「えっと、クエストの目的地はこのあたりですね。すこし歩き回ってみましょう」
小一時間ほどの移動時間を経て、僕らはクエストの目的地へとついた。
特別変わった感じはしないのだが、どことなく嫌な雰囲気というか空気というか。これは霧が多く集まっていることが原因なのだろうか。
「初めてのクエストなので、あまり強い魔物では無いはずなのですが、一応、私から離れないでくださいね」
「了解。戦闘になったら、取りあえず後ろに下がるから、魔力が減ってきたら言って」
「分かりました」
周囲を警戒しつつ、クエスト地点周辺を見回る。
「今回の魔物は、ミノタウロスという名称がつけられてますね」
「ミノタウロスって、あの、上半身が牛で下半身が人間の、神話の中の奴?」
「そうですね。おそらく見た目からそう名付けられたんでしょう」
ミノタウロスか。なんか強そうなイメージなんだけど、本当に大丈夫か?
それを尋ねようとしたが、ふと智花が足を止めた。
「智花?」
「しー、です」
「? ……っ!」
呼びかけるも、智花は口元に人差し指を立て、静かに、と伝えてくる。疑問を覚えるも、すぐにその原因を見つけて息をのんだ。
なるほど、ミノタウロスだ。
想像はしていたが、思いの外大きく、そして想像通りに強そうだ。
智花を見ると、デバイスを取り出していた。
「それでは転校生さん。私はこれから交戦するので、転校生さんは私が合図をしたら魔力を下さい。それと周囲の警戒もあわせてお願いします」
「了解。……智花、気をつけて」
「分かってます。転校生さんは絶対に守ります」
そう言うと、智花が立ち上がる。と、一瞬の間に智花の服装が、ピンクや赤といった暖色を基調とするドレスに変わった。
そして僕の方を見て告げる。
「転校生さんは直接の戦闘は無いと思うんですが、一応変身してください」
「え?」
「あれ? 変身したことないんですか? ……えっと、こう、自分が一番テンションの上がる感じをイメージしながらこう、制服を変化させるんです」
一番テンションの上がる感じ……。
と、刹那、自分の制服が変化していた。しかしこれは……。
「我ながら地味だな……」
「えっと、転校生さんらしくて良いと思いますよ?」
「ありがとう、智花……」
「じゃあ、いってきますね」
「うん、気をつけて」
智花は魔物に気づかれないようにミノタウロスの後ろへ移動した。そして──
「火……なるほど、智花は火と相性が良いのか」
智花はソフトボール大の火球を二つ生み出すと、それをミノタウロスに向けて放つ。それらは狙い過たずミノタウロスにヒットするも、霧を散らせるほどの威力ではない。
その攻撃によって智花の存在に気が付いたミノタウロスは、智花の方へと振り向きざま、手にしていた棍棒のようなものを振り下ろした。
「っ!」
当たったらただではすまないであろうその攻撃に、思わず声を漏らしてしまう。
しかし智花はそれをは危なげなく避けると、後ろに回り込みながら再び先ほどのように火球を生み出す。今度はバスケットボール大の大きさで、数は4つ。それらを棍棒を振り下ろした状態で隙だらけのミノタウロスに向けて放った。
今度のは霧を散らせるに足る威力だったらしく、なにやらうめき声のようにも聞こえる、おそらくは意味がないであろうその声を最期に、ミノタウロスは霧となって四散した。
「……ふぅ」
「お疲れ、智花。強いんだね」
「いえ、あのくらいの相手で手こずるわけにはいきませんから」
「ところで、智花って運動神経良いんだね」
ミノタウロスの動きは決して鈍くはなかった。しかしその動きを智花ははるかに上回っていた。
「魔法使いに覚醒すると、魔力が体内で活性化する影響で身体能力が上がるらしいんです。きっと、転校生さんも覚醒前よりだいぶ身体能力が上がっているはずです」
「そうなのか」
あまり実感がわかないが、そう言えばここまで来るのに少なからず歩いたが、その割には疲れてないような気がする。
「ところで、魔力は平気?」
「まだ全然余裕は有りますけど、えっと、お願いします」
「了解。手を繋いでも良い?」
「ええ!? え、えと、良いん、ですが……」
「それじゃあ、ちょっと失礼して……」
拒否されているわけじゃ無さそうなので、智花の手を取った。別に魔力を受け渡す際に体に触れる必要は無いらしいのだが、この方がイメージしやすい。
手を握ると、智花の顔が真っ赤になった。グリモアは女子が大多数を占めているから、男子との接触には慣れてないようだ。僕も異性との触れ合いに特別慣れている訳ではないものの、ここで照れるのは違うなと魔力を渡すことに集中する。
「あ……。なんだか不思議な感じがします……」
「っと。よし、これで魔力を渡せたと思うんだけど、どう?」
「わぁ……! 凄いですね。完全に回復しました!」
「それならよかった。……と、早速だけど、いける?」
周囲へ巡らせていた視線に、先ほどと同じミノタウロスが数体引っかかる。何となくだが、視力も上がっているのではないかと感じる。
前の戦闘音で集まってきたようだった。
「あの数なら大丈夫です。ところで転校生さん」
「ん?」
ミノタウロスはまだこちらを補足できてはいないものの、悠長に話している時ではないと思うのだが、智花が話しかけてくる。
「魔力はまだ大丈夫ですよね?」
「もちろん」
僕の取り柄の一つであるらしい魔力量。先ほどの魔力譲渡程度では減ったとは感じていない。
「じゃあ、全力で魔法を打ってみたいと思うので、私に魔力を注ぎ続けてください。ある程度なら、離れていても大丈夫なんですよね?」
「うん。はっきりと視認できる距離ならば」
さっき一度魔力譲渡したので、感覚は掴めている。念のためすこし送ってみるが、問題ない。
「じゃあ、いってきます。魔力、お願いします!」
「了解」
先ほどの戦闘とは打って変わって、智花は大胆に魔物の前に姿を晒す。全力での魔法ならば一撃で消滅させられるのだろうから、駆け引きは無用なのだろう。
僕が魔力の譲渡に失敗するとは微塵も思ってないようだ。いささか浅慮な気もするが、その信頼が嬉しくもある。ならば答えないわけにはいかないな。
と、智花が火球を生み出す──って。
「なんだあれ……」
その火球の大きさは運動会で使うような大玉転がしのあれを遙かに超えている。明らかにオーバーキルであろうそれを、智花は躊躇無くミノタウロスへと放った。
「うっ!」
その火球はミノタウロスに直撃。直後、地震かと紛うほどの地面の揺れと、爆発音、それとともに粉塵が舞い上がる。
やがてそれが風に流されて晴れると、当然ミノタウロスは霧となって四散しており、地面には放射状のひび割れが見て取れた。
「え……」
僕はもちろん、何故か放った当人すらも呆然としている。しかし、いつまでもそうはしてられない。その爆発音を聞いてか、さらにミノタウロスが集まってきた。
「智花っ!」
「──っ!」
はっと我に返った智花は、回りのミノタウロスに視線を向ける。
「転校生さん! 魔力お願いします」
「了解っ!」
きっと先ほどので大分魔力を消費したはずだ。いち早く回復させるためにも、出来うる限りの魔力を流し続ける。
「やっ!」
智花は再び火球を生み出す。流石にさっきのをもう一度やるつもりは無いらしい。大きさは控えめにしてある。
しかしそれはミノタウロスを四散させるには十分すぎる威力。それを連発させて、智花はあっと言う間に数十体のミノタウロスを葬った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ミノタウロスを倒し終わった智花は、ふぅと一つ息を吐いた。そしてこちらに歩み寄ってくる。……と。
「ぅ……」
「智花!?」
その途中でふらりと智花がバランスを崩してしまう。慌てて抱き留め、呼びかける。
「大丈夫か!?」
どうしたというのだろうか。先ほどの戦闘で負傷したとは思えないし、魔力が枯渇しているわけでもない。
「……うぅ……。……転校生、さん?」
程なくして智花は気が付いた。よかった、大したことはなさそうだ。
智花はゆるゆると状況を見て──自分が誰に抱き留められているのかを理解したらしい。血の気の引いて青ざめていた顔が、見る見る間に赤く染まっていく。そしてバッと飛び退くように離れた。
「ご、ごめんなさい! すこし疲れちゃったみたいで……!」
「あ、いや……えっと、もう大丈夫?」
「はい、大丈夫です! 本当にごめんなさい」
「全然平気。というか、こちらこそごめん」
咄嗟のこととはいえ抱きしめてしまった。さぞかし不快だったに違いない。
智花はまだ赤い頬を誤魔化すように一つ咳払いをした。……なんだかこっちも顔が熱くなってきた。パタパタと手で顔を扇いで、取りあえず話題を変えようと口を開く。
「そ、それにしても、さっきの魔法は凄かったね。智花って、もしかして強さで言うと上位クラス?」
あれだけの規模の魔法はそうそう使えるものではないだろう。
すると、智花は軽い戸惑いの表情を浮かべる。
「そうなんですよね……。結構魔力をつぎ込みはしたんですけど、あんなに凄い威力になるとは思わなかったです。そもそも、爆発するような魔法じゃないんですけど……」
智花が思っていたよりも威力が出ていたようだった。そう言えば、確かに初めの魔法とかは爆発なんかしなかった。どういうことなのだろう。
智花はふと思案顔になると、ぽつりと呟いた。
「魔法使い一人一人が強化される……そうか、こういうことだったんだ……」
「智花?」
「いえ、何でもないです。では、魔物は倒しましたし、帰りましょうか」
「うん、そうだね」
何はともあれ、初クエストは無事に終わったようだ。