学園を出てすぐのバス停を目指す。
ここの学園はやや街からは離れた立地になっている。風飛の街は全体的に霧の魔物が出やすいらしいのだが、とくに学園の周辺が出やすいらしく、そのためここに設立されたらしい。よって市民が学園周辺に近づくことはあまりない。しかし学園生はたびたび街へ行くので、一日に数本のバスが出る。
バスの運行表を見ると、どうやらもうすぐ来るようだった。
「そう言えば、具体的にどこに行く予定なの?」
「取りあえず、お昼を食べようかと思ってます。その後に少し買い物につきあっていただければなぁと……」
「お昼ご飯か。そうだね、確かに少しお腹が空いてきた。なにかおすすめの場所があるの?」
「いえ……特にお勧めというわけではないんですけど、私たちはだいたいファミレスで食べますね。クエストの報酬があるとはいえ、やはり節約するに越したことはありませんから」
しっかりしてるなぁ。と言うか、クエストの報酬?
「智花、クエストを達成すると何か貰えるの?」
「労働には対価を、ですから。難易度に見合った報酬、具体的にはお金が払われます」
そうだったのか。そう言えば兎ノ助も何人か死者が出るって言ってたし……命懸けでやってるんだもんな、報酬は当たり前か。
程なくしてバスがついたのでそれに乗り込む。そのまま数十分揺られると、バスは風飛の街の中心地の人が一番多い地域に着いた。
「おおー……普通に賑わってるなぁ」
まあ、霧の魔物は人が多く集まるところには出現しにくいらしいし、こんな普通の景色もあるのか。
「それじゃあ転校生さん。お昼にしましょうか」
と言って智花はすぐ近くにあったファミレスへと入っていく。店内は至って普通の、まあファミレスだなという感じだ。
メニューを見て適当に何品か注文する。取りあえず、ドリンクを何か取ってこようかな。
「智花は、なに飲む?」
「え、あ、じゃあオレンジジュースをお願いします」
智花もドリンクバーを頼んでいたようなのでついでにと訊き、自分のと合わせて持ってくると、はいとコップを智花の前に置いた。
「ありがとうございます」
智花はお礼を言ってからストローに口を付ける。それに倣ってずっと一口飲んで、ふぅと一つ息を吐いた。すると、それを見ていた智花が心配そうにこちらを窺う。
「どうかした?」
「いえ……あの、やっぱり疲れてますよね……ごめんなさい」
「いや、別に疲れてないよ。会長さんとかにも言ったとおり、僕は殆どなにもしていないわけだから」
「でも……」
どうやらさっきのため息ともつかぬ吐息を、疲れからくるものだと思い、申し訳なさを感じているようだ。しかし、僕にはとくに疲労はない。その旨を伝えるも、智花はやはりどこか僕を気遣うような声を上げる。
と、どうやら料理が出来たようだ。さすがと言うべきかやたらと早い。それでいて普通以上に美味しそうに見える。
「料理もきたし、食べようか」
「そうですね……。食べましょう」
智花はまだどこか気にかけているようだったが、取りあえず食事をとろうと切り替えたようだ。頂きますと言って手を合わせ、料理に口を付ける。
すると、硬い表情だった智花の顔が緩く幸せそうなものへと変わった。
「やっぱり美味しいです!」
「うん、確かに美味しい」
僕も続けて口にするが、一般的なファミレスのそれよるずっと美味しいような気がする。それでいて値段は普通に安い。なるほど、学園生もよく利用するわけだ。
しばし二人とも無言で料理を口に運び続ける。
数分で完食してしまった。
「美味しかったぁ……」
智花が幸せそうにそう言った。見ているこっちまで幸せな気分になってくるような笑顔。そう言えば、料理するのが好きだと言っていたし、作るのも食べるのも好きなのだろう。
ご飯も食べ終わり、取りあえずドリンクを補充してくると、これからどこへ行くかを訊く。
「その事なんですけど、あの、無理しなくても良いですからね? いつでもこれますし……」
「何度も言ってるけど、本当に平気だから。それにいつでも来れるんだろうけど、二人で行ける機会はあんまり無いでしょ? 僕は智花と仲良くなりたいなと思ってるんだ」
「仲良く……」
智花がまだ僕の疲労を気遣うような発言をするので、大丈夫だとそう言い聞かせると、何故だか智花はほんのりと頬を赤く染めていた。
「智花?」
「はいっ? あ、いえ、大丈夫です。転校生さんがそう言うなら、つきあって貰っちゃいますね?」
「勿論」
「それじゃあ、近くのショッピングモールへ行きましょう。私、少し買いたいものがあって」
「うん、じゃあそこへ行こうか」
伝票を手にとって席を立つ。
「そう言えば、クエストの報酬ってもう振り込まれてるのかな」
「そうですね、多分もう支払われていると思います。ちなみに支払われた報酬は普通に銀行から引き出せますし、MOMOYAやこのあたりのお店ならそのデバイスで支払いが出来たりします」
「そうなんだ。えっと……あ、確かに払われてるね」
デバイスを操作すると、残高を見ることが出来た。クエストの報酬は思っていたよりも多い。こんなに支払われるものなのかと少し驚くが、そんなに頻繁にクエストに出ることは無いのだろうし、何より命がけでやっている行為なのだ。それならばこの対価は当然のものなのかもしれない。
「じゃあ、ここは僕が払うよ」
「えっ!? ダメです。転校生さんの初クエストのお祝いですから、私に奢らせてください」
「初クエストの初報酬だから、少し特別なことに使いたいなって。僕は智花に感謝してるし、払わせてくれないかな?」
「でも、」
と、智花がなおも言い募るので、さくっとレジに向かって支払いを済ませた。そして店を出るが、智花がぷくっと頬を膨らませている。
「あの、智花さん?」
「……転校生さんの初クエスト祝いだから、奢ろうと思ってたのに」
「え、ええっと……」
「むぅぅ~……」
どこか拗ねたような智花の発言。頬は相変わらず膨らませたままだ。……なんだこの可愛い生き物。それに、口調がいつもの敬語からタメになっているのが何とも新鮮だ。
しばらく眺めていたい光景ではあったが、いつまでもこのままでは仕方がない。あたりを見回すと、クレープの屋台が目に入った。
「クレープ買ってくるから機嫌直してくれないかな」
「……私が買ってきます」
「え? あ……」
言うと、智花はパタパタとクレープ屋に駆け寄った。そんなにクレープが好きなのだろうか。しばし待つと、両手にクレープを持った智花が歩いてくる。
「智花ってクレープが好きなんだね。二つも買ってくるなんて」
そう言ってみるが、何故だがじとっとした目で見られる。あれ、何か間違えた?
智花は、二つ持ったうちの片方を僕に差し出す。
「どうぞ」
「あ、僕の分だったんだ。ありがとう」
「初クエスト、お疲れさまでした」
さっきのむくれた表情はどこへやら、にこりと笑顔で労いの言葉をかけてくる。
「さっき、こう言うつもりだったんですけどね」
「あはは……ごめんって」
だが、一応言いたいことが言えて機嫌は直ったらしい。はむっとクレープにかみついて、またあの幸せそうな笑顔を浮かべる。僕もクレープを食べ始める。
「そう言えば、智花は料理するのも好きなんだよね」
「はい。上手とは言いにくいんですけど……良かったら、明日にでもお弁当作ってきましょうか?」
「本当に? 迷惑じゃなかったら、ぜひ」
「分かりました。じゃあ明日、楽しみにしててください」
智花の手作り弁当か。きっと美味しいんだろうな。
明日が楽しみだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ショッピングモールは思ったより大きく、スーパーや洋服屋、靴屋、スポーツ用品、ゲーセンなど様々な店舗が店を構えている。
エレベーターで二階に上がると、扉が開いた瞬間にフロア一帯が光で包まれているかのようにきらきらと眩しい景色が飛び込んできた。
「うわぁ……」
人は混雑していると言うほどはいないのだが、見たところ若い女性客が多く、足を踏み入れるのに若干の躊躇があるフロアだった。
だが智花は特に気にした様子もなく歩いていく。
「転校生さん?」
「あ、うん、今行くよ」
早足で智花に追いつき、隣に並んで歩く。全体的に光量が多い上にパステルカラーが多くて目がチカチカする。
「ここです。ちょっと私服が欲しいなって思ったので」
そう言って智花が指したのは、やはり例に違わずきらきらぴかぴかした眩しい店だった。
「あの、転校生さんからの感想が欲しいなぁ……なんて……あの、えっと……」
どこか恥ずかしそうに智花がそう言った。
店に入るのは若干抵抗があるが、店の外で一人待っているのも相当居心地が悪そうなので、断る理由は特にない。それに一人で選んだら、僕につきあって貰った意味もないだろうし。
「僕でよかったら。ただ、ファッションとかのセンスには疎いから、あんまり参考にならないかなと思うんだけど……」
「全然大丈夫です! 転校生さんが、良いなって思ったものを言ってもらえれば!」
「うん、そういってもらえると気が楽だ。まあ智花ならきっと、何を着ても似合うとは思うけど」
智花は容姿もスタイルも普通よりずっと良い。素体が良いのだから、何だって似合うだろう。
「ありがとうございます! では、行きましょうか」
店内に入り、取りあえず目についたものをどんどん試着していく智花。思った通りどれも可愛く着こなすので、特に言えることがない。なので個人的に気に入ったものを言っていった。
智花は僕が良いと思った服を見比べて、少し思案している表情になった。
「どうかしたの?」
「いえ、その……転校生さんって、清楚な感じで可愛らしい服が好みなんですね」
「え、あ、いや……何となく選んだだけなんだけど……」
白を基調としたシンプルなワンピース、薄めの寒色系で統一されたプリーツスカートとノースリーブ。よく見ると、確かに智花の言うとおりのチョイスになっているような気がする。
「ちなみに、この中だったらどれが一番好みですか?」
「え? えっと……やっぱり、このワンピースかな」
「これですか……えっと、似合ってました?」
「うん、とても。ベタな例えだけど、深窓の令嬢って言うか、どこか儚い感じが凄く綺麗で。いつもの智花は可愛い感じなんだけど、少し大人っぽく見えて良いかなと思って」
「そ、そうですか…………。じゃあ、これにします!」
智花は僕の感想を聞いて嬉しそうな笑みをこぼしてから、そのワンピースを買うことに決めたようだ。
「いいの? それで」
「はい!」
智花はそれをレジへ持って行って会計を済ませると、戻ってくる。
「これ、着ていこうと思うので、ちょっと待っててください」
そういって智花は試着室に入る。買ってすぐ着ようとするとは、思いのほか気に入ってもらえたようで何よりだ。
少しして智花が出てくる。そして僕の前でくるりと回ってみせる。そしてこちらに顔を向けた。
「うん。やっぱり凄く似合ってて、綺麗」
「あ、ありがとうございます……」
改めて素直にそう感想を言うと、智花は照れたように頬を染めて俯く。その仕草も相まって思わず見とれてしまうほどに可愛い。
目を奪われてしまったことを気づかれないように、口を開く。
「ほ、他に、買いたいものと買ってあるの?」
「え、えっと……あ、そうだ」
少し考えて智花が顔を上げる。
「スーパー寄っていきませんか?」
「スーパー?」
「はい。明日のお弁当の材料を買おうかなと……」
「なるほど」
そう言えば、作ってくれるんだっけ。
一階に降りて、スーパーを回る。
「転校生さんは、何か食べたいものとかありますか?」
「食べたいもの……ベタだけど、肉じゃがとかかな」
「肉じゃがですね。分かりました」
必要な食材を買い揃え、ショッピングモールを後にする。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね、結構良い時間になってます」
バスに乗り、学園前についたときにはすでにうす暗くなってきていた。
「そう言えば、門限とかってないの?」
「ありますよ。男女ともに八時までです」
結構遅くまで許可されてるんだな。
「それじゃ、智花。今日はいろいろとありがとう。改めて、これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」
それではと寮の方向へと歩いていく智花を見送り、僕自身も寮へと帰る。
寮母さんには事前に連絡しておいたので、用意されてた部屋の鍵を受け取ると、自室へと向かう。
部屋にはベッドと机が備え付けられていた。パタリと、ふかふかのベッドへ倒れ込む。
「荷解きは明日で良いかな……」
なんだか眠い。自覚はなかったが結構疲れてるのかもしれないな。
学園生活一日目が終了。
数人とそれなりに親交を深められた気がするし、まあ、幸先良いスタートではないだろうか。
明日からも頑張ろう。