砂糖しかありません。
海に浮かぶベーリング級海上空母の艦内。
司令官に使われる一室で、俺とソーマはモニターに映るホーマー・カタギリ司令に処罰を言い渡された。
「自宅謹慎って……艦を降りろということですか!?」
処理の内容に思わず叫び返す。
対するカタギリ司令は険しい表情で視線を鋭くした。
『ライセンスがあるとはいえ、貴官は作戦を妨害した。これ以上作戦行動に参加させる訳にはいくまい』
「ですが……!」
『これでも処分を甘くしている。イノベイターである君を本当の意味で罰せれるのは私ではない。しかし、艦の格納庫を破壊し、カタパルトを片方使えなくしたことにより、MS部隊の発進で遅れが生じて作戦開始時間に支障が出るようになってしまった。これを何もお咎めなしとはいかないのだ』
「くっ……!」
確かに司令の言っていることは正しい。
味方に銃を向けた俺はどんな反論をしようとも非があるのは間違いない。
それに今後の作戦にも影響を出してしまった。
さらに、ガンダムを倒すための特別小隊が仕事をしていれば先の作戦も撤退する必要はなかった可能性もある。
それを含めると俺の失態は大きい。
だが、今ここで艦を降りるのだけはできない。
「司令!どうかもう一度だけチャンスをください!なんなら機体はジンクスでも、もっと旧世代のものでもいい。どうか……!」
『ならん。実の所、今回の君の行動をイノベイター側からも恒久和平実現を妨害する行為に当たると判断しているとの報告を受けている。処分も、如何ともし難いと』
「なっ!?」
リボンズ達が!?
いや、いつかこの日は来ると思っていた。
俺のやり方ではやはり時間が掛かりすぎる。
だが、あまりにも早すぎる。
こんな早期とは予測もしていなかった。
とにかくリボンズ達が俺の行動を否定しているとなると処罰を飲み込むしかなくなった。
クソ!こうなったら仕方ない。
隣で俺を心配そうに見つめるソーマを一瞥して再度前に出る。
「しかし、司令。ソーマは……我が隊の隊長は格納庫を壊してもなければ、ましてやカタパルトを使用不可に陥らせてもいません!なぜ私と同じ処罰に下されなければならないのです!?」
「デスペア大尉……」
ソーマが目を見開いて一層俺を見つめる。
しかし悪いが別に庇ったわけじゃない。
これだけはしたくなかったが、俺が艦を降りることを避けられないのならば後をソーマに託そうと思った故の行動だ。
頼めばソーマをより危険に及ぼすことになる。
だが、二人とも艦を降りるわけには行かない。
せめて事情を理解しているソーマに暫くの間、俺の代わりを担ってもらいたい。
もちろん貸しを作ってでもジニンにサポートを頼む。
確か今日は
もし無理ならダメ元でもいい、ネルシェンかブシドーに頭を下げる。
なんなら土下座をしてもいい。
土下座という謝罪法は己を犠牲にすることで頼み事においても頂点に君臨するのだと『ヴェーダ』に記載されていた。
『駄目だ』
「なぜ!?」
しかし、カタギリ司令は首を縦に振らない。
『ピーリス大尉は貴官の作戦妨害行動を支援していたとの報告を受けている。よって、彼女も命令違反の罪で処罰とする。尤も貴官も理解している通り、母艦の損傷には関与していない故、デスペア大尉と同じ処罰に留めている』
「そんな横暴な……っ!」
『横暴ではない。証言があると言った』
「信じるのですか!」
「大尉!いい加減にしろ!」
マネキン大佐に叱責を受けるが気に止めない。
さらに身を乗り出した。
だが、カタギリ司令も既に俺の言葉に答えようとはしなくなった。
ただ冷静に淡々と手を組む。
『これ以上は受け付けん。下がれ、デスペア大尉』
「しかし!せめてピーリス大尉の誤解だけは――」
「いえ。司令の仰る通りです。此度の失態は一重に自分に責任があります。超兵として、あるまじき行為でした」
「ソ、ソーマ?何を……」
突然ソーマが俺を遮って処罰を受け入れた。
それどころか責任を全て背負い、猛省している。
それにいつもと様子が違う。
今のソーマは最初に会った頃にどこか既視感がある。
『ふむ。認めたのはいいことだ。だが、両者共に庇えはしない。謹慎中、頭を冷やして来ることを命ずる』
「はっ!」
「……了解」
まだ食い下がれないが、ソーマが潔く敬礼してしまったので今更口を開くこともできない。
こうして俺も渋々艦を去ることになった。
カタロンの軍事基地を叩く事に成功したアロウズ。
ソレスタルビーイングの横槍が入ったことにより、一度態勢を立て直した。
そして、絶対にこのままでは終わらない。
打撃を与えたからこそカタロンを追い込む
作戦はそう間のないうちに決行されるだろう。
「そんな時に艦を離れるなんて……」
四時間程のフライトを済ませて陸地に到着した俺とソーマ。
さっきまで搭乗していた機体が空を飛翔して母艦へと戻っていくのを眺めてボヤく。
もちろん俺達は置いてけぼりだ。
謹慎という処罰はリボンズが俺と話し合うために戻ってこいとの意図ある指示だろうな。
「さて、モスクワまで来たがソーマはどうする?スミルノフ大佐の家だろ。大佐に連絡したのか?」
「いや……」
ソーマが俯いて答える。
やっぱりな。
「いきなり押しかけると迷惑になるぞ」
「……私は大佐の家にはお邪魔しない」
「じゃあ、どうやって乗り切るんだよ」
「それは…」
案なしか。
まあ俺も家なんてないから人のことは言えんが、どこかのベンチで夜を明かすつもりだろう。
さすがにそれは許容させたら大佐に怒られそうだ。
「仕方ない。俺と来るか?」
「え?」
意表を突いたのか表情を暗くしていたソーマが思わず俺を見上げる。
だが、すぐさま視線を背けた。
なんともわかりやすいな。
「遠慮する。私に構わなくていい」
「そうはいかないだろ。なんなら大佐には俺から連絡して―――」
「やめろ!!」
懐から取り出した端末がソーマの払った手で地面に転がる。
さらにソーマは思い詰めたものが爆発するように勢いのまま叫び続ける。
「これ以上大佐に甘えるわけには……っ!そんな資格が私にある訳がない!ある訳が……っ!!」
「……少し場所変えるか」
意思で止まれなくなったソーマの言葉を俺が遮る。
すると、冷静になったソーマは何を口走っていたのか気付いたらしく閉口する。
その視線は俺の拾うヒビだらけの端末に流れ、バツが悪そうに顔色を悪くした。
「あっ……私…っ」
「これの事はいい、気にすんな」
土を払って端末を回収し、すれ違いさまにソーマの頭に軽く触れてやる。
母艦から回収した荷物は一週間をローテーションで過ごせる分の重みがあった。
俺とソーマの二人分に手を掛ける。
「デスペア大尉……」
「付いてこい。置いていくぞ」
「あ、あぁ」
荷物を二人分持って先に歩みを進めていく。
ソーマは荷物を追って同行を余儀なくされ、渋々……といった訳ではなく、俯きながらも文句を言わずをに後を付いてきた。
大佐という選択肢を消せば本当に行く宛がないんだろう。
といえどもソーマの伝を全て網羅してるわけじゃないから一概には言えないけどな。
4年間のことはもちろんのこと、俺が去った後の『頂武』でソーマが誰と接していたのかも当然知らない。
俺が知ってるのはミン少佐をスミルノフ大佐同様尊敬していたのと、リンユー少尉とシイナ少尉に対して稀に接していたことくらいだ。
だが、特に後者については本当に数えられる程しか一緒に居るところを見たことがない。
だからソーマが他に言い出さないのであれば行く宛がないという結論に至るしかない。
「……」
「……」
無言で海岸線を歩いていく。
そういえばこうして二人で出歩くのも久しぶりだな。
というか5年振りか。
「それで、何があった?」
「えっ……」
唐突に切り出した俺にソーマが拍子の抜けた声をポツンと漏らす。
さっきまでは現場を離れたことで頭がいっぱいだったが、今は切り替える。
再会してからというもののソーマとあまり向き合えてなかった。
そのせいか、ソーマがこんなにも感情を表に出すまで気付いてやれなかった。
ほんと情けない話だな。
「何かあったからそんなに思い詰めてよそよそしいんだろ?まあ、話したくないならそれでもいいけどさ」
「それは……」
ソーマが言葉に詰まったのか歯切れの悪い間を残す。
俺の背を追うソーマの表情は窺えない。
振り返って見るつもりはなく、適当に視線を海に流していた。
まあ確認しなくても大体予想はつくが。
「デスペア大尉はあの掃討作戦について何も……何を感じた?」
絞り出すようにソーマが俺に尋ねる。
わざわざ訂正したのは俺が何も感じていないわけがないと思い至ったからだろう。
ソーマは俺が戦う理由を知っている。
それ故だ。
「そうだな……。俺は、俺の力不足を感じた。目の前のことばかりに囚われて、自分の立場を気にすべきだった。普段から俺が上手く立ち回れていれば手回しされることもなかっただろうな」
「だが、大尉が悪いわけでは……」
「ならソーマも同じだ」
「えっ?」
俺が立ち止まるとソーマも遅れて歩みを止める。
言葉を返されると思わなかったようでソーマは僅かに戸惑った。
そんなソーマに俺は続ける。
「司令に言ってたよな。超兵として、あるまじき行為だった……って。それに掃討作戦の帰投中も自分を責めていただろ。罰なのかってな。勝手な判断だが、今のソーマは俺と出会った頃に近いと感じている」
「出会った頃……」
「また自分のことを任務をこなすだけの、人を殺す為の道具だと思ってるんじゃないのか?」
「……っ!」
振り返るとソーマは意表を突かれて驚愕の表情で目を見開いていた。
図星だな。
「俺が約束を破ったから、もう忘れちゃったか?」
「ち、違う!そういうわけでは……」
「ならなんでまた自分を兵器だと思ってるんだ」
5年前。
俺とソーマが交わした約束。
俺が守れなかった『生きて帰ること』は、ただ道具のように任務を忠実にこなすのではなく、ソーマに人として生きて欲しいから願ったことだ。
だが、今のソーマは以前の頃に戻ってしまっている。
人であることを自然と否定しようとしていた。
「わ、私は……」
「スミルノフ大佐からの暗号文、だろ」
「どうしてそれを!?」
「意地悪して悪いな。俺の所にも頂武時代の暗号文が大佐から届いていたんだ」
「そ、そんな……っ」
ソーマが両手で口を覆い、悲しげに視線を逸らす。
大佐からの暗号文にはとんでもない事実が記されていた。
先のカタロンの軍事基地に対する掃討作戦。
あれは大佐の得た情報により、結構されたものだったと。
そして、俺に宛てられたメッセージにはソーマに寄り添って欲しいと切実に綴られていた。
「大佐……。まさか、デスペア大尉にまで声を掛けて……」
ソーマには簡単に予想がついたらしい。
大佐もお辛い筈なのに……と自分の無力を嘆いている。
なるほど。
これでソーマは自身を『超兵1号』と再認識した、ということか。
まったく……。
「ソーマ。大佐に言われたからじゃない。俺もソーマのことを想ってる。もう約束を破ったりしないと誓う。だから――」
「やめろ!私にそんな価値はない!」
「ソーマ……」
触れようとした手をソーマが拒絶する。
引き締めれる胸を苦しそうに抑えながら瞳には涙を浮かべていた。
次第に涙は雫となって頬を伝い、その軌道が光沢ある弧線を描く。
「私は超兵、人を殺す為の道具……っ。そんな私が幸せを、手に入れることは許されない!デスペア大尉にまで優しくされたら、私は……幸せを…感じてしまう……っ!」
「ソーマ……」
夕陽に照らされた涙腺が煌めいて落ちる。
首を振って涙を散らしたソーマ。
自らを卑下する故に他人からの想いがさらにソーマを苦しめている。
今のソーマには優しさが逆に辛い。
だが、ソーマは間違ってる。
想われることに傷つく必要なんてない。
ソーマは兵器なんかじゃない。
触れ合って、話して、成長することができる普通の人間だ。
だから――。
「……ソーマ」
「デスペア大尉―――っ!?」
勢いを緩めず頬を伝う涙を拭い、その手でソーマの腕を引く。
突然のことにソーマは声もなく驚愕することしかできず、無抵抗のまま俺の胸へと飛び込んだ。
そして、ソーマを逃がさないよう俺はソーマを強く抱き締める。
「デ、デスペア大尉!?な、なにを……っ」
「すまない。再会してからソーマと向き合うことをずっと避けてた。俺の想いを伝えて、それを理由に目の前の戦いにばかり目を向けていた」
「そんな、ことで……。私は別に……」
「それでも謝らせてくれ」
「ん……っ」
腕に力を込めると胸に押し付けられたソーマから小さく声が漏れる。
もう離さないように、離れないように包み込む。
目を背けている間にソーマは深く傷付いてしまった。
脳裏に後悔が真っ先に浮かぶが、それよりもソーマを優先したい。
悲観してしまったソーマに気付かせてあげたい。
俺の、想いを。
「ソーマ。5年前にちゃんと言えなかったことを、今ここで言わせてくれ」
「5年前に言えなかったこと……?」
「あぁ」
俺の胸で顔を上げるソーマ。
怪訝そうに眉を顰めるその表情が、揺れる瞳が俺を捉えている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺はソーマが好きだ」
「……っ」
心の底からの想いを伝えた。
脳量子波で嘘ではないことが分かるソーマの目が大きく見開かれる。
驚愕のあまり涙は一度止まり、激しく動揺していた。
夕陽の横光でハッキリと映っている。
その隙にさらに言葉を綴る。
「5年前からずっと俺はソーマが好きだった。前は俺自身の気持ちに気付くのが遅かったが、今は違う。本当に好きだ」
「そ、そんな……っ。デスペア大尉が、私を?」
「あぁ」
頬をほんのり紅く染めるソーマの問いを肯定する。
微笑を浮かべる俺にソーマは俺の腕の中で少しだけ震えた。
それを隠すように目を逸らし、徐々に赤みの増す顔を夕陽で誤魔化していく。
だが、暫くしないうちにまた視線を俺と合わせる。
「でも……どうして?」
不安そうに尋ねる瞳。
俺はそれに真摯に応える。
「どんな時でもずっと寄り添ってくれたソーマの優しさが、思いやりが心を満たしてくれた……。ずっと戦いばかりをしていた俺を想ってくれたのはソーマだけだ」
「デスペア大尉……」
「そんな優しいソーマが俺は好きなんだ」
「あっ……」
ソーマの頬に触れる。
その手をソーマは目で撫で、俺はソーマをさらに抱き寄せようとする。
しかし、ソーマは拒絶するように俺の胸に手を突きつけた。
「ダ、ダメ……。私に、デスペア大尉に愛される資格などない……。私は、兵器なのに……っ」
「ソーマは兵器じゃない。それに、それはソーマが決めることじゃない」
「えっ?どういう―――んん…っ」
強引にソーマの口を塞ぐ。
触れ合う唇の感触が夕陽に照らされた二人の影を繋ぐ。
暫くして俺からゆっくりと離し、ソーマのとろけそうな瞳を捉える。
「俺がソーマを愛するのは俺の気持ちだ、ソーマが決めることじゃない。俺はただソーマが好きなんだ」
「しかし、私は……っ!」
「兵器なんかじゃない。ソーマは魅力的な女の子で、今を生きる人間だ」
「デスペア大尉……っ」
ソーマと額を合わせる。
こうして触れ合うことができる。
想い合うことができる。
だから、ソーマは兵器なんかじゃない。
例え誰もがソーマをそう呼ぼうとも俺は否定する。
「確かに俺達は贖罪を受けずにはいられないだろう。だが、それでもソーマの言ってることは違う。ソーマは幸せになってもいいんだ」
「幸せに?」
「あぁ。俺がお前を幸せにしてやる」
「んっ……」
ソーマの顎に手を添えて引くと、潤いのある紅い唇が強調された。
そこにもう一度俺のものを重ねる。
今度は厚く、ソーマの方から求めてきた。
彼女の純白の髪が小刻みに揺れる中、華奢な腕も俺の背へと回される。
暫く熱を交わすと、互いに透明な糸を形成して見つめ合った。
「デスペア大尉……」
「何も言わなくていい。分かってるから。今は…」
「んっ。それでも言いたい」
「ソーマ……」
息が吹きかかるほど触れ合おうとした俺を離してソーマは熱を帯びた瞳を俺に向ける。
そして、一瞬噤んだ後、振り絞るように想いを口にした。
「私も、デスペア大尉が好き。5年前から……ずっと愛していた」
「俺もだよ。ソーマ」
「デスペア大尉……」
互いに手を絡め、想いを伝え合う。
俺はそっと微笑み、ソーマは堪えきれなくなった涙を口を抑えて流し始めた。
そんなソーマをなるべく優しく包み、俺達は地平線へと沈んでいく夕陽を肩を寄せあって眺め続ける。
そこには確かに幸せの形があった。
レンアイ、ムズカシイ。
告白シーンだけで一週間くらい費やしましたよ……。
いっそのこと殴りあってくれた方が万倍書きやすいですね!あはは!
と、いうことでアレマリファンは血の涙不可避のレイ×ソマですが……まだ続きまっせ。
イチャイチャはこの程度では止まらない。
砂糖を顔面に擦り付ける気持ちで暫くやっていきます。