あの人の幸せは、苦い   作:おかぴ1129

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4. 役不足

 隼鷹に強引に外に連れ出された私だったが、隼鷹に手を引っ張られながらしばらく歩き続けることで、次第に頭も冷静になってきた。

 

「ちょっと待って! 離してって!! 隼鷹ッ!!」

 

 有無を言わさない迫力のまま、隼鷹は私の右手……いや、右手首を掴み、町中をスタスタと歩く。振りほどこうとしても、隼鷹の力はとても強い。おかげで私は、ほとんど引きずられるように、隼鷹の背中を追って歩くことしか出来ない。

 

「……」

 

 私の精一杯の抵抗を受け流し続ける隼鷹の背中は、戦争の頃ほどではないにしても、妙に大きく、迫力がある。決して言葉には出さないし、隼鷹はこちらを見ないから表情も見えない。だけど、この大きな背中から伝わるのは、怒りだ。

 

「離してって! 歩けるから! 一人でも歩けるから!!」

「……」

「離してよッ!!」

 

 渾身の力を振り絞り、私は隼鷹の手を振り払った。こちらを振り返る隼鷹は、肩で息をしている。背中しか見てなかったからわからなかったが、隼鷹は息を少し乱していた。

 

 そして意外にも、隼鷹の顔は、別に怒ってなどいなかった。ただ、冷たい目で、私のことを見下ろしていた。

 

 私が足を止め、そして隼鷹も立ち止まる。

 

「何!? 何なの!?」

「……」

「用事って何!? 私、聞いてない!」

「……」

 

 まくしたてる。いきなり『用事があるから』と言われ、外に出された。呆気にとられてなすがままの私だったが、ここまで連れてこられれば、頭もクリアになってくる。頭がいつもの回転を取り戻した私は、そのイライラを隼鷹にすべてぶつけた。

 

「……あんた」

「なに!?」

 

 頭に血が上った私に対し、隼鷹が冷酷な問いかけをかける。それは、私の頭を冷静にさせるには、充分な一言だった。

 

「あたしが割って入らなかったら、何を言うつもりだった?」

「……へ」

 

 ……訂正する。私の頭が冷静になるだけでなく、私の全身から、血の気が引いた。

 

「なにって……」

「何言うつもりだった? あたしが店から連れ出さなかったら、ハルに何を言うつもりだった?」

「私は……」

 

 そんなの分からない。あの時は、私は何も言うつもりはなかったし、ハルの袖を掴むつもりは毛頭なかった。だけど、私の手が、私の口が、私を無視して、勝手に……

 

 ……いや、それは嘘だ。私はあの時、ハルにこう言おうとした。

 

――私は、ハルが好き

 

 確かにあの時、私の口は私の制御を離れていた。でも、あの言葉を口走ってしまうその瞬間、私はあえて、その口を閉じようとするのをやめていた。

 

 その言葉を吐いてしまえば、ハルを困らせてしまうことは百も承知だった。今日は、球磨とハルの結婚式。それなのに、私は、そのハルに、私の気持ちを知って欲しいと思ってしまっていた。

 

 だから私の手は、自然とハルの袖を掴んでいた。だから私の口は、私の本心を言葉にしようとした。それがたとえ、あの二人……ハルを困らせることになろうとも。

 

 思えば、結婚式の連絡をもらったその時から、私はハルに告白しようと思っていたのかもしれない。今着ているこの服にしても、ハルの『お前には黄色が似合う』というアドバイスを受け入れて、少しでも、ハルの記憶に私の姿が残るように……少しでも、ハルに『綺麗だ』て思ってもらえるように、この服を選んでいた。

 

 ……それはきっと、心の何処かで、『ハルを手に入れたい』と思っていたからだ。球磨がいつも隣にいるんじゃなくて、私が彼の隣にいたい……そう、思っていたからだ。私自身も気付かない、心の奥の本当の奥で。

 

 でも、隼鷹にはそれがバレていた。思えば隼鷹は、今日の結婚式の間、ずっと私を見ていた。暁と提督がはしゃいでいるときも、気がついたら私の方を見ていた。目が合う回数も多かったし、何より、トイレですれ違ったとき……

 

――顔に水かかってたけど、ちゃんと拭いた?

 

 そう言って、私を気遣ってくれた。隼鷹は、私のことをずっと見守ってくれていたんだ。私がもし変なことをしようとしたら、私を止めようとして、私のことをずっと見てくれてたんだ。

 

「隼鷹……あの……」

「……ん?」

「ごめん……私、ハルたちの幸せ、ぶち壊そうとしてた……」

「……」

 

 口に出してはじめてわかる、自分がやろうとしていたことの重大さ。確かに私はハルのことが好きだけど、もしあの場で言ってしまっていたら……ハルが好きだと言ってしまっていたら、私は、ハルを困らせていた。ハルの幸せを、壊してしまっていたかもしれない……。

 

「……ふぅっ」

 

 伏し目がちに隼鷹を見ているから、隼鷹が今、どんな顔で私を見ているのかはわからないが……隼鷹は、腰に手を当て、ため息をついた。意外にもその様子は、怒っているという風ではない。

 

 再び、私の右手首が、隼鷹に掴まれた。

 

「ぇあ……」

「行くよ」

「どこへ?」

「……」

 

 再び、私の手を取った隼鷹は、私に行き先を告げずに歩きだす。さっきよりも幾分落ち着いた足取りで……だけど、スタスタと勢い良く歩くスピードは変わらず。

 

「どこいくの?」

「……」

「ねえ隼鷹?」

「黙って歩きな」

 

 怒りは感じない。でも、有無を言わさない迫力はそのままだ。それっきり私の言葉に、隼鷹は返事をしなくなった。

 

「……」

 

 私も口をつぐみ、ただ静かに、隼鷹に引きずられるように、隼鷹の後をついていった。

 

 二人で無言で、十数分歩く。その間、いつの間にか隼鷹は私の手首から手を離し、代わりに私の手を握ってくれていた。さっきみたいに力をこめてギュッと握られているわけではないが、『絶対に離さない』という隼鷹の意思だけは、手から伝わってくる。

 

「……」

「……」

 

 そうして私たちが到着したのは、隼鷹と提督のお店、喫茶店の『きっさ・ちょもらんま』。戦争が終わった後、隼鷹と提督は、以前からの二人の夢だった喫茶店を立ち上げた。店の名前は、本人たちいわく『行きつけの床屋からとった』らしい。隼鷹のコーヒーと提督お手製のケーキが評判がいいと、以前に耳にしたことがある。

 

 隼鷹がそんな『きっさ・ちょもらんま』の入り口を開いた。カランカランとベルが鳴り、店内の空気が流れ出てくる。

 

「入って」

「……」

「早く」

「……うん」

 

 言われるままに、店内へと入った。名前の先入観があるからかもしれないが、店内のちょっと雑多で懐かしい感じは、私が知ってる、二人の行きつけの床屋の雰囲気に似ている気がした。小さな本棚に、北上がよく読んでいた漫画が並んでいるからかもしれない。

 

 初めて入る店内の様子を眺めていたら、隼鷹が入り口のドアを閉じ、鍵をかける。パチリという鍵の音が心地よい。照明が点灯し、店内のそこかしこにある間接照明の柔らかい光で、店内がほんのりと照らされた。

 

「あのさ隼鷹」

「……」

「なんで私をお店に連れてきたの?」

 

 照明のスイッチから私の元へと歩いてきた隼鷹が、私の前に立つ。私は確かに、二人の幸せを壊そうとした。だから、結婚式の会場から連れ出されたのは理解出来る。でも、ここまで連れてこられた意味がわからない。私は、一体何のためにここに連れてこられたのだろう。説教をするため?

 

「……川内」

「ん?」

 

 隼鷹への疑問で頭がいっぱいになり始めた時、隼鷹が私の前まで歩いてきた。長い髪がふんわりと動き、そして一歩進むたび、キラキラと輝いた気がした。私がそんな隼鷹の髪に見とれていたら。

 

「……え」

 

 隼鷹の右手が、私の頭にぽんと乗せられた。その後隼鷹は、私の頭をくちゃくちゃにするように、ちょっと乱暴に、私の頭をなでてくれた。

 

「ちょ……隼鷹……」

「キレイな髪だね」

「?」

「サラッサラでキレイな黒髪だ。つやつやで痛みもないし、ちゃんと丁寧にトリートメントしてる。ほんのりいい香りがするから、ちゃんと朝にシャワー浴びて、整えてきたんだね」

「……」

「そのドレスもよく似合ってる。まさかあんたに黄色が似合うなんて思ってなかった。すごくキレイだ。可愛いよ川内」

「……ありがと」

「このセンスは……ハルかな? 普通だったら、川内は赤が似合うからそれをすすめるけれど……鉄板からは外してくるけど絶妙なこのセンスは、ハルかな?」

 

 そう……ハルが私に、黄色が似合うって言ってくれたから……

 

「そっかー……あんたは、今日の自分を、ハルに見てほしかったんだね」

「うん……」

「ちゃんと今日に合わせて、自分をキレイに仕上げたんだね。ハルに、きれいな自分を見てほしくて。ハルに“綺麗だ”って思ってほしくて」

「……うん」

 

 隼鷹にバレていた……でも、不思議と悪い気がしない。自分の頑張りを、隼鷹が見ていてくれていた……ただ、それがハルではないのが残念だけど……

 

「うん。ほんとにキレイだ。べっぴんだね川内」

「……そんなことない」

 

 私の頭を撫で、髪に触れ、服を褒めてくれる隼鷹の一言一言に、私は次第に我慢ができなくなってきた。じんわりと視界が歪み、目に涙が溜まってくる。涙が溜まってきたことを隼鷹に知られたくなくて、私は顔を下に向けた。

 

 隼鷹の手が私の頭から離れた。その後私のほっぺたを両手で挟んで、私の顔を無理やり、自分へと向けさせる。私と目があった隼鷹は、とても優しく、私に微笑みかけていた。

 

 涙のせいか、私の目に映る隼鷹の笑顔は、ちょっと滲んで水彩画のようになっている。けれど滲んだ笑顔の奥の眼差しだけは、スッキリと澄んでいた。

 

「いーやキレイだ。今日のアンタはとってもキレイだ」

「ひょ、ひょんなこと……にゃいっ」

「いや、今日のアンタは、誰よりもキレイだったよー」

「にゃんで? 今日の主役はハルと球磨じゃんっ。球磨が一番綺麗で……」

「いや……あたしには、球磨よりもあんたの方が、一番いい女に見えたよ」

 

 意味がわからない。今日、あの場で、一番キレイなのは、主役の球磨とハルなのに……なんで隼鷹はそんなことを言うんだろう? 私は、たしかにがんばった……けど……

 

「だってさぁ川内?」

「……」

「確かに最後は我慢しきれなかったけど、二人のために、ずっと自分の気持ちを押し殺してたろ?」

「そんなことない……ッ! 私は……ッ!」

「そうだよ。あんたはずっと、惚れた男のために、我慢して笑ってた。自分はこんなにつらいのに、二人を笑顔で祝福してたじゃんか」

「だって……ハルが幸せになるんだよ? ……球磨だって私の友達だよ? その友達が幸せになるんだから、祝福したいじゃん……してあげたいじゃん……しなきゃだめじゃん!」

 

 呼吸がしづらくなってきた。ひっくひっくとひきつって、息が苦しい。

 

 隼鷹が、両手で私を抱きしめてくれた。隼鷹は、私よりも背が高い。そんな隼鷹が、私に覆いかぶさって包み込むように、強く、ギュッと身体を抱きしめてくれる。胸が痛い。身体が優しく締め付けられる心地よさに、涙が我慢できない。

 

「……ッ」

 

 私の耳元で、隼鷹が静かに優しく囁いた。

 

「……もういいよ川内」

「もういいって……何が……?」

「ここなら、あたし以外には誰もいない。我慢しなくても、口に出しても大丈夫だよ」

「……」

「役不足だろうけど、あたしが全部、あんたの気持ちを聞いてあげるから」

「……」

 

 きつく抱きしめてなお、私の頭を撫でてくれる隼鷹。その優しさが私の口を、再び私の意識から切り離した。抱きしめられて手が自由に動かせないから、目に溜まる涙が拭えない。溜まりに溜まった私の涙が、上を向いた私の目尻を辿っていく感触が伝わった。

 

「……」

「……」

「……」

「……す……き」

 

 もう我慢しなくていい。その安心感が、私の口を遮ることをやめた。私の口は、私の本心を少しずつ言葉にした。最初はたどたどしく呟くように。

 

「……すき」

「……」

「ハルが好き……好き。ハルが好き」

 

 しばらくして、はっきりと。

 

「好き……好き。私は、ハルが……好き」

「……」

「ハルが好き……好きなのに……ずっと好きだったのに……ひぐっ……」

「……」

 

 やがて、涙混じりの鼻声で。胸が引きつって息がとてもしづらいけれど、私はひたすら、『ハルが好き』と繰り返した。

 

「好き。ひぐっ……私はハルが好き……」

「うん」

「好きなのに……ハル……いやだ……ひぐっ……私、ハルが好き……いやだよ……」

「うん。いやだね」

「好きなの……ハル……あなたが好きなの……ずっと好きだったの……ひぐっ……好きだったんだよ?」

「そうだね。ずっと……ずっと好きだったんだもんね」

「夜にお店の窓を開けたら、笑顔で怒ってくれるハルが……ずっと好きだったんだよ? ひぐっ……ハルの冗談、本気にしたんだよ? ずっと……ずーっと好きだったんだよ?」

「……」

 

 一言本音をこぼしてしまえば、もう私の口は止まらない。時々しゃくりあげつつ、私は本音をポロポロとこぼす。壊れたジュークボックスのように、私は何度も何度も『ハルが好き』と繰り返し続け、私の胸の中で輝く、笑顔のハルに気持ちを伝えた。

 

 ねえハル?

 

 なんで私じゃなかったんだろう?

 

 私が毎晩遊びに行って、夜戦夜戦って賑やかだったから? 肝試しの時、一人で夜戦夜戦ってはしゃいでたから?

 

 私が球磨みたいに、ハルをぞんざいに扱ってたら……ハルのボケに過剰に突っ込んでたら、ハルの隣にいられた? ハルのお店で、ハルを散々振り回してたら、ハルの隣にいられた?

 

 教えて? 球磨みたいにショートパンツ履いて、男の子っぽく振るまっていれば、ハルは私を選んでくれた? おんぶをせがんだり膝枕をせがんだり、わがままで振り回していたら、ハルは私を選んでくれた?

 

 それとも……

 

「ハルがきた時、最初に出迎えたのが球磨じゃなくて、私だったら……ハルは……ひぐっ……私を選んで……くれた?」

「……」

「ハル……好き……大好き……行かないで……」

「……」

「ハルの隣にいたいよ……ひぐっ……ずっと、ずーっと……ハルの隣にいたいよぉ……」

「……」

「ハル……大好き……誰よりも好き……大好きだよぅ……」

 

 こうして私は、ハルにはもう届かない気持ちを、ハルと球磨には届かない場所で、長い時間をかけて、涙を流しながら告白し続けた。

 

 その間、隼鷹は私を抱きしめたまま、ずっと頭をなで続けてくれた。時々相槌を打ち、『そうだね』と共感してくれ、泣き続ける私を、最後まで温かく包み込んでくれていた。

 

「ごめん隼鷹……ひぐっ……ありがとう……ハル、大好き……」

「いいよ。でも告白するかあたしに感謝するか、どっちかにしな」

「ありがと……ハル……」

「タハハ……」

 

 

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