息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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今は離別を、いつか再会を

『貰った!』

『……っ』

 

視界が光剣の輝きに満たされる。

トランザムを使用したセラヴィーが中破した俺のアヘッドに容赦なくGNビームサーベルを振り下ろしてきやがった。

背後には海面、避けられない……!

 

『だが、まだだ!』

 

能力が反映している今の俺は瞬時に緊急の対応に出た。

アヘッドの左脚をセラヴィーの左腰部にあるGNキャノンIIの砲身に目掛けて足を振り上げる。

だが、当然それを許す奴ではない。

 

『無駄だ!』

『くっ……!』

 

GNキャノンIIから露出した隠し腕、その手に握られるGNビームサーベルが一閃を描き、蹴り込んだ脚が切り落とされる。

だが、それが俺の狙いだ。

 

蹴りがセラヴィー本体にダメージを与えることはなくとも、蹴り込んだ時の勢いは切断されたところで止まらない。

切り離されたアヘッドの左脚部はそのまま俺とティエリアの間合いに飛び込む。

同時に俺は既に予測していた地点に照準を合わせていたGNバルカンの引き金を引く。

―――ジャスト!

 

『はああああああーーっ!!』

『なに!?』

 

ティエリアも俺の狙いに気付き、驚愕する。

俺が放った散弾は間合いに飛び込んだEカーボンに命中し、次第に爆破した。

豪炎が俺達の間に炸裂する。

 

『ぐっ……!』

『うあああ……っ!?』

 

衝撃に備えていたとはいえ、かなり身体に響く!

激震と共に俺のアヘッドは風圧を利用して海に落ちた。

モニターが一面蒼く染まる。

セラヴィーも空に吹き飛んだ。

 

『……っ、損傷が……!』

 

海中での浮力と摩擦で潜水時の勢いを殺し、姿勢を保つことはできたが上手く推進できない。

セラヴィーのトランザムが終わるまであと何秒だ?

 

『チッ。待つしかないのか!』

 

悪態をつきつつ姿勢制御に専念する。

セラヴィーは追撃に来ない。

恐らくトランザムの限界時間を迎え、撤退したんだろう。

作戦開始からの時間経過を見れば大体奴らの思惑は達成している。

カタロンは充分逃げてるだろう。

 

レーダーを確認すると、多数の熱源が山脈の向こう―――プトレマイオスと思わしき位置から放たれた。

ということは迎撃か戦況を整えるかどちらか。

広範囲に散られたことからこれはスモーク弾での撹乱だ。

つまりはもう奴らは逃げ始めてることになる。

 

『クソ……ッ』

 

二兎追って失敗した。

今回ばかりは軍令に従ってガンダムを潰すことに専念すべきだったか?

 

『……今更考えても仕方ない』

 

舵を手に取り、機体の深度を上げる。

スラスターの大半が失われたおかげで水圧の抵抗が影響している。

だが、力押しでなんとか浮上し、海面から飛び出した。

 

『随分と遅い起床だな』

 

出てきて最初に掛かる言葉がこれかよ……。

偶然だろうがネルシェンのアヘッドが俺を待ち受けていた。

機体の姿勢制御が困難なところ、手を差し伸べてくれる。

 

『手助けしてくれるのか?』

『命令を受けた』

 

なるほど。

そりゃ一瞬でも優しさだと勘違いして悪かったな。

 

『掴んだな?』

『あぁ』

 

ネルシェンのアヘッドの肩に俺のアヘッドの手を掛ける。

そのまま撤退するモビルスーツ部隊の後を追い、片腕を損傷したアヘッド・サキガケと共にベーリング級海上空母の格納庫に収容された。

格納庫は慌ただしく動き回る整備士と小破した機体から出たパイロットとで入れ替わっている。

俺も降りて辺りを見渡す。

 

「……?おい、スマルトロンは何処だ?見当たらないぞ」

「自分で調べろ」

 

俺の疑問をネルシェンはバッサリと切り捨ててヘルメットを外す。

特に意識した訳じゃないが専用機としてのコーティングが施されているアヘッド・サキガケとスマルトロンは目立つ。

だが、格納庫内のスマルトロンが常に確立していたポジションを見遣ってみてもその姿は見えない。

ワイヤーに手をかけて降りつつ尋ねた返しにネルシェンは目を逸らしていってしまった。

……おい、まさか。

 

「大尉の機体がロスト!?そんな……」

「おい!声がデカいっての」

「あっ」

 

格納庫に響いたハレヴィ准尉の声。

俺の方を見ると失言したかのように口を抑える。

今、なんて言った……?

ソーマのスマルトロンがロスト?

いつだ?

待て、どのタイミングで……今から探して見つかるのか!?

 

―――瞬間、嫌な汗が噴き出る。

 

「整備班!ジンクスでいい、機体を寄越せ!!ジニン。お前も残った小隊をかき集めて再出撃しろ!」

「何?しかし、まだ指示が降りていない。勝手な行動は―――」

「良いからささっとやれ!!命令なんて後で来る!ソーマだぞ!?超兵を探さない軍があってたまるか!」

「待て、分かったから落ち着け!」

 

これが落ち着いてられるか!

寝言を言っている暇があったら動け。

くそ、俺が守ると誓ったのに……距離を置いていたせいで!

 

「たった今、捜索班の編成及び再出撃の命令が降りた。各員、搭乗!作戦を開始する」

『はっ!』

 

ジニンの指示についさっき帰艦したパイロット達がモビルスーツに乗り込む。

損傷していようと動けるものは全て使うつもりだ。

 

「これでいいか?」

「あぁ……。おい!俺にも機体を寄越せと言ってるだろ!」

「し、しかし、もう残機が……」

「ならモビルスーツじゃなくてもいい!ささっと手配しやがれ!」

「お、おやめください!」

 

整備士の襟元を掴みあげて要求する。

何をチンタラしてるんだ!

ソーマだぞ?

ロストしたのはあいつなんだぞ。

お前らだって喉から手が出るくらいには欲しいだろうが!

何故もっと動かない!?

 

「止せ!そんなことをしても無駄だ」

「うるさい!!」

 

肩を掴んでくるジニンの手を振り払う。

こうなったら自分で機体を探すしかない。

 

「私の機体を使わせてやる」

「グッドマン大尉?」

「ネルシェン……」

 

さっきまでヘルメットに収まっていた長い髪を鬱陶しそうに振り広げながら、ネルシェンが背後から声を掛けてきた。

確かにこいつの機体は一番損傷が少ない上に性能が良い。

ブシドーのサキガケの方が機動性は上回っているが貸してはくれないだろう。

その点で言えばネルシェンが許可してきたのも不思議ではあるが……好都合だ。

 

「いいのか?」

「貴様にここで騒がれる方が迷惑だ。早く失せろ」

 

こいつ……。

だが、結局は誰か一人残る訳だ。

マネキン大佐の指示も下ったことから、別に任務を放棄したいってことではないのだろう。

あくまで俺に譲ってくれたってことか。

 

「……なら使わせてもらう」

「何の成果も上げられない場合は貴様も沈めてやる」

「分かってるさ!」

 

それだけ言い残してネルシェンは格納庫を後にした。

くそ、言いたいことだけ言いやがって。

まあいい。

今はソーマの捜索が最優先だ。

 

「ジニン、捜索班は?」

「既に全機発進している。次は我々の部隊だ」

「その前に俺が出る!」

 

ヘルメットを再度装着し、ワイヤーを掴んでネルシェンのアヘッドに乗り込む。

コクピットは大して苦しくはない。

すぐさまバイザーを下げて操縦舵を引いた。

アヘッドの肩部スラスターが粒子を噴き、格納庫から滑走路へ飛び出し、そのまま空へ離陸する。

 

『ソーマ……』

 

ずっと俺に寄り添ってくれた大切な人。

どんなに俺が荒れていようと取り乱していようと彼女だけは俺を想い、心配してくれた。

そんな彼女に対して俺は……。

 

 

―――『約束を……』

―――『はぁ?』

―――『いえ……やっぱりなんでもない』

 

 

そうだ、いつも俺が悪い。

目先のことに必死になって、ソーマを傷付けてしまう。

俺とソーマにとって『約束』は俺達を最も強く繋ぐものだ。

それを俺は無下に扱った。

だから、ソーマは……帰らなくなった。

 

『クソ!この馬鹿野郎……っ!』

 

自分に悪態をつく。

共に帰ると約束したのに。

俺は彼女を守ってやることも認めてやることもできなかった。

本当は分かってる。

怖いんだ。

 

俺には何かが欠けている。

知らないビジョンは恐らく記憶だ。

一時はソーマも同じかと思ったが、少し違う。

俺は……本来の姿を見失っているような気がしてならない。

 

だから、自分のことが何だか分からなくなって、それが怖くてイノベイターであることに意地を張っている。

俺はイノベイターだから、この力を上手く使わなければいけないと何かを残そうとしている。

そんな焦燥が俺に大事なものを見えなくしていた。

 

皆を守りたいとか連鎖を断ち切りたいとかいう想いがないわけではない。

だが、明らかに以前よりは気持ちが薄い。

今の俺はただ必死なだけの……惨めな奴だ。

 

『クソ……あぁ……っ』

 

今更ながらソーマの優しさに気付く。

一体俺はどこで間違ってしまったんだろうか……。

 

『ソーマ……。頼む、無事でいてくれ』

 

辺り一面の青い海を見渡す。

ソーマがいなくなってしまったらもう俺は……崩れてしまう。

 

『……どうにか見つけ出さないと』

 

ソーマのアヘッド・スマルトロンが最後にアリオスと交戦したポイントを中心に捜索を始める。

他の捜索部隊は各自散開してくれている。

だが、捜索を開始したとほぼ同時に指揮官から伝令が下った。

その内容に目を見開く。

 

『ソーマの捜索を打ち切るだと!?』

 

何を考えてるんだ、あの悪人面の人間め!

スミルノフ大佐との仲があるマネキン大佐がこんな司令を出すとは考えにくい。

つまりはリント少佐だ。

奴が言うには既に正規軍へ捜索の要請を出しているらしい。

アロウズは命令通り、帰艦し始めている。

 

……俺は戻らない。

例えどんな罰を受けてでもソーマを助け出してみせる。

操縦舵を引いて俺のアヘッドはさらに加速した。

だが、そんな不安を増幅させるかのように空が暗くなり、降り注ぐ雨で海底は再び暗闇を取り戻し始めた。

 

 

 

 

 

数時間が経過した。

まだソーマは見つかっていない。

このままではかなり危険だ。

雨も酷くなってるし、もう夜に差し掛かっている。

海中も暗くて底が見えなくなってるため、海に落ちてる場合はさらに捜索が困難になる。

その前になんとしても見つけ出さなければ……。

 

『くっ……スマルトロンの交戦ポイント半径10km圏内にいないとなるともっと捜索範囲を広めるべきか?いや、だがここにソーマがいるなら……!』

 

正規軍もいるとはいえ、さすがにこの広範囲は手に負えない。

日没まであと一時間もない。

もし海に落ちていて、このまま見つからなければコクピット内の酸素がやがて尽きてソーマが助かる見込みは――ない。

 

『……っ!』

 

突如、喪失感に襲われて震える身体を抑える。

考えては駄目だ。

最悪の想像はしない方がいい。

酸素が尽きる前に見つければいいだけの話だ!

考えるな!

 

『クソ……!レーダーにも反応がない』

 

かなり高性能なものを積んでるにも関わらず、スマルトロンの信号をキャッチしない。

爆散したのならもう探しようは―――。

 

『―――っ!』

 

辺りを見渡していると突然、脳内に一筋の閃光が走った。

これは……脳量子波だ。

微かだが間違いない。

どこだ?

一体どこから感じる!?

 

『孤島?あそこか!』

 

俺の金色に輝く瞳で捉えた先にある孤島を目指してアヘッドを推進させる。

微かな脳量子波では正確な位置は分からないが、方向からしてあの孤島である可能性が高い。

少なくともその周辺だ。

すぐさま行動し、俺のアヘッドは孤島の制空に侵入する。

 

『こんなところに陸地が……、っ!』

 

アヘッドの端末が信号をキャッチし、レーダーとモニターに上げる。

生体反応!!

それに2機のモビルスーツ反応もある。

一方はスマルトロンの信号でもう一方は【UNKNOWN】だ。

 

後者はモニターに映った映像でアリオスだと視認できた。

その2機の座標から少し奥へ進み、密林が空けた空間に人間二人分の生体反応がある。

俺のアヘッドもそこに脚を付け、着地した。

 

『ソーマ……』

 

端末を操作し、ワイヤーを使ってコクピットから安全に降下していく。

アヘッドのライトに照らされている黄色のテントからは、二人の男女が現れた。

長い白髪を揺らして俺の方に駆け寄ってくるソーマとその後に続くロン毛の男、【アリオスガンダム】のマイスター、アレルヤ・ハプティズムだ。

 

ソーマの顔を見た時は安心したがその背につく男は敵だ。

こっちに駆け寄ってくるソーマを回収したら銃を抜く。

念の為にもう手に掛けておこう。

 

「ソーマ!」

「デスペア大尉……!」

 

髪を乱しながらソーマが俺に向かってくる。

―――いや、違う。

この女はソーマじゃない!!

 

「止まれ!」

「……っ」

 

銃を抜き、銃口をソーマの姿に酷似した女に向ける。

アレルヤ・ハプティズムがそいつを庇うように前に出て警戒し、俺も引き金を手を掛ける。

俺の金色に輝く瞳が目の前にいる女がソーマではないと訴えている。

だが、微かにソーマも感じる。

一体どういうことだ……!

 

「君は……何者だ」

「私です、大尉!ソーマ・ピーリスです」

「違う!」

「……っ!」

 

俺に狙われた途端、不安げな表情を作る女が必死に主張するが俺には分かる。

俺とソーマは通じ合える。

しかし、目の前の彼女からは何の思考も読み取れない。

こんな決定的な理由を俺は逃しはしない。

 

「まず、あいつは俺に砕けた口調で話す。それに……分かるんだよ、俺には」

「デスペア大尉……」

 

銃口越しに対峙する俺と彼女。

俺の言葉を聞いてやっと理解したらしく胸に手を当てて何か思い悩み始めた。

それとほぼ同時にアレルヤ・ハプティズムが足を一歩踏み込むのでそちらに銃口を向けて止めさせる。

 

「……っ。お願いだ!マリーの話を聞いてくれ!」

「マリー?」

 

アレルヤ・ハプティズムが訴える。

どこかで聞いた名前だが……あぁ、そうか。

何を隠そう、目の前のこいつが反政府勢力収監施設での襲撃の時に口にしていた名だ。

じゃあ、なんだ。

あれは……やはりソーマのことを指していたのか?

 

あの場にいたのは俺とソーマだけだ。

俺に覚えがなければ必然的に彼女のことになる。

だが、超人機関から押収した資料にもそんな名前は記載されていなかった。

『ヴェーダ』のデータバンクにもソーマ・ピーリスの名しか存在しない。

ただ、気掛かりではある。

そもそも超人機関そのものの全貌がハッキリとはしてない。

 

だからこそ、アレルヤ・ハプティズムがただ虚言を吐いているとは断定できない。

超人機関は……軍に二度超兵を採用させている。

一人目はレナード・ファインズ。

幼い年齢ながらも組織の存続を図ろうとした超人機関によって戦場に送られた。

ソーマも同じだ。

 

数年経って再び存続が危うくなった超人機関がソーマを起用した。

だが、レナード・ファインズもソーマも俺達イノベイターのような存在を完成形としている超兵としては不完全と断言出来る。

となるとアレルヤ・ハプティズムの発言を鵜呑みにするなら―――。

 

「人格を上書きした……?」

 

元々の人格が起用できる超兵としての負担に肉体が耐えられなかった場合、過度な肉体強化や脳量子波に対応できる人格を植え直す……なんてことも推測はできる。

超人機関という組織なら。

 

「はい……私は大尉の仰る通り、本当は……ソーマ・ピーリスではありません」

「………」

 

俺の呟きを拾ったソーマが認めて俯く。

照準を改めて合わせる。

 

「今の私はマリー……マリー・パーファシーです」

「………っ」

 

銃口が揺れる。

知らない、名前だ……。

今度はアレルヤ・ハプティズムが前に出る。

照準もそれに合わせて移した。

 

「マリーは優しい女の子だ。人を殺めるような子じゃない。マリーはあなたに渡せない。連邦やアロウズに戻ったら彼女はまた超兵として扱われる!!」

 

ソーマを腕で庇うアレルヤ・ハプティズムの叫び。

断固としてソーマを譲る気はないようだ。

強く力を込められた瞳も俺を捉えている。

だが、俺も彼女は譲れない。

譲る訳にもいかない。

 

「お前の言ってる事は正しい。確かに……ソーマが戻れば軍は彼女を起用するだろうし、俺もそれを止められるかは分からない」

「なら―――!」

「だが、お前達はソレスタルビーイング、俺達の敵だ!その意味が分かるか?お前がソーマを匿えば、俺達がソーマを討たなければならないんだ!!」

「………っ!」

 

アレルヤ・ハプティズムが息を詰まらせる。

その背に隠れるソーマも瞳を揺らす。

奴らが武力を放棄しない限り、俺達は敵対し続ける。

ソーマがあっちに渡れば彼女ごとアロウズは沈めるだろう。

そうなったら俺は叫び散らすかリボンズに掛け合うかしかできない。

 

だが、どちらも殆ど意味を為さない。

理由は単純だ。

アロウズという組織は俺一人如きが喚いたところで、例えイノベイターだとしても止められる程甘くはない。

そして、俺は―――無力だ。

 

「お前達が武力を放棄するというのなら、話は別だがな」

「そんなことをすれば……君達はカタロンを一掃し、口先だけの恒久和平を訴えて画一する!そんなことを許容はできない!」

「ならば俺はお前達を討つ!ここでお前からソーマを奪ってでもだ!!」

 

さらに銃口をアレルヤ・ハプティズムに突き付ける。

それでも奴はソーマを決して傷つけまいと背に庇う。

彼女を一瞥し、俺に訴えかけてくる。

 

「……っ!僕は……これ以上彼女を争いには巻き込みたくない!」

「だから、お前が匿うのか?それじゃあソーマを争いからは遠ざけられない!貴様らといてもソーマは争いに巻き込まれる!」

「そんなことはしない!信じて欲しい!」

「どの口で言ってるんだ!!」

「―――っ!」

 

次第に白熱した末、俺の憎悪を込めた語気にアレルヤ・ハプティズムが一瞬、怯む。

あぁ、そうさ。

一体奴らはどれ程の犠牲を生み出した?

その結果、何を得た?何を達成した?

奴らの築き上げた屍の山の上で一体この世界は何が変わったって言うんだ。

 

「お前達にとっては指先一つの動きで奪える命でも……俺達にとっては昨日今日笑い合った人間だ!そいつらの死体を無駄に積み上げておいて、ソーマを争いに巻き込まないだと?笑わせるな!!」

「そ、それは……っ!」

 

アレルヤ・ハプティズムが初めてたじろぎ、狼狽を露わにする。

後ずさった先にいるソーマを一瞥し、己を写す足元の水面を見て酷く動揺している。

 

「し、しかし……君といても彼女は……」

「アレルヤ……」

 

ソーマがアレルヤ・ハプティズムの腕に触れ、不安げに見つめる。

俺を見る時よりも熱の篭った瞳だ。

……ソーマじゃないことは分かっている。

 

「確かに俺といてもソーマは争いからは逃れられない。だが、情けないことに……さっき彼女を失いかけて気付いたんだ。彼女の大切さと今まで避けていた惨めな俺自身のこと……。だから、今の俺なら少なくともソーマを大切にすることはできる。彼女を全力で守ってやれる!!」

「デスペア大尉……っ」

「教えてくれ。ソーマはまだ……いるんだろ?」

 

マリーに対して俺が尋ねる。

彼女はアレルヤの影で迷いながらも僅かに頷いた。

 

「えぇ。私の中に……ソーマ・ピーリスの人格も、記憶も、まだ残っています」

「そうか」

 

なら連れて帰る意味がある。

例えマリーという彼女を抑えつけてでも、ソーマにまた会える。

そして―――謝って、もう離さない約束をまた交わす。

今度こそそれを守り通す自信がある。

だから、俺はソーマを奪う。

 

「……ソーマから離れろ」

「や、やめて下さい!デスペア太尉」

 

アレルヤ・ハプティズムに銃身を向け、リボルバー引く。

するとソーマが奴を守ろうと前に出るが、アレルヤ・ハプティズムはそんなソーマの肩に触れ、制止して足を踏み出した。

 

「アレルヤ……?」

「撃ってくれ」

「何?」

 

思わず耳を疑った。

だが、真剣な瞳で覚悟を決めている。

 

「撃ってくれ。その代わり、マリーを……いや、ソーマ・ピーリスを二度と争いに巻き込まないと誓って欲しい」

「………」

 

俺とアレルヤ・ハプティズムの視線が交差する。

奴の言葉を俺はサイト越しに耳にする。

 

「アレルヤ。何を……っ」

「いいんだ、マリー。君が幸せでいてくれるなら……。彼ならきっと、マリーの事も想ってくれる」

 

縋りよるソーマを剥がし、アレルヤはさらに前に出た。

銃口の前に自ら晒される。

……彼女には万が一被害のないように。

 

「撃ってくれ」

「いいだろう」

 

引き金に掛けていた指を再度掛ける。

そして、指先に強く力を込めた。

 

「嫌ああああぁーー!!」

「マリー!?」

 

アレルヤを庇うように飛び出した影、長い白髪を散らしながら銃口が向けられた二人の間に入った。

俺の引いた引き金が放った銃弾はそんな彼女――ではなく、森林の奥へと吸い込まれていく。

照準は元から外していた。

 

「撃たれて、ない?」

「デスペア大尉……」

「………」

 

二人の視線が俺に注がれる。

俺は拳銃を懐に収めて、必死なあまり飛び込んで倒れ伏せてしまったマリーに手を差し出した。

 

「立てるか?」

「はい……」

 

俺の手を柔らかく優しい手が掴む。

だが、随分と冷たい。

きっと夜と雨とが相まって気温が低いせいだろう。

そんな手を引いて彼女を起こす。

 

「デスペア大尉、どうして……?」

「……俺に君達は討てない」

「え?」

 

膝から崩れ落ちそうだ。

俺にはこの二人から奪うことは……できない。

きっとソーマは―――彼女はアレルヤといた方が幸せになれる。

それに『ソーマ』を幸せにできない俺が『マリー』を幸せにできるわけがない……。

 

―――もっと、簡単な話だったんだ。

討つとか討たれるとかじゃない。

彼女が本当に幸せになれる道を、彼女の幸せを願うことができなかった時点で……俺にソーマを連れていく資格はない。

アレルヤは俺と居てソーマが幸せになれるならそれでいいと言った。

 

だが、俺は自分を分かった気になって、謝罪と約束ばかりを最優先してソーマの未来を考えてやれなかった。

だから……今の俺と一緒に居ても恐らくソーマは幸せにはなれない。

彼女を明け渡す理由には、充分過ぎる。

 

「ソーマ・ピーリス大尉の戦死を伝えるべく軍に帰投する。上手くいくように手配するくらいなら……俺にもできる」

「デスペア大尉……」

 

仮にもイノベイターだ。

ライセンスも持つ権力ある存在ではある。

多少の無理は通せるだろう。

手から抜け落ちて水溜まりに浮かぶ拳銃を放置し、俺は彼らに背を向ける。

アヘッドの暗転している四つ目は普段の凶悪さを鎮め、降り頻る雨で濡れていた。

そいつを見上げて足を止める。

 

「そういえば」

「……?」

 

振り返ってソーマと目を合わせると既にアレルヤも警戒を解き、彼女も反応した。

胸に手を充てる彼女に精一杯の微笑を向ける。

 

「マリー・パーファシー、だったよな?」

「……はい」

 

彼女はソーマではない。

だが、彼女はソーマでもある。

二人を見ることが……俺に出来るせめてもの誠意だ。

 

「良い……名前だな」

「………っ」

 

マリーが口元を手で覆う。

その瞳から頬にかけて涙がゆっくりと弧を描いた。

―――気付いた頃にはもう、彼女は俺の胸に飛び込んできている。

 

「デスペア大尉……っ!!」

 

背に手を回し、精一杯強く抱き締めてくるマリーを俺も出来る限り優しく包む。

そして、俺の首元にある彼女を頭をそっと髪をとかすように撫でると、彼女も一層身を預けてくれる。

最後に微笑を作って俺を見上げる彼女と目を合わせ、肩に手をかけて身体を離した。

 

「生きてくれ……生き続けてくれ。君の幸せを願っている」

「私も……っ!私も大尉の幸せを誰よりも願っています!」

「……そうか。ありがとう」

 

泣きながら敬礼をするソーマに俺も返礼する。

アレルヤは離れたところで見守っていてくれた。

そうか……彼と一緒になるのなら、縛ってはいけないな。

 

「パーファシー。これを預かってもらっていいか?」

「えっ?でも……このブレスレットは……」

「頼む。またいつか、これを取りに来る。その時にまた……会おう」

「……はい」

 

俺とソーマを繋ぐ共通のブレスレット。

腕から外して彼女に渡す。

哀しくはあるが、きちんと受け取ってくれた。

二つのブレスレットは同じ腕に通される。

これを見届けたら帰艦しよう。

長居をしていたら連邦かソレスタルビーイングに遭遇してしまう。

 

「それじゃあ」

「あっ、待って!」

「……?」

 

呼び止められて足を止める。

マリーは何か言いたげに詰まった後、勇気を出して口を開く。

 

「スミルノフ大佐に伝えていただけませんか!?ソーマ・ピーリスを対ガンダム戦だけに重用し、他の作戦に参加させなかった事、感謝していますと……!」

「マリー……」

 

アレルヤが彼女を見遣る。

あぁ、そうだ。

彼女を想ってくれる人達は沢山いた。

その中でも大佐は父親のような存在で、ずっと見守ってくれていたんだ。

 

「分かった。伝えておくよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ―――」

「それと!」

 

俺が背を向ける前に言葉を続ける。

振り返ると目の合ったマリーは熱がこもった瞳で俺を捉えていた。

まだ何か伝えたい人でもいるのだろうか……。

 

「デスペア大尉!私の中のソーマ・ピーリスがこう言っています。貴方と……出逢えて、共に居れて幸せだったと!」

「―――っ!!」

 

思わず目を見開く。

あぁ……なんで…っ、どうして……っ。

どうしてお前はそんなことを言うんだ。

なんで俺の欲しい言葉を知ってるんだ。

 

なぜ―――こんなにも俺の事を想ってくれるんだ、お前は。

 

いつでも、どんな時でも俺の傍に居てくれた。

寄り添ってくれた。

だから、俺は……お前が好きなんだ。

 

「そうか。俺には勿体ないな……。ありがとう、俺もソーマと居れて―――幸せだった」

「デスペア大尉……っ」

 

降ろしたワイヤーを掴みながら俺とソーマは見つめ合う。

徐々に上昇していく視界の中でも俺達の目線が離されることはない。

アヘッドのコクピットが閉じるその時まで彼女は俺に敬礼していた。

 

『脳量子波遮断を解除。アヘッド、離脱する』

 

肉眼での視界からモニターに変り、浮上する。

僅か数秒間、反転するその時までずっとソーマは映っていた。

やがてアヘッドは彼らを後にして飛翔する。

 

「ソーマ……」

 

考え直すべきかもしれない。

俺に見えていないものはソーマのことだけじゃない筈だ。

ソーマの言葉。

そして、レナの言葉。

もう一度……考える必要がある。

またいつか、ソーマと再会する時の為にも―――。

 

俺は、変わらなければならない。




尺の事情でスミルノフ大佐とのやり取りとケルディム遭遇はカットしましたが、かなり真剣に書きました。

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