普通にノリで書いたような感じです。
今回も一万五千字以上です。「ええ〜そんなにでっか?」みたいな感じでしたら『これからは新体制』でやっていきます。
まぁ、一度裏切った奴は何度でも裏切りますから?私も似たようなものです。だから私は敢えてニヒルに笑ってこう言います「野球やろっか?」
え?ちょっと何言ってるか解らない?大丈夫。意味がない文章ですので、こんな文すっ飛ばしても大丈夫です。
パソコンに表示されている時間を見ると、三時を過ぎていた。もう直ぐで日が出る時間だなと思うと、なんだかやる気が起きてこない。
うーんと声にならない声を一つあげながら、手をしっかりと伸ばす。体の隅々が痛いような感じがした。欠伸を一つ漏らすと、そのまま気分転換の為に部屋から出る。
「真っ暗だ」
当たり前のように感じるが、実際この時間帯に出るのは二桁もいっていない。廊下を歩きながらボサボサの頭を掻いてまた一つ欠伸を漏らす。
何処へ行くかも決まっていないこの散歩は一種の夢遊病にも似ている感じがした。頭ははっきりとしていないし、目の前が真っ暗で見えない。一定の距離に光が灯されているがその先は見えていない。
目的を意識すればなにか見えるのではと思ったが、考えれるのは仕事だけ。
俺の仕事なのかも解らない仕事。それはある意味恐怖でしかない。
それを感じていると一つの部屋に明かりがついていた。近くまで行くとそこは倉庫部屋と呼ばれているところだった。
その部屋には、非常用の食料と飲み物だけしか備えられていない。
サーヴァントを抜いて百人以上いた人間がここで共同生活をするのだ。それなりのものは無いともしもの時が大変だ。
これは俺が推奨したもので、その時にはまだ局長もいたのですんなりと受け入れられた。
もしもなんか無い。そう言ってしまえば本当にないが、孤独な場所に位置する限りそれがないとは言えない。
安全は十分に確保しろ、これはホワイト企業なら当然である。
その部屋に明かりが付いている。それは扉が開かれた状態であることを意味している。
「…………」
ここで引き下がれば、良いのだが俺の心は行けと言っている。それは恐怖からなる行けに違いないが、好奇心も含んでいるように見えた。
近くに寄ると、ガサガサと音がしつつ時々ダンボールが落ちる鈍い音がする。
「……の辺に」
あらかた夜好きのサーヴァントかと思ったが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。自分の知っているかつ、最近よく絡んでくる人物に違いなかった。
内心でため息を吐くと、少しだけ納得のいかないモヤモヤが残った。このまま見過ごしても良いが、何も話しかけないで行くことはない、そう考え、開きっぱなしの扉の前に立つ。
「おい」
「……ん?」
彼はゆっくりとした動きをしながら、後ろを向いた。面倒そうな目つきと俺と同じくらいボサボサな頭が俺の頭に上書きされた。彼のイメージである清潔感というものが影形なく無くなっていた。俺は怪訝そうな目つきで、彼に近づくと彼はニヤニヤと笑いながら、片方の手を広げ俺の前に出し、行動を制止させた。
「まあ、待てよ。聞きてぇことは解るが、あんまり人のやる事にグチグチいうもんじゃあねぇぞ」
「グチグチは言ってませんよ。ただ、ここは立ち入り禁止なんで」
「まあそう言うなよ、俺だってこんなところに来たくねぇよ、ただ…………」
「ただ……?」
彼はそう言い淀むと、あれこれと探しながら一つのダンボールを開ける。周りをよく見ると開いているダンボールがそこら中にあり、物資が乱雑に散らばっていた。
こんなにされたら、またやる事が増えるだろうが、そう言いそうになったのを喉に詰まらせながらグッと堪えた。ここで言ってもどうしようもない。だったら好きなようにさせてやれば良い。
暫くして彼は「おっ、あったあった……」と言いながら一つのダンボールから大きな瓶と箱を俺に見せて来た。
「……それは…………?」
「ん?お前、本気で言ってるのか?」
彼はニヤッと先ほどよりも悪い笑みを浮かべながら、俺の目を見た。その目には普段働いているような、あの輝かしい眼ではなく、悪戯をする子供のような笑みであった。
「酒とタバコだよ」
彼はその後俺を自分の部屋へと招き入れ、グラスを二つ用意し始めた。自分もこのまま仕事に戻るのは、と迷っていたところなので何も言わずについていった。隠し持ってこと、どうやって俺の目を掻い潜って、それを在庫に入れたのか、そういうことも何も言わなかった。それを問いただしても、俺にはもう取ることもできやしないし、これからの事も考えるとそういうものも必要になってくるだろう。
彼は暗い部屋に中央だけ電気をつけただけで、それ以外の電気は消していた。彼の自室は、滑稽なほどに何もなく、ただテーブルにパソコンと本が数冊置かれていただけであった。グラスをテーブルに置くと俺の目を見て、早く座るように促し始めた。
俺はそれを承諾するように彼の対面に座った。
「……よかったよ、お前に会えて。酒はサーヴァントと飲むのが嫌でよ、あそこでは飲めねぇんだわ」
「……どうしてですか?」
「固いのはよせよ、俺だって今まで以上に軽いんだ。お前もよ殻外してくれや……ムズムズして仕方がねぇ」
「じゃあ…………なんで?」
「何でもだよ、アイツらはたち悪いゴロツキと一緒さ。あんなもんと飲んでる奴ら見かけると寒気がしてくらぁ……」
そう言い終わると自分のグラスに酒を入れ始めた。よく見ると酒の色が赤く、まるで血のように見えた。今まで暗かったからその色までは見る事がなかった。
自分のグラスに入れると俺のグラスにも入れ始め、終わると同時に自分のグラスを持ちはじめる。
「乾杯……」
「……乾杯」
小さくいうとその声に合わせてか、カチンとこれまた小さな音をグラスが奏でた。彼が確かにぶつけてその音が鳴ったが、俺のグラスは鳴っていないような感覚が一瞬した。それはこの空間にまだ一種の緊張感を持っているからだろう。一つ一つが途切れ途切れに気になるのだ。見たことの無い雰囲気。けれど、それが何かしら彼の存在を主張し、訴えているようにも見える。幻覚だろうか、それ程までに鮮明に感じてしまっていた。しかも、それを肯定しようとする自分もいる。つまり、彼に心髄しても良いようなそんな感覚がした。
これを飲めば本当にそうなってしまう。彼は気味の悪い顔をしながら俺の顔を見つめていた。
「このワイン、俺のお気に入りでね、偶にこのワインに本物の血が入っていたらと思うよ」
「悪いことを言うなよ。もう飲めやしない」
「冗談だよ。さ、飲めよグッと飲んでる酔いしれようぜ」
「……いや、やめとくよ」
「んだよ、つまらん」
彼はチッと舌打ちを打ちつつ、今度はズボンのポケットに入っていたタバコを口に咥えた。ベッドからゴソゴソと探し出してライターに火を付けると一気にそれを吸う。
「タバコ……やるんだ」
「いっとくけど、煙が嫌いとかいうなよ?俺はそんな者と関わりたくない」
「いや、平気だよ。俺の先輩も吸ってたし」
俺は変な薄ら笑いを浮かべながら、彼の目を見てそう言った。自分ではなんの意味もこもってない言葉だったが、彼は俺の言葉を聞くと、目の色を変えてグラスを少し荒く置いた。
「……お前の先輩、というのは国連の奴か?」
「…………え?」
彼はタバコを口に咥えてまた吸い出すと、俺に向かって煙を吐いた。少しだけ煙臭くなったこの部屋に違和感が漂い始める。彼に対する違和感も増しているようだった。なぜ国連の先輩の事を知っているのだろうか。いや、ここにいるなら国連の人の顔は把握しているのは当然か……いや、そうでも…………。
俺が頭を巡らしていると彼は口を再び動かし始めた。
「どうして……っていう顔してるな。図星だったか。まあ、理由教えても良いが、まあ、俺のナゾナゾ……。余興とでも名付けようか。なんでだと思う?」
ニヤニヤと笑いながら俺の顔を見つめている彼は気味が悪い。ユラユラと揺れている煙がまた彼をそういう風に見せているのかもしれない。俺はそんな彼に当てずっぽうな言葉を並べようとする気にはならなかった。彼の余興は人を不愉快にさせる。俺はそう感じた。
「いいよ、そういうのは……。君の余興は人を不快にさせる」
「つまんねぇ事をいうな。不愉快や不快は買って買われてナンボだ」
彼の言葉が意地らしく、汚いものになってているのはなぜだろうか。彼の先ほどから吐いている言葉には明らかな感情が入っていた。普段の仕事では見たことが無いような本音、とでも言うのかそういう態度がある。しかし、そんな事を言う奴はどうかしてる。買われてナンボ、買ってナンボ、そんな自己中心の奴はこの世に何人もいない。世間はそれを許さない。俺は変な薄ら笑いを浮かべながら目線を外し、少し荒くした声で彼に言った。
「俺はそういう奴が嫌いだ」
彼は、俺の言葉を聞くと、「へぇ……」といった具合に、腑抜けた返事をした。タバコの火を消し、グラスのワインをグイッと一気に飲み干すと同時に、顔をズッと近づけてきた。俺の目の前にある彼の顔はニヤニヤしているにもかかわらず、先ほどまでとは違い、目だけは笑っていなかった。
「俺を侮るなよ……。お前がそんな事をほざく人間じゃないのはお見通しだ。お前がそんな人間であれば、あの人がお前に関わる筈がねぇんだよ」
まるで俺を、俺の本心を知悉しているかのように彼は言った。彼が俺のことをどう思っているのかがその言葉であらかた解ったような気がした。
彼の中での俺は、どこまでも人の畑に入り、荒らし、勝手に気味の悪い種を蒔く畑荒しなのだろう。俺の先輩がそうであったように、俺も荒くれ者だと……。
なぜか手に力が入った。
「全く違う。俺は先輩とは違うんだ。君がどんな奴かは知らない。荒くれ者だとでも言いたいんだろうけど、俺は違うんだ。無論、俺は年上の荒くれ者とよく一緒にいて、気に入られ、そのお墨付きを与えられたかもしれない。けど、そこに俺はいない。そこにいるのはお面をつけた俺だ。全てが余興だっただけだ」
「へぇ…………。あの人といた自分は全部偽者で、今いる自分が本当の自分である、てか?そんな都合がいいことがまかり通るかよ。あの人と関わっていれば、絶対に荒くれ者になるに違いーー」
「いい加減にしろ。俺は君とそんな話しをしたくてここに来たわけじゃない。もう止めろよ。そんな無駄話し……。不愉快だ。そもそも君には関係がないだろ。先輩と君が繋がってないじゃないか」
「繋がり……?」
彼は俺の一言を口にした。
首を傾げながらゆっくりと後ずさりながら、もう一度グラスにワインを入れ始める。タバコに火をつけると、口を小さく開きながらタバコを咥える。
「繋がりがあったら、話してもいいのか?」
「……そういうことじゃない」
「だが、お前から言ったんじゃないか。言っとくが俺はお前と同じで繋がりはある」
「だからと言ってそれを引き合いに出すなよ。酔ってるのか?そもそも、俺は仕事の合間の休憩がてらに寄っただけだ。君とそんな話し……。重い話しを聞きに来たわけじゃないんだ」
スパーッと煙草を吐くと、彼は顔を下に向けてボソボソと口を動かした。よく聞こえないが、今は聞きたくない。
俺は手で机をグッと力を入れ、重い腰を上げて彼を見下ろした。彼の顔はもう見えない。
「俺は行くよ……。ただ、一つ。君は誤解をしている。確かに、俺の先輩は頭が狂った天才だ。しかし、それが俺になんの関係がある?繋がりは後輩だけで思想や思考まで、正確に教えてもらったり、あれやこれやで改変されたわけでもない。俺は俺だ。環境の変化でいつだって思考やキャラが変わる普通人だ」
先輩みたいに心に鏡があり、いつだって自分を把握しているやつはいない。事故して足が動かなくなり、車椅子生活にでもなれば、そいつが鏡になる。自分を見ることができる。それは普通だ。常人はいつだって信念を重ね重ね大事にできやしない。生活の中で忘れるのが当たり前だ。
それができるのは先輩みたいな天才だけだ。
「俺は帰るよ……じゃあな」
「俺はな……」
突然、彼が話し始めた。
彼は右手に持っていたジッポをカチャカチャと音を立てながら、ゆっくりと俺の方を見た。その目は暗がりでも判るような死んだ魚の目をしていた。
「俺はな……あいつの弟だ」
「…………え」
言葉をなくす、とまではいかないものの、衝撃が襲いかかる。グッと堪えなければ立っていられないほどの衝撃が一気に来た。彼はそんな苦痛の顔を見てさらに言葉を続けた。
「あいつは俺をここに送った。俺はお前よりもここにいる。数年前、あいつに俺は嵌められた。言い方がおかしい、と思うか?だが、これはーー」
「だからなんなんだ」
俺は彼の言葉を遮った。もう聞きたくない。何故かそう思った。感情は高ぶり、緊張さえして来た。
「お前が弟で、先輩に嵌められ、行きたくもないここに来たからってなんなんだ。俺が知ったことかよ」
「……そうか……。お前はそうなのか」
「……何が」
「お前はそういうやつなのか……」
「……君の中ではどういうやつだったんだ」
彼はニヤリとも笑わずにワインを飲みながら、ゆっくりと口を開いた。
「さっきの通り、お前がもっと荒くれ者だと信じてたんだ。お前の仕事の量、どういうやつと関わっているのか……あいにくだが、俺は全部知っている。だからーー」
「幻だよ」
俺は彼の言葉を遮ると、彼は呆然とこちらを見た。そして「なんのことだ?」と呟くような声で言った。
手を握り締めながら、彼の目を見る。耐えられないような悲壮感が俺に襲いかかる。なぜだかは解らない。知りたくもない。けれど、俺はそこにいながら、冷静だった。
「君は幻の俺を見てたんだ。幻に毒されていたんだ。空想の世界で俺はそんなヤツになり、それは現実でもそうなっていった。
まるで恋心を初めて抱いた子どものように……。何も見ようとしなかった……。いや、知ろうとも、探ろうとも、調べようともしなかったんだ。性格の問題じゃない。甘さだよ……君は幻の俺を見てたんだよ」
俺はそれだけ言い、彼の部屋から出た。
「ーー君は幻の俺を見てたんだよ」
彼はそう言って部屋を出た。
辺りは先ほどの会話を無かったかのように深閑としていた。扉が開かれた時の音がやけに耳残ってしまった。
酒をもう一杯だけ入れながら会話を反芻させると、今度は、次第に笑みがこぼれてくる。それとともに、自分の心がウキウキと踊り出しそうになった。
「……ハハ」
ニヤニヤと、とても人の前では出来ない笑みが浮かび、その笑みのまま口にワインを運んでいく。アルコールと赤ワインの独特の味が中で広がりつつも、そのくせ、ワイン特有の苦味はない。口はすんなりとその味を受け入れ、その液体は喉を潤した。箱の中に入ったタバコに火をつけ、口を小さく開けてそれを咥え、タバコを呑む。
「……あいつが、あそこまでとは思わなかった…………。兄貴はスゲェー奴を見つけたな」
彼の言葉の節々には全て感情が入っていた。横目でこっちを睨んだ目には、あまり舐めるな、と訴え来ていた。浴びせられた暴言にも、冗談にも感情が入っていて、どの誰よりも『人間らしさ』があふれていた。彼は兄貴の力を借りてできた存在だと思っていたが、あの人がいなくとも元々から、その素質……。つまり、人間味があったのだろう。優しさや弱さを肯定するような、そんな生き方が果たして他人に出来るだろうか……。世間はそれを許してはくれないだろう。ジェンダーや個人の主観で語ってくる輩には到底解るまい……。だからいけないのだ。人間の本質というのは、弱さを肯定し、自分をより弱く見せ、如実的に物事を捉える事をしない。つまり、自分一人で生きれないことを肯定することである。
そして、その中に組織を当て、自分という存在をその中に見出そうとする……。それが人間の本質だ。
「拍車をかけてしまったのは兄貴か……。これもまたいい」
暗がりの部屋をしっかりとした目で見渡しながら、机の上に置いてある写真を見る。あの人と彼が写っているその写真はとても良いものとはいえないが、誰もを引きつけるような蠱惑的なものがあるに違いなかった。自分はこれを美しいと評価するが、誰もがこの二人の笑顔の写真に対して何か眉をひそめるものがあるだろう。
一人の笑顔には作り笑いとも呼べるようなものがあり、それを隠すように手をポケットに入れている。
一人の微笑には迫真とも呼べるものが、存在し、誰にも見破れるものではないが、身内やそれに近い人物には、彼のその演技がどうにも悲しくなる。そんな微笑であった。
「……お似合いだ。不具合を一切感じさせない」
彼等の間には一切の隔たりが存在しない。しかし、自分とあの人ではそれが障害物のように存在し、何に対してもぎこちなさを感じる。
「……そろそろ、か」
タバコの火を消しながらワインを飲み干すと、今度は自分に与えられた端末に目を向ける。
端末の光が部屋の中央で、星のように輝いて見えた。自分のやっている事がどんなに悪趣味な事なのか……と、自分に歓喜したい。それどころか、真実をこんな遠回しなやり方で彼に伝える自分に惚れてしまう。
「エゴイスト…………いや、一種の狂乱か」
自分の品定めが終わる頃には、彼に送る内容が全て出来ていた。あとはこれを押すだけだ。
ニヤニヤとした歓喜の笑顔が徐々に顔に浮かび上がってくる。なるほど、計算というのはこういう事なんだ。
数学や算数を一生懸命学ぶより、こういう緻密な物事の計算の練習すれば、どんなに応用が利くだろうか。学校では教えまい。
自分で磨くしかないのだ。けれど、それを磨けば…………。
「……バカになる。義務も権利もないものだ。この世界にあるのはいつだって……」
彼の端末のアドレスに送信した。
「慢心と自惚れだよ」
自分は自分に酔っている。その感覚を留めて起きたく、まだ名残惜しいので、ワインを一口飲んでそれを保持させた。上手く口に運べてなく、服に赤い液体が付いてしまったが、逆にそれが欲求を満たす条件になった。
「彼は俺のプレゼントを気に入ってくれるかな?」
彼との会話中に近づいて彼の懐に入れた酒が俺にとっていいものなるのなら良いことである。彼はそれをすんなり理解して飲むであろう。その飲んでからの会話を想像してまたワインを飲んだ。
「……これはうまい」
頭はクラクラしていつ寝てもおかしくなかった。
辺りは暗がりで、点々と光があるだけだった。その先が何も見えない。
「……俺の未来かよ」
ヘッと乾いた笑いをこぼすと、ゆっくりと歩き出した。いや、歩く……という表現はここでは合わない。引きずる、そういう風に歩いた。
部屋のすぐそばに来るまで、ずっと彼との会話が反芻される。クラっと頭が重くなり、壁に寄りかかった。頭の回転が遅くなるにつれ、彼の言葉が頭から離れない。
『あの人がお前に関わる筈がねぇんだよ』
彼は何を言ってるんだ。たかが大学の先輩じゃないか。
『俺はな…………あいつの弟だ』
だからなんだっていうんだ。弟だから、兄のことを知悉しているとでもいうのか?
「……ふざけてやがる」
いや、対して変わらない。自分も全く同じだ。彼のことを何も知っていなかった。調べようとも、探ろうとも、知ろうともしていなかった。
彼はもっと冗談を言い、社会について何も知らない若い男性というイメージが俺にはあった。そうしていながら、俺はあんな言葉を吐いたのか?
先輩の弟……。なんでそんな重大なことを……。
立ちくらみがさらに悪化すると、フラフラと歩き出す。それと同時にポケットに重みを感じた。
手を突っ込むとそこにはウィスキーの瓶が入っていた。
今までなぜ気がつかなかったのか、不思議でならなかった。それを見つめて色々と思考をめぐらしていると、今度は携帯端末が鳴った。
端末を見ると一件のメッセージが入っている。それを開くと写真が貼り付けられていた。その写真は随分前の新聞で、有名な新聞社のものだった。
「……あいつか」
送り主が分からないため、判断はつきにくいが、如何にもそれらしかった。
新聞の記事には赤い丸で覆われたところが一番先に目がいった。
字が細かく何が書いてあるか解らない。
拡大して見ると事故死と書かれていた。
「…………もしかして」
俺は息を詰まらせながら、ゆっくりと新聞に目を通す。一字一句見逃さずに、瞬きもしないで読んでいく。
『日本の国連代表一名が事故死』
俺はその言葉に息を詰まらせた。
先輩はとうの昔に亡くなっていた。
俺が来てまもなく死んだ。
写真を横にスクロールすると国連関係書と書かれたものだった
やはり赤い丸……。
俺はそれを見ようとしなかった。
「…………信じるな」
誰かに言い聞かせるように呟いた言葉は、やけに掠れて何も力を発揮させることはなかった。その時、ハッと思った。もしかして、これが言いたいがために俺を…………。
仮に、俺があそこで出会わなくても彼は俺の部屋に来て居たのか?いや、そんなことは……。待て、だとすれば最初の会話の『よかったよ、お前に会えて』このセリフは何だ?意味がない、なんてことは……。
「あり得ないだろ」
彼に限って意味のない会話なんてしないはずであろう。俺はたしかにそう確信している。彼は俺のことを知悉しているように話し、一切の虚言がないかのように俺に語っていた。
全ては計算のうち……。計算の…………。
「……まさか」
こうなることも予想していたのだろうか、こうなってもいいような計算もしていた、ということは考えられるのではないか。だとしたら……。
「踊らされていたのか」
俺は力のない目でポケットに入っていたウィスキーを見つめ、そして蓋を開けた。爽快な音とともに力なく地面に落ちた。
先輩は死んだ。もう誰からも縛られていない。
彼は言った。あの人がお前とつるむわけがないと。
俺は感じた。俺は何をすればいいのかと。
けれども、先輩は俺に頼んだ。ふざけ半分で先輩が俺に頼み、俺はそれに了承した……。それは消えない。それだけが今、ここにいることの理由だ。だったらやるしかない…………。
「……何を?」
俺は何もできていないじゃないか。
もう一度ロマンさんに相談するのか?ダヴィンチさんに相談……?やりがいなんてないだろ。まだこんな雑用やるのか?俺には何があるんだ?毎日毎日同じじゃないか。だったら何を…………?
「……俺何やってたんだっけ」
何も思い出せない。何もやれない。ここに居てもどうでもいいような扱い。
「…………ハハ」
笑いが込み上げてくる。そして手に持っている酒が美味く見えてくる。俺はウィスキーを一気に飲んだ。
次第に喉が焼けるように痛くなり、そこからさらに喉に向かって何かが込み上げてくる。
吐きそうになるのを必死にこらえ、なんとか飲み干した。
クラクラな目で端末を見るともう一つメッセージが入っていた。
それを開き内容を見る。やはり名前はない。けれど彼だというのは簡単に予想できる。
俺は自嘲するかのように笑いながら彼のメッセージを見た。
『負けの人生 負けの半生
貴方はそれでいい
考えなど捨てろ 幻なんかありゃしない
全ては計算 全ては予想
私の頭は全て正解である 全ての世界がある
貴方の範疇にはないものが浮かんでいる
私は計算の頭 貴方は狂った頭
思考の違いではない 思想の違いではない
人生の問題である
貴方の人生は過去に狂わされた
貴方の行動はそれによって改変された
あの人が貴方を作り 貴方を魅了した
しかしどの行動も関係ない
これは貴方の問題 あの人は関係ない
そして私は貴方に質問する
狂っているのは私であるか 貴方であるか』
全ての力が抜けて立っているのがやっとになっている。何だ、今日という日はなぜこんなにも…………。
「狂っている、か……。正常ではないのか?いや、とうに狂っているんだな」
なら問題はない。考えは捨てる。どのみち元もこうもないのなら、俺は自分を狂わせる。
「……全ての元凶は俺にーー」
「ーーおい」
後ろを向くとアルトリアがいた。
彼女は光に照らされその顔がより白く見えた。その瞬間、急に自分の体が前に倒れた。
彼女は目を見開いて、明らかに驚いていたが、俺をしっかりと抱きしめた。少し甘い香りを漂わす彼女に幾分かの安心感を覚えた。
「……どうした」
彼女はハッキリとした声で俺に呼びかける。ハッと自嘲するように笑いながら、「忘れた」と独り言のように小さく呟いて答えた。その返答あと、彼女は俺の匂いに気づき、俺の身体を見渡す。手に持っている瓶を見て察したかの様に口を開いた。
「酔っているのか。珍しいな酒なんて……」
「珍しい?俺は酔っている感覚はないぞ」
「貴様の感覚は知らない。しかし…………何があったかは答えてほしい」
「…………忘れたよ。何もかも思い出せない」
「……そうか」
小さくそう答えると、アルトリア俺の肩に手を回そうとする。少し先には自室が見えている。あと数メートルで……。俺は彼女の身体をギュッと抱きしめた。
「……アルトリア」
「どうした」
「……一度だけ俺に『助けを求めたら助ける』って言ったよな」
「……言ったな。それがどうしーー」
「助けてくれ」
声が低くなり、自分の声ではない様な感じがした。何を求めているのか、自分でも解らず、何を言っているのかも分からなかった。アルトリアの表情はこっちからは見えず、ただ目の前に広がる暗い世界に目を向ける。目頭が熱くなりつつあるその目に映る世界は、暗いながらも歪んでいる。息遣いが荒くなり、心臓の音が体全体を通って聞こえてくる。静かなこの世界で唯一音が自分の中から鳴り続けていた。
「……いま助けてくれないか」
辺りが深閑としている。足音も何も聞こえない。ただ彼女の身体を強く抱きしめながら俺は懇願した。切なさが一気に襲い、とうとう一滴の涙が頬を伝った。
アルトリアはそれを察したのか俺を壁に押し当て、両肩に手を置いた。手には力が込められていて、身体にその力が伝わってくる。感情の現れともとれるそれに、少し驚いた。
アルトリアの顔はいつもの凛々しい顔ではなく、厳しい顔になっていた。悩み……のような顔にも見えず、決心の顔立ちにも見えないその表情に俺は視線を外した。
「……私はたしかに言った。しかし、その救いに答えるのはまだ早い」
「意味がわからない」
「貴様はいま酔っている」
そう言われ、酒が入っていた瓶を見つめる。数滴だけが残っているその瓶は、今の俺の状態を見事なまでに表現していた。その黄色がかった液体には隠れた美しさがあるような感じがした。酒の力とはこれかもしれない。そう密かに思った。
「酔っているんじゃないんだ。これは身体が反応しているだけだ。俺自身は酔っちゃいないよ」
「酔っていては何もならん。その後に後悔するかもしれん。それにーー」
「やめてくれ」
アルトリアが続けていう言葉を咄嗟に止めた。心では解っていた。助けなんか求めても助けてくれない……と。今の状態を助ける奴なんか現れはしない。解っていた。どうしようもない感情をただ無くしたく、誰かにそれを背負わせようとしていた。
解りながらも俺は彼女に求めようとしていた。
『誰かに助けを求めるようじゃいけない。誰かが自分の事を知悉していて、あたかも解ってもらえてるなんて思ってはいけない。それは妄想だ。学校はみんなを大切にするから、救うんだ。けれど、世の中はいつも自分だよ。信頼しちゃいけない』
先輩の言葉が頭をよぎった。
涙が絶え間なく頬を伝う。
「……疲れた」
『疲れた、なんて言ってはいけない。それはお前の弱点を教えることになる』
「……もういい」
『諦めは敗北だ。出来ないことを最初からわかっていないから、諦めという形になるんだ。お前は何年自分と付き合っているんだ?いい加減自分の出来る事、出来ないことを知れ。知れば、勝ちの人生が待っている』
「……負けだ」
だからといって誰が得をするんだ。
自分が負けを認めて誰が何を得るんだ。
俺はアルトリアを見た。
「……二回目」
「……何がだ」
「二回目の救いには答えてくれないか」
学校とは違う。子どもとは違う。救いを求めてはいけない。だけれど……それに頼ってしまう俺がいる。
「……俺のお願い、叶えてくれるか?」
強くそう言いながら、歪みきった目でアルトリアを見る。彼女の頷く姿が目に映った。
「承知した。貴方の願い受け入れた」
「……ありがとう」
アルトリアに礼を言い、気を失うように前に倒れた。彼女はその細い手で俺を抱きしめた。
「礼は要らない……もう決めた」
彼女の言葉が曖昧ながら耳に入ったが、俺は理解せずに目を閉じた。行き先は闇か、それとも光か、それは解らない。けれどここで寝たら、今日のことを忘れてしまうということは何故か理解できた。なんの理解かは解らないが、今後の俺はこのことを思い出せないだろうと、頭をよぎった。
「……馬鹿め。これが二回目だ」
アルトリアは静かに、意識のない彼に向けてそう言った。暗がりの中で響く言葉は重みがあり、そこから何かが起きるような感じさえしていた。
彼が急に可笑しくなったのはいつからだろうか、今日だけの出来事、という簡潔の答えを安易に考えてしまうほど、アルトリアと彼の仲は浅くはない。
「……蓄積、か」
蓄積、という言葉が浮かんだが、それだけではないようにも思われる。彼がまず酒を飲むということが第一可笑しいのだ。自分のやるべきことがまだあるにもかかわらず、それを謂わば、拒否するようなものである。『人間は嫌なものを拒否するように出来ているものではない。それを拒みつつも、やるべき事を嫌々やる生き物だ。俺はそう思う。それが出来ずにいる奴は、恐らく快楽主義者かそれとも発狂者のどちらかだ。俺は発狂者じゃない。だから忠実にこなすんだよ。親より子どもが大切であるなら、俺は真っ先にここから出てる。けれど、子どもより親が大切、という生き方をしていれば組織が優先される』
深夜の中の会話にこのような事を話しいていた。彼のその時の顔は、異様に綺麗であり、そして真っ当なことを今している、と自覚しているようであった。それが今になって拒否するようなことになってしまうなら、あそこまでの言葉を話してはいないだろう。
アルトリアには確信があった。その確信は彼に対する信頼の証でもある。その信頼は異様な程に彼女の心髄にまで達していた。日々を過ごしていく内に毒され、知らない内に生活の中にさえ彼がいた。こういう風に言葉を並べると、嫌悪を抱くが、逆に言えば、それだけ彼には魅力があったのだ。
その彼がこんな状態になるのだ…………。
「……親密な奴か」
親密になるほどの人間がどれだけ、彼の周りにいるか……。実際、アルトリアの考えている辺りでは、悪女ぐらいしか思い浮かばない。その他の交友関係といったら……。と、考えはしたものの、やはり思い浮かばない。
「困った奴だ。見ていると、危なくて仕方がない。思い悩んだらいっそ辞めれば……」
そこまで口にすると、彼を抱えて数メートル先の自室まで運んでいく。辺りは深閑としていて足音が響く。つい先程の会話はもう遠い何処かに行ってしまい、頭の片隅には、最後の会話しか残っていなかった。
彼には組織に属し、それに忠実になるだけの才能はあるが、個性を持ち、自立した力で拒むことがない。彼には否定する能力の天分がない。
「冷たい人だ。貴方はなぜそこまで考える。私は理解できない。子どもより親と考えるのは、我々の方だろう……貴方が考えるのは逆ではないのか……」
組織というワードでここまで動く人がどれだけいるだろうか。しかし、結局は自分、と考えて動くほど人間は出来ていない。組織があり、恋人がいたり、大切がいる人がいれば、人間はそれに大義を誓う。そして自分に当てられた宿命を基として役目を果たす。
それはある意味どの職でも一緒だが、彼の役目は、それよりも低い位置にあってもいいのだ。
彼女は彼の自室に入る。辺りは一気に明るくなり、昼間のような感覚さえした。しかし、それよりも彼のイスに座っていた女性が気になった。ベッドの方を見るとイスに座る女性と同じ顔立ちの女性がこっちを見ていた。
「……何の用だ」
「私のセリフよ。アンタ、何してんの?」
イスに座っているジャンヌは訝しそうにこっちを見つめた。ありのままの事を話したいのはあるが、彼女に対して変な事は言えない。
「私は彼の付き添いだ。少しは酒でも……と勧めたら、このように酔ってしまーー」
「嘘つかないで。貴方がそんな事するはずない」
彼のことをアルトリア以上に知悉している彼女にとって、その発言は効果をなさない。その答えは逆に彼女の怒りを駆り立てるものとなった。
アルトリアは少しのため息を吐いたあと、彼をベッドに寝かせる。ベッドの横では心配そうに座っているジャンヌダルクが彼を見つめていた。
「……何故こいつがいる?」
「それはどうでもいい。私も知らないし、今は貴方の嘘が気にくわない」
ジャンヌは本気でそう感じて、アルトリアを睨む。やはり、彼女に嘘をつくべきではなかった。その証拠に、彼女の姿は戦いの真っ最中といわんばかりのオーラを漂わせている。
辺りはその空気に包まれる。彼の寝息がその部屋から漏れる事はない。しかし、このオーラはこの部屋全体を包み、そして、それは大きくなっていく。
アルトリアは空気を察したが、何も言わず、彼の横に座っているジャンヌダルクに目を向けた。
「……すまないが今は二人にしてくれ。貴様はこの場にいるべきではない」
アルトリアはまだ解らなくてもいいと判断し、ジャンヌダルクに目で扉を指した。
しかし、ジャンヌダルクは、チラリと扉を瞥見するだけで、その場を離れようとせず、彼の寝ている顔を眺めた。
アルトリアはその行動に眉をひそめるも、何も言わずジャンヌの方を見た。
「……なぜ嘘だと?」
「アンタね、そんなの見れば分かるじゃない。彼の顔、とても酔いましたっていう顔じゃない。それと、アンタ嘘つくの下手よ」
「……心外だな。もっと人を信じたらどうだ?」
「私はいつアンタと友情深めたの?」
「友情なんていう言葉が出てくるとは……。なるほど、少しは成長したとみて間違いないな」
アルトリアの口調に腹を立てたのか、それとも、当たっていたのかは判らないが、ジャンヌは軽い舌打ちをして目線を外した。その姿を見てアルトリアは深いため息を吐いた。
本当の事を話せばことが収まる、とは考えてはいない。それに彼に何があったのか、アルトリア自身も解ってはいない。その状況下の中での会話に何の意味も持たない。それが頭の思考にあるアルトリアには、この空間が、少し意地っ張りの輩が集った、汚い空間に感じてきていた。
この問題にジャンヌは関係あるのか?自分が体験した事を話す義務はある。しかし、それを彼女に伝えれば、何か仕出かすに違いない。
アルトリアの思考の順位には彼が一番、という自分がここに呼ばれた宿命を忘却したようなものにはなっていなかった。
しかし、彼女は狭い心を彼によって開かれた為か、その宿命を転換させた。自分の目的の転換。それは大義を変えたといってもいい。そんな彼女に何を伝えれば良いのか、全く見当がつかなかった。
あいにく、アルトリアにはその場をうまく濁すといった能力には長けていない。直感はあるにもかかわらず……。
「……貴様は解っているはずだ。彼に何があったのか……」
「知らないわよ。だからアンタにーー」
「内容の話ではない。私が言いたいのは……彼の心の闇だ」
「闇……」
ジャンヌはその言葉を小さな口で呟くと。目線を徐々に下に下げていく。反芻しているような表情で彼女は目を伏せた。しかし、すぐさま目を開き、再び、アルトリアを見つめた。キッとした目つきで、もう一度黒いオーラを漂わす。
「あなた、それで逃げるの?そんな抽象的な言い方で?闇?それはあるでしょう。誰にだってあるわよ。けどね、人はそれを滅多に出さないのよ……。だから私は内容が知りたいのよ。貴方、もう一度そんな事言って見なさい……」
ジャンヌはスッと立ち上がり、アルトリアを前に立った。眼前のジャンヌは敵を見つけたような攻撃的な目でこっちを睨んでいた。
「燃やすわよ」
ジャンヌは間髪入れずにそう言った。
スッと手を伸ばし、どこからともなく現れた剣で、アルトリアに突きつける。
ゾッとしてしまうような光景が広がりるが、彼の隣で座っているジャンヌダルクはその光景をまた、瞥見しただけであった。
ジャンヌのそのすごい険しい姿を見たアルトリアは、目を少し見開いた。
「私は前に『やられたらやり返す』と言った。私はそれを遂行する。私の行動を邪魔されるのだったら、私はどんな手段も選ばない」
「呆れてモノも言えん。貴様の手段は何処か飛躍している。先走り過ぎだ。もっと慎重になった方がいい……。それではただのーー」
「狂人でしょうね。でもね、それでいいのよ……。お似合いじゃない。貴方のようなの雅趣を装っている奴より、ずっとマシよ」
アルトリアはグッと手に力を入れると、彼を見た。穏やかな眠りとは似ても似つかぬような、苦渋の顔で眠っていた。酒のせいではない……。酒は彼に特有の反応しただけだ。ではなぜ、ここまで苦しみが……。頭に過るのは彼が苦しんでいる姿であった。人が通り過ぎるのを彼は慎重に通る。スッといけないその性格が、彼をここまで苦しめた。そう捉えてしまう自分がいた。
アルトリアは大きく息を吸いながら、自分を落ち着かせようとした。しかし、落ち着くよりも、もっと別な意味をそれはもたらした。自分の意思……それをここで決める必要がある。
ジャンヌダルクは彼女等をジッと見つめながら、その澎湃していく環境をただ傍観していた。
徐々に進展していくその空気のさまは、一種の特性を持って彼女等にそれぞれの影響を与えた。彼は愛されているに違いなかった。ここまでになる彼女達をとても「できた人間」とは呼べず、「できていない人間」とも呼べない。両方の意味では、とても説明つかない別次元のものへと変わっている。いま、彼が眠りから覚めて、この状況を見れば、自分が作り上げたに違いない……。そう彼は思い、とても嘆くであろう。
「……私は彼の苦しみを知らない。だからこそ何も出来ないのだ。現に私は救う時期ではないことを知っている。無論、見捨てるのではない」
「だったらーー」
「聞け。私は貴様のように、狂人にもなれない。それは私の弱さだ。保身を守っているのか、それとも、そこまで行く自分を危惧しているのか、それは解らん……。けれど、私はあの場面で嘘をつける人間ではない」
『俺を救ってくれるか?』彼はたしかにそう言って、アルトリアはそれに同意した。それを嘘と言って誤魔化すような技術を持っていないのを十分すぎるほど、アルトリアは知っている。
「私はいま、貴様に嫉妬しているかも知れん。私には出来ない愚考だ。召喚された時からの宿命を転換させるなど、私には出来ない……。だが、私は嘘や讒言を言わない」
「……だから?」
「ーーー次に何かあれば私は狂人になってもいい……。私は貴様と同じ方法をとろう」
アルトリアはそれだけ言うと、ジャンヌに背を向けた。コツコツと足音を立てながら、彼に近づき、顔に触れる。
「こんな気分にさせてくれるとは……。貴方には驚きだ。貴方も考えや思考が定まっていないように、私も定まっていない……。お似合い、か。貴方の優しさには驚かされる」
ジャンヌはアルトリアの背中をジッと見つめている。
「……今さら気づくなんて遅いわよ」
「…………遅いのがいい。そうでないと私は変われない」
誰かが動かないと動けない、と言うのではなく、自分に出来る範囲が解っているからこそ、動けない。アルトリアは自分の性格や行動原理などを全て知悉している。自分に出来ない考え方を、愚考と決めつけるのは彼女のそういう性格上の問題でもあった。
アルトリアは彼の姿を確認すると、重い腰を上げるように立ち、背中を向けた。その背中は何時もの彼女とは違い、弱いイメージをジャンヌに与えた。ジャンヌはその背中に既視感と空虚感を感じ取った。その姿はまるで彼が憑依したかのような少し弱く、少し頼りないようなものだった。
ジャンヌは小さな口を開きながらも、言葉をかけず、ただ見ているだけだった。
「……貴様がいれば安心だ」
「…………本来の目的はなんだったのよ」
「貴様と一緒だ。夜中まで続く仕事にとても一人……とは寂しいものだ。夜中になるとどうしてか、彼は独り言が増える……。その付き合いのようなものだ」
「……そう。じゃあもう行きなさい。貴方にはもうこれ以上いる意味がありません」
「ーー待って下さい」
二人の間で会話が終わろうとした時、ジャンヌダルクが言葉を発した。
ジャンヌダルクは我に返ったような顔をしながらも、真剣な眼差しで二人を見た。
そのあまりにも迫力がある眼に、二人はその場で静止せざるを得なかった。
しばらくすると静かな雰囲気が漂い始める。彼についてあまり知らない彼女が、どんな言葉を発するのか、この二人は何も解らなかった。ジャンヌダルクはその重い口でなぜ二人を静止させたのか、中々言わなかったが、この静かさが、ジャンヌには答えだと感じていた。ジャンヌは少しだけ息を吐き、口を開いた。
「……貴方には関係ないのよ。これは私達の問題で、まだ何も知らない貴方が口を出すなんて……おこがましい」
「……私はそんなつもりはありません。その言葉を辛辣とも感じませんし、どんなことがあっても口を割らない自信はあります」
キュッと手に力を入れながら、シーツを掴む。その姿は思入れをしている彼女等とそっくりであった。彼女のそんな姿を見ると、ジャンヌは苦虫を噛み潰したような、顔をしながら、小さく舌打ちをした。
面倒くさいような言い回しと、何も解ってないような口ぶりが、どうにも苛立ちを感じた。
「だったらなに?お説教のつもり?それとも彼との過去を話せばいいの?言っとくけどね、私は貴方には話さないし、誰にも話すようなことはしない」
「そんなことじゃありません……」
「……じゃあなによ」
ジャンヌダルクはもの難しいような顔で、彼を見つめた。
「……私は彼について何も知りません。だからこそ、静かに見守りたいのです……。この先の未来を……」
ジャンヌダルクの言葉には、それ相応の重みが感じられた。彼とは幾分か話したくらいで、それ以上の言葉を積んでいない。けれど、この状況、彼との言葉を反芻する内に感情が徐々に変化していった。
空気の流れと一緒に彼女にも、何かしらと変化していくところがあったのだろう。ジャンヌとアルトリアの言葉を聞く内に、その先の未来に何か不思議なものを感じていた。
何かと言われれば、多分彼女自身も解らないであろう。その先にある、不安や恐怖などというものを彼女は考えていなかった。これが欠点になるのが普通なのだが、もはやその必要もなかった。
「私も入れてください。その未来に……」
ジャンヌは彼女のその純粋な無垢な眼で見つめられると、思わず目を逸らした。もはや話す必要もない、そう感じられる。彼女には自分達が何をやろうとしているのか解っている様子だった。しかし、さっきの言葉の裏には、ジャンヌ達を止めようという意思はなく、むしろ肯定している。
「……勝手になさい。貴方も狂人になるならいいわ……。けど、止めようというのならーー」
「安心して下さい。私は止めるつもりはありません。尊いものを守るなんて、綺麗じゃないですか」
ジャンヌダルクの言葉にアルトリアが答える。
「綺麗なものではない。ただ、やりたい事をやっているだけだ。欲望の塊といっていいのかもしれん」
「構いませんよ、それでも。私は尊いと感じただけですから」
ジャンヌダルクは綺麗な笑顔を作り彼女らに言ってみせた。ジャンヌは眉をよせて、彼女を見たが、それ以上に彼女の言動に不思議に思った。
「あなた、こいつと何かあったの?」
「………別に答えるつもりはありませんよ。あっ、彼の言葉を使えば、有馬記念ですよ」
「は?」
ジャンヌダルクはクスッと笑って「韻を踏んで見ました」と言った。ジャンヌはその言葉に確信し、何も言わずに彼に近づき、頭を撫でた。
その後、アルトリアに目を向けて、呆れたようにため息をついた。
「今日は彼とアンタに免じて何もしません。けれど………。これだけは覚えておきなさい。私はいつか復讐する。聖杯を使って彼を理解するって事を……」
「……承知した」
アルトリアはジャンヌの言葉に微笑だけを浮かべ、扉の方まで近づいた。扉は彼女を待っていたかのように、従順に開いた。小さな機械音が部屋に響くと、彼のことを思い出した。
あたりは深閑としていて、蛍光灯が点々とついているだけであった。先程の会話を反芻しようとするが、考えるだけ無駄と感じてしまった。ジャンヌが言った言葉を鵜呑みに出来てしまう自分がいる。果たして自分が行く未来は何処だろうか……。蛍光灯の光に照らされた道が点々とそれを物語っているような気がした。たしかに自分は、歩かなければならない。方向が全く違ったとしても一途の光があるとすれば、そこへ……。あたりは深閑としていて、道は点々と続いている。
「私の未来か……」
アルトリアの言葉は静けさに包まれ、響もせず、自らの頭にも残らず、何処からともなく消えていった。けれど、不安を心に残り、自分の情けなさに強い遺憾を感じずにはいられなかった。アルトリアはグッと力を入れて彼に関する出来事を思い出した。
ね?長いでしょ?しかも主要な二人との絡みが全体の四割って……。まぁ、構成上こうなるところがあってもいいとは思うんです。
やっと東風が終わったところですかね?南風がやっと入っていける気がします。無理に鳴いて、単騎待ちもいいですが、私はリャンメン重視、七対子よりも対々、チャンタよりも断么、みたいなやり方な人なんで、これからもそっと続けていきます。