ある女の子は、自分を信じる事をやめてしまった。
ある女の子は、傷付く事を恐れて臆病になった。
ある女の子は、挫折を知り初めて立ち止まった。
ある女の子は、大切にし過ぎて返って壊してしまった。
ある女の子は、優しさの意味を知らずに旅立った。
ある女の子は、自分を押し殺してしまった。
ある女の子は、他人と自分との間に壁を作った。
ある女の子は、誰かに依存する生き方を選んでしまった。
ある女の子は、現実から目を逸らす楽な生き方を知った。
みんな、不器用だったんだ。
好きなモノを素直に好きだ、と言える勇気がなかったんだ。
相談できるヒトがいなくて、自分ひとりで悩んで、それで正しくない答えを導き出しちゃったんだ。
でも、だから私たちは出逢えた。
*
その少女は、海の先から昇る太陽を見つめながら膝を抱えていた。たまに溜め息を交えながら。
いつもは編んでいたりピンで留めているオレンジの髪が、今は少し強い海風に煽られて好き放題に乱れてしまっている。しかし少女は気にもしない様子で砂浜の上で座り続ける。
朝陽はやがて覗き見るのではなく、完全にその姿を露わにさせて少女を照らす。それはまるで少女を励ましているかのようにも見えた。
「普通って、どこまでが普通なんだろ……」
少女は呟くと右手を朝陽に向けて広げ、そして閉じた。
「私は何になりたくて、何がしたいんだろ」
答えの出ない自問自答を繰り返すだけの少女は、やがて問うことも止めて顔を伏せてしまう。
真っ暗な視界は然として自分自身の心をそのまま写しているかのようであり、それがどうのしようもなく息苦しく思え、しかし顔を上げれば明る過ぎる陽光に目が眩んでしまいそうな不安も覚える。詰まる所、少女は自身の居場所を見失っているのである。
思えば、と少女はこれまでの人生を鑑みる。
誰かが頑張っている姿を見ては感嘆に心震わせ、しかし自分はその後ろ姿へ声援を送ることしか出来なかった。スポットライトを浴びる人間への羨望は抱きつつも、その舞台へ自らが上がることをしようとしなかった。
挫折を恐れた訳ではない。何故なら少女は挫折の意味を真に理解していないのだから。その意味を、その辛さを知る前に少女は歩みを止め続けてしまっていたのである。
飽きっぽい、とそれも違うのだろう。少女は飽きを感じ得るよりも前に興味の熱を失ってしまうのだから。
いや、違う。少女は何もかもを理解していたのかもしれない。挫折も、飽きも、その存在を理解しているからこそ、少女は一つの道を歩み続けることを避けているのかもしれない。その限界を知ってしまうことを誰よりも恐れてしまう性分なのかもしれない。
誰よりも臆病な少女は、いつしか自分を信じることをやめてしまっていたのだ。
*
見渡す限りに立ち並ぶ背の高いビル群。忙しなく視界を横切って行く人の波。何から何まで沼津とは違う東京の景色に、高海千歌は早くも圧倒されていた。
都会への恐怖心は幾らかその姿を覗かせてはいるものの、千歌の目は持ち前の好奇心に感けて輝き始めていたことを隣に立つ親友の渡辺曜に見えていない訳もなく、
「良かった。千歌ちゃん、少しは元気が出たみたいだね」
満足そうに微笑みながらそう告げた。
やや恩着せがましい物言いに聞こえなくもないが、曜は千歌に自分がいつもとは違う様子に見えていたことを自覚して貰いたい気持ちから、敢えてこの言い方を選んだのである。そして何よりも、千歌が言い方の一つ程度で自身への評価を下げるような人間ではないという信頼の表れとも言えるのかもしれない。
「あーそっか、ごめんね。なんかさ私、高校二年生にもなるのに全然変わってなくて……ちょっと焦ってたんだ」
嘲笑を漏らしながら頭を掻く千歌の姿に、曜の表情に一瞬だけ陰りが差す。が、すぐにいつもの調子に戻して千歌の手を取って歩き出す。
「ほら千歌ちゃん、せっかく来たんだから色々見に行こうよ」
耐え切れなかったのかもしれない。
昔から一緒にいる曜は当然、すぐ近くで千歌の姿を見てきた。容量の良い曜は人並み以上に何でもこせる器用な人間であり、そのおかげで交友の輪の広さもそれなりであった。が、曜から見た千歌はそうではなかった。
人付き合い自体には何ら難点を持たずむしろ良好な方ではあるのだが、曜が憶えている限り千歌は昔から自分から何かをやりたいと言うことはなかった。故に、曜は千歌が自分から窮屈な生き方を選んでいるように見えているのである。
千歌にとって自分が一番の親友であるという喜びはいつしか、自分という人間が彼女の可能性を押し潰してしまっているのでは無いか、という不安に変わっていた。だからこそ曜には、千歌の浮かべる嘲笑が耐え切れなかったのだ。
しかし、転機というのはいつの世も突然に舞い降りる。
メイドの格好をした女性が配っていたチラシを千歌たちが手に取ろうとした瞬間、それは一陣の風に攫われ宙へと舞い、女性が持っていた他のチラシの束も同様に飛ばされた。
反射的に飛んで行ったチラシたちを追い掛け始めた千歌を追うように、少し遅れて曜がその後ろ姿へ向かって走り出す。
やがて二人は巨大なモニターがまず目に付く建物の前へと辿り着くと、そんな二人を待っていたかのようにモニターがとある映像を映し出し始める。
「これだ……」
モニターに映し出されたのは、自分たちと同じ歳の頃の少女たちがどこかの講堂で歌って踊る姿だった。
その歌声は聞く者の心を揺さぶり、その踊りは見る者の目をしっかりと掴んで離さない凄みと魅力に溢れる。しかして、そんな芸当を為しているのはどこにでも居るような普通の女の子たちである。
先まで追っていたチラシのことなどすっかりと頭の中から抜け落としてしまったかのように夢中になってモニターを眺め続ける千歌の後ろ姿が小さく震えるのを、曜は確かに見た気がした。