ちょっとだけ本編に関わることがあるので、こういうので表現するのもありだなと感じました。
今回は約二万文字です。
本当に時間かかるわ。週一も無理です。結構省いた方なんですけどね……。
外の街灯の明かりで見える雪を見ながら、何も考えずただじっとしていた。寒い日になるとついつい外を見たくなる。風が強いせいで窓ガラスがよくガタガタと音を立てていた。当てつけが悪いのかとも思ったが自分にはどうしようもないのでそのままじっくり見ていた。
雪の一つ一つを見ながらなにもしないでいるこの状況に何か感慨深いものを感じてしまう。
そんな風に呆然と外の景色を見ているとコンッと小さな音がした。外の景色から視線を外し音のした方を見ると俺の前にお茶が置かれていた。更に俺の左側に人の気配がしたので目線をそちらに向けるとジャンヌさんがそこにいた。ジャンヌさんは俺と目を合わせるとニコッと笑った。
「どうしたんですか?外をジッと見つめて」
彼女の柔らかい声が俺の耳に入るとなぜか心地よさが生まれた。暫く考えたがその質問の答えが見当たらず俺は微笑しながら湯呑みを手に取ってお茶を軽く啜った。俺はテーブルの上にあったリモコンを手に取りテレビをつけた。しかし自分の中で興味が湧いてくるものが見つからなかったのでいつまでも番組を変え続けた。
ジャンヌさんはそんな俺を不思議そうに見つめていたがやがてクスッと笑い始めた。俺がそれに気づきジャンヌさんの方を向くと彼女はなんでもありませんと言いながら楽しそうにお茶を啜った。
結局何も面白さを感じなかったためテレビを切った。またしても深閑となってしまった俺の家(アパート)だが、彼女は何も言わずただ俺を見ていた。別に何も面白いはずも無いのに彼女はいつまでも笑顔だった。俺はまた外を見始めた。偶に車やバイクの通り過ぎる音がこの部屋に響くと何ともいえないくらいに心地よかった。今ここに録音機があるなら思わずスイッチを入れていると思う。今のこの気分にはそういう一瞬の大きな雑音がオーケストラの演奏を聞いているように感じてしまう。
俺はその気分を払拭させようと頭を軽く振った。それと同時にテーブル上に置かれていた俺の携帯が揺れた。画面にはジャンヌとだけ表示されていた。俺はその表示されている文字をジッと見つめたままでいた。五、六回くらいで止むだろうと思っていたが中々止まない。
俺は出ようかどうか迷ったがその前にジャンヌさんが俺の携帯を取った。
「……もしもし」
『もしもし……じゃないわよ!おっそい!』
ジャンヌは呆れにも怒りにも似た声で怒鳴っていた。ジャンヌさんは俺にも聞こえるようにスピーカーにしていたため俺にもその声が聞こえた。その声とジャンヌの顔を思い浮かべると少しだけ不快に感じた。少しだけ顔を歪めながら大きく息をはくと、ジャンヌさんは俺の感情を汲み取ったのか苦笑していた。俺は重たい口を開け電話越しのジャンヌに何処にいるか聞いた。
ジャンヌは先程の声で家の前だと言った。俺は近くの壁に掛けてあった時計を見ると夜の十一時を回っていた。俺は怠い体を手で押して立ち上がらせる。立ち上ると同時に少しだけ目眩がしたがそれを無理やり治すように頭を何回か振った。無駄な動作なのは分かっていたが、何故かそうしなければならないような感じがした。
ジャンヌさんは俺が立ち上がると電話越しのジャンヌに今から行くと言い電話を切った。俺は立ったまま少し温くなったお茶を一気に飲み干し、ハンガーに掛けてあったチェスターコートを着た。ジャンヌさんもそれに合わせて自分のダッフルコートを着た。彼女は俺を見ていつもの笑顔で行きましょうと言う。俺はそれに小さく頷き部屋を見渡した。先程まで感慨深いものを感じていたはずの部屋が空虚な形で残ったようだった。汚く、薄暗く、とても陰惨であった。それは何かを予感しているように感じた。つまり、俺の身に次に起こる何かをこの部屋は予言しているようだった。俺は電気を消そうとしているジャンヌさんを止めて電気をそのままにしておくよう言った。ジャンヌさんは少しだけ驚いていた。
「電気をつけたままにしておいでください」
「……え?いいんですか?」
「いいんです。なんだか気持ちが和らぐんですよ」
俺は出来ているかわからない笑顔で彼女に言った。ジャンヌさんのような綺麗な笑顔は一生無理だがある意味の汚い笑顔なら彼女以上にできる。俺はそれだけが誇りに思えてしまう。汚い誇りだ。
ジャンヌさんは不思議そうにしていたが玄関へと向かった。俺はそんな彼女を後ろから見てそしてまた部屋を見た。空虚な空間になっているこの部屋は先程よりマシになってはいたがまだ足らないような感じがした。俺はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取りテレビをつけた。テレビでは名も知らない芸人が一生懸命になってコントをしていた。男性が警察の格好をしてもう一人が泥棒の格好をしていて、客の笑い声がそこそこ聞こえる。俺はそいつらにこの部屋を任せることにし、そのまま玄関に向かった。
ジャンヌさんは不思議そうにこちらを見つめていた。俺は苦笑しながらクツを履き冷たいドアノブを回して外に出た。彼女は部屋を一瞥したが戻らずに外に出た。俺はズボンのポケットから鍵を出そうとした。しかし、あるはずの鍵がなかった。そういえばバイトから帰ってきた後に台所に何となく置いたような気がする。俺はため息をついて再びドアノブに手をかけた。しかしその行為はジャンヌさんの手にあるものを見て直ぐにやめた。俺の鍵を彼女が持っていた。彼女は俺の目線が手元にいっているのに気づき申し訳なさそうな顔をした。
「あの、鍵が台所にあったので……」
「いえ、助かりました。このまま戻るのは少しだけ面倒だったので」
俺は笑顔で答え、行きましょうと声をかけた。ジャンヌさんは鍵をかけて俺の後をついてくるように階段を降りた。自然に下に向いていた視線を前にやると少し遠くの方にジャンヌとアルトリアが待っていた。アルトリアは何時もの凛々しい顔で目を瞑りながら下を向いていた。耳から下にかけて何か白いものが見える。多分イヤホンをしているのだろう。ジャンヌは俺たちの方を見ながらまるで遅いというように表情を歪ませていた。
俺は彼女達の元へ歩くと案の定ジャンヌから「遅い」と言われた。悪かったなどと適当にあしらいながら彼女を宥める。ガルルと聞こえてきそうなその態度に一体どのくらい待っていたのか聞きたくなった。
「お前達は何分前くらいにいたんだよ」
「十分だ」
アルトリアは静かに答えた。俺は小さく「そうか……」と言いながらジャンヌに向かってもう一度悪かったと言った。ジャンヌさんは「まあまあ」と言いながら苦笑していた。結局、ジャンヌの怒りが治るまで俺は意味のない言葉を彼女に投げかけていた……。
近くの公園を通り過ぎた辺りから人と通り過ぎる回数が増えていった。この先にはちょっとした繁華街がありその先を抜けると地元の神社がある。繁華街はよく小さい時にきた覚えがあったが家族と離れて暮らすようになってから全く来なくなってしまった。繁華街とは逆の辺りにあるアパートで生活をしているのも原因だろう。
繁華街に行くともう直ぐ深夜の十二時だというのにまだ大半の店が開いていた。ラーメン屋からは元気のいい声が聞こえ、服屋からは中年の女性が呼び込みをしながら何かしていた。人々はその声を無視しながら真っ直ぐに伸びる道を歩き続けている。俺等もその人たちに続くように歩いて行く。
途中、歩いていると当然、視線が此方に向けられる。十人いたら十人振り向くだろう女性を三人も連れて歩いているこの馬鹿な男性を一体どういう風に思っているのだろうか。俺は目を此方に向けている男性を見た。男性は俺ではなく彼女等に向けていたが、俺と目を合わせると驚いたような表情を浮かべ、さっと目線を店に向けた。俺は自嘲の意味を込めて乾いた笑みを浮かべてしまった。
「……どうした」
隣にいたアルトリアはそんな俺を見て静かにそう呟いた。彼女の耳には相変わらずイヤホンがある。俺は苦笑を浮かべながら手を横に振った。
「いや、何でもない。ただこの状況が可笑しいなって……」
「私にはさっぱりだがな」
「ほら、男性一人に女性三人なんて可笑しいだろ?」
そう言うとアルトリアはクスっとこれまた美しい笑顔で「確かに」と言った。
そこに一歩前を歩いていたジャンヌが鼻で笑い、顔を此方に向けた。
「そんなの今さらよ」
「確認だよ」
「確認?なんの?」
「俺が冴えてない普通の大学生ということをだな……」
ジャンヌは俺がそう言うと吹き出すように笑う。ジャンヌの隣にいたジャンヌさんが少し怒ったような顔をしてジャンヌを見た。彼女はそれに気づき「何よ」と言う。ジャンヌさんは「何でもありません」と答えたが不服そうだった。
俺はその彼女の表情を見て苦笑を浮かべていると横から中年の男性の声が聞こえた。辺りの雑音からその声が耳に入る。俺はその声を知っていた。俺は隣にいるアルトリアの肩を軽く叩き、彼女にあの店を見るよう促すと、彼女はそれを見て何時もの凛々しい顔で小さく頷いた。俺は足早にその店に駆け寄り小さな声で「一つ下さい」と言うと、男性は俺に中華まんを一つ渡した。俺は財布から一万円札を取り出した。
「すいません、これしかなくて」
「あいよ」
男性はお釣りを用意しようとする。しかし、俺はそれを手で制した。男性は俺を怪訝に見つめた。自分がやろうとしている当然の行為を歯止めするかのように制止させられると人間は思わずその人の事を訝しそうに見つめる。以前、俺の先輩がそう呟いていた。
「お釣りはいいです」
「……は?でもーー」
「では、また来年」
「お、お客さん?どういうーー」
俺は男性の言葉を待たずその場を去った。人混みの中にいる彼女等の元へ向かう。歩いている途中にも当然、男性のあの腑抜けた表情が脳裏にちらついている。アルトリアの側まで来てもその顔が頭から離れずついつい笑ってしまった。
アルトリアは俺から中華まんを受け取りながら不思議そうに俺を見つめていた。
「どうした。いきなり笑い出して」
「いや……ずっと前に金を川に捨てたんだ」
「ほう……」
「その時の男性の顔がつい面白くて……」
「笑いのツボとやらが可笑しいな」
アルトリアは手中にある中華まんを食べながらそう呟いた。
俺はそんな彼女を見つつ、先程の行動の可笑しさにまた笑いが込み上げてくる。彼女はそんな俺をもう一度見て小さく呆れたようにため息をついた。そして、俺の顔の前に中華まんを差し出してくる。彼女が食べていたため、中に入っている具が見え美味しそうな匂いが漂ってくる。俺は彼女が先程そうしていたように不思議そうな顔をした。彼女はいつものあの凛々しい顔で俺を見ている。
「貴様が川に捨てたんだ。捨てたものは拾え」
「……相変わらずだな。勘のいいガキは嫌いだよ」
「償いをしろ」
「……お前なりの優しさか?」
「……勘のいいガキは嫌いだ」
アルトリアの言葉に「やられた」と苦笑しながら、自分の目の前にある中華まんを一口食べる。口の中で広がる肉と生地とを堪能しているとジャンヌさんとジャンヌがこっちを見ていた。ジャンヌはアルトリアの手にある中華まんをジト目で見ている。ジャンヌさんは俺を膨れっ面で見ている。
アルトリアがジャンヌに向かって「どうした」と言うとジャンヌは俺を見てジャンヌさんと同じように膨れっ面をした。俺はジャンヌに後で買ってやると伝える。ジャンヌはそう言うとそっぽを向いてしまった。これは肯定と捉えるべきなのか……。
しかし、ジャンヌさんはいまだ俺を見ながら膨れっ面をしている。
「どうしました?勿論、ジャンヌさんにも買ってあげますよ」
「そっちじゃありません!」
ジャンヌさんは俺に顔を近づけた。
俺は訳が分からずどう返事をしていいのか戸惑った。アルトリアに彼女は何が言いたいのかと目配せをするとアルトリアは鼻で笑った。
「貴様もやればよかろう」
「……何を?」
俺はアルトリアの言葉に訳が分からずにいたが、ジャンヌさんは意味が解ったのか急に頬が赤くなり、変な驚いた声を上げる。しどろもどろな話し方になりながらも「そういことではありません!」と言い、再び俺に顔を近づける。顔と顔とが触れ合いそうになるくらいまで近い。俺の目にはジャンヌさんの顔しか映っておらず、他のものが目に入らない。いや、俺が意識的に彼女の顔しか見ていないのかもしれない。彼女は怒っているような表情を浮かべながら若干頬を赤くしている。その顔が逆に普段の顔よりも美しいと感じてしまっている。
「もうこういう事はしないように!」
「……何をですか?」
「だ、だから……」
「無理な話だ。自覚がないからな」
突然、アルトリアは独り言のように呟いた。すると、今まで黙っていたジャンヌがジャンヌさんのコートを引っ張る。
その直後、アルトリアはまたしても俺に中華まんを近づけてきた。俺はアルトリアを見たが、彼女は前を見ていた。俺が目の前にある中華まんを食べると彼女も再び食べ始めた。
ジャンヌさんはその行為を見ながらまた膨れっ面をした。
「貴方もいい加減なさい。みっともない」
「わ、私はただーー」
「顔を赤くしながら言い訳するつもり?貴方もやればいいじゃない」
「私はーー」
「できないなら指をくわえてなさい。言っとくけどね、貴方が思っている以上に理解してないわよ、この男」
「………」
「それと、隣の女には恥じらいというものがない」
「うッ………」
「負けたくないなら貴方も恥じらいを捨てるべき……いえ、捨てなさい」
ジャンヌの言葉が響いたのかジャンヌさんはがくりと項垂れるように俯いてしまった。俺は隣のアルトリアに「どうしたんだ」と聞いたが彼女は「察しろ」というだけであった。俺は歩きながら考えたが、どうもその答えが見えてこない気がした。頭を振りながら考えるのを止めようと思い、上を向いた。もう雪は降っていなかった。俺は少しだけ心に余裕が出てきた事を自覚した。テレビと部屋の明かりの効果が出たのだろうと感じた。
繁華街を抜けるとすぐに沢山の屋台と行列とぶつかった。地元の人が多数だが他県からも来ているらしい。ご利益とかはそれほど知らないが縁結びにはここの神社が良いと母に言われたことがある。それがこの行列の原因なのかと言われれば納得ができない。
俺等は素直にその行列に並ぼうとした。その途端、俺の肩に何か不快な感覚が走った。冷たくもなく熱くもないその感覚に何か予期せぬ不安を抱え込みそうになる。鼓動が速くなるのを全身で感じながら後ろを振り返ると先輩が立っていた。先輩は俺の顔を見ると笑顔になり「久しぶり」と声をかけた。俺は顔を歪ませた。
「なんだよその顔。変な化け物を見たような目でこっちを見んなよ」
「いえ……すいません」
「辛気臭い面して言われてもな……」
先輩は苦笑しながら頭を掻いた。
「……誰ですか?」
ジャンヌさんが顔を覗かせながらそう言った。先輩は俺から彼女達に視線を向けた。
「お前の連れか?」
「まあ、そうです」
「誰よこいつ」
ジャンヌは怪訝な目つきで彼を見る。警戒しているのがこっちにも伝わってくるが、彼はそんなジャンヌとは真逆でにこやかに少しお辞儀した。
「私は彼の大学の先輩でした。今はちょっとした仕事をしています。名前は……教えなくても問題なさそうですね。よろしく」
彼はジャンヌに近づき手を伸ばす。どうやら握手を求めているようであった。しかし、そんな彼を突き放すように彼女は手を払う。そして「胡散臭い」と言い放った。
彼はそんなジャンヌを見て驚きながらも直ぐに先ほどの顔に戻した。
彼は暫く彼女達を見た後俺に視線を戻した。
「どうやら引っかかる体質な奴等ではないな」
「ええ、そういうのと無縁な奴等ですよ」
「そうか……なんか食おうぜ。俺は腹が減って仕方がない」
「……拒否権は?」
「あると思うか?」
彼は笑顔でそう言った。
俺は小さくため息を漏らした。この人とは縁を切るというよりできるだけ関わりたくない。そう思ったのは今日だけじゃない。
「……解りました。という事で、俺は抜けるわ。お前らのぶんは何か適当に買ってやるから、心配はするな」
「え?ちょ、ちょっと待ってくださーー」
ジャンヌさんが何か言っていた気がしたが、俺はその言葉を待たずに先輩と一緒に歩き出した。
彼は俺の二個上の人で、容姿も顔も恵まれている。俺が大学一年の頃に知り合ってからは長い付き合いになった。合コンにも連れてかれ、変な遊びにも連れて行かれる。時には犯罪ギリギリの事をやってのける。そんな人だった。結局、彼が卒業するまでの間に俺は彼に振り回される羽目になった。
俺以外にも、彼を苦手というなの嫌いと感じている人物はいる。その中には彼の幼馴染もいたりしているらしく、堂々と「嫌いだ!」と言って退けた者もいた程だった。しかし、彼はそういう人達を平然とヘラヘラと笑いながら「そうか」というだけである。理由を聞くと逆に質問され「人を好きになるのは当たり前で、人を嫌いになるのは違うのかよ」と言われてしまったのを覚えている。その後彼はその言葉の意味をいつになく熱弁していたような気がするが、覚えていない。しかし、彼はその頃から普通の大学生というカテゴリーを出ていたような気がする。
「しかし、美女だったな……。どれが本命だよ?」
「本命?言ったでしょ?そういうのとは無縁のやつらだって」
「それはお前以外だろ?お前は違うだろ」
「……無縁ですよ」
「違うな。お前が無縁と思い込んでいるだけだな」
俺は目を左右の屋台に向けながら彼の言葉を聞かないように専念したが、何故か手には力が入っていた。
「釣り合わないとか、そんな事を思ってるなら、御門違いだ。ましてや、その後の関係とかーー」
「違う。違いますよ。俺はそんな事を考えたことはない」
「……まさか、本当にそういうのがないという結末はねぇよな。俺の目は誤魔化せねえぞ……」
「俺が……ダメなんですよ」
「……ダメ?」
彼は訝しそうにこっちを見つめていた。俺はそんな彼の顔を見たくない為に、下を向いた。
そして、俺はその答えをはっきりとした形では言いたくなかった。それは今後の俺を左右するからでもあり、今の俺には軽い言葉になりかねないからだ。決してそんな贅沢な意味でないのにそういう意味で捉えかねない。今の俺には彼を納得できるような言葉を重ねてその意味を重くさせる事ができない。さらに俺も曖昧なのだ。その答えに自信がない……。
「ダメ?何に対してだよ?」
「彼女達に対する……」
「……は?」
俺はさらに手に力を入れた。痛みが伝わってくる。しかし、それ以上に胸が痛かった。俺の中にあるものを無理矢理吐き出されるような気分だった。
「彼女達に対するって……お前ーー」
「たこ焼き食べたい」
突然、ジャンヌの声が背後から聞こえた。
俺と先輩は一緒になって振り向くと腰に手を当てながら、少し怒った様子のジャンヌがいた。
「たこ焼きね……」
俺が独り言のように呟くとジャンヌは俺と先輩の間を割って入り、俺の右腕を引っ張り早くするように急かせる。
「ほら、あそこのやつ……。美味しそうじゃない。あれ、食べたい」
「お前いつからそんな強情になったんだ?ていうか、お前、並んでたんじゃないの?」
「私、神を信じてないから……」
「……ならなんで来た」
「そっくりそのままお返しします」
「……納得」
ジャンヌの澄ました顔を見て諦めにも似たため息を漏らした。先輩に目を向けると呆気な顔をしながら、ジャンヌの顔を見ていた。
「……先輩?」
「…………んー?」
俺が呼びかけると反応は鈍く、生半可な返事をし、目もジャンヌから離さなかった。
「先輩、聞いてるんですか?」
「……おう。お前、俺の分を買ってこいよ」
どうやら聞いていたようだ。俺は小さく「解りました」といい、そのまま列に並んだ。その時にジャンヌの声が聞こえたような気がしたが、あえて振り返らなかった。
「あ、ちょっとーー」
彼はジャンヌの言葉を待たずして屋台に並んだ。本当のことを言えば、そこまで食べたくなかった。彼に対しての問い詰めが横にいる男性から始まったため、話しをはぐらかしたに過ぎない。
「……察しが悪いってのはバカの証拠だな」
「アンタがきっかけを作った……。彼は悪くないわ」
ジャンヌは屋台に並ぶ彼の姿を見ながら、少し声を張ってそう言った。男性はフッと鼻で笑い、口角を上げる。その様子を見てジャンヌはその横にいる男性を怪訝そうに見つめた。
「俺がアイツを作ったんだ。あの性格、人に……いや、女性に好かれやすい所謂『弱さ』を武器とする人間……。感謝ぐらいしてくれても良いんだぜ」
「…………馬鹿は程々にしなさい。殺されたいの?それとね、私達の関係に口を出すのなら貴方はここから去るべき……それは忠告しとく」
「……忠告?」
「後ろを見なさい」
彼はジャンヌの言われるがままに後ろを向いた。そこには美女二人が立っていた。一人は凛々しい顔で剣を持ち、一人は鋭い目付きでこっちを睨んでいる。
「……なるほど、なるほどねー」
男性はそれらを見て小さく笑う。グツグツと湧き出るような笑いと、心が踊っていることに気づき、一瞬だけ震えた。
「悪寒が走るのであればここで去れ、アイツが言ったように、これ以上言うのであれば容赦はしない」
「その覚悟は貴方にありますか?」
アルトリアは剣を彼の首付近に当て、鋭い声でそう言った。ジャンヌは恐怖を与えるように目で睨む。
辺りは賑やかな声で包まれながら、その場を通り過ぎて行く。まるで彼女達がいないかのように誰もその光景を見ずに行き来する。
「……ない、と答えれば良いんだろうが、あいにくと俺はそういうのには免疫があるんだ。それより、お前らはいいのか?こんなところアイツに言ったら何もかも台無しだぞ……。まあ、言わないけどね」
「貴様に選択肢があると思うな」
「…………その時は覚悟がありますよね」
「貴方はここで消えなさい」
三人は各々の言葉を男性に吐き捨て、三角形に取り囲んだ。男性はそれを見ながらもまだ、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、上着のポケットに入ってるタバコを咥えた。
「……随分と余裕があるのね」
ジャンヌがそう言うと彼は鼻で笑い、火を付ける。スゥッと煙を吸うとゆっくりと吐き、自分の吐いた煙を見つめた。
「……俺はね、彼に何もしやしない。ただ……」
「ただ…………?」
「あいつの将来を知りたい」
男性は空を見上げながら、ユラユラと揺れている煙を見つめている。ボソッと呟いているようにも聞こえるその言葉に、アルトリアは怪訝な顔をした。
「将来……。貴様はなぜそれが見たい?」
アルトリアの質問に力の抜けた笑いを浮かべた。
「知りたい、ではなく見たい……か。いや、俺の単純な興味だよ。さっきも言ったが、今のアイツを作り出したのは俺だ。これは本当だ。ただ、俺がいなくなった後のアイツは、どのようになっていくのか、俺はそれが知りたい」
「……余計なお世話だ」
「そうでもないさ。だって俺はアイツのことを知悉しているんだ」
「それは昔の話でしょ?今は違う」
殺気立ったような雰囲気が男性を覆うが、彼は怖気づく様子は一向に表れない。タバコを下に落として揉み消すと、彼はジャンヌの方を向いた。
「君は彼の懐に入った事はあるか?」
「……」
ジャンヌは黙ったまま男性をにらみつけながら、グッと力を入れて一歩だけ歩み寄った。彼はそのなんともいえない怒りの表情を見ながら少しだけ笑みを浮かべた。
「入ると面白いものが見えるぞ」
「……黙りなさい」
「彼はまだ子供のように何色でも染まる」
「黙りなさい……」
「君たちの色に染めたければ染めれられーー」
「黙りなさい!」
男性は力の入ったその声がどこまでも響き、彼女らの周辺の音は絶えたようにシーンとしたように感じられた。なるほど、あいつの連れのことだけはある。愛という言葉で片付けるにはもったいない。
訴えるような目で見つめるジャンヌを他所に、男性はまたタバコを口に咥えた。
「君らがどんな形であいつを見ているのかは解らないが、これだけは言っておく……彼は泳がせることで力を発揮させる。手中で踊らせろ……奴には自分で決める為の権利を持っていないし、一定の考えを持ち合わせてもいない。極端な言い方をすると、オポチュニストってところか」
ジャンヌはその直後、男性の襟をグッと掴みにかかった。ひどく怒ったような視線が男性に注がれるが、男性は怯える様子はなく、うんざりしたような視線をジャンヌに送るだけだった。
実際、男性はうんざりしていた。彼からあらゆるものを抜き、否定をまずしない人間を作ったと自負していたのにも関わらず、彼女らは彼のことを全く理解できていなかった。現に彼女らはまだ彼の行動を縛っていない。彼は縛られている状況でその力を発揮させ、そしてその環境に応じるのだ。文句の一つを言葉として言わず、それに乗っかっていく。そんな都合のいい人間なのに、まだ彼を自由にさせている。彼は自由にすると、彼には魅力がなくなってしまう。
男性は自分がいなくなってから、彼の状況を想像していた。彼がいまどんな状況下で縛られているのだろうか、そしてそれが毒となり、自分で自身の体を蝕んでいることに気づかずに倒れ、終いには死んでいくその姿……。それはなんとも人間らしく、稀に見るケースではないだろうか。しかも支える要因はあまりなく、行動それ自体が彼の救いのように彼を動かす。
その姿を男性は自由に頭の中で想像していた。元々、人間はそうでなくてはならない。自分が好きで、自分が危ない状況であるというように、冷静に思考を巡らせているようでは、とても人間らしいとは入れない。冷静というのは科学を取り入れたような思考である。人間らしさというのは己より他人という思考を常に持ち、それに加えて社会が優先されるという生き方でないと、とても人間らしさなんてことはない。
人間味のある人間は、不満を抱いてもそれを公に言わず、何かで訴えるわけでもなく、ただ自分の感情の中で完全燃焼されるまで待つものだ。それによって自身が壊れたとしても狂人になり変わり、また人間味が増す材料が増えるものだ。
男性の頭の考えは常にそうであった。しかし、男性は自分のこの思想を自分に課すことは出来なかった。自身で自分は出来る人間であり、人間の上に立つ存在だと自負していたからだ。組織の上に立つ存在だと気づくような点はいくつもあった。それは学校でも、家庭内でもましてやバイト先でもあった。その過程の中で、男性は周囲の上に立った。そのような結果的の中で、男性は自分の思想を投げ出すより他なかった。組織の上に立つ存在が組織に忠順になるなんてありえないからだ。上に立つ存在は科学、論理を要する。科学はあくまで現実になんの作用をしないと解っていながらも、男性は自身が望んでいなくてもそこに当たるような運命なのだと感じていた。
その悲観の考えの中を彷徨っていると、ある一人の人間を見つけた。見つけた時の彼は少し笑っているような顔ではあったが、その笑みには無理があった。手をポケットの中に入れてはいたが、その中ではきっと拳を作っているのだろうと感じられた。
不意に気になったため、適当に一年生の女子をひっかけて偵察するように頼むと、彼の様子が次第に解った。彼は講義の参加には必ず参加していたが、ノートを開いていてもそこには何も書かれておらず、あとで女性がそのことを聴くと「考えていなかった」と話していた。女性はひどく困惑した。また、必須科目にある体育も出席はしていたにも関わらず誰とも組もうともしないでその場で立っていたりと、自分から主張しない人間であった。
男性はその話を聞くとすぐに彼に接触した。この子は自分と真反対の人間である。そうであるならば、彼は自分の思想を全うにこなす人間になるのではないだろうか。
男性は、色々なことを彼に教え、彼を自分の思想に染めた。自然的な形でそれを教えその都度何かをやらす。犯罪ギリギリなことにも彼は付いてきた。面白がって付いてきていたのではないと直ぐに解った。けれど、それが自身の思想に染められていると理解するための素材になる。男性は歓喜した。彼には勇気がない。彼には否定がない。人がスッと通る道を、まるで地雷が仕掛けてあるのではと疑うように少しずつ、確認しながら歩く……。男性は心の中で歓喜した。
ジャンヌは男性の襟を離すと、冷静になろうとフゥーッと一度深呼吸した。男性の目が心底うんざりしているのを不思議に見つめたが、直ぐに皮肉そうに笑った。
「満足してないようね」
「当たり前だ。彼は俺が作り上げたんだ。先程は感謝しろなんて言ったが、それは間違いだった。君らは理解せず彼を行動させている。君らは彼を知悉しているのか?何も解ってない」
「それでいいのよ……。好きなこと、自分がしたい事が彼にはない。なら私が提供する。それでも悲しんでいるんだったら私も彼も堕ちていく。当然私が率先してね」
「そしてそれを私が食い止める。無論、食い止めれない場合は私も同様に堕ちるところまで堕ちる。そして隣で静かに歩く」
アルトリアは剣を消して、静かに言った。後ろの彼女の声を聞いて男性はますます目を細め嫌悪感を表に出す。
「私は後ろで彼が迷わないように支えます。迷ったら彼女らがいる方向を指差して優しく丁寧に教えてあげます」
横目で確認できる彼女の声を聞いて男性は舌打ちする。持っていたタバコを下に落とし、揉み消すとタバコに火をつけていなかったことに気づいた。男性は手にグッと力を入れて後ろを振り返る。アルトリアは小さく笑う。
「人間はどこまでも変化する。それは彼も同様だ。この先の関係で永遠に変わりゆくものだ。私は経験した」
「自身の経験が他人にも該当するなんて妄想だ。幸福論って知ってるか?あれと同じだ」
「解っている。しかし、変わらなくとも理解がある奴が増えれば、堕ちるにせよ上るにせよ、支えにはなるだろう」
「それは幻想だ。彼には支えなど必要ない。彼に必要なのは縋る何かだ。それもひどく抽象的な何か……。そして縋ったらそこに留まる」
アルトリアは小さくため息つくと、男性の足元を見た。彼の下には潰れたタバコがある。それを見つめると、彼の姿がチラついて見えた。一つでも大事を抱えるとこうなってしまうような危ない存在である……。しかし、変えることをしてはいけない。それは今の彼を否定することになる。だから自分達がそこに歩み、出来るだけ理解させないまま変化させていく。それが自身らにとっての役割である。
それを何の根拠に男性は否定しているのか見当もつかない……。徐々に変換しつつある姿を見て嬉々としないながらも、このように怒りを感じるようなことでは無いはず。
アルトリアが口を開こうとしたが、その前に後ろにいたジャンヌが口を開いた。
「まあいいわ。貴方はずっとそう思ってなさいよ。貴方の思い通りにはさせないし、なったとしてもその姿を見せたりなんかしない……さようなら」
ジャンヌはスッと男性の前を通り過ぎ、彼が並んでいるであろう屋台に紛れ込んでいった。彼はタバコを再び吸おうと一本口に咥えると口を開いた。
「あの子はどうも解ってない。あれではまるで狂言ではないか。俺は一向に理解してないし、彼女も彼女で理解してない。俺はああいう性格の奴がどうしてアイツとつるんでいるのかわからん」
「解らなくていいんですよ。貴方には一生かけても解らないはずです。自分の考えだけが正しいと思っている人に、他人の気持ちなんか解りません」
ジャンヌダルクは一回お辞儀をしてからその場を去った。彼女も彼女で、彼のところに向かっていた。
その姿を確認すると、男性は小さくため息を漏らし、タバコに火を点けた。肺の中に煙が入っていくのが感じられる。その瞬間身体が一気に倦怠感で包まれたように気だるくなった。まるで子供と遊んでいたかのように疲れが襲いかかってくる。『理解することを遮断するような連中は人ではないく、狂人である』大学時代に彼にそんな昔の言葉を吐いた事を思い出した。
男性は胸ポケットから一枚の名刺を取り出してアルトリアに渡した。彼女はそれを受け取ると怪訝そうに男性を見た。
「彼に渡してくれ……。その名刺に俺のメールアドレスと電話番号が書かれてる。飯くらい奢るとでも言ってくれよ。久しぶりの再会がこんな結果を生むとは想像してなかったからな」
「これを私が渡すと思うのか」
男性は不気味そうに笑いながら、ゆらゆらと揺れて上る煙を見ながら退屈そうな表情をした。
「君が一番まともだと感じた。あの丁寧そうな女性でもよかったが……あの子も何処か怖いものを感じた。きっとアイツに渡すところを見たら破るだろうな」
「……一応渡しておこう」
アルトリアは男性に背を向けて静かに歩き出した。男性はただ彼女の背中を見つめながら何も言わず無表情で見つめ続けた。彼女の姿が確認出来なくなると、その場にタバコを落とし揉み消す。そして靴の音をわざと鳴らすように歩いて行った。靴の音が耳に入ってくると軽快な音楽を聴いているように感じられ、もっとかき鳴らしたくなった。
「きっと破くよな……彼女も」
男性の声は低く、掠れていた。男性は小さな笑みを浮かべるも、爪痕が残るくらいに力を入れた拳を隠すために、ゆっくりとポケットに手を入れた。
ゆっくりと進んでいる列の中で特にやることもないのでスマホをいじっていたら、不意に肩に手を乗せられた。反射的に振り向くとそこにはジャンヌがいた。彼女は呆れたように俺を見ながら隣にだった。
「まだ買えてなかったの?早くしなさい」
「お前の辞書に並ぶっていうワードないの?」
「燃やすというワードに変換したわ」
「変換ミスだろ」
ジャンヌの言葉に小さくため息をつきながら他の二人はどうしたかと尋ねると、時期に来るという。神さまに何かお願いしたのか少しだけ気になるが、願い事を人にいうと叶わないと聞くのであえて聞かないことにしておこう。
「そういえば、先輩はどうした?」
ジャンヌはその言葉を聞くと、少しだけ怒ったような顔をしながら、呆れたように口を開いた。
「帰ったわ」
「……まあ、昔からよく分からない人だったからなぁ」
「そんなやつ、連む必要ない」
「やむを得ない場合は連むよ。いや、自分から行ってたのかもしれないな……」
俺がこういう風に彼女と居られるのも先輩のおかげでもあるし、俺に色々な事を教えてくれたのも先輩だ。それ以外の人とは殆ど仲良くなった記憶はない。『これからの奴がどう言おうが、正解は俺だ。大学じゃ中途半端な奴が残っているだけに過ぎないから、お前みたいな奴は流される。お前は俺に教われ……。俺はお前に説くから』
初対面から数日後にそんなことを言われて以来、先輩としか連まなくなった。世の中は出来た人間が多いが中々教えてくれる人はいない。しかし、先輩は丁寧に事細かに教えてくれた。
そんな先輩だからこそ今のことも何かあったのではと感じてしまう。
「なぁ、先輩とどういう会話してたんだ?」
ジャンヌは呆れたようにため息をつきながらも、手にグッと力を入れていた。彼女は俺の目を見つめながら、何か訴えているような様子だった。
「なんだよ、変な会話をしたのか?」
「特に何もしていないな」
話に割り込んできたのは、アルトリアだった。隣にはジャンヌさんがいた。気づいた時には俺らの後ろに並んでいた。ジャンヌさんと目が合うと、ニッコリと美しい笑顔を作った。
「……彼は急用ができたらしい」
「そうなのか?だったら心配する必要はないな」
なんやかんや言ってあの人も重役だから、何かと忙しいのだろう。俺や普通人の忙しいより、彼の忙しいという言葉の方が重みがある。人間みな平等という名言があるが、それは間違いだ。何かを成し遂げた人の言葉はひどく重い。学校では人を大切にするから勘違いする。人間みな平等だ……。それを本当に信じる大人は馬鹿なんだろう。神は人の上に人は作らなかったが、人の下に人を作った。だから下の人間はいつも重い言葉に耳を貸す。
「あの人は重いな」
「……何がですか?」
俺は皮肉な笑みを浮かべながら、自分を貶すように呟いた。ジャンヌさんはその言葉に反応したのか、それとも俺の笑みに反応したのかは定かではないが、不思議そうに見つめた。
隣にいるジャンヌも怪訝そうに見つめた。
俺はそんなジャンヌを見て、少しだけ顔を強張らせつつも、適当に言葉を並べた。
「いや、何でもない。それより、たこ焼き買ったらみんなで鍋しないか?」
ジャンヌは相変わらず怪訝そうな目で睨み黙っていた。どうやら彼女には隠し事を出来ないようだ。いや、隠した訳ではないのだが、別に汲み取られればまた何か言われるに違いない。
「……なんだよ。腹一杯か?」
ジャンヌは呆れたようにため息を吐いて、食べましょうと言った。諦めにもにたその表情に少しだけ安堵し、フゥーッと胸をなでおろす。吐いた息が白くなったが、何故かそこまで寒いとは感じなかった。ジャンヌから出たため息もまた白くなったが、彼女も寒さを感じてはいないようだった。
寒さは夜中になると一気に来る、というのを昔親から言われた事があった。しかし、俺には寒さとやらがどうも解らないところがあった。無論、手はかじかんで痛くなるし、鳥肌だって立つが、それが本当に寒さの証拠であるとは、何処か言えないような気がした。『へぇー、お前はそうやって人との区別をつけているのか?』そう言われた事が前にあったが、これが区別であるならば、それは俺がズレているという意味である。大概の人はそうやって言うのだ。だったらジャンヌはどうだろうか。彼女もまた、感じてはいないのだろうか。もし、感じているのだとしたら、果たして大数と同じの寒さであるのか……。ジャンヌは退屈そうな表情で前を見ていた。
「なあ、ジャンヌ」
「……何よ?」
「お前は寒さを感じた事がある?」
「……意味わからない」
つまらなさそうに言いながらも、彼女は少し間を開けた。考えた素ぶりは少しもなく、素っ気ない返事をしただけだったが、つまらなさそうにそう呟く姿を見て、少しだけ嬉しくなった。
「感じた事がありません、て答えたら正解?」
「いや、正解も不正解もない。けど、それが一番単純で解りやすい」
「単純なもので答えられる世界なんて狭いだけよ」
「その世界がいいんだ。狭ければ狭いだけ人がいない………。その中で生きるのは心地いいんだ」
「心地がいいで終わるなら、それは自己満足……。勝手に満足して他人は入れないんだから」
ジャンヌは再び俺の方を向き、諭すように言葉を選びながら答えているようだった。なるほど、それは確かにあるかもしれない。しかし、それだけで終わる人生もそれはそれでいいと思う。
ジャンヌさんやアルトリアは俺たちの会話を後ろから聞いているのか静かだった。
俺は手をポケットに入れながら、軽く足踏みをした。
「それでも俺はそこがいい……かな?だってそこは自分の有無だけで決めれるんだからな……」
「有無?自分の?それになんの得があるのよ。そんなことしたって意味がーー」
「そうやって議論するのも良いが、そろそろ注文したらどうだ」
アルトリアの言葉を聞き、目の細い屋台の男性がこっちをジッと見つめていた。睨んでいるようにも見えるその姿を見て、少しだけ申し訳なく感じた。
すいません、という意味を込めて軽く会釈しながら苦笑を浮かべた。男性は目をより細めて苦虫を潰したような顔をしながら、注文はと聞いてきた。低くなったその言葉に少しだけ怒りが混ざっているような気もした。
俺はその表情を見て軽く吃りながらも口を開こうとするとジャンヌが一歩前にでて口を開いた。
「三つ」
「……は?」
ジャンヌはそういうと、男性はそそくさと準備を始めた。ジャンヌに目を向けるが、彼女は俺の方を見ず、前を見続けていた。
後ろにいるアルトリアが少しだけめんどくさそうに、半分ずつということだろう、と言った。なるほど、と納得しないもののそれもありだなと考えながら財布を取り出し、丁度の金額を男性に渡した。
ジャンヌは袋からたこ焼きを出すと、一つを爪楊枝で刺すと俺の口元に持っていった。黙って差し出されたそれに、少しだけ嬉しくなった。
「用意はあるんでしょうね?」
「……え?ああ、鍋か。まあ、四人で正月にでもやろうと思っていたから、それが前倒しになっただけだから……。ていっても、もう十二時超えてるし、正月でもーー」
「少しは自分の意見を貫きなさいよ。この面子だったら、貴方の意見を否定しないわよ」
「逆に申し訳ないよ……」
たこ焼きを口に含むと、熱さが一気に口に伝わってくる。噛めば噛むほど、その熱さが伝わる。熱いな、と呟いたがそれは所謂文句みたいなもので、実は食べれないほどではなかった。
ジャンヌは俺と隣で歩きながら、俺の呟きを少しだけ気にするような表情をしたが、そのまま口に入れた。ジャンヌの顔は至って普通だった。
「普通ね……。でも、少しは美味しい」
「美味しいに程度はないんだけどな」
「貴方、まだ私と口論する気なの?もっと軽くなりなさいよ」
「いやいや、これからもこれで行くからね?お前も知っているだろ?」
「解らないわよ……」
ジャンヌは少しだけ上を向いた。空は少しだけ曇っていて、そこから月が見えたり曇っていたりしていた。星などは出ていなく、ただ半分かけた月だけが煌びやかな世界を作っていた。一生懸命に月は半分の力で雲と空とを分けて見えるものにしている。感慨深い気持ちは家にいた時分とは違い、何か喜びを求めていた。心中では少しだけ、踊っているような仕草があるように感じられる……。表現の違いか、それとも感覚の違いか、俺には何故このような気分になったのか解らない。
ジャンヌは間を置いてまた一つ口元に持ってきた。俺は少しだけ微笑浮かべてそれを口に含んだ。モゴモゴと食べながら自身から笑みが消えるのを待つ。口から喉を通ったのを認識すると、俺はジャンヌの肩に手を回した。ジャンヌは肩に置かれた腕を瞥見したが、何も言わなかった。俺はまた笑みを浮かべた。
「明日は晴れかな……?」
「晴れなんじゃない?貴方がそういうなら」
「晴れじゃなかったらどうする?」
彼女は少しだけ考えた素ぶりしたが、また上を見上げると、少しだけ笑みを浮かべた。
「その時は燃やして晴れにします」
爪楊枝にたこ焼きを刺すと、また俺の口元に持っていく。
「いい考えだな……。俺もそれには賛成だな。そしたらきっと寒くない」
「寒さなんかとうにないわよ……。もっと楽しく生きなさい」
俺は口元に差し出されたたこ焼きを手で持ち、逆にジャンヌの口元に差し出さす。ジャンヌはその行動に少しだけ驚いたが、何も言わず口に入れた。
「そうだな……ちょっとだけ頑張ろうかな」
ジャンヌは綺麗な笑顔を作った。
ジャンヌの肩に手を回す彼を見ると、アルトリアは少しだけため息を吐いた。
「相変わらず突拍子に変な行動をするな……彼は。それを否定しないアイツも同じだが……」
彼女は苦言を少しだけ漏らすと、手元のたこ焼きを口に入れる。横で歩いているジャンヌダルクは少しだけ頬を膨らませるが、のちに彼女と同じようにため息を吐いた。
「そこがまた彼の魅力です」
彼女は魅力という言葉には万能というものでも含まれているようだった。本来、魅力というのは他人引き寄せる何かを指し、それは行動によって表現されるものではない。表現の結果に対して使われる言葉は魅力ではなく、カッコイイやら、可愛いやらの形容詞が使われるのが普通だと感じられる。
「……行動には魅力という言葉は使われないのではないだろうか」
「……主観の魅力には他人の行動も含まれますよ?彼の行動は私にとって魅力的です」
「……随分と軽いな」
「軽いのかは解りませんが……」
ジャンヌダルクは少し苦笑しながら、たこ焼きを口に入れた。アルトリアは前に歩く彼等を見つめた。
「しかし……随分と惚れていることは解った」
ジャンヌダルクは少し驚き、顔をうつむかせた。頬は薄っすらと赤くなっていたが、そこに羞恥心が含まれているのかは微妙であった。アルトリアは一つ間を置き、彼女が何かを言うのを待った。
「わ、私は別に……て言えればもっと聖女らしいんですけど、もう肯定します」
気さくな言葉に対してアルトリアは何か落胆したような表情を作った。それを見たジャンヌダルクはもっと赤くなり今度こそ焦りながら話題を変えた。
「そ、そ、そういえば何か貰いませんでしたか?あの人から」
アルトリアは何も言わず、その答えに小さく頷いた。彼女は何をもらったのか聞いたが、アルトリアの口を開かず、その問いを行動で応えた。一つだけたこ焼きを食べると、ポケットから小さな名刺を彼女に渡した。
ジャンヌダルクはそれを受け取ると、少しだけ目を開いた。目線をアルトリアに向けると、今度はアルトリアも口を開いた。
「あの男は何か勘違いをしているらしい……」
たこ焼きを飲み込むと直ぐさまそのような言葉を呟いた。ジャンヌダルクはジッとその言葉に耳を傾けていた。
あの男性は一番間違ってはいけないところを間違えていた。最終の手を自分で渡さなかった事は彼の傲慢さが生んだ過ちだった。アルトリアをまともに話が通じる者だと見込んだことだった。ジャンヌダルクよりも付き合いが長い彼女がなぜ嫌悪している人間の言葉を信用できるか……。
「……渡すんですか?これ……」
彼女は少しだけ低くなった声でアルトリアに問う。その問いには答えず、名刺をスッと彼女の手から奪った。ジッと見つめていると、男性の顔と咥えていたタバコとが小さくチラついた。脳裏にはそれほど印象に残ったのだとアルトリアはこの時初めて感じ、少しだけ目を細めた。
「……私が話を通じると思っていたのがあの人の勘違いだ」
アルトリアは名刺を半分に破ると、もっと細かくしようと名刺を重ねた。すると、ジャンヌダルクがその名刺を直ぐさま奪った。その行動に不快感を示すと、彼女に目を向けた。
「……私もその行動に賛成です」
クスッと笑いながらジャンヌダルクはもっと細かく破いた。紙くず同然になった名刺をパラパラと地面に落とした。
その笑みのままアルトリアに目を向けた。
「随分と惚れてますね」
彼女はクスクスと笑う。アルトリアは少しだけ口角を上げると、あと一つ残った最後のたこ焼きを食べる。口を動かしながら小さく頷くとそれを飲み込んだ。
「当たり前だ。私は今隣に歩いているアイツと同じ……」
そこで一つ区切ると空になった入れ物をジャンヌダルクに渡すと、早歩きをし始めた。彼の後ろに着くと、アルトリアは後ろから抱きしめた。突然の行動に彼女は呆然としていた。
「……どうした、頭悪くなったのか?」
彼は突然の行動に少しだけ驚いていたがアルトリアは少しだけ笑みを浮かべながら小さく何でもないと言った。
「離れなさいよ。歩きづらいじゃない」
アルトリアはスッとその場を離れて、後ろのジャンヌダルクの隣に戻った。先ほどの行動に彼等は不思議に思ったが、直ぐさま自分達の会話に戻った。
ジャンヌダルクは少しばかり呆気に捉われていたがすぐにアルトリアの方を向いた。
「……大好きという事でしょうか?」
「貴様もやってみればどうだ……いくばくか気持ちが和らぐと思うが……」
彼女はその言葉に耳を赤くしたが、アルトリアがやった意味がすぐに解った。
「私の為にやったのなら、少し遺憾です。けれど……ありがとうございます」
アルトリアは少しだけ鼻で笑う。ジャンヌダルクは、彼女が笑う姿がとても綺麗に見えたが、それは自身に出来ない表現をしたからかもしれないと感じた。
ジャンヌダルクは綺麗な笑みを浮かばせて彼を見た。その美しい微笑は彼の背中を温かくしたかのようだった。その証拠に彼は不意にこちらを振り向いて、少しだけその場で留まった。ジャンヌはイラついた表情をしているが、それすらも可愛らしく感じた。
「早くこいよ。鍋出来ないからさ」
「はい。今行きます」
ジャンヌダルクは少しだけ走り、彼の隣に立った。彼はちらりとアルトリアを見たが、彼女も少しだけ笑っているような気がした。
「置いてくぞ」
「私は人に合わせることが難しい」
「それなら、俺が合わせるからさ。お前は俺の横に立ってくれるんだろう」
「当然だ……と言えば正解か。解釈は人それぞれだからな」
彼は苦笑しながら彼女の方に向かって歩いた。彼は彼女の手を握り、小さく頷いた。
「もう、それでいいよ……。寧ろ、それに縋るよ」
「縋らなくていい。ただ理解してただ共に進めばいい。まるでーー」
「常人のように?」
彼は食い気味に答えたが彼女は彼を追い越し、一番の先頭に立った。彼女は笑みを浮かべた。その笑みと比例し、だんだんと気分も高揚していった。
ほら?ね?長いでしょ?
実は友人にこれが少しバレました。多分私が言ったと思うんですけど、記憶がないので知りません。
で、友人が私に言うんですよ。
「なんか台詞じゃないところ多くない?ジェットストリームナイナイだわ」
あのねぇ……。たしかに多いけどさぁと考えていたところ……。
「文学やん。これ……ジェットストリームナイナイだわー!」
だから私は言ったんです。「お前本当はジェットストリームナイナイといいだけちゃうんか」と。心の中でですよ?本当は質問したいんです。問い詰めたいんです。小一時間問い詰めたい!だけど、それをやると仲が悪くなるから危険なんですけど。諸刃の剣ですかね?
まあ、今後も絶対に長くなるので時間かかりますね(もうこれでしか書けなくなってきた)。地道にやって来ます。