トワの旅 -the Beautiful Ocean-   作:ささや

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第一話 「世界一、安全な鎮守府」

「提督?」

「なんだい大和!」

 雲ひとつ無く、太陽が真上に差し掛かる麗らかな陽気の中、僕と大和は航海を続けている。 とは言っても巨大な船に乗っての二人旅と言う訳ではなく小さめのボートに僕を乗せて大和と言う艦娘がそれをロープで引いて海上を渡る旅だ。

「きれいな海域ですねー、波も穏やかで海も凄く透き通ってます」

 女の子でありながらボートに乗った僕を軽々と引きつつ海上をまるでリンクの上を駆けるスケート選手の様にその後ろで束ねた長い黒髪を揺らしながら前に進みつつも気づかいの言葉をかけてくる艦娘の彼女は本当に立派ですごい存在だと思うのだが…

「ああ、心が落ち着く様な海だねー…所でさ大和、僕を『提督』と言うのは止めていい加減、名前で呼んで欲しいのだけど」

「いけません! 私にとっての提督はアナタだけですから」

 少しむくれた顔になり彼女は顔を背けた。 僕よりもお姉さんでありながら上官の僕を立てて常に優しく、強く、凛々しく背丈も20cm高いのに顔は僕より小さいまるで日本人形の様な彼女なのだが、意外にもこんな頑固な面も持つ彼女に改めて僕はすごく魅力的だなと感じた。 多分これからも僕はこの女性を昨日より今日、今日より明日はより彼女を異性として意識していくのだろうと感じつつ、そしてこの物語が始まる。

 

          ☆

 

「ほら! 三時の方向、見えるだろ?」

「ドコですか? 何も見えませんよ!」

 太陽が水面に差し掛かり周囲が赤く染まる頃ひとつの小島、そこに港らしき建物と中腹にある基地らしき建物中の明かりまで目視できる場所まで着いたのだが、僕よりも優れた視力と聴力を持った大和がそれを見つけられないで居た…そう言った冗談をいう子では無い事も僕は重々知っている。

「もう、いいよ。 とにかく三時の方角へ前進してくれ」

「…了解しました…」

 沈んだ表情で大和はロープを握り前に進んだ。

 

 港まで約2kmぐらいの距離まで近づいた途端、大和がふらっと倒れこんだ。幸いにも倒れこんだ先が上手いことにボートへ乗り込むようになってくれたおかげで僕は海上から彼女を引くことなくボートに彼女を寝かせて介護した。

「おい大和! おい返事をしろ!」

 僕は彼女の肩を揺すってみたり、頬を軽く叩いてみたが何の反応も無く人形のように動かない。 ボート上での看病は埒が明かないので僕はオールで漕いで港へ向かった。

 

「(コンコン)、夜分にすみません、どなたかいらっしゃいますか?」

 港に着き、大和をおぶりながら中腹の基地の扉をノックするが物音が無く、人の声も聞こえない。

 普段ボートに乗るだけの生活から来る運動不足と僕よりも背が高い彼女を背負ってここまでたどり着くのは結構骨が折れ、到着した頃にはもうすでに夜更けだった。

 二分後、扉の先から足音が聞こえると鈍い音を立てて扉が開かれた。 扉の先には僕と同じ格好をした初老の男性が覗き込むように僕と意識を失ってる大和を見つめると、

「事情は何となく理解出来ました。 さ、中へお入りなさい」

 男は片方の扉を完全に開け僕達を向かい入れる素振りをした。

「ありがとうございます。 では失礼します」

 軽く頭を下げ、僕は大和を背負ったまま室内に入った。

 

「心配せずに、ただ気を失ってるだけの様だ」

 寝室まで運んだ大和をベットに置き、布団を掛けながら初老の提督は僕に言った。

「このまま寝かせておけばいいだろう、しかし君の様な若い士官がこんな超弩級戦艦を従えているなんて…君は優秀な指揮官なのかな?」

「いえ、そんなんでは無いです、改めまして司令官、僕は『永遠(とわ)』と申します」

 一応の敬礼を遅くなったが向かいの男にすると男も返すように敬礼をした。

「『永遠』か良い名前だね…こちらこそ始めまして永遠君、自分はムラヤマと言うのだがこんなめったに人の来ない鎮守府で艦娘達と長く居たせいか名前より『司令』と呼ばれる方が慣れてしまってね、君もそう呼んでくれるとありがたいのだが?」

「了解しました!司令官」

「うん、では永遠君の部屋も準備するとしよう」

「いえ、今夜は自分、この部屋で彼女を看たいのですが!」

「…そうか、その方がいいだろうな! 食事の用意をしてくるよ」

 そう言ってムラヤマ司令は部屋を出た、歳は六十五歳くらい白髪混じりの短髪、痩せ型だが体つきは悪くなく姿勢正しく行儀良く、相手を気づかう性格や穏やかだがしっかりした物腰で話す姿はまるで理想の上官の様に見えた。

「ここはどうやら良い鎮守府みたいだよ…」

 そう言って僕は静かに眠る大和の頭をさすった。 そして僕はムラヤマ司令が用意してくれた食事を取ると大和の隣のベットに横になり彼女を観ながら眠りについた。

 

          ☆

 

「おはようございます!司令官」

 翌日の早朝、呼び出された僕はそう言って司令室に入った。

「おはよう、良く眠れたかね?」

「はい、お陰様で。 凪の海上泊も悪くないですが、やっぱり陸のベットの上だとグッスリ眠る事が出来ますね。 これって陸上生物の性なんでしょうかね?」

「ハハハ、それについては同意見だな!」

 そう言ってムラヤマ司令は手振りで僕を応接テーブルの椅子へと誘導してきた。

「失礼します!」

 僕が腰掛けると、司令官がインターホンのボタンを押して、

「『おはよう、私だが司令室へ朝食を二人分用意してくれ』」

 インターホンのボタンを離して席を立つが、彼は僕の前に座るのではなく、入り口のドアの前で待機し始めた。 十分後、『失礼します!』の声と同時に来る軽やかなノック音と共に朝食を載せたカートを引き入ってくる駆逐艦、五月雨が緊張しながら入室するとカートの上に乗っている二人分の朝食が置いてある彼女より体格よりも大き目のトレイを両手で抱えると応接テーブルまでおぼつかない足取りで運び出した途端、

「あっ!?」

 案の定とばかりに彼女の足がもつれてトレイの皿がぶつかり合い出したがその刹那、そばで待機していたムラヤマ司令が知っていたかのように片手でトレイ、もう片手で五月雨を抱えて、事無きを得た。

「あっありがとうございま……し、司令?」

 安堵の表情から突然、来賓の席での失態に叱責を受けるのか思ったのか、それとも助けてくれたのがムラヤマ司令だった恐れ多く申し訳ない気持ちになってしまったのか、不安半分怯え半分といった顔に変わった五月雨はただただ震える様に指令を見つめていた。

「うん、大丈夫かね?五月雨」

 五月雨の姿勢を正した後、失態を咎めることなく彼女を気遣いの言葉をかけた初老の指令はただ優しい顔で見詰めて居ると、彼女の顔が次第に穏やかになってきた。

「……はいっ!ありがとうございます、司令」

「……今朝もトーストとオムレツなんだね?」

「はい…あっそう言えば司令は和食の方がお好みだったのでしたね。 明日の朝はその様にしますので申し訳ありません」

「いや、オムレツも美味しそうだから気にしないでいい。 明日は楽しみにしてるよ」

「はい!」

 笑顔が戻った彼女は朝食の乗ったトレイを無事にテーブルまで届けて終えると明るい顔で軽く会釈して出て行った。

「すごくお優しい…と言うか、よく気が付きましたね」

 五月雨がコケるのではと察しての行動を言ったのだが、まるで司令は『こんなことは日常茶飯事だよ』とでも言いたそうな、特に関心もない表情で僕の向かいに座った。

「少し抜けた娘だが可愛い子だよ…さっ食べよう、今日は建物を案内するよ」

 そう言ってムラヤマ司令は朝食を食べ始めた。 『美味しそう』と言ってたトーストとオムレツだったがやはり口に合わないのか、食事を楽しむかのような表情もなくただ必要な栄養を摂取するだけの作業の如く皿の上の料理をただ口へと運んでいた。

 

 朝食を終えて僕はムラヤマ司令に付き添い鎮守府内を案内されているのだが、真新しい建物の割には閑散とした感じがしたので聞いてみると、まだここはは出来て間もない鎮守府らしく敵の勢力も不明な為、水雷戦隊を一艦隊しか配属していないと言うことだった。

「そしてここへ配属されて約半年、敵の姿も見たことない非常に平和な鎮守府だよ」

 そんな会話を続けながら工廠へと続く廊下の曲がった先で一人佇む駆逐艦が居た。

「はわわわ…」

 どうして良いのか判らずオロオロするだけなロングヘアをバレッタで後ろに止めた彼女へと近づくムラヤマ司令に僕も付いて行った。

「電、どうしたかね?」

「はい…電は昨日の演習で砲塔を壊してしまったのですが、修理で工廠へ持っていく途中で転んで砲塔をもっと壊してしまったのです……って! はわわ、司令っ!?」

 似たような状況で先程の五月雨と被ってしまうのもあってか電も初老の司令に対して同じ顔で居たのだが、ムラヤマ司令はそんな事すらお構いなく彼女に近づき砲塔を触り、

「うん…ここまで亀裂が入っては修理は無理だろう、予備があるはずだからそれは廃棄して交換するといい!」

 そして、ここでも初老の司令官は変わらず艦娘への叱責もなく優しい笑顔で彼女を見るだけだった…

「はっはい! ありがとうございます司令!」

 彼女もまた、笑顔を取り戻して司令のもとから去って行った。 それを見送る彼の眼が、僕にはものすごく寂しそうに見えた…。 司令官として、貴重な兵器を廃棄することになった事に対してか、それとも未だ心開かない部下に対してか、僕には判らなかった…。

 

 それからも僕はムラヤマ司令に連れられて全ての鎮守府内を案内してもらった。 途中で行き交った艦娘達は先程の娘達と似たり寄ったりな感じで最初は驚きつつも何とか平静を取り戻して作り笑顔を見せる…着任してまだ半年、まして年の離れた上官に対して簡単に心が開けないのも無理は無いとは思うが、それでも彼女たちは平静を装うとして居た。

 そんな対応をする彼女達の気持ちを、このムラヤマ司令も気付いていると思うし理解してるのだろうと思う。

 人を束ねる方法なら例えば一部の学校の教諭や会社の上司の様な『自分への恐怖』で縛ることも出来るのだが、彼はそれを行わず、ただ優しく艦娘たちへ接する姿勢を見て僕は『この司令官はなんて優しい人なのだろう』と感じた…

「ここは本当に良い鎮守府ですね…」

 お昼近くのいい陽気の中、中庭を案内される道中で僕はムラヤマ司令に心からそう思って言った。

「そう思ってくれるか……では永遠君、副指令として私の鎮守府へ転属してみるかい?」

 振り返って僕を見つめたムラヤマ指令だった…が、彼は僕にも部下へ向ける笑顔を見せていたのがその薄く細める瞳の奥に訴えるかの様な感情を感じていた。

「ただし、君の戦艦はずっと眠ったままになるがね」

「え!? それはどういう意味でしょうか?」

 僕の質問にムラヤマ司令は何も答えず彼はただただ僕を見つめるだけだった。

 沈黙すること約1分ほど、割って入って来るようにお昼を告げるチャイムが鳴り僕から目線を外すようにムラヤマ司令は懐中時計を見た。

「昼食の時間だ官舎へ戻ろう、午後は軍務があるのですまないが君の相手は出来ない。 まぁ好きにしてくれて構わないよ」

「あのっ 司令官!」

「そうだ、明日の朝食も指令室で一緒にお願いできるかな? 辺鄙な海域で来客も少ない、たまには他の鎮守府の話を聞いてみたいのだが」

「はっはい、僕の話でよければ喜んで」

「……今何を言っても信じてもらえないだろう…あす、明日になったら答えるよ」

 そのままムラヤマ司令は方向転換して一人官舎へ歩き出した。 午後一人になった僕はまだ宿舎で眠る大和のそばでずっと目が覚めるのを待っていた。

 けど彼女は目覚めることなく、この鎮守府での二日目が終わった。

 

          ☆

 

「おはようございます!司令官」

 鎮守府は昨日と変わらず晴天の早朝、僕は昨日のように司令室へ入った。

「おはよう」

 ムラヤマ司令もまた昨日と同じ対応で僕を応接テーブルの椅子へと誘導してきた。

「失礼します!」

 昨日の最後の言葉を気にする僕はやや緊張した面持ちで椅子に座るが、ムラヤマ司令は昨日と変わらず落ち着いた感じだった。

「『おはよう、私だが司令室へ朝食を二人分用意してくれ』」

 インターホンのボタンを離して席を立ち、またこれも昨日と同じく入り口のドアの前で待機し始めた。

「あの…司令官?」

「ああ、ここでいいんだ!」

 十分後、『失礼します!』の声と同時にカートを引き入ってくるのも昨日と同じ駆逐艦、五月雨だったが恐らく当番なのだろうと一人納得してると、

「あっ!?」

 彼女もまた昨日と同じタイミングで足がもつれてトレイの皿がぶつかるが待機していたムラヤマ司令は五月雨を抱えた。

「あっありがとうございま……し、司令?」

「大丈夫かね?五月雨」

「……はいっ!ありがとうございます、司令」

 まるで昨日録画しつつ観たドラマを今日もう一度始めから観て居るかのような光景を見続けているのだが、さらに『やりすぎだろ!』と突っ込みたくなる様な…冗談では済まされない内容が展開された。 それは皿の上に盛られたもの、それが…

「今朝もトーストとオムレツなんだね?」

「はい…あっそう言えば司令は和食の方がお好みだったのでしたね。 明日の朝はその様にしますので申し訳ありません」

「いいや、美味しそうだから気にしないでいい。 明日は楽しみにしてるよ」

「はい!」

 命を共にする軍人として、また上司として部下が同じ失敗を厳しく対応する事は決して間違ってないと思うのだが、ムラヤマ司令は怒る事なくただ五月雨にやさしく接していた。

 そして五月雨を見送ると彼は向かいに座り砂を噛んでいるかの様な顔で朝食を食べ始め、僕も合わせるように朝食に手を付ける。

「あの、軍務では時に些細なミスでも周りを巻き込む大惨事になる時もあります。 優しすぎるのも如何なものかと思いますが?」

「何を言っても変わらない!」

 ムラヤマ司令は僕に目を合わせることなく、ただ仏頂面で黙々と朝食を食べながら続けて言う。

「どんなに褒めたり注意しようが彼女は明日もトーストとオムレツを持って来て、運ぶ時に必ず足を引っかける! そう言う事になってるんだ」

「…えっと、それは何故なのでしょうか?」

「食べ終わったら少し外に出ようか、ここでは少し話しづらい」

 早々に朝食を食べ終わったムラヤマ司令は立ち上がると制帽を頭に乗せた。

 

 裏山へ行くのには玄関より工廠からの方が近いという理由で向かう廊下にて、昨日と同じく慌てる姿の電を見かける事になるが彼女もまた昨日と同じく演習で壊してしまった砲塔をさらに壊してしまい、司令もまた昨日と同じ対応をした。

 

          ☆

 

「今朝の艦娘達とのやり取りでもう気づいてくれたかな?」

 鎮守府の裏山の中腹あたりは開けた草地になり、島全体が見渡せる感じで気持ちがいい。

 ムラヤマ司令はここまで僕を連れてくるとやっと口を開いてくれた。

「はい! にわかに信じられませんが、司令官…ここの艦娘達はもしかして何かしらの原因で記憶がリセットされ同じ行動をしているのでは?」

「いい観察力と想像力だ! 君はいい提督になるのかもな。 だが少し違う、君の意見で五月雨が『同じ朝食』を持って来ると言う行動の理屈は通るが、記憶を消すだけで『同じ場所で躓く』理由は証明できない」

 僕は静かに頷き、司令の言葉を聞く。

「正解は『私と君以外の島全体が『昨日と言う一日』を今日も繰り返している』だ!」

「そんな…島全体とは?」

「言葉通りだよ…さて少しややこしくなるかもしれないが話を今繰り返してる『昨日』の一日前つまり一昨日から話そうか…私は日々の悩みを言う為に艦娘達を指令室へ呼んだ。 全員を集めて話をするのは着任して初めての挨拶以来だったので艦娘達も緊張してたのかもしれない、私が思い切って伝えたのは『朝食を和食にして欲しい』だった。 全員が口を開けて呆けていた…あまりにも恥ずかしい内容だったので私も赤面して顔を下に向けたかった。 呼び出されて聞いた話があまりの内容で緊張もほぐれたのだろう…突然、艦娘全員が笑い出した。 そして思わず私も彼女たちと一緒に笑ってしまった。 この鎮守府へ着任して約半年、ようやく彼女達と心が通じ合えたと思えた瞬間だった」

 懐かしい思い出話をしているかの様な表情でムラヤマ司令は話を続けた。

「そして次の日の話になるが、まあこれは今も君が体験した繰り返してる『昨日』だから省略してその翌日の話になるが、その日の朝食はご飯に味噌汁、鮭の塩焼きに出汁巻き卵と梅干し…キチンとした和食を彼女たちは用意してくれた…美味しかったなぁ…」

 ゴクリと唾を飲み込むような司令官の顔だったが、いつの間にか顔も強張り静かに怒るかのような口調へ変わっていた。

「昼の予鈴が鳴る頃だったかな、この鎮守府が敵の大艦隊に包囲された。 我々が応戦する間も与えないうちに沿岸からの一斉掃射で島中が爆撃された。 数分間に及ぶ爆撃で基地と官舎は倒壊、島自体が穴だらけになるほどだった…艦娘達は抵抗する間もなく大破全滅、しかし私は軽傷で済んだ…一人生き残ってしまった」

 初老の司令官は声を荒げながら両手をギュッと握った。

「状況を確かめようと中腹から全景を見渡せるここに上った時、砲弾でえぐられた地面から遺跡の様な何かの装置の様なものが出ており私が何となくそれに触れると眩い閃光で意識を失い、その日の記憶は終わった」

 この余りにも誇大妄想的な話を聞きながらも、頭の中でピースが埋められていく気がしてきた。

「それが全ての原因だったのですね?」

 ムラヤマ司令は浅く首を縦に傾けた。

「未だに信じられないよ! 翌朝中腹で目覚めると砲弾の跡やえぐられた土砂、焼き焦げた木々は無く、見慣れた景色が広がり官舎のあった所へ戻ってみれば建物は半年前に建てたばかりの真新しいまま…そしてあの娘達も何事も無かった様に居た。 あの砲撃は夢だったのではと思いたいのだったが、私自身の傷痕も昨日のまま制服でさえボロボロだった…官舎へ戻った時に彼女達は私を見るなり驚いたさ、『山道で転んでしまった』と苦し紛れの言い訳をしたが私はただ混乱したまま、そして深海棲艦の上陸はおろか再度の爆撃もなくその日は終わった…それから次の日、その次の日と変わらない同じ昨日が続きだしてもうかれこれ三十五年たった…」

「さっ三十五年もですか?」

「今はこんなヨボヨボのロートルだが着任当初は君と大差ない歳だったよ」

 ムラヤマ司令は腕を広げるジェスチャーで今の自分を見せつける様な態度を苦笑いしながら伝えた。

「全てはあの埋もれてた装置が原因だったと?」

「そう考えなければこの『ありえない』現状が説明できない…トワ君、私はあの装置は古代に天変地異などの災害が起こった際に人間が長期間滞在できるように作られた一種のシェルターの様なものだと思っている」

「随分と飛躍した考えですね」

「いやもし仮に大勢の人間が他と孤立したままこの島で生活するとなれば生きていくために木の実や魚を獲り、調理する為の火を熾すのに木々を伐採する必要があるが次の日になれば切り倒した木や魚達も昨日のまま戻れば資材が枯渇することもない…無茶苦茶な話だが合理的だ」

「たしかに…言われてみればそうかも知れませんね」

「島とその周囲の海域を時空ごと歪めて『人間以外』は昨日と同じ一日を繰り返して『人間』だけが時を過ごす、そう言う事らしい…」

「彼女たちのことを言ってるんですね?」

 ムラヤマ司令は言葉を続けることもなく、そっと瞼を閉じて軽く頷いた。

 爆撃があった当日、天変地異と判断したあの装置は人間以外を島ごと昨日の姿に戻した。

そして今もなお「人間」を生き延びさせようと『昨日』と言う毎日を繰り返させている。

 先程の『彼女たち』とはもちろん轟沈したはずが生き返り今も鎮守府で同じ昨日を繰り返している五月雨たちを言った。

「そして歪められた海域周辺の時空は島での生活に障害となるあらゆるモノを防ぐ防壁と同時に『人間以外の生物』を受け容れないようになった。 まぁこれについて君はもう理解したとは思うが…」

「全てわかりましたよ…」

 遮って発言することは目上の人に対して失礼かと思ったが、苦しい表情になりながら話し続けるムラヤマ司令を気の毒に思い僕は口を開いた。 司令が言いたいことが鎮守府に来る前に倒れ未だ眠る大和、そして爆撃後未だ占領に来ない深海棲艦達の事を言ってるのは明白でこの鎮守府で不審に思っていた全ての事象の原因が理解出来たからだった。

「そう言う事だったのですね…」

 もう少し気をまわした言葉を掛けるべきだと思うのだが、荒唐無稽すぎる内容でそれしか言えなかった。

「皮肉な話だよ、あの時の惨状から巻き戻ったのはいいが対策しようにも同じ昨日を繰り返すので意味がない。 仮にあの装置を破壊すれば全て元通りになるかも知れないが艦娘達は死んだ日から始まる…私は無力だ…」

 ムラヤマ司令は両拳をギュッと握り下を向いたがすぐいつもの優しい表情に戻り顔を僕へ向けた。

「君が連れてきたあの戦艦、大切に思っているのだろう?」

「はい!」

「ならば、ここには長く居ない方がいい」

「そうですね、午後には出ようと思います」

「そうだね、その方がいい。 あの戦艦は沖に出ればすぐ目覚めるだろう…久々に他人と話すことが出来て私も嬉しかったよ」

 そう言って初老の司令は僕に対し姿勢を正して送り出すための敬礼して、僕も彼に返礼した。

「最後に教えてください」

「何だね?」

「同じ毎日を繰り返す不死の艦娘たちと結界の如く守られた湾内、ある意味ここは世界一安全な鎮守府だと思います。 島を出て彼女達に変わって新たな鎮守府で敵討ち等とはお考えにならなかったのですか?」

 人として、軍人として報復を行うのは当然だと思うのだが、表情すら変えずムラヤマ司令は僕の問いにすぐさま首を横に振った。

「私にはあの娘達を置いて行けないよ!」

「…それは、償いの気持ちなのですか? なればこそ…」

「そうではない…が、君がもしこの先似たような境遇に遭遇しても後悔のない選択をして欲しいと思う…」

 穏やかなままだがだが力強い口調で僕の声を遮りムラヤマ司令は僕の問いに答えた。

「・・・・・」

 説得の言葉が出なくなり、この日の午後僕と大和はこの鎮守府を出た。

 

          ☆

 

「…その様なことがあったんですね」

 二日間眠って居た事など微塵も見せない程にいつもの笑顔を僕に向けながら大和は僕の乗る小舟を引きながら海を進んでいた。 ムラヤマ司令の言葉通りあの島から離れると彼女は何後も無かったかのように目覚めた。 まるでうたた寝から目覚めて今日の残りの用事を始めるかのように大きなあくびをした口を恥ずかしそうに手で隠しながら済ませると、軽く体を伸ばし始めた位に彼女は元気だった。

「ああ、そうだったんだよ」

 そして目覚めた彼女に僕は今回あった話を僕なりの解釈も交えて伝えて今に至る。

「なぁ、大和?」

「はい、提督?」

「僕はね、彼みたいな人間が軍の中枢で動いてほしいと思って僕と一緒に島を出てもらいたいと思ったんだ…だけどどう言えば彼が納得してくれるか思い付かなかった」

「…そう、ですね…」

 説得出来なかった僕に向けてか、それとも一途に残る道を選んだ司令に対してなのか、大和はどこか悲しげな顔で話を聞いていた。

「今でもどう言えば説得できたか考えてるんだが…そうだ、手紙なんてどうだろう!」

「手紙ですか?」

「ああ、例えば『大本営から帰還の指令があった』などの置き手紙をして島から出れば良いと思うんだ! そりゃあの置き手紙だけで何日も鎮守府を開けると普通は不安にもなると思うが、同じ昨日を繰り返すあの艦娘達にはムラヤマ司令が居なくなった『初日』を繰り返す筈だからさ…心配はないと思うんだ!」

「無理です! 司令官クラスが護衛艦も無く近海から出る事はありえません。 鎮守府内で艦娘が全員居れば例え初日だとしても必ず異常に気付く筈です…」

 ナイスアイデアかと思ったが大和は表情変えず淡々と答えた。

「そっか…だったらさ、本部から迎えが来たとか手紙に書けば…」

「それなら納得させられますが、ムラヤマ司令はその選択をしないと思います」

「どうして?」

「提督! あなた程、人を気遣う人がどうしてあの鎮守府に居る艦娘達と司令官の気持ちに理解してあげられないんですか?」

 唐突に声を荒げた大和は僕を見詰めて半分悲しげな顔で僕に訴えかけると、目をつむり両手をギュッと握り祈る様に呟いた。

「司令も艦娘達もみんな…何てやさしい子たち…」

 あの鎮守府については僕の解釈と考えが混じった内容を僕からの言伝で聞いた大和だったのだが、彼女は僕とは違う観点からこの物語の終着点が僕とは違う地点へ到着したのであった。

 それは『ムラヤマ司令に声を掛けられ驚く五月雨と電』僕は不意に声かけられた相手が思わず司令官だったことに対して驚いた。 それが毎日続いてるのは例の装置が原因なのだから驚くのも毎日だろうと結論した事だったのだが、彼女の考えは僕とまるで違う内容となり今回の物語を締める結論となった。 その大和が言ったことなのだが、

「良いですか提督! 自分の上官の声を忘れる部下がこの世にいますか?」

「いや、それは同じ毎日だとしても実際には三十五年も経つ訳だし加齢で声色が変わるだろうから…って…あっ!そうか、彼女達が驚いたのはムラヤマ司令の容姿だったのか」

 キョトンとした顔の僕の横で大和は何も言わず頷いた。 そして同時に彼女が思い描いた物語が語られた。

 あの鎮守府に居る艦娘達は一昨日まで僕と大差ない見た目のムラヤマ司令を見送り眠りについた。 そして今も繰り返している例の『昨日』になるが彼女たちは昨日を終えた翌日、記憶もリセットされて再び同じ『昨日の朝』を迎える。 つまり記憶は一昨日の情報のみが引き継がれる。

 ここで一番のカギとなるのが艦娘達にとって司令の見た目は『僕と大差ない年頃』だった記憶で、例えば五月雨は司令室に朝食を届けてコケて声から司令官に支えられたと思った相手が老けた男性だった事に驚いたのだ。 恐らく最初はほんの少しの違和感程度で終わっていたのだろう、例えば『白髪が増えた』や『顔にシワが増えた』程度で済まされただが今となっては三十五年後の今を生きるムラヤマ司令官。 明らかに老人になってる筈だが今もなお彼女たちは彼を『司令官』として最初は驚くが優しい顔で自分を見る老人が『あの司令官』だと受け入れ、心配させまいと何時もの様に接する艦娘達…それは一途な程の司令に対して信頼と愛情の表れだと思う。

 もちろん、それはムラヤマ司令も理解してだろう。 だからこそ彼は『ここが自分の居場所であり死に場所』と考えて残り続けて居るのであった…と大和の話に僕も納得した。

 

「提督、その司令官は最後に恐らく…」

「大和! もう言わなくていい…もう判ったから…」

 人は死ぬ! 同じ一日を繰り返す鎮守府でも、自分だけが老いるムラヤマ司令はいつか死ぬことになるが、例えば年老いてベッドで自然死した場合、あそこにいる同じ昨日を繰り返す艦娘達は『昨日まで元気だった司令官がベッドで死んでた』と言う悲しい毎朝を繰り返すことになる…そうならない様に恐らく彼は自分の死の間際、あの装置を破壊するか、彼女達を鎮守府から離脱させ『全てを終わらせて』自分も逝く。

 きっと彼ならそうすると思う…。 大和の考えるあの鎮守府の物語はそこまで僕にも理解するほど説得力のある考えと疑いのないモノであった。

 

「大和?」

「はい?」

「僕は世界が判っていた様でまだまだ分かっていない未熟者なのかもね?」

「提督そんな事はないです!」

「こんな情けない僕でもこれからも一緒に居てくれるかな?」

「もちろんです。 今も大和が生き続けていられるのは提督が居たからです」

 小舟のへりに立つ僕の背後に彼女は大きく回ると、僕の背後から優しく両手を絡める様に抱きしめてきた。

「…ありがとう!」

 後ろから肩にかけられた手に触れて僕は答えた。

 

          ☆

 

「ねぇ、提督?」

「なんだい大和?」

 夜更けの凪いだ海辺で僕と大和は海上泊をしている。 南海の洋上の小舟で僕は横になり船に上がった大和は僕へ優しくうちわを扇ぎつつ僕が寝入るまでそれを続ける。 彼女は僕が眠るまで起きていて、僕が朝目覚める前には起きているスキを見せない娘だ。

「もし、提督がムラヤマ司令のような状況になった場合、提督はどうなさいますか? 大和は提督がどんなお姿に変わったとしても受け容れるつもりですよ」

 月明りの下で音を立てないリズムでうちわを扇ぎながら大和は優しくも僕を試すかのような表情で聞いてきた。

「……わからない!」

「それは質問の意味ですか? それとも答えについてでしょうか?」

「僕はね、どんな状況だとしても君は生き残れる娘だと信じてるから、大和が轟沈する事が想像できない…だから死んだはずなのに生きている状況が考えられない。 だから『わからない』んだよ!」

 

 

      第一話 「世界一、安全な鎮守府」   おわり




 一話目からいきなり重い内容になってしまってスミマセン。
次回、あればですが軽めで行きたいと思います。
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