の眼帯に触れる。

そんなに心配しなくてもいいのにな。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「ある、よ…。あたし達があの女に負けなければレイが傷付くことはなかった……でしょ?」

「ネーナ…」

 

ナオヤ達による襲撃の時のことを言っているのか…。

確かにトリニティがネルシェンの撃退に成功していれば俺の右眼が負傷することはなかっただろう。

だが、それでネーナが自身を責めるのは筋が違う。

 

「別にネーナ達が悪いわけじゃない。相手が俺より上手だっただけだ」

「レイ…」

「それに、お前達には充分貰うものは貰ったよ」

「え?」

 

俯いていたネーナが首を傾げた。

俺はそんな彼女に微笑を向ける。

そうさ、トリニティは俺達のためにも戦ってくれた。

俺達の願いを、前を向いて歩くことを実現してくれた。

結果がどうなるかは分からない。

けれど、人は変わる。

少なくとも俺はしっかりと目にさせてもらった。

素晴らしい仲間を。

 

そうだ、ネーナにも謝らなければならない。

守ると約束したのに俺は逃げてしまった。

目の前にいるこの紅髪の少女を……今度こそ守ると誓おう。

俺が戦う理由のひとつだ。

 

「ネーナ、ごめんな」

「何が…?」

「ネーナの方がもっと辛いのに、俺は現実から逃げていた。でももう逃げない。俺はもう一度戦うよ。ネーナの為にも」

「レ、レイ……」

 

ネーナが恥ずかしそうに頬を紅く染める。

彼女の髪と同じくらいに。

もしかして照れくさいことでも言っただろうか…。

少し心配だが、俺にはもう一人どうしても謝らなければならない人がいる。

ネーナには悪いが、あいつの元に行こう。

 

「レイ、あたし――」

「すまん。また後で!行かないといけないところがあるんだ」

「えっ!ちょ、ちょっと…!」

 

ネーナが何かを言い掛けていたが、遮ってメディカルルームへと向かう。

後でネーナには改めて謝罪しよう。

そうまでしてでも早くあいつに会わなければならない。

いや、会いたい。

その一心で走り続けた。

 

 

 

 

 

レイに秘めた想いを持つネーナ。

勇気を出して伝えようとしたが、肝心の彼は足早に去ってしまった。

レイはネーナに謝罪した。

ネーナは気付けなかったが、ずっと逃げていたと。

そんな彼が次に向かい、謝る相手は容易に察しがつく。

だからこそ、ネーナは少し妬いた。

 

「もう…なんなのよ、レイのばかっ…」

 

まだ顔は熱い。

きっと鏡で確認したら真っ赤に染まっているのだろう。

そんなことを考えてネーナは首をぶんぶんと横に振る。

 

「あーもぉー!考えるのやめた!レナってば強すぎぃーー」

 

レイの心が誰かに振り向くとしたらそれは恐らく彼の妹であるレナだろう。

ネーナはそう結論付けて嘆息をついた。

実の妹だとはいうが、彼を魅了しているのは間違いなくレナだ。

それ程までにレイはレナを愛している。

例えそれが兄妹愛だとしても、だ。

 

「こうなったらちゃんと謝らないとあたし許さないからねっ、レイ!」

 

もう見えなくなった彼の背中に指を差す。

そして、赤い舌を小馬鹿にしたように出すとレイが向かった方とは逆方向に向けて歩き出し、呟いた。

 

「ありがと…」

 

そっと。

囁くように漏らす。

その後は人知れず悲しみがこみ上げて涙を流した。

拭ってくれる兄々ズはもういないっと知って……。

 

 

 

 

 

 

コロニー内を走り回ってようやくメディカルルームに辿り着いた。

扉をひとつ隔てた向こうではまだあいつがいる筈だ。

起きてるのか、寝ているのかは分からないがどちらであっても引き返す選択肢はない。

荒い息を整えて、覚悟を決めて扉を開けた。

 

「お兄ちゃん…」

「レナ…」

 

開いた扉へと意識を持っていったレナと目が合った。

どうやら起きていたらしい。

まずは安心して胸を撫で下ろした。

見た感じ大丈夫そうだ。

目の下にまだクマは残っているが、目線をこっちに持ってきたところ動けないという訳ではない。

空の皿がベッドの隣にあるから、食欲も回復しているのだろう。

本当に良かった……。

 

「レナ、ごめん!!」

「え?」

 

開幕早々、俺は勢いよく頭を下げた。

意図が分かっていないレナは戸惑っている。

当然だ。

まずはすぐにでも謝りたかった。

説明は今からゆっくりとするつもりだ。

 

「俺は……ヨハンとミハエルの死が辛くて、俺のやったことが間違いだったのじゃないかと不安になって…その結果、理由を付けて逃げた」

「……」

 

俺の話を聞いて、レナは黙る。

目線を床に釘付けにしている俺からはレナの表情は伺えない。

だが、気にせず続ける。

 

「俺達の起こした改変に対し、本来の流れに戻そうとする強制的な力が働いてるかも……って。次第に理想を諦めるべきか、なんてのも考えた」

 

やはりレナは無言だ。

俺の話をただ聞いていてくれてるのか。

怒って黙っているのかは分からない。

でも、まだ伝えなければならないことがある。

それを伝えるまではレナが口出ししてきても遮る想いだ。

 

「でも、違う。俺はそんなことで諦めたくない。そんな生半可な気持ちで理想を掲げたわけじゃない。どんな絶望が待ち受けているのだとしても、俺はどうしても犠牲のない平和を築きたい」

 

人革連軍に所属していた頃。

ガンダム鹵獲作戦で、人が死ぬところを初めて目の当たりにした。

その前の日までバカを言い合って笑いあっていた者や酒を飲み交わした仲、沢山の仲間が未来を奪われた。

ただテレビの前で胡座をかいていたあの時とは違う。

俺はこの世界に生きる、当事者なんだ。

俺の生きるこの世界でもう悲劇は見たくない。

誰かの都合で奪われる命なんてあって欲しくない。

だから俺は――だから――。

 

「レナと共に生きるこの世界で理想を叶えたい。だから……!」

 

レナの顔を見るのは怖いが、勇気を振り絞って顔を上げる。

――レナは、ただ俺を真剣に見つめていた。

この瞳を見たら俺はもう、逃げられない。

逃げない!

 

「レナ……見ていてくれ。俺の決意を、想いを、戦いを…!」

 

レナに宣言する。

もう一度立ち上がり、戦うと。

これで伝えたいことは伝えた。

後はレナの返答を待つだけだ。

貰えないかもしれない。最悪、縁を切られてもおかしくはない。

覚悟は……できている。

そして、レナは小さく溜息を吐いた。

 

「お兄ちゃんってば、ほんとバカ……」

「うっ…」

 

これは…っ!

いきなりクリティカヒット!

可能性は考えていた罵倒だが、しっかりと俺の胸を抉ってきた。

だ、だが覚悟は決めたんだ。

何が来ようと耐えてみせる。

 

「一人で抱え込んで、悩むなんて……。でも、それはお互い様か。私もお兄ちゃんに黙って無理してたし」

「レナ…」

 

機体の整備につけこんでレナは二週間後の間、一睡もしなかった。

それについてレナは素直に「ごめんね」と謝ってくる。

当然、首を横に振ったがレナは少し寂しそうな表情で俯いた。

 

「お兄ちゃんは、凄いね。自分で悩みを払って、前を向いて歩き始めた」

「……お手本がいたからな」

「そっか」

 

もちろんキッカケは絹江だが、今考えればあいつらに感化されたのかもしれない。

そう思って返すとレナは瞳を少し揺れ動かして呟いた。

 

「……」

「……」

 

暫く沈黙が続く。

先に破ったのはレナだった。

 

「私も。覚悟を決めたことがあるの」

「え?」

「やっぱり、奪い合いの連鎖は嫌…。だから、その連鎖を撃ち抜く。私はその為に戦いたい」

「レナ…」

 

俺は自然とレナに傍観を頼んでいた。

見ていてくれ、と。

だが、レナは戦おうとしている。

俺と一緒になってではなく、己の意思で。

己が理想を叶えるために。

 

「知らない間に、大きくなったんだな。深雪」

「お兄ちゃん…。ごめんね、私は見てるだけじゃダメなの」

「分かってるさ」

 

レナの気持ちは理解した。

俺は兄として尊重しよう。

踏み出そうししている妹を止めるわけがない。

それが例え戦いでも。

本人がこれだけの想いを持っているのなら俺が言うことは何もない。

 

「じゃあ、行こう。レナ」

 

ベッドに半身を預けるレナに手を差し伸べる。

 

「国連軍は総力を結集してトレミーを墜とそうとしている。きっと、沢山の犠牲者が出る筈だ」

「そんなこと……させない。誰の命も奪わせたくない。私は戦いを止めたい」

「あぁ。国連軍もトレミーも、彼らの戦いそのものを止めよう」

「うん…!」

 

レナは力強く頷き、俺の手を取り、まだふらつきながらも立ち上がった。

病み上がりのレナを支えながら部屋を出る。

足取りが怪しいな…。

やはりまだ横になっておくべきか。

 

「だ、大丈夫なのか…?」

「問題ないよ。ここで止めても、私は行く」

「……そうか。分かった」

 

レナに力のこもった瞳で拒否されてしまった。

こうなったら頑固になる。

言っても聞かないだろう。

……少し甘いか?

 

「お兄ちゃん…」

「ん?なんだ」

「踏み出してくれて、ありがとう。諦めないでいないでくれて、ありがとう…。それから……」

 

格納庫へと向かいながらレナは身を寄せている俺を見上げた。

そして、レナの表情に満面の笑みが咲く。

一点の曇りもない純真な笑顔だ。

 

「大好きだよ、お兄ちゃん」

 

今度は寝言じゃない。

レナの本心からの告白を受けた。




※デスペア兄妹間に恋愛感情はありません。

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