あの人の幸せは、苦い   作:おかぴ1129

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3. 気持ちは、伝えられない

 ひとしきりクラッカーを鳴らしたその後は、いつものみんなの、いつもどおりのどんちゃん騒ぎとなった。

 

「んー……やば……」

「ん? 加古?」

「クラッカーの音……心地よく……て……ねむ……クカー」

 

 私の席の隣に陣取っていた加古は、クラッカーがひとしきりパンパンと鳴り響いたところで、いつものように眠気に襲われ、窓際の席に移動して眠りこけた。あのパンパンうるさいクラッカーの音で眠くなるってどういうこと……? 私の知る限り、その日加古がもう一度目覚めることはなかった。

 

 そんな加古はほっといて……みんなの先陣を切ったのは、ビス子と暁の一人前のれでぃーコンビ。ハルと球磨に歌をプレゼントするつもりだそうな。いつの間にか持ってきていたスピーカー付きのプレイヤーから、軽快なピアノの伴奏が流れてきた。

 

「私と暁がこれから二人にプレゼントする歌は、私の祖国ドイツの民謡なのよっ!!」

「へぇえ〜!! それはすごい!!」

「ビス子と一緒に一生懸命練習したんだから!!」

「そらドイツの歌なんて難しかっただろー」

「では心して聞くがいいわハル! そして球磨!!」

「いくわよビス子!」

「よくってよ暁っ!」

「「タイトル、『小鳥の結婚式』っ!!」」

「ビス子はまだしも、暁がドイツ語の歌を歌うのか……ドキドキ」

「ワクワクするクマ……!!」

「「わっかっばっのっ もりかっげっに あつまっるっよっ ことりったーちー」」

「「「「「!?」」」」」

 

 最初は『ドイツ語で歌うのか!? ビス子はいざしらず、暁がドイツ語を!?』と皆が驚嘆したが、蓋を開けてみればどってことない。日本語の歌詞だった。

 

 でも、小鳥が結婚式をあげるという歌詞や軽快な旋律、そしてなにより、どこかたどたどしく、そして一生懸命な二人の歌い方は、とてもかわいらしくて、今日の結婚式にぴったりだ。

 

 あとでビス子にこっそり聞いたのだが、暁は本当はドイツ語で歌いたかったのだとか。……でもまぁ、暁はもちろん、ビス子もドイツ語よりは日本語のほうが慣れ親しんでるだろうしね。日本語で正解だと思うよ。ビス子も日本語の方が歌いやすいはずだし。

 

「だから私はどいっちゅだって何回言わせるのよっ!?」

 

 

 暁とビス子の可愛らしい歌の後、提督の手によってハルと球磨の前に持ってこられたのは、横幅30センチ程度の四角のウェディングケーキ。ケーキの真ん中には、マジパンペーストで作られた、ハルと球磨のフィギュアが乗っている。

 

「うわー! きれーい! すごーい!!」

「あんた、こんなのいつの間に作ってたの?」

「くっくっくっ……マイスイートハニーのお前に悟られないように、深夜に作ってたんだよ」

 

 『いや別にバレてもいいじゃん』『しかしッ!?』と夫婦げんかをはじめた提督と隼鷹を尻目に、『二人の初めての共同作業』とでも言いたげな北上が、球磨にナイフを渡した。ハルと球磨は二人でケーキを切り分け、そのケーキは私たちに配られる。

 

「ハルは自分を鼻から食べるクマっ」

「よ、よせッ!?」

「ハルは球磨からの愛のこもったプレゼントを、きっと鼻から食べてくれると信じているクマッ」

「愛がこもったものを鼻から食わせようとするなッ!!」

 

 きっと甘えてるんだろうな……球磨はハルの形をしたマジパンペーストの人形をハルの鼻に突っ込もうと奮闘し、ハルはそんな球磨から自分の鼻を防いでいるが、顔はどことなく嬉しそうだ。昔からそんな気がしてたが、ハルはどえむの気質があるようだ。

 

「ねーねーハル」

「んあ!? なんだ川内!?」

「前から気になってたけどさ。ハルって、どえむなの?」

「なぜ!?」

「ふっふっふーっ。川内っ、よくぞ見抜いたクマっ」

「既成事実化するのはやめろッ!」

 

 気付くよ。だって……

 

――私もずっと見てたんだよ?

 

 ……危なかった。喉まで出かかった。そんな自分をごまかすために、配られたケーキにフォークを突き刺し、そしてケーキを口に運ぶ。

 

「……おいしい」

 

 久々に食べる提督のケーキは、とても甘い。……とても、甘い。

 

 

 みんなでケーキを食べ終わった後、北上が一度店の奥へと姿を消した。私達が不思議に思っていたら、次にこっちに戻ってきた北上の手には、2つの赤い小箱が握られていた。

 

「はーいみなさまみなさま。しずまれい。しずまれーい」

「なんか水戸黄門みたいだな」

「ハル兄さんひどっ。……それはまぁ置いといてさ。これからがメインエベントだよー」

「いっちょ前に発音をネイティブに似せなくてもいいクマ」

「夫婦そろって妹の私にちょっとひどくない?」

 

 軽口を叩きながら、北上が手に持つ小箱を二人に渡す。ケースを開くと、中にはおそろいのプラチナ色に輝く指輪が1つずつ、入っている。

 

「北上」

「んー?」

「これ……北上が準備してくれたクマ?」

「うん。師匠に教わってね。私が作った」

「……ありがと、北上」

「んーん。球磨姉とハル兄さんのためだからさ。北上さん、がんばっちゃったよ」

 

 お礼は私の時に返して……と北上は言っていた。ひょっとしたら、北上にもいい人がいるのかもしれない。ハルも『任せろ。あいつは俺が超絶イケメンにしてやる』て答えてたし、球磨姉も『その時は任せるクマ』って言ってたし。

 

 二人は指輪をケースから出し、そして互いの左手を取った。

 

――やめて……

 

 見つめ合う二人の眼差しは、本当に優しい。皆の注目が指輪に集まる。

 

「早く! 早く通すのよ二人共!!」

「じゃないと一人前のれでぃーになれないわよっ!」

「くかー……」

 

 みんなが煽り始める。

 

――通さないでハル

 

「そうだー! そしてそのあとは私とやせー……」

 

 私も煽る。心とは裏腹に。気を抜くと消え入りそうな声を、精一杯に振り絞って。

 

「いいぞ! マイスイートハニーの次ぐらいにキレイだ二人共!!」

「……」

 

 提督も二人を煽る。隼鷹は……私をジッと見ていた。笑顔の消えた、ちょっとだけ険しい顔で。

 

「……んじゃ、通すぞ」

「く、クマ……」

 

――お願い やめて

 

 皆が笑顔で見守る中、球磨の薬指に今、指輪が通された。途端にキラキラと指輪が輝きだし、球磨はハルだけの(ひと)になった。続いて……

 

「ん、じ、じゃあ、球磨も通す……クマ……」

「おう」

 

 続いて球磨が、ハルの左手の薬指に指輪を通そうと、ハルの左手を取った。

 

『ハルと……球磨の』

『それこそ永遠にないわッ』

 

――信じたんだよ? 本気にしたんだよ?

 

 私の本心とは裏腹に、球磨が手に持つ指輪は、ハルの左手の薬指に……

 

「なんか……照れるな」

「く、くまぁっ」

 

 静かに、ゆっくりと、

 

――やめて……好きなのに……

 

 今、通された。

 

「……」

「……ははっ」

 

 ハルは今、私の、手の届かない人になった。ハルは、球磨だけの(ひと)になった。

 

「おめでとう!!」

「ついに二人はふうふー!」

「二人とも一人前のれでぃー!!」

「暁、ハルは男よ?」

「!? と、ということは、そこに気づいたビス子は……」

「一人前のれでぃーね……フッ」

 

 皆口々に、ハルと球磨に惜しみない祝福を送った。

 

「……」

 

 私は、『おめでとう』と口に出すことができなかった。精一杯笑顔を浮かべるが、なんだかそれも難しい……笑おうとしても、顔が自然と歪んでくる。

 

 急いで席を立ち、二人を優しいまなざしで見守る北上に、私は耳打ちをする。

 

「あのさ北上」

「んー?」

「ちょっとトイレ行ってくるね」

「んー」

 

 北上の返事も聞かず、私は自分の席に置いてあるバッグを持って、足早にトイレへと向かった。

 

「川内? どうした?」

「んー。ちょっとお手洗いに」

「そっか」

 

 幸せの絶頂なのに私の様子に気づいたハルには、今の顔を見せないよう、気をつけながら。

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 北上の店のトイレは、個人のお店にしては、ちょっと広めに作られている。トイレに入った私は洗面台に直行し、蛇口を盛大にひねって、水を大量に出した。

 

 一度うつむき、そして改めて前を向く。目の前の鏡には、目を真っ赤にした、なんだか顔色が優れない、しょぼくれた女が写っていた。

 

――川内? どうした?

 

 泣くな。今日は、私が大好きな人が、幸せになった日なんだ。泣いちゃいけない。私が泣けば、その人に余計な心配をかける。泣くな。涙を流すな。

 

「うう……ひぐっ……」

 

 再びうつむく。蛇口から勢い良く流れ出る流水に、一滴、水しぶきが落ちた気がする。

 

――姉さん……

 

 ……分かってるよ神通。認めちゃいけない。これは、涙なんかじゃない。水道から飛んだ水しぶきが、私の目に入って、それが流れたものなんだ。私は、泣いてない。

 

――川内ちゃん……負けないで

 

 大丈夫だよ那珂。私は頑張れる。あの人の幸せだと思えば、こんな胸の痛み、どうってこと無い。……大丈夫だよ。大丈夫。

 

 不意に、ガチャリとドアが開き、私の胸に嫌な緊張が走った。ハッとして、入り口を見る。

 

「ぁあ、川内」

「……隼鷹」

 

 ドアの前にいたのは、さっきまでみんなと一緒に二人を祝福していた隼鷹だ。私の顔を見て、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、その顔はすぐに、いつもの飄々とした笑顔へと戻る。

 

「……どうしたの?」

 

 何か話さなきゃと思い、私はマヌケな質問を口走ってしまった。トイレに来る理由って、一つしかないのに。

 

「……いや、トイレに入ろうと思って」

「そっか……うん。まぁ、そうだよね」

「うん」

 

 当たり前の返答を返す隼鷹は、そのまま何も言わず、トイレの個室へと消えていく。バタリとドアが閉じた。

 

 私は蛇口を閉めて水道を止めた後、未だ水しぶきで濡れた目尻をハンカチで拭き、出入り口の取っ手に手をかけた。

 

「なー川内」

「んー?」

 

 その途端、隼鷹の声がトイレに響く。再び私の胸に緊張が走り、心臓を不快感が襲った。胸のあたりに、バクバクと嫌な感触が走る。

 

――お願い 気付かないで

 

「……なに?」

「化粧は大丈夫か? 崩れてない?」

「うん。今日はほとんどしてないから」

「そっか……顔に水かかってたけど、ちゃんと拭いた?」

「うん」

「そっか。ならいい」

 

 その後は隼鷹は何も言わない。私は念のため洗面台に戻り、鏡でもう一度自分の顔を確認した。

 

――ひどい顔だ……

 

 無理をして、ニッと笑う。幾分顔色がましになった。これなら、ハルの前に出ても大丈夫だ。私は再びドアに手をかけ、トイレを後にした。

 

 

 胸に妙な緊張を抱えたまま、私はトイレから店内に戻った。足取りが少々重いが、頑張って戻るしかない。

 

「んじゃー次は球磨の番ね!」

「く、球磨はいいクマっ」

「何言ってんのさ。ハル兄さんも胴上げされたし、球磨姉もされときなよ」

「そうよ! じゃないと一人前のレディーには……っ!」

「そう……だー……クカー……」

「加古……胴上げしながら寝るのはよせ……」

 

 私が店内に戻ると、タキシードがさっき以上に乱れたハルが、自分の髪の毛を整えながら立っていた。他のみんなは嫌がる球磨を抱え上げ、みんなで胴上げをしはじめていた。

 

「そーら! 球磨、おめでとー!!」

「ゔぉぉおおお!?」

 

 球磨の野太い悲鳴が店内に鳴り響く。ハルはそんな様子を、苦笑いを浮かべながら眺めていた。

 

「ハル」

 

 少しだけ軽くなった胸にホッとし、私はハルの隣に移動した。

 

「おー川内」

「胴上げしてるの?」

「ああ。さっきは俺がされてな。突然でびっくりした」

 

 自分の髪の乱れを整えながら、ハルは苦笑いを浮かべていた。私に向けられるハルの眼差しは、あの頃と変わらない。優しい……とても優しい、眼差しだ。

 

 でもその後、胴上げされ、戸惑いながらも嬉しそうに悲鳴を上げる球磨に向けられるハルの眼差しは、それとはちょっと違う。私に向ける眼差しに比べて、柔らかく、そして暖かい。

 

「……なー川内」

「……んー?」

「来てくれて、ありがとうな」

 

――私を見て こっちを向いて

 

 ハルが、胴上げされている球磨を眺めながら、私に感謝を告げる。彼が今、球磨に向けている眼差しは、私にはもう、永遠に向けられることはない。

 

「突然どうしたの?」

「いや、みんなに礼は言うつもりだったんだけどな……お前が第一号だ」

「そっか」

「おう」

 

 ハルが私に顔を向けた。……確かに笑ってはいるけれど、その顔は、いつもの笑顔で……球磨に向ける眼差しとは、違う眼差しで……今まで平気だったのに、今だけは、その眼差しを向けられるのが辛い。私はハルから顔を背け、球磨の方を見た。

 

「お前らとも知り合えたし、アイツとも出会えた……俺は幸せだ」

「そっか」

「だからそういう意味でも、俺はお前たちに感謝してる」

 

――いらない 感謝なんか、聞きたくない

 

「……だから、ありがと。ほんとに」

「……んーん」

「お前も早く、幸せに……」

 

――いやだ

 

 ……やめてハル。それ以上はやめて。ハルの口から、そんな言葉は聞きたくないし、言われたくない。

 

――チクチクッ

 

「……」

「……川内?」

 

 私の手が、私の意識から離れた。私の心が押さえつけていられないほど、私の体が、ハルを欲しているらしい。知らないうちに私の手が、ハルのタキシードの袖を、ほんの少し、つまんでいた。

 

「……」

「どうした?」

 

――姉さん!

 

 神通の声が聞こえた気がした。私も手を離したいが、体が言うことを聞かない。ほんの少しだけつまんでいたはずなのに、今は、力を込めて、ギュッと袖を鷲掴みしている。

 

 ハルが困ったように、眉を八の字にして、眉間にしわを寄せているのがわかる。わかっているけれど……

 

「……ハル」

「ん?」

 

――ダメだよ川内ちゃん!

 

 ……ごめん那珂。体が言うこと聞かない。口が勝手に言葉を並べようとする。これを私が言ってしまえば、ハルを困らせてしまう……それがわかっているから、私は必死に口を閉じようとするけれど、私の口が言うことを聞かない。

 

「あのさ……」

「おう」

「あの……私……ハル……が、す「ハルごめーん!!」

 

 寸前のとこで、私の両肩にずしりとした重みが加わったことを感じた。私の口がハッとして、言葉を紡ぐのをやめる。手もそれに合わせて、ハルの袖から手をパッと離した。

 

「おー隼鷹もおかえり」

 

 慌てて振り返り、私の両肩にのしかかったものの正体を確認した。私に寄りかかっていたのは、さっきトイレですれ違った隼鷹だ。

 

「じ、隼鷹……」

「ごめんって、何だよ」

「あのさ。言ってなかったけど、あたしと川内、これからちょっと用事があって出なきゃいけないんだ」

「えらく急だなぁ。お前が浴びるように飲んでもいいように、二次会用に樽酒を準備しといてやったのに?」

「うん」

 

 ハルは少々困惑していた。きっと隼鷹からは何も聞いてなかったに違いない。きっとそうだ。私自身、このあと予定があるなんて初耳だし。

 

 隼鷹はハルに対し、『タッハッハッ……彼はこのことは知ってるから。ごめんね』と言いながら、私の手をギュッと握っていた。いつもの隼鷹に比べ、手の力が、とても強い。

 

 その手が告げる。

 

――出ろ

 

 怒気のこもった声を聞いたわけでも、憤怒の形相を見たわけでもない。だけど、隼鷹の手の力の強さは、私に有無を言わさない迫力を感じた。隼鷹の怒りのような感情を、私は手の平を通して、感じていた。

 

 だから私は、それ以上、口を開くことができなくなった。そんな私の様子をハルは心配そうに見つめるが、私は何も言うことが出来ない。ただ伏し目がちに、ハルと隼鷹の顔を交互に伺うことしか出来ない。

 

「……そっか。まぁしゃーない。んじゃ樽酒は次の機会にするか」

 

 ふうとため息をついたあと、ハルはそう言って腰に手を当てた。

 

「ありがと。じゃああたしたち、もう行くから」

「あいよ。提督さんには何も言わなくていいのか?」

「大丈夫。彼にはもう出るって言ってあるから」

「そっか」

「うん」

 

 私が口を挟まないのをいいことに、ハルと隼鷹が勝手に話を進めていく。ひとしきり話がついたところで、私は隼鷹に手を引っ張られ、店内から引きずり出される形で、ミア&リリーを後にすることになった。他のみんなはまだ球磨を胴上げしている。私たちの様子に気がついてない。

 

「んじゃまたな! 樽酒を飲む時は川内も来いよ!!」

「……」

「ありがと! んじゃまた今度!!」

 

 笑顔で手を振るハルと、それに笑顔で応える隼鷹。私はただ引きずられながら、そんな二人を見守ることしかできなかったのだが……

 

『あんたもほら、ハルに挨拶』

 

 幾分憤りが感じられるような声で隼鷹にそう耳打ちされ、私は慌ててハルに声をかけた。

 

「……は、ハル!」

「おう!」

 

 私の呼びかけに、ハルは笑顔で応えてくれた。

 

「結婚おめでとう! 末永くお幸せに……!!」

 

 口をついて出たのは、今の私の胸に一番痛い……一番、聞きたくない言葉。

 

「ありがとう! 川内も、ありがとう!!」

 

 そんな、一番言いたくなかった言葉を聞いたハルは、今日一番嬉しそうな顔を私に見せた。

 

 そんな彼の笑顔が、私には一番つらかった。 

 

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