息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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テロの悪意

テロは嫌いだ。

人々の悪意に満ちている。

テロで大切な人を失った。

たった1人の家族だった妹を。

守ると約束したのに守れなかった。

あの時も死ぬのが怖くて妹を見殺しにしてしまったんだ。

 

「はぁ…はぁ…うぐっ!」

 

フラッシュバックする記憶。

頭の中がかき混ぜられるように痛む。

脳量子波が乱れていた。

 

『お兄ちゃん…』

「あぁ…!」

 

死んだ筈の妹が目の前に浮かぶ。

手を伸ばしても届かない。

こんなにも近くであの子が泣いているのに俺の手は虚しいほどに空を掴む。

やがて、涙を頬に伝わせながら妹は笑った。

 

『ごめんね、お兄ちゃん』

「ダメだ…!ダメだ!行かないでっ…、行かないでくれ…!」

 

激しい頭痛も無視して叫ぶ。

だけど、いくら声を出しても記憶と同じ顔を妹はする。

そんな妹に銃口が当てられた。

 

『さようなら』

深雪(みゆき)…!」

 

妹の名を口にし、もう少しで妹に手が届くという時。

――銃声が響いた。

多量の鮮血が舞う。

もう何度目だ。

俺の目の前で一番大切だった人の命が散った。

こんな筈じゃ、なかったのに…。

 

「うわああああああああああああ!!」

 

ティエレンの操縦席で発狂する。

妹は死んだ。

俺が守れなかったせいで、死んだ。

テロなんてものが関係のないただ平穏に暮らしていただけだった妹の命を奪った。

たった2人だけの幸せな日々が一瞬にして崩壊した。

なんで…何故だ。

 

「……なんで深雪が死ななきゃいけなかったんだ」

 

原因ならもう分かってる。

無差別なテロと俺の非力さ。

そう、あの時も俺の足は震えて動かなかった。

 

「俺が…」

 

死の恐怖に怯えたから。

大事な人さえ守ることができなかった。

立ち上がる勇気がなかった。

そんな俺はお兄ちゃん失格だ。

だから、妹が俺を呼ぶ度に心が抉られる。

 

「……」

「デスペア少尉!」

 

ティエレンから降りるとソーマが駆け付けてきた。

だが、俺を見るなり目を見開く。

どうしたのだろうか。

 

「何かあったのか…?」

「……大丈夫だ。俺に何か用か」

「あ、あぁ…」

 

慌てて駆けつけてきたんだ、緊急事態があったのかもしれない。

尋ねるとソーマは何故か俺から目を逸らして口を開いた。

 

「先程同時多発テロが起きた。我が方にも被害があったと報告を受けた」

「そうか…」

「もう既に中佐が動き出していて、私は中佐が関わるようなことではないと思ったのだがソレスタルビーイングが関与していると中佐が」

「原因はソレスタルビーイングか…。犯行声明でもあったのか」

「あぁ。武力介入の即時中止、武装解除が行われない限りテロは起こり続けると――」

「……」

 

ソレスタルビーイングが降伏しなければテロは続く。

本筋通りなら王留美(ワン・リューミン)が従えるエージェント達が動き出し、爆発テロの現場で刹那とマリナが現場から逃げる怪しい人物を捕まえ、テロ組織の各活動拠点を捜索するも失敗した筈。

しかし、AEUがネットワークに流した情報で活動拠点を割り出すことに成功。

各ガンダムが拠点を潰してテロは終了する。

ロックオンはこの時荒れてたな。

 

AEUが協力したのは利害の一致だろう。

他国のテロには介入できないのが基本だ。

だが、ソレスタルビーイングは違う。

彼らにテロ組織を潰させようという魂胆だ。

 

重要なのはそんなことじゃない。

少なくともあと1回、爆発テロが起こる。

改変が起きていればもっとあるかもしれない。

……また気分が悪くなってきた。

 

「デスペア少尉?聞いていないのか」

「え?あ、あぁ…すまない。テロが起きたんだろ?知ってるよ。悪いが俺はあまり関わりたくない」

「だが…デスペア少尉に上からの指示が出ている」

「命令が?内容はなんだ」

「テロ襲撃予測地点での調査。及び警戒と聞いたが詳しいことは私には伝えられていない」

「直接上に話を聞きに行けということか」

「あぁ」

 

最悪だ。

関わりたくないってのに向こうから関わってきた。

それに上層部の命令じゃ逆らえない。

それにしてもなんで俺なんだ。

他にも人材は居ただろうに。

それこそスミルノフ中佐が動いてるんだ。

俺が必要だとは思えない。

 

いや、中佐ほどの人が直接調査には行かない。

だから下々である俺の所に来たのか。

まったくもって迷惑だ。

なんのための超兵だ、ソーマを導入したならソーマに任せればいいのに。

 

「あぁ、くそ最悪だな俺」

「少尉…?」

 

慌てて嫌な思考を振い落す。

ソーマをただの戦力として見るのは止めていた筈だ。

よりによって俺がそういうことを思うのは良くない。

首を傾げているソーマの頭に触れつつ、心の中で謝罪する。

命令は命令、避けることはできない。

嫌なものに向き合うのは気分が悪いが仕方がない。

とりあえず上に話を聞きに行くとしよう。

 

「ありがとう、ソーマ。ちょっと行ってくる」

「あぁ。武運を祈っている」

「了解」

 

ソーマに別れを告げてキム司令の元へと向かう。

司令室に辿り着き、ノックをすると入れと許可を貰えたので扉を開けて入室する。

 

「失礼します。レイ・デスペア少尉、只今到着しました」

「うむ。ピーリス少尉から伝達は受けているか?」

「はい。詳細を伺いに来ました」

 

挨拶を済ませるとさっそく話は任務についてのことになる。

詳細は概ねソーマから聞いた通りというか予想通りで、テロが関連するだけにあまり好ましい内容ではなかった。

大体の指示を伝えられるとキム司令は話を切り上げた。

 

「――以上だ。何か質問は?」

「一つだけ、失礼します」

「申してみろ」

「はい。恐縮ですが何故今回私が選ばれたのかそれだけが気になります」

「そうか…」

 

これで経歴だったらリボンズを恨む。

だが、キム司令の返答は違った。

 

「貴官を任命したのは他でもない。貴官が先日のガンダムとの遭遇時、機体の片足の損傷だけでガンダムを撃退したと報告を受けている。その実力を見越して今回は貴官を選んだ。納得してもらえたか?」

「……はい。ありがとうございます。これにて失礼します」

「あぁ」

 

頭を下げて司令室を後にする。

なるほど、原因は俺の出生のせいか。

まさかイノベイターであることがここで災いするとはな。

いや、寧ろ災いでしかないけど。

つまりなまじ俺が結果を出したもんだから上層部にも期待されてしまった訳だ。

まったく嬉しくないな。

とにかく任務はこなす、やらなくてはならない。

だが、そんな俺の前に会いたくないやつが現れた。

 

「おや、デスペア少尉こんなところに!是非ともまたお話をと思っておりました」

「あぁ?」

 

これから出掛けるというのに行く手を阻む超人機関の技術者。

特に故意はないんだろうが邪魔だ。

というかあまり誰かと話したい気分じゃない。

技術者はそんな俺の心情を知るわけもなく興奮気味に近付いてきた。

 

「少尉の意見は大変参考になります!お時間がよろしければまた――」

「黙れ」

 

暴力を振るうわけにもいかないので壁を殴って言葉を遮った。

結構全力で殴ったからか壁が抉れ、技術者は驚愕している。

まさか俺の機嫌を損ねたとは思ってないらしい。

次第に驚きから困惑になっていた。

 

「あ、あの少尉…何か気に障ってしまったでしょうか?」

「黙れと言ってる。今は気が立ってるんだ。話したい気分じゃない」

「そうですか。申し訳ありません。お気持ちお察しします」

「……」

 

適当なこと吐かしやがって。

何も知らないのに察せるわけがないだろう。

あぁ、この際だから言っておくか。

 

「ソーマは俺の仲間だ。今度俺の前で兵器扱いしたらぶん殴るぞ」

「は…?」

 

技術者のやつ本気で何を言ってるのか分からないって顔してやがる。

俺の対応を予想してなかったのか、呆然と立ち尽くしてる。

ふん、知ったことじゃないな。

とにかく任務通り、バイクに乗ってテロ襲撃予測地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

与えられた仕事はこなした。

テロ襲撃予測地点で暫く様子見をしていたら怪しい男達を発見。

取り抑えて軍の人間に受け渡した。

一応人革連側でテロリストの一角を捕まえたことになるが、多分時系列的にAEUの方が早い。

やはり本筋通り、AEUの情報でソレスタルビーイングが動くのだろう。

関わりたくない事の上に無駄な労働とは最悪のコンビネーションだな。

 

任務を終えたことだし本部へと戻ろうと高速道路をバイクで疾走する。

すると、俺と並走する二輪が現れる。

それだけなら気にしないが明らかに様子がおかしい。

なにやら俺にジェスチャーを送り、ヘルメットのバイザーを上げて目を見せてきた。

 

「何の用だ」

「ははは、さっそく無愛想だな!」

「質問に答えろ」

「淡白だなぁ。もっと話し合おうとは思わないのか?結論から行くのは面白くないだろ」

「知るか!」

 

まったくなんだこいつは。

ヘルメットからはみ出る金髪のロン毛、顔はヘルメットのせいで全貌は見えないがかなり整っている。

イケメンということだ。

俺には接点の無さそうなやつだが一体なんなんだ、単にからかってるのか?

何を考えているのか読めない。

無視してもいいが何故か会話を断ち切れない何かがある。

まるで俺と共鳴しているような気がする。

何が、とは明白には言えない。

 

「これだから男ってのはやだね!」

「はぁ?」

「お前釣れないやつだな!」

「何の話だよ…」

 

普段から女を侍らせれてる口調だ。

やっぱりモテ男か。

オタクの俺には程遠い存在だろ、近寄るな。

手っ取り早く要件を聞き出してやろう。

 

「要件を言え。からかってるだけなら先に行くぞ」

「あーはいはい。分かったよ、せっかちだな」

 

金髪ロン毛が呆れたとでも言うような仕草を取ってくる。

なんかうざい。

奴は一度前を向いて再び俺と目を合わせた。

色彩に輝く目を。

 

「なっ…」

「俺がどういう存在か分かっただろ?人革連のイノベイター」

「何故それを…っ!」

「ははは!直に分かるさ!今は強くなることだけを考えろ。そうじゃないとあんた――死ぬぜ?」

「……っ!」

 

金髪ロン毛の瞳が俺の瞳を捉える。

色彩の瞳が対峙し、金髪の男は不敵に笑った。

 

「いずれあんたとは戦うことになる。その時までに少しはマシな程度に強くなってくれよ!じゃあな!」

「お、おい…!」

 

金髪ロン毛を風に靡かせ、金髪の男は先行して高速道路を降りる。

急いで後を追ったが対応が遅かった。

既に金髪の男の背は小さく見てなくなっている。

 

「何なんだったんだあいつは」

 

あんな金髪の男は見たことない。

少なくとも俺は知らない。

あの瞳…間違いなく同種だ。

何故俺に接触してきたかは分からない、主要人物なのかも同様に。

俺という存在の立ち位置的に接触されても金髪の男の格を断定できない。

まさかこんなところで不安要素が出るとは…。

テロに関する任務といい、無駄骨といい嫌なことばかりだ。

 

そんな俺の端末が振動する。

人革連からの連絡だ。

任務報告が上に伝わるには早過ぎる気がするが、事態が事態だけに有り得なくもない。

だが、内容は全く違った。

 

「これは…」

 

遂に来たか。

待ちに待ったわけじゃないが楽しみにはしていた。

随分と待ったからな。

金髪の男については頭の片隅でも置いておくとして、戻るとしよう。

そうと決まればすぐに進行方向を変えた。

 

本部へ戻ると開発部へ直行する。

MS(モビルスーツ)の技術者に案内されるまま付いていくとライトに照らされた機体が1機、視界に現れた。

黒いティエレンだ。

 

「デスペア少尉の専用MS(モビルスーツ)ティエレンチーツーです。全身に姿勢制御スラスターを装備し、一般機を凌駕する高機動性を誇ります。また、通信・索敵機能も強化しました」

「ティエレンタオツーと性能は同じということか」

「はい。デスペア少尉にはピーリス少尉同様に期待を寄せられています」

「そうか。少し荷が重いが、ありがとう」

「はっ!」

 

技術者は敬礼して去っていった。

ほんとこんな機体を用意してくれるのは有難い。

俺に使いこなせるか不安はあるが、その為にも努力しているんだ。

絶対に使いこなしてみせる。

 

『貴官は何故戦う?』

「……」

 

何故かスミルノフ中佐の問いが頭に浮かんでくる。

改めて考えると何故戦うのか俺にも分からない。

でも戦場からは逃げられない、イノベイドである限り。

 

「生きてみせるさ…。あの子の分まで」

 

黒いティエレン、ティエレンチーツーはそんな俺を見下ろしていた。


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