息抜きで書いたイノベイター転生   作:伊つき

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宇宙(そら)に散る

 西洋の壁画。騎士の戦。叔父(アーサー・グッドマン)の家にあるその画が、物語っていた。例え導く立場に辿り着いたとしてもその頂きでどんな理想を抱いても、無意味なのだと。

 

 全ては力。強さ。鋭さ。誰かに奪われないためには誰かから奪うための力が必要だ。他者を虐げても構わない。それが、力の象徴であり、生きることなのだから。

 

 憎いのは弱さだ。自身の弱さが両親の死を招いた。私は奪われる立場に甘んじない。故に、壁画の聖戦を前に誓った。

 他者からの虐げを許容しない。他者の支配を受け付けない。

 

 殺せ。奪え。暴力だ。他者より強く、他者より惨く。世界は無情なのだ。

 だからこそ、自身より上位の存在を認めてはならない。足りなくとも届かなくとも手を伸ばさなければならない。例え、命を削ったとしても強者を超える。

 それが、それこそが──―。

 

『この世界で生きる道だ!』

『…………ッ!!』

 

 ビームソードを抜刀するギルス。赤い輝きを纏うことにより得たスピードで、迫り来る相手に対してレナは即断を求められ、射撃より斬撃による刃の衝突という防御手段を選択する。

 

 咄嗟にビームサーベルでギルスを迎え撃つサハクエル。粒子ビームで生成された刀身が交わり、互いに出力を全身に集中させた両機の間で両刃は摩擦による火花を散らす。 

 

 両機の出力は同じ。トランザムを共に使用し、四年前に存在したアドバンテージは完全に消失していた。

 力比べは均衡──ではなく、手に持つその得物の威力が異なっていた。徐々にサハクエルが押される。

 

『トランザム同士の対決……っ!』

 

 サーベルの出力差で自身の刃が迫ってきたレナは即座に後退し、相手のサーベルに空振りを与える。しかし、相手の対応が早い。

 

 否、原因は分かりきっている。速くなったのはギルスだ。ネルシェンの反応速度がその機体の速度に適応、感覚を倍化しているのは確かだ。が、そんな人が少し限界を超えた程度の差異にいちいち驚くほど、レナは人間の対応力も進化も土壇場の最大発揮力も侮っていない。

 

 相手もトランザムを使用している。その稀有な状況に初めて直面してレナの方が反応しきれていないのだ。

 自分の他に、この時代にてオリジナルの太陽炉を用いないトランザム使用者が現れる可能性を考慮していなかった訳ではない。レイに聞かされていた本来の歴史でも一人、例外がいることは確認していた。

 

 そして、自分たちが介入したことにより本筋とは離れ、新たな可能性が起こりうることも当然わかっていた。

 だけど、どんなに予測して計算してプログラムしてシミュレーションをして万全の準備をしていたとしても実際に直面するのは訳が違う。

 

 だって、そうでしょ。イオリアですら想定してなかったことだ。

 いや、想定していても無駄だったことを理解していたのだろう。今、目の前にしているレナだからこそわかる。

 

 こんなものわかってても意味はない。過去にとやかく言われたくない。直面してるのは自分。過去の分析でなんとかできるなら今すぐ助けてよ。そう思わざる負えないほど予測と現実の乖離が激しいのがこのトランザム同士の衝突だ。

 

 対応、その次に対応、そしてまた対応だ。対応するんだ。対応するしかない。

 休みなどない。さぁ、次の一手がくる。それが終わったらコンマで次だ。相手も加速して、自分も加速して、見える世界が加速している。その中で常に、極限の"集中"を──―! 

 

『やあっ!』

『…………っ!』

 

 振り下ろす両機。衝突するビーム状の刃。ビームサーベルとビームソード、その出力の差で毎度サハクエルが押されるが、真正面からぶつかると見せかけてなんとか衝撃を後方へ流すことで相手の勢いも利用して懐に入る。

 

 そのままサハクエルの刃はギルスの腹部へ。しかし、逆手持ちで腰部から抜かれたもう一本のビームソードによって横一文字に真っ二つにしようとしたサハクエルの刃は阻まれる。

 

 両機間で火花が散る。行き過ぎた最初のビームソードがその勢いを終え、自由になったのを機にサハクエルを斬りつけようとするが、サハクエルは相手の右手首を掴んで止める。

 

 両者、力任せに相手を負かそうとすることでギチギチと音を鳴らしつつ睨む合う。

 均衡が始まろうとした時、先手を打ったのはギルス。至近距離であることを活かし、即座に蹴りを相手の腹部に打ち込む。

 

『うっ……!』

『くたばれ!!』

 

 右手に持っていたビームソードを捨て、右腕に備え付けてあるビーム砲の砲身を展開する。砲口を広げることで、砲口が焼けることを防げるため、より強力なビームを放てるようになる。つまり、メガランチャーだ。

 

 その砲口がサハクエルを捉えたのを目と端末で察知したレナはまだ衝撃を殺しきれていないまま、即座に回避行動を取る。

 

『そんなもの……!』

 

 蹴られた衝撃に抗わず、その勢いを逆に利用し、後退を選択するレナ。即座に敵の射程から外れないその動きは、一見、回避運動とはかけ離れたように思えるがレナの脳裏には考えがあった。

 

 相手の最大出力のメガランチャー式ビーム砲は威力こそ凄まじいが、発射までのタイムラグがほぼ確実に発生する。トランザムを用いた今回の砲撃は通常のより射程が広く、粒子の変換量は増えるが変換効率も上がっている。故に、通常と発射までの時間は変わらないが、威力は上がる。

 

 そんな、GN粒子を発見し、太陽炉をトランザムシステムを可能とさせる構造にしてしまったイオリアを恨みたくなる最悪の武器を前にレナは、特に焦燥の感情は覚えなかった。既に回避できる計算式の解が算出されており、あとはその式の通りに動く。

 無論、簡単なことではない。故にレナはより()()領域へと沈んだ。もっと、もっと、より"集中"を。

 

 超強力粒子砲、ガデッサのメガランチャーより凄まじい威力のビーム砲の砲口が煌めくその瞬間、レナはそれを確認して目を見開く。

 今。この瞬間。蹴られた衝撃も緩やかになり始め、砲口の煌めきが目に映ったと同時に舵を右に倒す。

 

 敵との距離。サハクエルに砲撃が届くまでの時間。どれだけ超火力でもサハクエルの機動力なら充分対応できる。

 

『逃がさん』

『…………っ!』

 

 ハイビームの回避に成功したレナ。しかし、ネルシェンはビームを放ちきるまで砲撃の重い負荷の中、強引にサハクエルへと射程をズラしてその跡を追う。

 凄まじい威力のビームに吸い込まれそうになるのを、ビームとは逆方向への出力で飛ぼうとするレナの操縦は何とか力むことで堪え続ける。

 

『…………っ、ぁぁぁ……っ!!』

 

 引力に逆らいながら赤い輝きを纏うサハクエルは、その輝きをさらに加速させる。粒子の濃度が限界値へと到達し、そこから圧縮作業が始まる。そして、圧縮された粒子は太陽炉から機体を経由し、バスターライフルの銃身、さらにはその銃口へと流れていく。

 

 銃口に蓄積されたそのエネルギーは、引き金を引けば放出される状態に。しかし、レナは引き金を引かない。

 相手の粒子ハイビームの出力は弱まっている。その傾向を視覚と触覚で捉えて、タイミングを図る。

 

 二丁のバスターライフル、その接合パーツが稼働する。レナの意志により近づく二丁。センサーが二丁の接近を察知したことで稼働し、バスターライフルは銃口へのエネルギーの蓄積を終えたと同時にドッキングした。

 そして、──―

 

照準固定(ロックオン)……!』

『…………っ!』

 

 相手のキャノンの威力が粒子ビームレベルにまで細くなり、途切れると同時にサハクエルがツインバスターライフルを構える。その銃口は当然、ギルスを捉えていた。

 ネルシェンもそれを視覚で捉える。砲撃を終えた体勢から即座に回避の予備動作へと移った。同じタイミングでツインバスターライフルの引き金が引かれる。

 

狙い撃ち(シュート)……!』

 

 ツインバスターライフルが火を噴く。放たれる粒子ビームキャノン。トランザムでさらにその威力、射程に数字が上乗せされている。相手もトランザム状態とはいえ、その引力、範囲から逃れることは容易くない。

 

『ぐっ……! ぬぁぁ…………っ!』

 

 今度はネルシェンが引力に逆らう。舵を取り、引き込まれないよう限界まで力みながらめいいっぱいに引く。

 サハクエルとギルスはそれを繰り返した。片方が砲撃を放っては引力に逆らい、ビームはその後を追う。やがて、ビームが細くなり、掠れるように消えた後、もう片方が砲撃を放つ。

 

 両機はその行動(ムーヴ)で円を描きながら平行に移動し、どちらかが腕力に限界が来て砲撃に引き込まれるのを狙った。

 だが、どちらも譲らない。幾度か繰り返し、両機のパイロットが粒子残量を同時に確認。それを合図に両機は砲撃武装を射撃形態に戻して距離を取った。

 赤い粒子の輝きで機体全体が包まれている両機にとってそのやり取りと判断にかかった時間は僅か。

 

『はぁ……! はぁ……!』

『存外しぶとい!』

 

 サハクエルの眼光とギルスの眼光が煌めく。互いの瞳に宿した光源から発せられる視線が交差する。

 刹那、両機はビームサーベルを抜刀して斬り結ぶ。機体そのものが交差する。その後、ギルスはビームサーベルをビームソードに出力を向上。

 

 衝突を臨むギルスの突進にサハクエルはレール砲をビームモードにして牽制射撃。それを容易く回避したギルスはサハクエルの懐へと入るもサハクエルはトランザムの速度を利用した後退で回避。ビームソードが空を斬る。

 

『……っ!』

 

 空を斬ったその勢いのままギルスはビームソードを捨てた。そして、その腕に装備されたサブマシンガンの銃口をサハクエルに向けて発射する。その弾道は全て回避され、ネルシェンは顔を顰める。

 と、同時にネルシェンの目に一基のウィングビットが映った。サハクエルはギルスの目前から退避する時に置いていった。小型だったため、センサーもネルシェンも反応できなかった。

 

 気付いた時にはウィングビットから発せられた極細粒子ビームによってギルスの左腕に搭載されたサブマシンガンを破壊された。ネルシェンがビームソードを捨て、サブマシンガンを構えることまで想定されていたが故にそこに()()()()ウィングビットだ。

 ネルシェンは舌打ちする。

 

『異次元の戦闘センスをここまで披露しておいて、それで構成されていないなどとよくほざく。この化け物め……!』

 

 これでギルスはサブマシンガンを失った。ドーバー砲兼ビーム砲を右腕に装備しているため、左腕にしか装備されていない。

 接近困難なサハクエルに接近するために過剰に搭載した装備の数と異常な機動力。もう既にどちらも奪われている。血反吐を吐くほどの暴力的な加速を早々に失い、ネルシェンはほぼ自傷なし。

 

 自身の肉体と腕前(プライド)を捨てた結果、一瞬でそれらを削ぎ落とされ結局前と同じ状態で戦っている。

 これがセンスの差。天才と秀才の差。軍人になり、凡人に与えられる最大限の才能に過信せず、努力も積んだ。それでも足りず、支払えるものは全て支払った。

 

 それでも、どうだ。目の前の敵は。パイロットの言動とは真逆な敵機の鋭い眼光。

 人生の経緯、自身の能力、最後の狂気。何も知らない人間が見れば、ネルシェンのことを戦闘マシンだと思うだろう。

 だが、本物の戦闘マシンは自分からなるような贋作では無い。本物は、神から与えられるものだ。目の前のサハクエル(それ)は、神から戦闘の全てを与えられた究極だ。

 

『くっ……! ああぁあ……っ!!』

 

 雄叫びを上げる。気概で自分を盛り上げないと狂気を保てない。

 究極の戦闘マシン、化け物に挑むには正気に戻ってはいけないのだ。

 ギルスはドーバー砲の砲身を展開、メガキャノンに。両腰からGNプラズマ収束ビーム砲を展開。マシンキャノンも開門し、全門発射。ギルスが可能とする一斉射撃を放つ。

 

『……っ! 狙い撃ちっ!』

 

 サハクエルはギルスの粒子ビームも砲撃も全て回避。結果、機体全体が逆さになり、その状態のままフルバーストで一斉射撃を返す。

 ネルシェンは瞬きを禁じ、目を凝らす。一瞬も見逃さない。瞳孔も揺らさない。

 捉えた。タイミングのズレ。

 

『時間差か!』

 

 今回の戦いでレナが初めて魅せた攻撃。

 ネルシェンは全ての粒子ビームを捌こうとしたが、自身から仕掛けたこともあって迎撃に移るまでのタイムラグが発生。数弾逃した。

 逃したビームはギルスの背後で二閃が接触して爆発。その爆発に反射されたビームが背後からギルスに迫る。

 

 同じ攻撃を何度もくらい、対応もできたネルシェンはその背後から来るビームのタイミングも読める。しかし、そちらに集中させてくれる敵ではない。

 サハクエルは既に追撃の一斉射撃を終えている。

 

『……っ!』

 

 焦って雑な一斉射撃を仕掛けたのが裏目に出た。一瞬の油断に最大物量で来た。

 全ては捌けない……! 

 

『ぐっ!』

 

 一瞬で選択。ネルシェンは捨ててもいい武装を選んでパージした。

 具体的にはピクサーロック、ハイブリッドシールド、ヒートロッド。それらを前方と後方に配置する。ハイブリッドシールドは構えた。

 シールドは前方からの強力な熱線の集中豪雨に熱が集中して膨張、爆散したが、攻撃を全て防いだ。

 

 しかし、ピクサーロックとヒートロッドは当然攻撃を防ぐものではない。弾道予測はしたが、全ては的中しなかった。

 すり抜けた粒子ビームが両腰のGNプラズマ収束ビーム砲と頭部のGNサブマシンガンを破損させる。使用不可となった。

 

『もう降参して!』

『……っ!』

 

 レナからの音声通信。

 相手はギルスの武装を戦闘前から分析し、把握している。ギルスに残された武装がドーバー砲と同様に搭載されているビーム砲。そして、ビームブーメラン。実質二つだ。

 つまり、情けをかけられた。

 

『黙れ!』

 

 ネルシェンの叫びと同時にギルスが変形する。簡易な変形。歪な飛行形態だ。

 宇宙では意味はないが、射撃を得意とするサハクエルに対して的が少し小さくなるアドバンテージがある。

 ネルシェンが見てきた中で最も射撃の才を持つレナを相手に有効に働く可能性はほぼ0だが、例え効果が僅かでもネルシェンにとってはやる意味がある。小さなことを積み上げて少しでも差を縮める。その少しで僅かに刃先でも相手の首に届くなら、やらない手は無い。

 

『墜ちろ!』

『……っ! 当たらないよ!』

 

 レナの言う通り。ギルスの飛行形態の主武装、ドーバー砲での粒子ビーム。バスターライフル一丁と同威力で同射程のそれ一本ではいくら直線で迫り撃ってもサハクエルには当たらない。

 サハクエルは簡単に避け、後退していく。加速力は同じ。両機の距離は縮まらない。

 ドーバー砲の砲身が展開し、ビーム砲となる。砲撃を放つ。サハクエルは回避してバスターライフルで反撃。ギルスも回避した。

 

『これ以上は無意味だよ! 分からないの!?』

『黙れ!』

 

 互いに無意味な攻防。

 アステロイドを避けながら繰り返し、元の宙域の方角へと移動する。

 

『……っ』

 

 粒子残量を確認する。トランザムの終了も近い。

 それは両機共に。だが、トランザムの発動はギルスよりサハクエルの方が少し早かった。先に尽きるのはサハクエルだ。

 その差は数セコンドだが、ネルシェンが攻め手を失っても無駄なあがきを続けるのはその状況にレナを引きずり込むため。

 

『……っ』

 

 そして、それを理解していないレナではない。

 レナもモニターに目線を一瞬逸らし、粒子残量を確認する。

 モニターの端にマップが展開される。サハクエルに搭載されたセンサーが現在のサハクエルとギルスの軌道上に衛生を確認したからだ。このまま直線上に後退を続ければ衛星に衝突する。

 情報を取り入れるレナの瞳は、輝きを宿している。目の前のギルスに対応しつつ瞳を揺れ動かし、状況を読む。

 

 ギルスも衛生を確認する。

 衛生への到達を迎えた後もトランザムは少し持つ。

 互いに脳裏に浮かんだ。決着の場は──―衛生! 

 

『……っ!』

『……っ!』

 

 ギルスがビーム砲撃。サハクエルが避ける。

 狙いは進行ルートの制限。回避行動を取ったことで衛星が近づく中、もうサハクエルは軌道を変えられなくなった。この距離で変えれば不時着する。

 刹那、両者の認識できる領域にまで、衛生が出現する。

 

『ギルス!』

 

 ネルシェンの叫びに呼応したかのようにギルスが飛行形態からMS形態に変形し、眼光が煌めく。ビーム砲を構え、砲撃を放った。

 サハクエルは回避。粒子ビームは衛星に直撃する。

 同時に、サハクエルが衛生の地平に後退のまま接近、地に足は付けず平行移動で後退を続ける。構えて向ける銃口は二丁のバスターライフル。

 

『シュート!』

『やらせるか!』

 

 ギルスがビームブーメランを二本、投擲する。残されたビーム砲以外の武装。これを切るタイミングがこの決着を左右することは両者共に予め認知していた。

 

『フルバースト!』

 

 待っていた。と、言わんばかりにレナは両肩のビーム砲と両腰のレール砲を展開する。レール砲をビームモードに。それを用いて粒子ビームを放ち、ビームブーメランを貫き爆散させる。

 ビーム砲とバスターライフルはギルス本体を狙った。

 ギルスも砲門をサハクエルに向けてビーム砲撃を放った。

 

『……っ!』

 

 先程ビーム砲撃を放って以降、砲身を戻し、ドーバー砲に変換しなかった。ビーム砲の状態のままずっと機を伺い、このタイミングで粒子ビームでは対抗できない選択肢を突きつけた。

 レナは瞬時に判断。機体を傾け、右腕と右肩のビーム砲、右腰のレール砲を犠牲に胴体の直撃を回避した。

 

『ライフルを一つ奪ったぞ! これで貴様の砲撃は封印だ!』

『……』

 

 レナのメットの中、汗が無重力に従って昇る。彼女の性格に反した鋭い眼力。輝きを有する瞳がギルスの姿を映す。

 ふぅっとレナは一瞬の気も抜けない緊迫した戦況で最低限の息を吐いた。

 レナは、それまで全力で引いていた舵をツーセコンドで二段階緩めた後、()()()

 

『何っ!?』

 

 武装も片腕も絶った。抵抗力の減ったサハクエルに、再度砲撃を放ってやろう。そう思考を過ぎらせていたネルシェンは不意を突かれ、動揺する。

 だが、その驚愕も愚かな隙だと言わんばかりに逃げ続けてきたサハクエルが急に推力をオフにし、最高速を出し続けていたギルスに衝突してきた衝撃で舌を噛み、思わず目を()()

 ──―はい。隙三つ。(シックス)セコンド。

 

『やぁっ!』

『……っ!?』

 

 ギルスに衝突する、それに備えていたレナは衝撃を最小限に抑えていた。すぐに回復し、バスターライフルは捨て、残ったサハクエルの左手をビーム砲の砲身に突っ込む。

 両機はギルスが想定していない衝突で勢いを殺せず、衛星に墜落する。無重力空間のため、一度衝突した後、跳ねる。そして、ある程度浮遊して勢いよく二度目の衝突。勢いは死に、二機のモビルスーツは離れて衛生上で落ち着いた。

 

『ぐっ……あぁっ……っ!?』

『……っ』

 

 すぅーっとレナが息を吐く。身体に適度な力を込め、衝撃をできるだけ吸収していた。とはいえ、レナはレイではない。自分で出来る限り吸収しただけだ。人間にできるそれである。

 ナノマシンを消費して肉体に能力を宿すレイのような離れ業はレナにはない。

 

『がっ……! あっ……! うっ、ぁ……ぁっ……! はぁ……! はぁ……! うっ!? ぐっ! うっ、ふっ……! かはっ!?』

 

 ネルシェンが吐血する。呼吸も上手くできない。

 想定外だった。何度も頭に叩き込んだ【翼持ち】の戦闘パターンじゃない。コンピュータの予測でもこんな行動を取る可能性や傾向を一切導き出せなかった。

 これは、レナ(翼持ち)の戦い方じゃない! 

 

 タンと血、鉄分の味を構わずメット内に自ら吐き出す。

 激痛と目眩の中、徐々に落ち着いてきた意識で必死に身体を動かし、ギルスを起こした。

 向こうも捨て身でダメージを受けるし、慣れてないことをしてすぐに動ける訳じゃない。だが、それを差し引いても不意をつかれたネルシェンの方に大きな隙ができる。そこを突かせる訳にはいかない。

 

 正直まだ視界も感覚も鈍いが、少しでもギルスを動かせるならば一秒でも早く起こさなければならない。

 トランザムはまだ継続している。ギルスは翔ぶ。サハクエルも跳ぶ。

 内蔵が裂けたような感覚が襲ってくる。気にする訳にはいかない。

 

 やられた。

 他人の戦術を取り込むのは危険だ。付け焼き刃は隙を生む。

 だが、極限の戦闘の終盤、相手の集中と判断力が落ちる中で採用するのは有効打だ。ここで自分の戦闘スタイルを捨て、新たなものを取り入れる。この終盤でその判断力。

 本当に化け物か貴様は……! 

 

『だが! 貴様は砲撃を失った! それは変わらん!』

『……っ』

 

 ビーム砲を構える。サハクエルを捉え、ネルシェンは引き金を引いた。

 だが、サハクエルへと向かったのは細い通常の粒子ビームだった。

 

『……!?』

 

 ネルシェンが思わず砲身を見遣る。同時に、モニターに出現する武装破損の表示。

 瞳孔が開き、脳裏に先程の衝突がフラッシュバックした。奴は、ビーム砲の砲身に手を突っ込んでいた。その時に砲門を一部破損させたのだ。

 

 レナはモビルスーツから武装に至るまで構造を把握出来る。技術の認知、製造、システム構築。そして、使用。網羅するレナだからこそ、激戦の中で敵機を正確に最低限で無力化できる。

 サハクエルの左手は指がもう二本しか残っていないが、それとバスターライフルを支払ってギルスから砲撃手段を奪い、自身の機体と同じ状態にまで陥れた。

 

『貴様!』

『……っ! 粒子が……』

 

 射程を見誤った射撃など避けるまでもない。粒子ビームは見当違いのところに、衛生の地表に着弾し、レナはその間に粒子残量を確認する。

 トランザム終了まであと──―。

 

12(トゥエルブ)セコンド! 12(トゥエルブ)セコンド!』

 

 黒HAROが両耳を開閉させながらレナに告げる。

 残った武装はビームサーベルのみ。相手は破損したビーム砲、もはやドーバー砲と変わらぬ一本のみ。条件は同じ。

 

『……』

 

 レナはトランザムを使うと自身の力の増長と共に判断力を失う。だが、今は自分でも驚く程に冷静だ。

 ──―勝てそう。レナの脳裏にその思考が過ぎる。肺が痛むほどダメージも負ってるが、相手の方が何倍も酷いはず。

 相手のトランザムは自身の+3~5セコンド程だろうか。

 

 それも含めて計算する。

 相手の最善手は無理に接近戦をしないこと。だが、ただ接近しないだけでは足りない。

 無論、普段の彼女ならこんな簡単な戦況を読めない訳じゃない。でも、直感でわかる。肌で感じる。今のネルシェンに適切な判断はできない。

 

 サハクエルは機動力もある。距離を取って粒子切れを待つのが最善手だが、粒子切れの前に射撃してきても当たらない。

 無論、射撃でも粒子を消耗する。下手に撃ってはこないが。ネルシェンはレナを恐れている。少なくとも1回、粒子切れの前に牽制を放ってくる。粒子切れを考慮してレナが事前に行動のラグを残して粒子切れ直後の対応をしてくるのを防ぐためだ。

 

 ネルシェンは用心深い。だが、今回に限ってはその用心深さで足をすくえる。気付いた時には相手も粒子切れ。

 双方の戦闘不能で終わりだ。みんなの元に駆けつける余裕はなくなるが、相討ちでもネルシェンからしたら敗北だ。レナからしたらギリギリ勝利と言えるだろう。

 

 今回の強襲。相手の狙いは自分だと戦闘中にレナは理解した。

 そうでなければ、レナを本拠から引き離さない。無論、それだけでは判断できない。最終な判断材料は敵総力だ。

 レナを引き離すのはレナが率いる勢力の殲滅においても最善手だが、今回はイノベイドによる少数の襲撃。いくらレナを引き離してもあの戦力ではデル達は墜とせない。

 

 だから、狙いは自分だ。ギルスがアンチサハクエルなのも含めてそう考察できる。

 つまり、ここでレナは負けさえしなければいい。そうすれば敵は撤退する。ネルシェンは捨てて行くだろう。本人には悪いが、イノベイドにとって、彼女はそういう扱いだ。

 イノベイドがこちらに向かってくることは無い。そんなことを許すニール達ではない。それは向こうも分かってる。

 

 イノベイド。彼らの仲間内でレナを処分したい。その上での最善手。

 その結果が今の状況だ。

 だが、それが裏目に出た。

 ──―私は、負けない。

 

『ぐっ……!』

 

 ギルスが距離を取る。

 よし、勝った。

 

『あれ?』

 

 衛生の地表から離れていくギルス。その光景を見て、相手の愚行にレナは自分の頬が緩んでることに気づいた。

 口角が上がっている。

 今、私、笑っている……? 

 

『ははっ』

 

 ビームサーベルを抜刀する。

 

『させるか!』

 

 ギルスが粒子ビームを放つ。ただの回避行動ではこっちの行動が制限されるだけ。

 相手が引き金を引く瞬間、照準を確定したタイミングで、回避行動。それと同時にビームサーベルを投擲する。

 

『……っ!』

 

 相手の驚く顔が目に浮かぶ。

 完璧な回避。完璧な投擲。粒子残量が尽きる。サハクエルのトランザムが終わった。

 でも、追撃の心配は無い。相手の残り時間は飛んでくるビームサーベルを捌くので終わる。

 

 ──―あぁ。

 

『くっ!』

 

 ビームサーベルが撃ち落とされる。ギルスの粒子が尽きた。ギルスのトランザムが終わる。

 それを確認してレナは通信を繋いだ。

 

『ネルシェンさん。もうやめようよ。私達はもう……えっ?』

 

 なんで? 

 どうしてギルス(相手)はまだ粒子を放出しているの? 

 予想外のことが、起きた。

 

『あっ……えっ……ええっ? あはは……えっ?』

 

 引きつった笑いが出る。

 目を見張る。あれ? なんで? おかしいな。

 粒子はちゃんと尽きたはず。どうして? 

 

『……っ』

 

 ネルシェンの舌打ちが聞こえる。レナが通信を繋いだからだ。

 そこでレナの脳裏にある予測が浮かんだ。

 ──―ギルスに搭載されているGNドライヴは一基ではない。

 

『……まさか太陽炉を二つ有しているとはな。余計なものを、と言いたいところだが』

『ダ、ダブル……ドライヴ……っ』

 

 最悪の文字列が、絶望の単語が並ぶ。

 時間がスローで動く。レナはギルスが自身に向けた銃口を瞳に映し、目を見開いた。

 

『どんな形であれ、私の勝ちだ。これで貴様の強さが手に入る』

 

 引き金が引かれる。

 サハクエルは太陽炉のみで動く機体では無い。とはいえ、機体全体を動かせる訳ではないが、ウィングバインダーを前方に折り畳むことくらいは可能だ。

 レナは即座に対応した。でも、簡単に予測できる。そんなもの気休めに過ぎない。運が良ければ即死を免れるくらいの恩恵だ。

 

『待っ』

 

 視界が粒子の眩しさで満たされる。

 刹那、爆炎に包まれた。目の前が吹き飛ぶ。熱い。痛い。

 ウィングバインダーは蒸発し、コクピットは剥き出しになる。コクピット内に爆炎が侵入し、破片と衝撃とパイロットがシェイクされる。

 レナの意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大破したギルスは健在。対するサハクエルは見るも惨たらしい。四肢がもがれ、断面は焼き目がつき、コクピットも丸出しだ。

 周囲には損傷したサハクエルのパーツが泳いでいる。

 

『あーあ。気絶してんじゃん』

 

 サハクエルは最期、ウィングバインダーで攻撃を迎え撃った。ダブルドライヴでまだまだ余裕のあったギルスなら念入りにトドメを刺せる。

 だが、ギルスはそれを行わなかった。

 原因を探る為にギルスに近づいたが、反応無し。その時点で察したがコクピットを無理やりこじあげるとパイロットのネルシェン・グッドマンは気絶していた。恐らく終盤のレナの不意打ちが効いていたんだろう。ずっと飛びそうな意識と戦っていたようだ。

 

『ま、人間にしちゃ頑張った方か。結局自分でやる羽目になると思ってたら、これだし。僕のアズラエルが出番なかったもんな』

 

 そう言って、ネルシェンを見下ろすのは、レン・デスペア。

 次にサハクエルを見遣る。

 

『よっと』

 

 ギルスからサハクエルへ。スーツのジェットを使って移動する。

 

『あ?』

 

 ボロボロのコクピットを覗くと虚ろな瞳と目が合った。

 これには少し、面食らう。

 

『……バケモンかよ』

 

 生きてはいると思ってたが、まさか意識までまだあるとは。

 今にも事切れそうだが、さすがに驚いた。

 レンの脳裏に過ぎる。ここまでして意識があるような奴。レナとの戦闘は恐らく自分の方が劣る。

 まあ、それはそういう()()だ。レイやレナと違って、レンはそこを認識している。故に劣等感はない。寧ろ、こんな化け物に自分がならなくて安心した。

 

『よぉ。元気かよ。って、元気な訳ねーか。ははっ』

『………………ぁ……だ…………………………れ…………っ…………』

 

 虚ろな目が尋ねる。

 

『……』

 

 まあ、これも予想通り。動揺しない。してない。

 レンは舌打ちを1回挟む。

 

『……んなこったろうと思ったよ。まあアンタも覚えてねえよな。おい。まだ死ぬなよ。後でリジェネの奴が迎えにくっから。んっ?』

 

 何か視線を感じた。

 そちらを見遣ると黒いHAROと目が合った。だが、ツインアイは薄い灯火を無灯火と灯火を交互に行き来し、ハロに共通するシステムよりも動きが少ない。揺れすらしない。

 黒くて分かりにくいが、ススがついている。ぶっ壊れ寸前と言ったところだ。

 

『記録されっと面倒だな……。捨てとくか』

 

 ハロには音声の録音など様々な機能が仕組まれている。特にレナのものなら危険だ。

 外宇宙に捨てておいた方がいいだろう。壊してもいいが、そこまで労力かける必要もないと判断した。

 

『おらっ』

『……っ……っ』

 

 何か反論しているが、喋る機能が死んでるらしい。薄い灯火をチカチカと点滅させながら黒HAROはレンに蹴り飛ばされ、宇宙へ旅に出た。

 

『……』

 

 目的は済んだ。後始末は近くで待機してるリジェネがやる。

 リヴァイヴ達も撤退を始めているはず。

 ギルスの回収だけしてささっとこの場を離れるべきだ。

 

『僕の作ったギルス下手に使いやがって──―』

『──―し…………すけ……………………?』

『っ!?』

 

 ギルスの方を見遣った瞬間、後ろから掠れるほど、思わず聞き逃すほど小さな声で、でも確かに聴こえた。

 レンは目を見開いた後、ゆっくりと振り返る。

 

『は?』

『……』

 

 振り返った時にはレナの瞼は閉じていた。

 今聞こえたのが幻聴かどうかももう確かめられない。

 

『おい』

 

 声を掛けるが、反応はない。

 レンは再度舌打ちする。

 

『殺させちまったじゃねえかよ……』

 

 天体じゃない輝きが視界の端に現れる。リジェネが近づいてきた。

 それを確認してレンは【ガンダムアズラエル】に搭乗する。

 

『ま、殺っちまったもんはいいけどさ。そうだろ? アズラエル』

 

 アズラエルのツインアイが煌めく。

 

『レナを使ってリボンズの奴がレイを混成種(ハイブリッド)にしようとする。んで、その前に僕がレイを殺す』

 

 レンの瞳が輝く。思考は筒抜けだ。

 でも、分かってたって意味は無い。出し抜けなんてできない。

 

混成種(ハイブリッド)のイノベイターになるのは僕。それで完璧』

 

 レイじゃない。ましてやリボンズ? なれる訳ねえだろ。夢見すぎ。

 イオリアに進化の機会を与えられたイノベイドは完全な塩基配列パターン0000のみ。適当な解釈で計画上のイノベイドに失望して、悲劇ごっこしてる奴に僕が負けるかよ。

 

『まあまずは、1人。脱落だな』

 

 現時点で確実に進化の可能性を摘まれた完全な候補。

 レナ・デスペア。彼女のイノベイター転生が終わった。


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