「デスペア、中尉……っ」
「大丈夫だ。俺はここにいる」
頻りに頭を抑え、肩で息をするソーマの背中をさすってやる。
ソーマは俺を見ると一瞬信じられないようなものを見るように目を見開いたが、今はどちらかというと安堵したかのように表情の緩みが垣間見える。
……さて、ソーマは落ち着きを取り戻しつつあるがまだ目下の課題が残っている。
「投降しろ、被験体E-57」
「……っ!」
俺とソーマの様子を眺めていたアレルヤに目を向ける。
眼光は鋭くしたつもりだが、銃を突きつけなかったからかアレルヤは口を開いた。
「貴方は……」
「……レイ・デスペア。アロウズだ。もう一度言う、投降しろ。今なら手荒な真似はしない。最低限の睡眠が取れるくらいは取り合ってやる」
目の下のクマを見つけたので一応それもダシに使う。
世界を敵に回したソレスタルビーイングのメンバーが人権を考慮してもらえるとは思わないが、上層部だってまだ聞き出してない情報が山ほどある筈だ。
なら死なない程度の睡眠くらいは問題なく通るだろう。
だが、アレルヤは俺の言動に疑問を抱いたのか訝しむ。
「ど、どうして僕のことまで考慮を……」
「別に深い意味は無い。ただ、お前がそこにいると彼女が苦しむ」
「……っ!」
アレルヤの視線がソーマへと映る。
未だにソーマは激しい頭痛でも感じるのか、立ち上がれずにいた。
さっきまでソーマの近くにいたのはアレルヤだけだった。
ならば自ずと原因はハッキリとする。
元超人機関出身者ならば尚更だ。
「だから、連行させろ。そして速やかにソーマと距離を置いてもらう。銃口を突きつけられる方が好みならそれでもいいが……」
懐から拳銃を取り出して引き金を引く。
だが、銃弾は狙いが外れてアレルヤには当たらなかった。
「下手なんだ。射撃は」
「……なるほど」
俺が銃を構えて咄嗟に身を庇ったアレルヤが納得したように銃弾の消えた後方を見遣る。
そして、またソーマから俺へと視線を交互に行き来させ、何故か安堵したように表情を少しだけ緩ませた。
「……貴方は優しい人だ」
「人によるな」
どういう訳か俺の評価を高くしてきたから適当に返す。
銃弾外して褒められても微妙な気持ちだ。
恐らくだが、収監中に会った軍人達と比べてるんだろうが知ったこっちゃない。
アレルヤは苦しみながらも必死に俺の服の裾を掴むソーマを見て懲りずに尋ねてきた。
いい加減投降しろっての。
「彼女……マリーと貴方は一体…」
「マリー?」
誰だそれは……。
急に知らない奴の名前が出てきた。
恐らくソーマのことを指してるんだろうが……なんでマリーなのかはよくわからん。
この二人、俺が知らないだけで関係性でもあるのか?
まあとにかく敵に深く答える気もないが、差し障りのないことは言っておくか。
「彼女とは昔、仲間だった」
「……っ」
ソーマの裾を掴む手に力がこもる。
……分かったよ。
「今も仲間だ」
「中尉…」
付け加えるとソーマが精一杯俺を見上げる。
少し嬉しそうだ。というよりは安心に近いか。
とにかく頭痛は収まりつつあるみたいだな。
まだ時折チラつかせるように顔を顰めるところを見ると完璧ではないが。
「マリー……」
アレルヤが俺に縋り付くソーマを見てまた違う名を呟く。
だから、一体誰なんだよマリーってのは。
「おい、いい加減投降しろ。じゃないと――」
「投降しろ!被験体E-57!!」
「……っ!」
言ってる傍から増援が駆けつけた。
やって来るなり発砲した男性隊員が俺達の元につく。
アレルヤは銃弾から必死に逃げ惑い、壁影に身を隠した。
「中尉、大丈夫ですか!?」
「アンドレ…イ、少尉……」
決してアレルヤへの警戒を解かずにソーマへと寄り添う男性隊員。
ソーマは微かにその名を口にする。
アンドレイ、って言ったな。
どこかで聞いたことが……あぁ、思い出した。
『ヴェーダ』のデータバンクで偶然見つけ、名前が気になって調べたことがある。
アンドレイ・スミルノフ。
セルゲイ・スミルノフ大佐の実の息子だ。
「貴官はアンドレイ・スミルノフ少尉か」
「あぁ、はい…。貴方は?」
「レイ・デスペア大尉だ」
「大尉、失礼しました」
「別にいいさ」
礼儀はしっかりしているようだ。
階級を知るや否や即座に敬礼してくれた。
だが、何かを思い出したのか怪訝そうな表情に変わる。
「しかし、大尉の名は今回の作戦に乗っていなかったような……」
「あぁ。今さっき合流したんだ、悪いな」
「いえ。そうでしたか。それで何故ピーリス中尉はこうも苦しんで……」
「それは俺にもわからん。脳量子波が関連しているとは思ったが、真実はなんとも。それより、今は被験体E-57の確保を優先する」
「了解です!」
ソーマを庇いつつ俺も仕方なく銃を抜く。
不自然だからな。
しかし、アレルヤ・ハプティズムは姿を隠したまま出てこない。
俺の推測が正しければ時間制限はある筈だが……。
見たところ電撃作戦っぽいしな。
相手は武装がない。
ここは強行でも一向に構わないが―――という思考が過ぎったと同時に近くで爆炎が落ちた。
「……っ!?なんだ!!」
「味方機が……っ!」
窓から見える残骸の中にジンクスIIIと思わしき金属片が見当たる。
セラヴィーにやられたのか……!
クソッ、ソーマが気になって強行突破してきたが、そういえば戦場を放ってきたんだった。
ソーマの様子を見てそっちに気がいってしまった。
見渡す限り戦況は良くない。
出現したモビルスーツ部隊は全てジンクスIIIで構成されていて、アヘッドに乗るほどの手練れがいない。
施設に近付こうにもセラヴィーに墜とされ、距離を取るとケルディムに撃ち抜かれる。
よく出来た陣形、不利な状況だからか現在進行形で次第に味方の数が減っていった。
「このままじゃ全滅も視野に入る…!」
「デスペア大尉、あのアヘッドは大尉のものですか?」
「あ、あぁ」
「では戦闘に加勢を。ここは私にお任せ下さい」
「……分かった」
気の利くアンドレイの一言に頷く。
正直、ここに居ても被験体E-57の捕獲の役に立てそうにはない。
それに、居合わせただけとはいえ、今いるアヘッドのパイロットは俺だけだ。
戦況的に俺が戦闘に加わるのが賢明な判断だ。
ただ、立ち上がろうとするとソーマが裾を強く引っ張るせいで動けない。
「ソーマ?」
「……いで」
「えっ?」
いつもの凛とした表情ではなく、不安に押し潰されそうな表情でソーマが何かを呟く。
必死に裾に力を込めるのは分かったが言葉をよく聞き取れなかった。
「行か、ないで……」
「ソーマ……」
弱々しく俺のことを見つめるソーマ。
三国家群の合同軍事演習前に見た不安そうなソーマと同じ、失うことを恐れる気持ち。
脳量子派で流れてくる。
……外も気掛かりだが、そんなソーマを払って行くことはできない。
いつかの『約束』を破ってしまった後ろめたさ。
それだけじゃない。
できるだけそっと、服の裾を掴むソーマの手に触れた。
「大丈夫。俺はもうどこにも行かない、ソーマを1人にはさせない」
「デスペア…中尉……っ」
再度屈み、ソーマの華奢な手を俺の手で覆う。
そして、不安に揺れるソーマの瞳を真摯に見つめた。
「だから頼む。仲間を助けたいんだ。行かせてくれ、ソーマ」
「し、しかし……っ」
頭痛に顔を顰めながらもソーマが何かを言い掛ける。
それと同時にまたしても背後で爆発音が響いた。
窓からは、セラヴィーの粒子ビームが目に映る。
あまり悠長にしている時間はない。
忍びないが、ソーマにとって核心をついた言葉を選ぶことにした。
「……今度こそ。俺に『約束』を守らせてくれ」
「……っ、やく…そく…」
ソーマが嬉しような複雑なような感情の変化を見せる。
前者は覚えていたことに対する喜び、後者は『1度目』を思い出したんだろう。
そんなソーマを見ると心が痛い。
約束をダシに使うなんて……我ながらズルい大人になった。
いや、年齢的には大人ではないが。
なににせよソーマがやっと裾から手を離した。
「帰ってこなかったら、私も……」
「それは困るな」
とんでもないことを言い出すソーマに苦笑いで返す。
するとソーマは頬を少しだけ赤く染めて俺を睨んだ。
「さっき……1人にしないと言ったはずだ」
うっ。
痛いとこを突くな…。
でも、言ってしまったものは仕方ない。
自分の言葉の責任は取らなくちゃな。
特にソーマに対しては。
「……分かったよ」
「ならば、行っても構わない……」
「ありがとう、ソーマ」
「……っ」
微笑んで礼を伝えるとソーマは顰めた表情に戻してそっぽを向いた。
ちょっと不器用な笑みだっただろうか。
「アンドレイ少尉、ここは任せる」
「り、了解です」
気まづそうにしていたアンドレイ少尉にソーマのことと被験体E-57の確保を一任する。
承諾したのを確認して、立ち上がる。
アヘッドのコクピットに向かう前に向こうの壁際を確認した。
「……マリー」
アレルヤ・ハプティズムがソーマから俺へと視線を移す。
何か言いたげだったが、俺は一瞥するだけで無視した。
悪いが構ってられるほど暇じゃない。
すぐにコクピットに乗り込む。
「デスペア中尉……」
「俺達はまた会える」
「……ええっ」
腰を下ろし、微笑みかけるとソーマも精一杯の微笑を返してきた。
そんなソーマの笑顔を遮るようにコクピットハッチが閉まり、今度はメインカメラの捉えるモニターにソーマが映る。
もう破ることできない『約束』を交わした。
――仲間を救い、絶対に彼女の元に戻る。
『必ず戻ってくる。必ず…!』
ヘルメットを被り、バイザーを下ろして目付きに力を込める。
アヘッドの四つ目が輝き、施設から離脱するアヘッドから、離れていくソーマを見つめた。
それを振り切るように戦場に視線を戻す。
『アヘッド。レイ・デスペア、出る…!!』
機体が浮き上がり、めり込んでいた施設から離脱。
GNバーニアの推力で空高く飛び上がった。
戦場を一望できる高度まで飛翔する。
『……っ!!』
左下から高濃度の粒子反応……!!
眼下の施設方面に目を向けると極太の粒子ビームが飛んできた。
アヘッドの肩部のスラスターを単一で噴射して左回転で避ける。
『ツインバスターキャノンが躱された!?』
『セラヴィーか!!』
施設前に構えるセラヴィーが両肩のGNキャノンIIにシングルバズーカモードのGNバズーカII2挺を連結させて、俺のアヘッドを見上げている。
ティエリアのやつ、不意打ちで決めにきやがった…!
危なかったぜ。
今のは自分でも思うがよく回避できた。
だが、束の間もなく別方向から粒子ビームが迫る。
『20km以上離れている!これは、狙撃……っ!』
粒子反応の方角から相手の位置を特定しつつ、反射で回避する。
『嘘だろ、おい…!?』
陸地面で施設を囲む崖から姿を現した濃緑色の機体を発見、ケルディムか。
狙撃に使用したと思われるスナイパーライフルを手に持っている。
レナから貰った情報から察するに恐らくGNスナイパーライフルII。
デュナメスのもの違って、折り畳んでバルカンにも使えるとか。
近距離、中距離、遠距離全てに対応できるとは厄介極まりないな。
『次はこっちから行かせて貰う…!』
セラヴィーの粒子ビームを回避し、GNビームライフルでケルディムを狙う。
ケルディムは俺の射撃を避けることに専念し始めた。
どうやら同時並行で反撃する技術はないらしい。
パイロットはニール・ディランディではないな。
『突撃する!』
『なっ…!』
セラヴィーの射程から抜け出し、ケルディムに接近する。
恐らくパイロットはニール・ディランディの弟であるライル・ディランディ。
『ヴェーダ』のデータバンクに、ニールの次の候補として挙げられている。
その実力は、
『はあっ!』
『ぐあっ!?』
間合いを詰め、GNビームライフルによる射撃でケルディムの装甲を削っていく。
粒子ビームを食らったケルディムはどうやら装甲パーツのおかげで致命傷にはならなかったようだが、小破して煙を上げ、高度が降下していく。
さらにGNビームサーベルを抜刀してケルディムへ推進した。
『はあああああああーーっ!!』
『しまった…っ!』
GNビームサーベルを振りかぶりながら、無防備なケルディムへと迫る。
このままGNスナイパーライフルIIを奪う!
『させない!!』
『くっ……!』
いいところで邪魔が入った。
ケルディムとアヘッドの間合いに粒子ビームが連射される。
発射元はセラヴィー、ティエリア・アーデ。
そして、セラヴィーはGNバズーカIIを二門構えながらこちらへ向かってきた。
『僕が仕留める!セラヴィー、バーストモード!』
『クソッ!』
セラヴィーの背部にある巨大な顔が十字型の赤い光を放つ。
GNバズーカIIを2挺ドッキングさせたダブルバズーカにし、バーストモードを解放してきた。
そして、セラヴィーが球状の粒子ビームを俺のアヘッドへと撃つ。
『そんなもの当たるか…!』
肩部のスラスターを再度噴かせ、今度は降下して避ける。
バーストモードによる球状の粒子ビームは空の彼方へと消えていった。
――が、俺が視点をセラヴィーへ戻すと奴は機体の前方に粒子圧縮用の小型GNフィールドを展開し、四門あるGNキャノンIIにエネルギーを集束させていた。
連続砲撃かよ……っ!?
『クァッドキャノン!』
『しまった、避けられない!?』
集束したエネルギーが溢れんばかりに充填される。
瞬間、セラヴィーがGNキャノンII四門を用いた広範囲の粒子ビームを放ってきた。
威力はさっきの方が上だが、クァッドキャノンの方が射程が広い!
バーストモードの砲撃を避けた後じゃ、回避が間に合わない…っ!
『クソ、こんなところで―――っ!!』
諦め半分で悪態を付きつつ思い出す。
そうだ、今日の戦いはいつもとは違う。
負けられない。
死ぬなんて以ての外!
生きて、帰る…!また会うんだっ!!
『死ねるかぁぁぁーーーー!!』
俺の瞳が金色に輝き、重心という概念を捨てる。
進行方向と高度は変わらず位置だけが左右にずれることでクァッドキャノンの射程から外れる。
『なに!?』
『今だ!二個付きを狙えっ!!』
『まさか…!』
ティエリアも勘づいたらしい俺の狙いは元からセラヴィーを施設から離脱させることだった。
ソレスタルビーイングが攻めてきてから290秒。
奴らの電撃作戦の上限がいつまでかは知らないが、セラヴィーという護衛がいない今、パイロットのいないダブルオーを破壊する
『き、貴官は……』
『レイ・デスペア大尉だ。これより
『……っ!了解!』
突然ガンダムとの交戦を繰り広げたアヘッドに驚いていたのか、呆けていたジンクス部隊に指示を飛ばす。
空に残る小隊二つのジンクスIIIがGNランスを手に動かないダブルオーへと向かった。
『くっ……!行かすわけには……っ』
『お前の相手は俺だ!』
『ぐあっ!?』
『うおっ!気付きやがった……!?』
小隊を阻もうとするセラヴィーに最短コースで蹴りを入れる。
ついでにケルディムが射撃体勢に入っていたので、GNビームライフルで牽制しておいた。
『このスピード……っ!
『今更気付いてももう遅い…!』
『そんなことは―――なにっ!?』
ダブルバズーカによる至近距離からの砲撃を躱す。
右に重心を置く振りをして、推進すると見せ掛けて急変更したフェイントを掛けた。
左からセラヴィーの背後に回り込む。
『はあっ!』
『あぐ…っ!?』
粒子ビームもGNビームサーベルもGNフィールドを張られちゃ効きやしない。
だから、鉄拳を無理やり振り返らせたセラヴィーの腹部にねじ込んだ。
『もう一発!!』
『うぐっ!?』
間髪開けずに衝撃を貫通させ、あとは蹴る…っ!!
『がぁぁーーーっ!?』
『貰った……!』
蹴り飛ばし、さらに追撃としてGNビームライフルを構える。
照準をセラヴィーに合わせて粒子ビームを叩き込んだ。
しかし、GNフィールドに阻まれる。
『くっ…、なんとか間に合った!』
『チッ!この程度じゃ対応できるか…!』
少し痛めつけが足りなかったようだ。
コクピットに負担を掛けてティエリアの余裕を無くしたつもりだったが、満身創痍でもGNフィールドを展開しやがった。
前にも思ったが、案外往生際が悪い!
敵だとそれなりに厄介だ。
『うわあああああああああーーーっ!?』
『……っ!?』
突然、断末魔が通信で響く。
眼下を見下ろすとジンクスIIIが2機爆散した。
―――そして、爆炎の中から飛び出したのはツインドライヴを有する【ダブルオーガンダム】と二対のウイングを有する【アリオスガンダム】。
機動性の高い2機の奇襲に圧倒されてジンクス部隊は散開していた。
そのせいで奴らは一直線に俺の元へ向かってくる。
『よ、4対1……っ!』
『ロックオン!』
『まったく……人使いの荒いこって!オーライ、分かってるさぁ!』
『……っ!』
小破したケルディムとセラヴィーが互いにGNスナイパーライフルIIとGNバズーカIIの銃口と砲門で俺のアヘッドを捉える。
GNキャノンIIも含めた七門から放たれた粒子ビームの挟撃はかろうじて当たらず、後退して射程から離れた。
『くっ…!』
『ダブルオー、目標を駆逐する!』
だが、スラスターを噴かせて前進した先にはGNソードIIを構えたダブルオーガンダムが迎え撃つ。
その背後にはアリオスが続いている。
駄目だ、この2機を切り抜けるビジョンが見えない……っ!!
『クソッ!』
『なっ!?いつの間に……!』
予備動作なしで粒子ビームを放ってきたダブルオーの進撃を避ける。
刹那・F・セイエイからすれば反応できなかったようで、驚愕した声が漏れて聞こえる。
だが、ダブルオーを回避した俺の前にGNビームサーベルを抜刀したアリオスが斬りかかってきた。
『くっ……!』
こっちもGNビームサーベルで迎え撃ち、ビーム刃が衝突する。
コクピットにいるアレルヤ・ハプティズムがどんな気持ちで俺に斬りかかってきたのかは知らないが、何処か押しが弱い。
これなら押し返せるかもしれない――と考えたと共に背後から照準がロックオンされたのをEセンサーが教えてくれた。
『……っ!』
危機を感じてアリオスから離れようとしたが、さっきまでやる気がなかったくせに突然腕を掴まれて捕えられた。
あいつ、急にやる気に――!
『狙い撃つぜぇ!!』
『しまっ――っ!』
GNスナイパーライフルIIの銃口からアヘッドのコクピットを的確に狙った粒子ビームが放たれる。
アリオスに押されられてるせいで動けない!
弾道は完璧だ。
素人じゃなかったのかよ……っ!
『くっ、すまない!ソーマ……っ!』
『……っ』
死を覚悟して約束を果たせないソーマに謝ると、アリオスの手が離れる。
さらにEセンサーが遥か上空から急速に接近する機影をキャッチし、機体はアヘッドに迫る粒子ビームをGNシールドで防いだ。
アリオスにも驚いたが、割り込んできた機体にはさらに驚いた。
俺の前に現れたアヘッド。
このアヘッドは―――。
『ネルシェン・グッドマン……!』
『気安く名を呼ぶな』
モニターにいつもの仏頂面が表示された。
ネルシェン機のアヘッドはケルディムの狙撃を防ぐと同時にGNビームライフルで俺の背後にいるアリオスを除く3機のガンダムを散らす。
なんか既視感ある光景だな……。
『手こずっているようだな』
『あ、あぁ』
3機のガンダムに対して俺のアヘッドを守るように敵と睨み合うネルシェンのアヘッド。
どういう訳かネルシェンが割り込むと一定の距離を取って敵機が沈黙している隙に俺達はGNビームライフルからバレルとGNコンデンサーを取り外す。
こうすることでアヘッドのGNビームライフルはGNビームサブマシンガンになり、威力は下がるが速射性が上がるのだ。
『さぁ、どう来る…?』
『フォーメーションγ-33でまずは敵機を分断する』
『……了解』
有無を言わせない命令に頷く。
何というか、いつの間にか受け身な体勢に入っていた俺と違って、ネルシェンはこっちから相手のペースを崩しに行こうとする。
一瞬の判断で真逆の性格が分かるんだな…。
『なに?』
背にあるバスターソードに手を掛けてネルシェンが顔を顰める。
上空にいたガンダム3機が突如背を向けて撤退行動をし始めたからだ。
アリオスも俺達を大きく旋回して後に続こうとする。
俺には、奴らの行動の意味が分かった。
『今回奴らが仕掛けてきたのは電撃作戦だ!時間通りに逃げられるぞ!』
『……っ。そうか。あくまで仲間の……パイロットの補充が目的か。ならばここで数を減らすことに意味がある。奴らを妨害する』
『分かった…!』
ネルシェンがバスターソードを俺に投げ渡し、GNビームサーベルを抜刀する。
俺はバスターソードを受け取る時には既にアリオスとの間合いを詰めていた。
『ここで墜とす…!!』
『……っ!』
推進方向の真正面から横薙ぎにバスターソードを振るう。
刀身は確実に胸部を捉えた。
……アリオスが飛行形態に変形し、バスターソードの起動をすり抜けなければ。
『可変機だと!?』
『【羽付き】の後継機か…!』
俺が驚愕に目を見開く間にネルシェンがアリオスの正体を看破する。
そうか!
『羽付き』のパイロットだったアレルヤ・ハプティズムの機体という時点で気付くべきだった……っ!
『ネルシェン!』
『私に命令するな!!』
『くっ……!』
飛行形態に変形したアリオスに対してネルシェンがGNビームサブマシンガンで後を追うように追撃する。
だが、アリオスは空を自由に飛び回り全弾回避する。
『やはり機動力に長けた機体か…!』
『狙い撃つぜぇ!!』
『圧縮粒子、解放……っ!!』
『ネルシェン……!』
『ぐっ…!?』
アリオスに照準を合わせて射撃体勢だったネルシェンのアヘッドに、ケルディムとセラヴィーからの粒子ビーム砲撃をバスターソードを投げ当てて機体を弾き飛ばすことで起動から逃れる。
俺の行動にさすがのネルシェンも驚いたようだが、GNシールドを咄嗟に構えたおかげで勢いだけを利用することができた。
『なんだそりゃ!?』
『馬鹿な……っ!くっ…、なににせよ!アレルヤ、今のうちに撤退する…!』
『……了解!』
驚愕に包まれるライル・ディランディとは逆に、驚きながらも冷静さを維持したティエリア・アーデによってアリオス共にガンダムが戦線から離脱していく。
『行かせるな!』
『分かっている…!私に命令するな!!』
GNビームサブマシンガンの弾圧で彼らを追うが、高機動やらGNフィールドやらで弾丸は通らず、俺とネルシェンのメインカメラが映すモニターからはガンダムの姿も次第に小さくなっていった。
そして、完全にセンサーから消える。
『クソッ!すまない、また俺のミスだ……』
『いや、今回は私だ』
『え?』
いつもの如く責められると思って謝罪したが、珍しく否定された。
それどころかガンダムの去った方を見遣りながら自分の責任だという。
どういう風の吹き回しだ?
『ガンダム4機に対する対策を怠ったのは私だ。新型が2機、一方は被験体E-57か。この段階で5年前と同じ頭数が揃うことを予想できなかった私に落ち度がある。これについては弁解の余地はない』
『そ、そうか。まあ数の利はあっちにある。初戦は仕方ないさ、次で挽回しよう』
『当然だ』
珍しく認めるもんだから何故かフォローしてしまった。
返しにはバッサリと切られるっていう……なんだこれ。
ま、こういう日もあるか。
『それより被害を確認する。貴様、分かるか?』
『……分かるけど』
なんとも切り替えの早いこって。
反省とか一瞬だったな。
多分口出ししてもまた険悪な雰囲気になるだけだろう。
ここは我慢してスルーが正解だ。
問われたことに整理した情報を返す。
『正直言ってあまり褒められた戦果ではないな。
『なに?どういうことだ…?』
ネルシェンが耳を疑う様子で顰める。
まあ当然の反応だな。
『カタロンの襲撃も受けたんだ。そのせいで収監されていた捕虜の多くを取り逃した。さらにはガンダムのパイロットも奪取され、中東国の王妃なんてもんまで連れて行かれた』
『くっ……!確かこの作戦の指揮官はマネキン大佐だった筈だ。これでは申し訳が立たん……っ!』
『意表を突かれたんだ。仕方ない』
『それでも評価を下げられるのは周知の事実だ!』
『……だろうな』
恩人を無下にされるのは辛い、今のネルシェンからそんな想いを読み取るのは難しくない。
この作戦でのマネキン大佐の処遇はもはや火を見るより明らかだ。
まあ作戦失敗したんだから仕方ないのは仕方ないんだが、ネルシェンの気持ちも分からなくはない。
……なら少し助け舟を出すか。まあ、これが助け舟になるかはわからないが、自分の醜態でも今は晒してもいい。隠してた訳じゃないけど。
一応意味がある行為だったとはいえ、伝えておこう。
『グッドマン大尉』
『なんだ!』
『俺が作戦に参加したのは合流してすぐじゃない。事情があって戦闘に介入するのが遅れたんだ』
『なんだと…?』
ネルシェンが俺を睨む。
まあ耐えるさ。
『それをダシに使っていい。……あまり効果はないとは思うが』
『……感謝はせん』
『分かってる』
寧ろ非はある故にネルシェンも俺を軽蔑した目で見る。
だが、俺は今回の作戦に組み込まれていない。
一応責められる謂れもなければマネキン大佐を庇うには足りない。
それでもないよりはマシだろ。
『はぁ。まったく……』
眼下の戦場を見下ろす。
ガラクタと化したジンクスや半壊した施設。
拡大するとハッキリする死体の数々。
生体反応のしないコクピット。
そして、そこらじゅうにあるビーム痕。
戦禍の跡が色濃く残っていた。
『こういうのを見てると、嫌になる……』
思わず目を瞑って目の前の光景から背けてしまう。
こうして囮作戦は失敗に終わった。
マネキンに対する暴言にネルシェンが食い掛かる。血縁の因縁が燃える中、レイの隣には彼を想う少女が彼の想いを聞く。
次回『戦う理由』
戦いは、恒久和平のために。