息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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死の恐怖

人革連の訓練施設。

汗を撒き散らし、スミルノフ中佐と拳を交える。

 

「甘い…!」

「ぐあっ…!?」

 

スミルノフ中佐の拳を懐への侵入を赦してしまい、俺の顎へとめり込む。

鍛え上げられた鉄拳による衝撃に耐えられなかった俺は吹き飛んだ。

壁に背中を強打し、倒れる。

 

「うぐっ…。まだ、だ…」

「いや、終わりだデスペア少尉」

「――っ!」

 

顔を上げると目が合ったのは中佐の瞳ではなく銃口。

人を殺せる銃器を前に俺は硬直する。

またあの時のような『恐怖』が胸の奥から足先まで痺れ渡っていく。

 

「……っぁ」

「ここまでだな…」

 

スミルノフ中佐が引き金を引くが、弾は出ない。

予め知っていても中佐の気迫に思わず殺意が本物に思えてしまった…。

さすがロシアの荒熊、異名の由来は指揮能力だが彼の気迫は凶暴な熊と対峙した時と同じくらいだ。

いや、熊と対峙なんかしたことないけどな。

例えだ。例え。

 

「まさか貴官がここまでハードな訓練を申し出てくるとは思わなかったぞ…」

「は、はは…そうでしょうか…」

 

まだ震えが収まらない。

先程まで戦っていたからか、中佐の気が立っている。

怖い、いつ殺されるか信頼している人なのに恐れてしまう。

だが、だからこそ中佐に訓練を頼んだんだ。

 

「ガンダムとの交戦で何かあったのか…?」

「いえ…。えぇ、まあ…」

 

曖昧な返しをしてしまった。

相変わらず中佐は鋭い、軍人人生の賜物なんだろう。

中佐が訝しむのも仕方ない。

俺は中佐に訓練を付けてもらえるよう頼んだ。

だが、ただの訓練ではない。

殺す気で掛かって来てほしいと、お願いした。

もちろん殺しはしない。

出来るだけ『死の恐怖』を味あわせて欲しかったんだ。

 

別にそういう趣味じゃないからな。

俺は変態じゃない。

ちゃんとこの訓練には意味がある。

俺はガンダムキュリオス――アレルヤ・ハプティズムとの交戦の際、死を身近に感じた。

心のどこかでイノベイターであることで自信があったのかもしれない。

でもあの時そんなものは一瞬で崩れた。

 

イノベイターとか人間とかそんなのは関係ない。

ヒリングがアレルヤに殺される際に怯えていたようにイノベイターにも恐怖の心はある。

俺はそんな当然のことも考えずに無謀にもキュリオスに挑み、そして、死の恐怖に囚われた。

あの時ソーマと中佐が助けにこなければ俺はあそこで死んでいた。

確信して言える、冗談じゃない。

本当に死んでいた。

 

転生者だから、転生ものの主人公にでもなったつもりだったのか。

イノベイターであるから大丈夫と安心していたのか。

そんなものは全てキュリオスが粉砕した。

俺も戦えば死の可能性はある。

これから生き抜くためには『死の恐怖』を乗り越えるしかない。

リボンズに入隊を指示された時点でもう戦いからは逃げられないんだ。

イノベイドである限り俺は戦わなくてはならない。

死ぬのは嫌だ、怖い。

だから、強くならなければ――その為にも中佐の訓練は必要だった。

 

「中佐。俺は死ぬのが怖いんです。だから、死なないために強くならなければ…。お願いします。これからも俺を鍛えてください」

「少尉…」

 

心の底から頭を下げて頼み込む。

中佐は暫く考えた後、頷いた。

 

「……いいだろう。私の出来うる限りを尽くそう」

「ありがとうございます、中佐!」

「うむ…」

 

部下とはいえこんな無茶振りを承諾してくれる上司は早々いないだろう。

ただでさえ中佐の時間を割くのだ。

決して訓練を無駄にはさせない。

 

「少尉、貴官は何故戦う?」

「……?」

 

訓練を終えたので施設を去ろうとした俺の背に中佐が質問を投げかけてくる。

しかし、質問の意図を掴めない。

質問の内容そのものは理解できるけど何故このタイミングでその質問なのか。

まあよく分からないが中佐の質問だ、答えない訳にはいかない。

中佐の求める答えかは分からないが答えるために口を開く。

 

「もちろん、生きる為です」

「生きる…為…」

「ではこれにて失礼します」

 

中佐に敬礼して訓練施設を後にする。

残された中佐はさらに表情を曇らせていた。

 

「デスペア少尉…彼は軍人には向いていない。何故軍隊に…」

 

そんな中佐の言葉だけが訓練施設に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に射撃訓練を残し、一度モニターのある休憩室へと向かった。

モニターを見に行く時点でお察しだが毎度お馴染み原作の大きな出来事(イベント)がある。

今朝、モラリアとAEUが共同軍人演習をするとの情報が人革連にも入ってきた。

人革連というよりも俺に、だな。

巡りに巡ってやっと届いた感じだ。

まあ要するにAEUがモラリアに軍隊を派遣したのだ。

 

モラリア共和国。

ヨーロッパ南部に位置する国で、民間軍事会社PMCをバックに抱えている。

PMCは傭兵の派遣や兵士の育成、兵器輸送及び兵器開発、軍隊維持それらをビジネスとして行っている。

PMC、傭兵と聞けば誰しも最悪の人物を連想させるだろう。

そう、アリー・アル・サーシェスが所属している…というよりは雇われてるのか?

細かいところは分からん。

とにかくサーシェスがいる。

そんなPMCを優遇し続けて成長してきたモラリア共和国。

 

モラリアはソレスタルビーイングの影響で経済が破綻しかけている。

AEUはモラリアを救おうと重い腰を上げた。

まあ勿論裏がある。

AEUが宇宙開発に乗り出すにはモラリアのPMCが必要だ。

その為にもモラリアをここで失うわけにはいかないのだろう。

人革連やユニオンに宇宙開発で遅れを取っているAEUだ。

それだけ必死なのかもな。

人革連に所属してる俺からしたら足掻いているAEUを上から見下ろす気分だ。

まさに高みの見物だな。精々頑張れってか。

と、まだ動きのないモニターを眺めていると休憩室の扉が開いた。

入室してきたのは対ガンダム特設部隊の超兵、ソーマ・ピーリスだ。

 

「ソーマ、お前もモラリアの件を見に来たのか?」

「……いや、私は――」

「ガンダムだ!」

「おっ、さっそくお出ましか」

「……」

 

モニタールームに集まっている人革連の兵士の言う通り、ガンダムが登場した。

モラリアへと空を飛ぶ機影が4機、見てわかるほどに新装備が増えていた。

そういえばセブンソードとかあったな。

デュナメスも新装備のおかげで防御が厚くなった。

あれといつか戦うことになると考えると最悪だな。

 

しかし、100機近くのMS(モビルスーツ)相手に4機で蹂躙することになるんだからガンダムは恐ろしいな。

なんで俺は敵側にいるんだろうか。

普通転生するなら逆だろ。

まったく、配慮が足りないな。

 

「そういやAEUのエース、パトリック・コーラサワーやPMCの傭兵とかも演習に参加してるらしいな」

「そうか」

「……?興味ないのか?」

「今はあまりない」

「あぁ、そう」

 

なんかソーマが不機嫌だ。

年頃の女の子はよく分からないな。

さて、パトリックはいつも通り運良く墜落芸を見せてくれるだろう。

やっぱ注目すべきはPMC、サーシェスかな。

あいつはグラハムにならぶ凄腕だ。

それにサーシェスとの再会で刹那は見せてはいけないガンダムマイスターの顔を晒してしまうことになる。

流れを知っていてもちょっと楽しみだ。

できればマイスター達の喧嘩も見たいけどさすがに危険過ぎる。

 

ソレスタルビーイングが動き出したことにより、モラリアの130を超えるMS(モビルスーツ)との交戦が始まる。

エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェが散開し、それぞれモラリアとAEUのMS部隊を蹂躙。

パトリックが面白おかしく墜落していくのも見ることが出来た。

確か今回はスメラギ達から直に指示を受けている筈。

そのおかげかガンダムの動きはとてもしなやかで順調だ。

これはモラリアの負けも時間の問題だな。

 

「一方的、ガンダムの優勢は揺るぎないみたいだ」

「……」

「どうした?さっきから黙ってばっかで」

「別に」

 

随分と冷たい。

こりゃちょっと様子がおかしいな。

ソーマはなんでこんな怒ってるんだ?

そもそも怒ってるのかどうか。

一応尋ねてみるか。

 

「なんでそんな不機嫌なんだ。何か気に触ったか?」

「なんでもない」

「頑なだな…」

 

中々機嫌を損ねているようだ。

この時期のソーマはまだ超兵としての考え方で戦争に興味を示さないことはないと思うんだが、モニターを見てるようで見てない。

これは相当ご立腹だ。

なんとかしないとな。

戦争を見るより信頼関係を優先するとしよう。

 

「ほらよ」

「……?」

「ホットココアだ」

 

休憩室で用意できる飲み物をソーマに手渡す。

色が少し黒めだからか、この前のブラックコーヒーを思い出してソーマが顔を顰めた。

まだ気にしてるのか。

愛いやつめ。

 

「この前飲んだやつとは違うから安心しろ」

「あ、あぁ…。温かくて…甘い…」

「そうか」

 

一口飲むと美味しかったのか微笑むソーマ。

まだまだお子様だな、可愛いお年頃だ。

俺が1歳以下なのは気にしない方向で行く。

触れるな。

とにかく少しは話せる状態になっただろう。

ソーマが機嫌を損ねた理由も心当たりがある。

 

「さっき俺に何か言おうとしてただろ。そのことか」

「……私は少尉に用があった」

「あぁ、そう。何の用だったか教えてくれないか?」

「礼を…言いたくて…」

「礼?」

 

はて、感謝されるようなことをしただろうか。

あまり覚えがないな。

この際だ。

もう少し深く聞いてみよう。

 

「何についてだ」

「私のスーツに改良を申請したのはデスペア少尉だと聞いた。脳量子波の問題点に気付いたのは少尉だけだ」

「あぁ。なるほど」

 

どうやら超人機関の技術者に色々と聞かされたらしい。

俺がやつに論説した内容に技術者は随分と感嘆していた。

苛つく程にな。

ソーマもスーツの改良は聞かされた筈だ、というか聞かされた。

その時に話されたのだろう。

 

脳量子波で外部から影響を受ける場合について、ソーマと同類がいてもおかしくはない。

あくまで可能性、だが通常では有り得ないからこそ指摘されて気付く。

そして、そんな突飛なことを言ってきたのは俺だと技術者は喜んで話したそうだ。

まったく。要らないことをベラベラと話してくれる。

興奮しているとはいえ口が軽すぎるだろう。

 

「デスペア少尉は知らないうちに私を痛みから守ってくれていた…。それを知った途端何故かデスペア少尉に礼を言いたくなった」

「そうか。それでわざわざ言いに来てくれたのか」

「あぁ」

 

自分でもよくわからない気持ちのまま俺のところまで来たのだろう。

まだまだ心が未熟な分率直なんだ。

でも肝心の俺が話を聞いてくれなくて拗ねたと。

いつもなら可愛い話だなで終わるかもしれないが。

ソーマの目線になると悪いことをしたと思う。

だから、素直に謝ることにしよう。

 

「悪かった。気付いてあげられなくて」

「大丈夫だ…私が少しおかしかった。なんでこんな事で機嫌を悪くしてしまったのか…私自身分からない」

「いいんだ、それで。機嫌を損ねていいんだソーマは」

「そうなのか…?」

「あぁ」

 

ソーマの頭を撫でてやる。

自然と肩を寄せ合い、頭を預けてくる。

暫くするとソーマが俺に微笑んだ。

 

「ありがとう、デスペア少尉」

「どういたしまして」

 

ソーマと仲直りしている間に戦争は終わり掛けていた。

モラリアとAEUのMSの半数を撃破したガンダムがモラリア側の司令部前に突如現れ、防衛に徹したMSも全滅。

たった5時間でモラリアは無条件降伏をした。

ちなみにスミルノフ中佐は別の休憩室で見ていたらしい。

 

それにしてもソーマは少しだけ感情が豊かになってきた気がするな。

時期的に早い気がするが原作改変か?

そういえばモラリアの戦争の結果は変わっていない。

前回のタオツーの性能実験で重力ブロックの事件がなくなり、改変がソーマに表れたか。

もしくはスーツの改良の先決が影響したのかもな。

どちらにせよソーマが苦しまなくて良かった。

 

モラリアの無条件降伏を見届けて訓練へと戻った。

偽造の履歴と違って俺は優秀じゃない。

既に一つ見つけているように問題点も多い。

中佐の期待に応えるためにも、部隊の足を引っ張らないためにも訓練は欠かさずするべきだ。

ソーマと別れてティエレンに乗り込むとシミュレーションを始める。

折角だ、AEUのイナクトとかを相手にしよう。

訓練内容は射撃。

苦手分野だ。

 

「さてと…」

 

端末を操作しつつ訓練を始める前にある人物に通信を試みる。

キュリオスとの交戦を経て俺も反省した。

今まで通りの訓練じゃダメだってな。

一向に当たらない射撃訓練をするより指導して貰った方がいい。

さすがにまた中佐に頼むのは気が引けるのでもっと気軽に頼める相手にした。

 

『やあ、どうも。まさか君から連絡が来るとはね…』

「悪いな。ちょっと頼みたいことがあったんだ」

『構わない。君の悩みを解決できるのは同じ存在である僕らだけ、頼るのは当然の結果さ』

 

相変わらず人間を見下してるなぁ。

俺が元人間だと知ったらどんな顔するだろうな。

と、通信が繋がった相手はリヴァイヴ・リバイバル。

俺の同類、イノベイターだ。

同類であるからか頼みやすいと思ってリヴァイヴを指名した。

 

リヴァイヴは宇宙へ急行するプトレマイオス2の上昇角度を狙撃でずらした凄腕の狙撃手だ。

まあガデッサの性能とマイスタータイプのイノベイターの能力のおかげといえばそれまでだが、少なくとも能力や才能だけじゃない筈だ。

経験と技術があってこそあの狙撃は完成する。

イノベイターの能力にだけ頼ってキュリオスと戦った俺だから分かることだ。

そう考えるとリヴァイヴの言う通り、お互いを理解し合えるのは同類(イノベイター)だけなのかもな。

なんて極端か。

 

『それにしても何故僕が狙撃を得意としていることを知っているんだい?君には話した覚えがない』

「直感だ。俺達はなんだ?」

『……ふっ。マイスタータイプのイノベイター、そういうことか』

「そういうことだ」

 

やはりリヴァイヴには上位種であるという認識を上手く使うのが効果的だな。

めんどくさい時はこの方法で納得させよう。

それにしてもチョロい。

 

「指導、頼めるか」

『任せて欲しいね。僕の実力を君も見ておくといい』

「はは。実際やるのは俺だぞ」

 

自信満々だな。

これは期待できる。

さっそくシミュレーション機能を起動させてリヴァイヴに射撃を見せた。

一度見ておいた方がいいと思ってリヴァイヴも承諾したのでやってみたが…これまた綺麗に全弾外してしまった。

頼んでおいてなんだがちょっと恥ずかしくなってきた。

 

「ど、どうだ…?」

『……』

 

恐る恐る尋ねてみるが返答なし。

というかリヴァイヴの顔が死んでる。

そんなにか、そんなになのか。

 

「なんとか言ってくれないか?」

『外し方が最悪。絶望的だ、すまないが僕には面倒見きれない。さようなら』

「は?お、おい…!」

 

音速で通信を切られた。

酷い言われようだったな…。

別れ際の言葉が恋人かよ。

はぁ…参った、結構頼りにしてた線が途絶えた。

どうしたもんか。

 

「はぁ…」

『たった今入ったニュースです。世界中で同時多発テロが――』

「……」

 

端末でニュースが流れる。

聞きたくなかったから訓練に戻ったというのに…。

リヴァイヴが通信を切ったせいで間違ってチャンネルを押してしまった。

あぁ、頭が痛む…。

きっとこれはテロから目を逸らそうとする俺への罰なんだろう。

また悪夢が始まった。


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