息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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軌跡

ラグランジュ5。

実質世界を統制する連邦、その実行部隊である独立治安維持部隊アロウズも4年前の宇宙開発から進歩があるとはいえ、開発の手はラグランジュ5全域にまでは及んでいなかった。

宇宙開発を行うにはラグランジュ5の全貌は掴めておらず、軌道エレベーターや軌道ステーションから最も離れた地点でもあるため、あまり宇宙開発には適さない現状に至ってしまうのが今の人類の開発技術の限界だ。

 

開発を進めようにも物資を運ぶ軌道エレベーターとの往復分の燃料や費用は破格となる。

そんなラグランジュ5には連邦も知らない極秘コロニーが存在している。

コロニー内の一室にて、レナは端末に写し出したとある写真を眺めていた。

 

「お母さん……お父さん、お兄ちゃん……」

 

写真の中では4人の男女が身を寄せあって笑い合っている。

わかりやすいほどの幸福の形。

写真の中の人物はレナが(たちばな) 深雪(みゆき)として生きていた時の家族だ。

年の離れた兄に、優秀な科学者だった父、そして、いつの時も優しくて明るかった母。

 

どこにでもあるような普通の家族、その中に安住することはレナにとって何よりも居心地がよかった。

それがあんな形で奪われるなんてことは写真の中で笑顔を浮かべている深雪にはとても想定はできなかった。

今でも思い出すと涙が頬を伝う。

 

「お母さん……」

「レナ?」

「あっ」

 

自室のオートドアが開き、ニールが入室する。

レナは慌てて涙を拭い、端末もスリープにした。

 

「おいおい、何も隠すことはないだろ。俺は何度も見てんるんだ。レナの家族……だろ?」

「う、うん。あ、その……さっきのは、違うよ。誰かに見られるとね。つい……」

「隠しちまう。分かってるさ」

 

言い訳がましい物言いで目を泳がせるレナに対して、ニールは柔らかく笑みを漏らして隣に腰掛ける。

ニールの体重で沈むベッド。

レナは下手な会釈を返して再び端末を開いた。

 

そこに映るレナ……否、(たちばな) 深雪(みゆき)の家族は向けられているカメラレンズであろうものに向けて、誰が笑顔を浮かべていた。

母と父の間に二人の兄妹が並び、その二人を包むかのように両親が立っている。

父は母の肩に手を掛け、四人で構成された家族は誰が見ても幸せそうだ。

そんな家族の写真をレナは寂しそうに撫でる。

 

「ダメなのは分かってるの。ニールだって同じなのに、ニールは我慢してるのに……私だけ……」

「何言ってる。俺は我慢なんてしてねえさ」

「え?」

 

母親を失い、父親は姿を消し、最後に残った兄を残して逝ってしまった。

新しい人生でレイとなった兄に出逢えたのに一緒に居られた時間も束の間だった。

口では寂しくないといい、気にしてない素振りを貫いてきたが本心はずっと辛い。

でもそれはニールも同じ……レナはそう思っていた。

 

「俺だってライルのことが心配だぁ。よく家族の墓参りに来るあいつと遭遇しては隠れて様子を見てた。それに……あいつがガンダムマイスターになったって聞かされた時はいても立ってもいられなかったさ」

「そう、なんだ……」

 

会えないより会えるのに会わない方がずっと辛い。

レナはそう考えている。

だから、申し訳ない気持ちになった。

 

「ごめんね。ニール」

「辛いのはレナの方だろ。いい加減謝り癖は直せって」

「ご、ごめ……あっ。えっと……」

 

いつからこんなに弱気になったのだろう。

ニールに指摘されてレナは内心で自分が嫌になる。

最初に謝り癖がついたのはあのアザディスタンのお姫様に会ってしばらくしてからだ。

彼女の言葉に感動したレナは、戦争の真っ只中で相互理解を呼び掛けた。

しかし、誰も理解してくれない。

 

【ガンダム】の存在を悪意として認識している世界では、レナの声に耳を貸すものはいなかった。

そして、レナは結局武力を行使した。

それがどうしてもレナには正解には思えない。

初めて敵を無力化して、対話を試みようとした時、眼下で投降する兵士の怯えた表情をレナは忘れない。

ずっと脳裏にこびりつき、そこから彼女の思考は迷宮にさまよった。

今のレナはどうすればいいのか、もう分からない。

 

「震えてるのか?レナ」

「えっ?」

 

思わず肩をビクつかせる。

気付かないうちにレナの身体は震えていた。

昔より小さな手を見下ろすと、その手で握りこぶしを作るほどの力も込めることができない。

レナは恐怖心を抱いていた。

 

「………っ」

「おい、大丈夫か!?」

 

震える身体を止めようとしたのか、レナが両肩を抱えて上半身をうずくまらせる。

突然その様子を見せた彼女にニールが心配した。

 

「……分からない」

「はぁ?」

 

ボソリと絞り出した声で呟くレナ。

小刻みに震える唇から不安を吐露する。

 

「もう……どうすればいいのか分からないよ。マリナさんの言ってたこと、分かるのに……なのに……誰も分かってくれない!それに怖いよ。最近、どんどん抑えられなくなって……」

「塩基配列パターン0000の力ってやつか。そいつのことは俺も分からねえが……。レナ、俺達のマイスターはお前だけじゃない。なんなら暫く出撃しなくても―――」

「ダメだよ。アロウズは今でも勢力を拡大してるし、イノベイドの人たちだって動き始めてる。それに、私達のガンダムは旧世代が多いから……いざって時は私とサハクエルがやらないと……」

 

震える身体を抑え、重い息を吐くレナ。

レナが生み出した【ガンダムサハクエル】は時代と共に進化している。

実際に開発されたのが15年も前でもその性能は他の太陽炉搭載機より数年分は上回っていた。

そこに武装の大幅な改良があり、今となっても連邦の量産機、ソレスタルビーイングのガンダムにも引けを取らない。

そして、ただのリペア機でないそのサハクエルを完璧に操れるのはレナ・デスペアたった一人のみ。

 

他に能力値の高い人間、イノベイドであっても本人が細部まで専用に手を加えたサハクエルをレナ以上に扱うことは叶わないのだ。

つまり、どれだけレナを想っていようと彼女に変わってやることはできない。

結論、レナ達の戦力の中で突発的な事態に対応できるのはサハクエルだけということになる。

 

「……とにかく、今は間違ってることを止めないと。そっちは確かだから、私達なら抑止力なれるよ」

「だといいがな」

 

ニールが付け足した一言にレナも顔を顰めて俯く。

渋い反応を取ってしまうのも仕方ない。

気が滅入るくらい、今は盤面が乱れている。

下手に事を動かせないのだ。

 

『デンタツ!デンタツ!アベックドモ!アベックドモ!』

 

「あ、アベックって……」

「はははっ。まったく、こいつはとんでもねえ時代遅れだ」

 

二人のやり取りを静かに見守っていた黒HAROがチカチカと両目を光らせて揺れた。

黒HAROの言葉に苦笑いしつつレナは伝達を送ってきた主を問う。

 

「HAROちゃん。誰から?」

 

『モレノ。モレノ』

 

再び目を点滅させる黒HARO。

名を聞いてレナとニールは顔を見合って、レナは長い金髪が特徴のダンディなドクターを、ニールは金髪のおカッパ頭が特徴のドクターを同時に浮かべる。

 

ジョイス・モレノ。

元々は4年前までソレスタルビーイングの母艦【プトレマイオス】の搭乗医師として尽力していたが、【フォーリンエンジェルス】にてプトレマイオスが沈み、そこから瀕死の搭乗員二人と共にレナ達が匿っていた。

そこから4年間、最初は客人だった彼らも今やレナと志を共にする者達であり、レナ達の力となっている。

そして、その内の一人も()()()コロニー内の医務室にいる。

 

「HAROちゃん。伝達事項を見せて」

『マカセロヤイ!マカセロヤイ!』

 

端末を黒HAROとコードで接続し、メッセージを確認する。

そこに添付されたデータはモレノから定期的に送られてくる診断書。

まさしくもう一人の元トレミー搭乗員のものだ。

 

「こいつは……リヒティのか」

「うん」

 

頷きつつニールの表情を横目で窺う。

5年経った現在でさえ、昏睡状態に陥っているかつての仲間に思うところがないわけがない。

やはり今でもニールの表情が沈むようだ。

 

「様子は変わらないみたいだけど、行ってくるね」

「おいおい、俺は置いていくのかよ?」

「え?えっと……」

 

リヒテンダール・ツエーリ。

医務室の第一救命ポットで常に眠る彼もまた元トレミー搭乗員だった。

ニールからすればソレスタルビーイングの武力介入より以前、メンバーが集められた時からの付き合いだ。

様態を見に行くといえばついて行く、と言うのは当たり前だろう。

だが、レナは困った顔をした。

そして、それにニールも気付く。

 

「ははっ、冗談さぁ。そう真に受けんなよ」

「う、うん。ごめんね。ニールにはデュナメスで確認もしてもらいたいことあるし、モレノさんに個人的に用もあるから……」

「あぁ。分かってる。だから、早く行けよ」

「……ありがとう」

 

目を逸らしながらレナは礼を言い残して退室する。

レナを見送り、出て行ったのを確認するとニールは自分の髪をかきあげて盛大なため息をついた。

彼女にあんなに申し訳無さそうな顔をさせる自分が情けない。

 

「……馬鹿か、俺は」

 

4年前の【フォーリンエンジェルス】にて、国連軍との戦いの最中にアリー・アル・サーシェスが乗った【ガンダムスローネ ツヴァイ】を目にし、奴を追った先でレナと出会った。

スローネ ツヴァイから咄嗟に守った交戦中モビルスーツは自慢の双翼は根元から熱を帯びて千切れられていて、複眼は片方を失い、五体は満足ではなかった。

そして、その中に瀕死のレナがいたのだ。

 

ニールは即座に手を差し伸べたが、彼女はそれを断わり、ニールに彼の仲間が危険であることを伝えた。

なぜレナがトレミーの状況を把握していたのかは当時は理解できなかったが仲間の危機を聞いてはいても立ってもいられず、ニールはレナの元へ戻ってくることを約束して国連軍との戦闘宙域に戻り、既に討たれていたソレスタルビーイングの内、半壊状態に陥っていたプトレマイオスの乗員を三名のみ救出することができた。

 

それがモレノ、リヒティともう一人……クリスティナ・シエラだ。

クリスティナ・シエラもまた元プトレマイオスの乗員で、戦況オペレーターだった。

当然、リヒティやモレノと同様にニールの大切な仲間でもある。

そんな三人を一人は今もなお昏睡状態とはいえ救い出すことができた。

 

後からレナに聞いた『本筋の流れ』というものとは別の結果を手に入れることが出来た。

そんなレナには感謝しかない。

現にクリスもリヒティのこともあるが、レナに感謝してソレスタルビーイングに戻りたい気持ちを抑えて彼女の手助けをしている。

 

だが、レナがそれだけのことをしてくれたに対して自分はどうだろうか。

ニールは自分がレナの役に立てているとは思えない。

実際、今のレナは目的とは違う行動を取っている。

それなのに彼女を止めることすらできない。

それは何もニールだけではない。

みんながそうだ。

今のレナは誰にも制御できない。

本人にも。

 

とある中東国の姫からの言葉を受け、レナの目的は対話で世界とわかり合い、戦いを止めることとなった。

だが、実際にレナがやっていることは呼び掛けた相手が応えるまで淘汰し続けることだ。

ニールも周囲の人間も一度はそんなレナを制止した。

しかし、最初のレナは自分を信じ切っていたのだ。

いつの間にか手に負えなくなるまで。

気付いた時にはレナは自身の手でレイ・デスペアを討っていた。

その直後の彼女の様子はニールですら目が当てられない。

 

「クソ……っ!」

 

誰もいない部屋で悪態をつく。

やり場のない焦りと憤りを抱えてニールは立ち上がった。

レナに言われた通り、デュナメスの点検に向かう。

デュナメスを動かしている間は気晴らしになるだろうと思ったからだ。

なによりずっと暗い気持ちでは気が滅入る。

ニールが部屋を出ると室内でスリープしていた彼のハロも起動し、無重力を頼りに跳躍してついてきた。

 

「デュナメスの動作確認だ。ハロ、悪いがちょっと付き合ってくれ」

『マカサレタ。マカサレタ』

 

パイロットスーツに身を包み、ヘルメットを肩に掛けてハロを捕まえて脇に抱える。

そうしてニールは医務室とは逆方面の格納庫へ向かった。

 

 

 

 

 

黒HAROの中に内蔵された各モビルスーツのデータを眺め、移動中にも作業を欠かせないレナは前も見ずに医務室へ向かう。

見知ったコロニー内の移動なので下を向いていても道がわかった。

もちろん危ないことも承知だが、それだけ手を休めている暇がないのだ。

そんな多忙さにレナが嘆息する中、いつの間にか目的の医務室前に辿り着く。

入室するとドクター・モレノは待っていた。

 

「やあ。最近はこもりっぱなしだったからな。久しいな」

「お邪魔します。モレノさん。相変わらずなんですね。そのサングラス」

「はははっ。どうだ?似合ってるだろ。実は新品なんだぞ」

 

入室してすぐレナが思わず口にした通り、モレノは自身のアイデンティティとでも言うかのようにサングラスを掛けている。

4年前はおカッパだった髪型は今ではすっかり伸びてロン毛になっていた。

なんでも昔に戻しているだとか、どうでもいい話だ。

 

「リヒティさんの容態はどうですか?」

「相変わらずぐっすりだ。こればかりは本人の回復を待つしかないな」

「そうですか……」

 

隣接する部屋は医療カプセルが並んでいるが、そのうちの一つは常に使用中のランプが点滅している。

リヒティだ。

 

「幸い、もう命の心配はない。リヒティの半身が機械だったのが良かったんだ」

「そうですか……良かった」

 

モレノの報告を聞いて安堵の笑みを浮かべる。

だが、モレノには目の下のクマが原因でやつれた笑みにしか見えなかった。

そのことについて指摘する。

 

「最近、あまり寝てないだろう?」

「………っ…!それは……」

 

言い訳はしない。

交渉相手などとの会話でブラフを混ぜることはできても意味のない嘘はつけないタイプだ。

目を逸らすレナにモレノはため息をつく。

 

「まあ、無理もないが……。休息はきちんと取った方がいい。君の場合なら尚更だ。辛いからこそな」

「……はい。わかっています」

 

レイとのことで相当きているのは自覚している。

モレノがカウンセリングを本格的に始めたのもその後からだ。

レナを床に固定したパイプ椅子に座らせ、レナのカウンセリングを始める。

前置きはもう済ませた。

最初から彼女の心の奥に引っかかっているものを突いた。

 

「一応彼を殺してはいないんだろう?」

「はい。でも、死んでても死んでなくても……私がお兄ちゃんを攻撃したのは間違いないから……。その事実はもう、変えられない……」

 

膝の上に乗せる拳に力がこもる。

レナの身体は小刻みに震えていた。

自分の犯してしまったことを痛感している。

 

「確かに。もう彼は頼れない。彼自身の意思もそうだが、我々は君を中心に動いている。君が彼を敵と認識してしまった今、我々の総意も同じなってしまった」

「……わかってます」

「まあ、あの時は仕方がなかったのは間違いない。みんな君にそうするように願っていた。君は強いが、心までは強くない。周囲の重圧に焦ってしまうのも無理はない」

「そんな……」

 

レナの表情に失望が浮かぶ。

あの時はアロウズのイノベイターとしてのレイの行動に誰もが不快感を抱いていた。

レナを支持する子供たち……今では立派に成長した子もいるが、彼らを筆頭にデルやクリスもレイを邪魔者のように扱った。

実際にレイはレナ達にとって敵勢力だった。

途中からはレオとニールも折れ、留美(リューミン)も賛同した。

 

みんなの心のうちはただ一つ、辛い思いをしているレナに一番寄り添わなければいけないレイがレナの邪魔をしていることがどうしても許せないということだ。

レナを想ってのことがレナを逆に苦しめているとも知らずに。

最後まで反対したのはネーナくらいだった。

彼女は作戦実行中もあまり乗り気ではなかった。

 

「ネーナ君と違い、私は強く反対できなかった。本当にすまない……」

「いえ……。私がもっとしっかりしてれば……みんなを宥めることができたのに……。みんなに責任を擦り付けても意味はないです。やったのは私、お兄ちゃんを討ち落としたのは、間違いなく私なんです」

「何を言う!そう、あまり自分を責めるんじゃない。直接手を下したのは君でも、あの状況では仕方ない。君は悪くない。悪いのは我々だ。我々を悪く言いたくない君の気持ちもわかるが、これは事実だ」

「………っ」

 

レナの意見を否定したいばかりに身を乗り出してしまったモレノ。

発言を終えてからそのことに気付き、咳払いをして気を取り直す。

 

「失礼。感情的になり過ぎた。とにかく自分を責めるのはやめなさい。それはいずれ君を追い詰める」

「……はい」

 

どこか納得は言っていないが、とりあえずレナを頷いた。

それを確認してモレノは胸を撫で下ろす。

このままレナが自身を責め続けると自壊してしまう恐れがある。

もうそれも目前に迫っているほどだ。

どうにか今は寸止めできたと言ってもいいだろう。

ほんの少しのさじ加減でレナ・デスペアは崩壊してしまう。

 

そうなればいつ起こりうるかわからないイレギュラーに対応できる勢力が、モレノ達もが道ずれを食らって崩壊する。

だが、モレノにとってそんなことはどうでもいい。

彼にとって最も重要なのはレナが壊れてしまわないことだ。

彼女に罪はない。

関係のない世界の悲しい運命に巻き込まれて沢山のものを失った哀れな被害者だ。

 

その上で自分も失ってしまうなんてことはあってはいけない。

彼女は前世も合わせてもう何十年も生きているが、モレノも驚く程に精神年齢は幼い。

イノベイドの外見の変化は人間より遅いため、精神年齢がそれを上回ることはあるが、レナは逆に外見に相応する。

おそらく前世で最期に迎えた年齢とさほど変わらないだろう。

数々の修羅場を乗りこえた彼女を達観したように見る者も多いだろうが、モレノにはそれが年相応の心の脆さを守る砦に見えた。

そして、今はその砦が崩されそうになっているのだ。

 

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