息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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死者の帰還(前)

人革領の反政府勢力収監施設。

そこに、一人のガンダムマイスターは収監されていた。

男の名はアレルヤ・ハプティズム。

4年前の『フォーリンエンジェルス』にて、彼は国連軍に敗北し、連邦に捕えられた。

そして、現在――ソレスタルビーイングの再来により独立治安維持部隊アロウズはそのガンダムのパイロットを餌にソレスタルビーイングをおびき寄せようとしていた。

 

アレルヤ・ハプティズムの牢獄。

その中で、先端までよく手入れされた美しく、持ち主の肩に落ち着く長い白髪が彼の目に映る。

拘束具で口まで締め付けられたアレルヤはそれを捉えるとゆっくりと目線を上げた。

――そこにはずっと会いたかった、ずっと想っていた人がいる。

 

「起きろ。被験体E-57」

「う…うぅ……んっ」

 

耳に透き通って入る声。

目を覚ましたアレルヤは辺りを見渡した後、すぐに白髪の女性へと視線を戻した。

彼女の横で見知らぬ男が口を開けるが、朦朧とする意識は彼女にしか向けることができない。

それ程までに気力が尽きかけていた。

 

「この男ですか?4年間この収監所に拘束されているガンダムのパイロットというのは」

「うっ……う…!んんーっ!んっ……!」

「……っ!」

 

口を閉ざされたガンダムのパイロットが白髪の女性に向けて何かを訴えるように必死にもがき、叫ぶ。

虚しくもその声は篭った声でしか届かないが、彼女――ソーマ・ピーリスはしっかりと反応した。

 

―――(私の脳量子波の干渉を受けていない……。報告には頭部に受けた傷が原因とあったが……)

 

ソーマは拘束されたガンダムのパイロットの様子から自身との脳量子派の共鳴を受けていないことを見抜いた。

理由としては二つ。

ガンダムのパイロットにそれらしい反応が見れないのと、ソーマ自身特に何も感じないからだ。

超兵機関出身者であるとの情報である被験体E-57は5年前、自身との戦いで苦しみを訴えていた。

しかし、今の彼はただ一心不乱にソーマに対して何かを伝えようとしているだけ。

一体なぜ?というソーマの疑問はE-57のマスクが取れたことにより、思考を一度断念した。

 

「マリー……。ようやく、出会えた…っ。やっぱり生きていたんだね。マリー……」

「マリー?」

 

聞き覚えのない名前をE-57は呟く。

ソーマはそれが自分のことを指しているのだとE-57の熱烈な視線から察した。

だが、彼女にはそんな名前は馴染みがない。

それでもE-57は訴え続けてきた。

 

「僕だよ!ホームでずっと君と話していた……アレルヤだ!」

「私はマリーなどという名前ではない!」

「……っ!」

 

あまりにもしつこく、身に覚えのない名で呼ばれたソーマは不快感から叫び返す。

ハッキリと否定された被験体E-57――アレルヤは一瞬、衝撃を受けたが、表情を沈めて呟いた。

 

「……いや、君はマリーなんだ……」

 

辛そうに、哀しそうに。

彼の想いは本来の『彼女』には届かない。

 

 

 

 

 

 

被験体E-57との面会を済ませたソーマ。

収監施設内の休養室にて、珈琲を前にとある人物と連絡を取っていた。

端末の画面に映っているのはこの4年間もの間、自分の面倒を見てくれた男性、セルゲイ・スミルノフ大佐だ。

 

『中尉、アロウズへの転属後何か変わった事はあったかね?』

 

モニター内のセルゲイが尋ねてくる。

セルゲイは親のいないソーマの親身になってか、アロウズに転属してからもこうして定期的に連絡を入れてくれた。

心配してくれているということぐらい、ソーマも理解している。

故にその親心に心の底から感謝し、温かいものを胸に感じていた。

 

「特には何も。通常よりも訓練の量が多い程度で……」

『そうか…』

 

聞かれた近況に特に差し障りのない話をする。

人革連軍に所属していた時代よりも遥かに訓練は練度を増した。

転属してからそれ程時間の経っていないソーマにとって変わったことといえばその程度だった。

だが、ふと今朝の面会のことがソーマの脳裏に()ぎる。

囚われのガンダムパイロット、被験体E-57に呼ばれた聞き覚えのない名についてだ。

 

「大佐、超人機関関係の資料の中にマリーという名前はありませんでしたか?」

『マリー?いいや、知らんな。押収した資料の全てに目は通したはずだが……』

 

別に捕虜の言うことを真摯に受け止めたわけではないが、気付けば気になって尋ねていた。

しかし、セルゲイも首を横に振る。

今は無き超人機関の情報を全て押収したセルゲイですらその名に聞き覚えはない。

少なからずヒントは得られるかもしれないと考えていたソーマは少しばかり落胆を隠せず、眉を曲げ、肩を落とした。

 

「そうですか…」

『あぁ』

 

折角連絡を取ってくれたセルゲイに落胆するのも申し訳ないと感じたが、どうも胸に突っかかりを覚えてしまった。

セルゲイのように豊富な人生を歩んでいないソーマにはそれを隠せない若さがある。

セルゲイもそれを知っている故に、気付いていても表情には出さない。

代わりにソーマが気分を変えられるように、と話題を変えた。

 

『そういえば、もう()が逝ってから5年になるが……大丈夫かね?』

「え?あっ……」

 

言われてソーマも思い出す。

彼――人革連の軍時代、5年前に最もソーマが慕っていた一人の兵士がいた。

だが、三国家群の合同軍事演習の際、彼は戦死してしまっていた。

 

「……はい。ご心配、ありがとうございます。大佐の支えもあり、今はもう……」

「そうか…。彼は、私にとっても良い部下だった。今でも鮮明に覚えている」

「はい。私も……ずっと心に留めています」

 

寂しく微笑むソーマ。

その視線は自然と自身の小指へと落ちた。

いつの日か、彼と交えた約束。

ソーマは今日この日までそれを守り貫いてきた。

 

そんな心に秘めた思い出を思い返していると、扉をノックする音が室内に響く。

恐らく休んでいられる時間は過ぎてしまったのだろう。

ソーマは名残惜しくもセルゲイに別れを告げた。

 

「すみません。任務がありますので失礼します」

『あぁ。気を付けたまえ』

「はい」

 

セルゲイの言葉に会釈で返し、端末を閉じる。

そして、扉の方に意識を向けた。

 

「入れ」

「中尉、本隊が到着しました」

 

入室を許可すると入ってきたのはアンドレイ・スミルノフ少尉。

先程まで話していたセルゲイの息子だ。

彼の伝達にソーマは頷き、立ち上がる。

 

「よし。連絡が入り次第、全員配置に付かせろ」

「はっ!」

 

今や上官となったソーマは指示を下し、アンドレイは敬礼を返す。

一方、人革領の反政府勢力収監施設に到着したアロウズ艦隊の艦内では『鉄の女』の異名を持つ元AEU軍の指揮官、カティ・マネキンが指揮を取っていた。

指揮官席に腰を下ろすカティは艦内に指令を飛ばす。

 

「ミッションプランに従って警備体制を敷く。先攻隊であるピーリス中尉へ連絡を」

「はっ!」

 

部下の応答を受け取り、カティは戦場の陣形を作っていく。

そんな彼女の脳裏にはある疑念が過ぎっていた。

 

――(羽付きのパイロット……あそこに収監されていたのか。上層部に引き渡した後、何の情報も下りてこなかったが……アロウズはこれを知っていた)

 

人革領の反政府勢力収監施設を見下ろし、目を細める。

以前から秘密の多いアロウズに疑念を抱き、セルゲイと共に警戒していたカティはさらにその疑念を大きくしていた。

彼女はまだアロウズを、世界を裏から操る超越者達の存在を知らない。

 

一方、宇宙に配備されたアロウズ艦隊。

ラグランジュ1を浮遊するバイカル級航宙巡洋艦は既にガンダムとの交戦を二度も経験しており、それでいながらガンダムの捜索を既に中断していた。

そのことに不満を持つ兵士――ルイス・ハレヴィは艦内で上司の姿が目に映るとすぐに呼び止める。

 

「あっ……中佐!」

「ん?」

 

呼び止められたジェジャン中佐は進行方向とは逆から来るハレヴィ准尉に振り返る。

すると、ルイスは問い詰めるが如く尋ねてきた。

 

「何故ガンダムの捜索を中止したのですか!?」

「その必要がなくなったからだ」

「なくなった……?」

 

ルイスの問いにジェジャンは至って冷静に返す。

彼の言葉の意味が分からず、ルイスはただ首を傾げ、それを見兼ねたジェジャンが事情を説明する。

 

「指令部がソレスタルビーイングに餌を撒いたらしい。地上部隊には悪いが相手の戦力を調べる良い機会だという事だ」

「あっ……」

 

伝え終えると事実だけを言い残してジェジャンは以降一切聞く耳を持たずといった様子で背を向けて行ってしまう。

ルイスは聞いた事実に思考を巡らせた。

 

「ソレスタルビーイングに、餌……?」

 

そんなルイスを、通り掛かり様子を見ていたジニン。

彼は、ルイスのガンダムに対する執着心を改めて目の当たりにしている。

 

「……戦闘中に発作を起こす奴があそこまで執着する意味、俺には分からんな」

「俺もですよ。ジニン大尉」

「アラッガ中尉……」

 

偶然通り掛かったアラッガ中尉もジニンに同意する。

ジニンは自身の部下であるルイス・ハレヴィ准尉を再度見遣ると、溜息をつき、何度も無理を申してくる部下の行動を思い返す。

 

「まったく……。面倒なやつを寄越してきたな、上も」

「はい…。あっ、そういえばグットマン大尉を知りませんか、大尉。実は探してるのですが先程から見当たらなくて……」

「ん?ネルシェンのやつか?俺は知らんが…」

「――私を呼んだか」

 

ジニンとアラッガが話していると噂をすれば…とでも言うように本人であるネルシェンがハンドルを握って推進してくる。

その姿を見て、アラッガ中尉は待ってましたとばかりに敬礼する。

 

「お疲れ様です、グットマン大尉。あの……申し訳ないのですが、実は頼み事が――」

「断る」

「えっ?」

 

最後まで聞くこともなく、一瞥しただけで拒否をするネルシェン。

予想外の対応にアラッガ中尉も唖然とし、見兼ねたジニンは割って入る。

 

「お、おい。何もそこまでバッサリ……」

「私は忙しい。用があるなら後にしろ」

「んっ?そういえばお前なんでパイロットスーツ着てるんだ?俺達は待機を指示された筈だが」

「……知りたければデスペアに聞け」

「レイに?なんでまた……っておい!」

 

ジニンの制止も意に介さずネルシェンはそのまま行ってしまう。

向かう先は方向からして格納庫だ。

待機中の筈が、格納庫を目指すネルシェンにジニンは訝しみながら肩を竦めた。

そして、アラッガ中尉の肩に手を置く。

 

「振られたな」

「なっ!?やめてくださいよ……告白じゃあるまいし」

「はははっ、悪い悪い。それにしても今からシミュレーション訓練でもする気か?あいつは。ちったぁ休めばいいものの……」

 

見えなくなったネルシェンの背中、去った方を見遣り、ジニンは大袈裟に呆れたように嘆息する。

数十分後、彼女の駆るアヘッドが大気圏を突破したと聞いてジニンは耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

人革領の反政府勢力収監施設にて、アロウズの艦隊を配置し終えた頃。

部隊を仕切るカティの耳に伝令が入った。

 

「大佐、ピラーの観測所より入電。大気圏に突入する物体を捕捉。輸送艦クラスの規模だそうです…!」

 

部下の報告にカティも目を見開き、空を見上げる。

 

「ありえん!スペースシップごと地上に降りて来るなど……!砲撃用意!モビルスーツ隊の発進準備、急げ!」

 

太陽炉を詰んだ機体が大気圏を突破する前例はある。

しかし、輸送艦クラスのスペースシップが突破してくるなど前代未聞だ。

本当に可能なのか?という真っ当な疑問は即座に捨て、対応してみせたカティの指示により、アロウズは突如大気圏を突破したトレミーに対抗する。

その最中、カティは信頼度の高いソーマに最も重要なことを頼む。

 

「ピーリス中尉、敵襲だ。E-57の確保を」

『了解』

「くっ……!ソレスタルビーイングめ…っ!」

 

短い返答、熟練された兵士のそれである対応でソーマも即座に動く。

一通り指示を出し終えたカティは改めて信じられないという目で空を見上げた。

 

伝令を受けたソーマは部下を連れて収監されているガンダムパイロット、被験体E-57の元へ向かう。

しかし途中、粒子ビームが施設に降り注ぐ。

それが彼らが来た合図となった。

 

「もう来た!」

「MSハンガーが!?」

「急げ!」

 

部下が嘆く中、ソーマは彼らの背中を押す。

 

「ソ、ソレスタルビーイングのスペースシップが…… !」

「全砲発射!減速しないだと!?ま、まさか……っ!」

 

一方、大気圏を突破し、空に現れたソレスタルビーイングのスペースシップはその速度を緩めことなく、寧ろ加速した。

カティの予測とほぼ同時にプトレマイオス2が潜水モードへと移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リジェネ・レジェッタから情報を貰った。

それは、ガンダムマイスターの一人が人革領の反政府勢力収監施設に囚われているということ。

だが、さすがにそれは俺も知っている。

リジェネから聞いたのはそこに『彼女』の配属された地上部隊が配備しているとのことだ。

 

『……』

 

俺の愛機と化した専用のアヘッドで海上を飛翔する。

目標は反政府勢力収監施設、彼女がいるところだ。

……正直、行くのは憚られる。

まだ尻込みしている自分がいる。

だが、それでも意志とは別に本能が駆り立てていた。

 

『……それに、そろそろここでも戦闘が起きる』

 

レナから貰った確定情報だ。

リボンズはアレルヤとアザディスタンの王妃を餌にソレスタルビーイングをおびき寄せるつもりらしい。

アロウズも収監所に艦隊を軍備を展開し始めている。

もうじき、先頭の火蓋が切られようとしていた。

 

『さて、ソレスタルビーイングはどう出るか……んっ?』

 

ふとモニターの端、上空に閃光がチラついた。

気の所為だと思ったんだが、拡大するとアヘッド――正確にはシステム――が物体であると主張し始める。

アレが物体…?

だとすると大気圏を突破してるんだが……いや、まさか。

 

『おいおい…。何でもアリだな、今のプトレマイオスは……』

 

拡大モニターに映る点が緑光の輝きを放ち始めた。

GNフィールドか。

まったく…常識を覆してくるな、ほんとに。

 

それにしてもスペースシップごと突入してくるなんて、よくもまあ実行したものだ。

これじゃあプトレマイオス2を敵前に露わにして余計に危険を及ばすだけじゃないのか?

……と思ったが、様子がおかしい。

もう地上との距離もそうないってのに減速する気配がない。

寧ろ加速し、あのままだと海に突っ込む形になる。

 

『……っ!そうか!』

 

トレミーの狙いがわかった。

恐らく、急速での水中潜行により衝撃で津波を起こし、湿度の向上で粒子ビームの出力を半減させる……といったところか。

それに誰も予想していないことだ。

部隊の混乱も容易に想像できる。

 

『……仲間が危ない。急げっ!アヘッド!』

 

予想が正しければ甚大な被害が出る。

間違いなく死者も出るだろう。

仲間が死ぬ。

そんな経験、二度としたくない。

俺が、俺が止めてみせる!

 

『到着……っ!戦況は――なっ!?』

 

一気に加速して収監施設には辿り着いた。

だが、眼下に広がる戦場は俺の想像していたものより酷い。

津波に巻き込まれたモビルスーツに潰された人々。

モビルスーツ同士で衝突し、爆発を起こしたのかコクピットが焼け焦げたものもある。

生体反応を探ったが、反応しなかった。

 

『そんな……っ』

 

『う、うわあああああーーっ!?』

 

『……っ!!』

 

俺の視界を横切った粒子ビームがジンクスIIIを貫いた。

コクピットに穴が開き、アヘッドで手を伸ばすも目の前で爆散してしまった。

クソ、クソ……っ!!

 

『ガンダムっ!!』

 

粒子ビームの発端、発射口を見つけた。

崖の方に身を隠していたスナイパーライフル持ちのオリジナル太陽炉搭載型MS(モビルスーツ)

ジンクスIIIを1機撃ち落とすと、その姿を露わにする。

スナイパーライフルがデュナメスのGNスナイパーライフルを彷彿とさせる、カラーリングが同じ濃緑色の機体。

額にはデュナメス同様にガンカメラが確認できた。

対面するのは初めて、初見の新型……!

――機体名は確か、【ケルディムガンダム】!!

 

『レナの言ってたやつか…!……?向こうにも知らない機体反応が……』

 

ケルディムを睨むと同時、アヘッドが他のガンダムを捉える。

振り返ると既に登録しているダブルオーとセラヴィーの他にもう1機。

5年前の『羽付き』を彷彿とさせる相対するウイングを持った橙黄色の塗装に身を包んだガンダム。

あれが――。

 

『【アリオスガンダム】……』

 

夢に出てきた新型。

レナに聞いた名を呟く。

何故奴が俺の夢に出てきたのかは分からない。

分からないが、数秒間忌々しげに見つめているとアリオスのすぐ近くに生体反応を二つ確認した。

俺の目が正しければ収監施設に衝突したまま静止しているアリオス、それとほぼ同地点の中央廊下だ。

 

アリオスがあそこにいる意味は大体予想がつく。

恐らくアレルヤ・ハプティズムとの合流地点にアリオスを送り込んだのだろう。

だとするとアリオスの最も近くにいる生体反応はアレルヤ・ハプティズムだ。

だが、何故か静止したまま動かない。

相対しているのは俺の仲間なんだろうが、1人くらいなら切り抜けられる技量がある筈だ。

なのにアレルヤは一向に動かない。

何故だ……。

 

『最も近くにいるのは――なっ!?ソーマ!?』

 

生体反応をアロウズのデータ資料を元に『ヴェーダ』に検索させた結果、特定されたのはソーマだった。

ソーマ……ソーマ・ピーリス。

俺のかつての仲間にして、最後まで守れなかった人。

『約束』を果たせなかった俺の好きだった人だ。

 

『ソーマ……』

 

ソーマは超人機関出身者だ。

そして、被験体E-57ことアレルヤも。

だが、アレルヤは超人機関をガンダムキュリオスで壊滅させた。

超人機関が例えいいところでないにしてもソーマにとっては『仲間』がいた場所。

そこを奪われたソーマは辛い思いをしていた。

そういえば、俺は以前二人の脳量子派による共鳴でソーマが傷付くことを恐れた。

――もしかしたら今も!

 

『……っ。すまない、もう少し堪えてくれ!』

 

嫌な予感がして、アヘッドで急速に降下する。

劣勢の中、倒されていく仲間に謝罪しながらセラヴィーの砲撃を躱す。

そして、一気に加速し、粒子ビームを掻い潜って建物に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

被験体E-57ならびに収監者達の確保のため、廊下を駆ける。

部下を連れたソーマは急ぎ、牢獄へと向かっていた。

 

「はぁ…はぁ…っ。急げっ!」

「は、はい!」

 

途中でアンドレイ少尉も合流し、息を切らしながらも彼らは目的地を目指す。

角を曲がればあとは直線のみで被験体E-57の牢獄だ。

しかし、突然施設内が衝撃に揺れる。

 

「……っ!なんだ!?」

「中尉、あれを…!」

「なっ!?」

 

アンドレイの指摘する方を見遣り、驚愕するソーマ。

そこには施設に侵入した男達の集団が現れていた。

全員が銃器を持って乱射しつつ牢獄を解放している。

凶弾により、ソーマの部下は一人倒れてしまった。

だが、弾圧が迫る故に仕方なくソーマはアンドレイと共に身を隠す。

 

「くっ…!カタロンか!」

「ここは自分が。中尉はE-57の確保を」

「すまない。頼む」

「はっ!」

 

アンドレイの申し出にソーマはこの場を任せて、別ルートを辿る。

来た道を戻り、他の分かれ道から遠回りをして衝撃や弾圧に気を配りつつ施設内の中央廊下へと出る。

――そこに、目的の男はいた。

 

「止まれ!!」

「……っ!」

 

銃口を向け、制止すると目の前の男は素直に足を止める。

ソーマの声に思わず反応してしまったのだが、当の本人はそうとは思っていない。

そして、振り返ってソーマの顔を見た被験体E-57ことアレルヤは目を見開く。

 

「そこまでだ。被験体E-57!」

「マリー……」

「動くな!」

「……っ」

 

妙にむかつく表情で詰め寄ってこようとした敵に、ソーマが銃口を強調して脅す。

アレルヤは一瞬顔を顰めて止まったが、すぐに眉を緩くした。

そんな敵の背後には見知らぬガンダムが施設に突っ込んだ状態で沈黙している。

ソーマは視線を気付かれないようにズラして確認した。

 

「新型のガンダム……」

「マリー!」

「……っ。私はそんな名前ではない!!」

 

またしても覚えのない名で呼ばれ、ソーマは激昴じみた否定と共にさらに銃口を突きつける。

アレルヤはなんとかソーマに寄ろうとしたが、銃口にまた足を止める。

彼女はマリーだ、その筈だ。

なのに口調も、性格も、名前も違う。

恐らく違う人格を上書きされ、四肢の自由を得たのだろう。

 

既にそこまで推測しているアレルヤだが、やはりどう目を拭っても目の前の少女は彼にとって『マリー』だった。

だからこそ、何度でも呼び掛ける。

生きる理由、何よりも大切な人だから。

そんな想いを胸に。

呼び起こそうとする。

 

「マリー!」

「違う!」

「……いや、これが本当の君の名前なんだ。マリー……マリー・パーファシー」

「……っ!?マリー……パーファシー……」

 

 

―――『マリー?マリー?』

 

 

「うっ……!」

 

突如、ソーマの脳裏に謎の記憶が浮かび上がる。

知らない声、でも何処かで聞き覚えのある幼い声が自分を呼ぶ。

 

「あっ…くっ……!な、何だ……!?今のビジョンは……」

 

フラッシュバックする映像にソーマは思わず頭を抱えて膝をつく。

銃を落としてしまうほどに。

 

「マリー!」

 

苦しむソーマにアレルヤは咄嗟に近寄うとする。

 

 

――だが、迫り来る影が突如として窓ガラスと壁を吹き飛ばし、二人の間を阻んだ。

 

 

「うあっ……!?」

「……っ!?」

 

建物に衝突して来た機体はアロウズの最新鋭機アヘッド。

ちょうどコクピットにあたる胸部がアレルヤとソーマのいる廊下に露わになっていた。

そして、そのハッチがゆっくりと開く。

 

 

「―――ソーマっ!!」

 

「……っ、えっ?」

 

 

聞こえる筈のない声。

この世に存在する筈のない声。

懐かしさと愛おしさが詰まった声が、ソーマの耳に届く。

ソーマは苦痛の中ということも構わずに即座に反応してコクピットの方を見遣る。

――そこには、死んだ筈の好きな人がいた。

 

「ソーマっ!」

「デスペア……中尉…っ!?な、なぜ……」

 

ヘルメットを投げ捨てたレイが、レイ・デスペアがソーマの肩を掴み、支える。

彼の手と触れ合う肩は確かに感触があった。

これは生きる者の手だ。

 

「中尉っ、が生きて……っ!うっ…!」

「ソーマ!どうした!?何があった!?」

 

まだ残るビジョンと目の前に起きた驚愕の出来事。

ソーマの脳内は混乱し、頭痛は激しさを増した。

そんなソーマをレイは心配そうに背中をさすってくれる。

最初こそ辛かったもののソーマは次第にそれが心地よく感じた。

 

「デスペア、中尉……」

「ソーマ……大丈夫だ。俺はここにいる」

「……っ!」

 

落ち着いた声がすとんっとソーマの胸の中に落ちる。

冷静で、まるでソーマの不安を感じ取ったかのように欲しかった言葉をくれる。

先程まで半信半疑だったことが真実に変わった。

 

ソーマの脳量子派が目の前の彼が本物だと激しい程に主張している。

5年前に聞いた優しい声音がソーマの心を落ち着かせる。

彼に全て任せてしまいたい程の頼もしさが今も目の前にあった。

ずっと哀しかった。

ずっと辛かった。

ずっと求めていた。

―――ずっと。

 

「ずっと、会いたかった……デスペア、中尉…」

「あぁ…。俺も、会いたかったよ。会いたかった、ソーマ」

 

荒い呼吸も治まってきたソーマの瞳がハッキリとレイを捉える。

愛する人の生還にソーマは5年越しに涙した。

 

「デスペア中尉……!!」

 

そして、彼女は想い人の胸に身を委ねる。


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