中庭から屋敷に戻ろうとする黒ウサギ達三人。異変が起きたのはその時だった。顔を上げるのと同時に遠方から褐色の光が三人に差し込み、レティシアは叫ぶ
「あの光……ゴルゴーンの威光!?まずい、見つかった!」
焦燥の混じった声と共に、レティシアは光から庇うように二人の前に立つ
光の正体を知る黒ウサギは悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ
「ゴルゴーンの首を掲げた旗印……!?避けてください!レティシア様!」
黒ウサギの叫びも虚しく、褐色の光を全身に浴びたレティシアは瞬く間に石像となった。十六夜は異変に気づき出てくる。光が差し込んだ方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達が大挙して押し寄せてきている。
「いたぞ!吸血鬼は石化させた!すぐに捕獲するぞ!」
「例のノーネームもいるようだがどうする!?」
「邪魔するようなら構わん、斬り捨てろ!」
空を駆ける騎士達の言葉を聞いた十六夜は不機嫌そうにかつ獰猛に笑う
「参ったな、せっかく出てきたのに生まれて初めておまけ扱いされたぜ。手を叩いて喜べばいいか、怒りを顕にして潰せばいいか、どっちがいいよ?」
「と、取り敢えず本拠に逃げてください!」
石になったレティシアの事は気になるが今はそれどころじゃない。ペルセウスの所有物のレティシアが主の命令も無く出歩いていたのは庇えない。何より"ペルセウス"は"サウザンドアイズ"の幹部コミュニティ、万が一揉め事を起こしたらただでは済まない。黒ウサギは慌てて、十六夜と天音を本拠に引っ込むと、空の軍団の中から三人が降り立ち、レティシアを取り囲む。天音達は扉の内側から様子を伺っていた。
「これでよし……危うく取り逃がすところだったな」
「ギフトゲームを中止してまで用意した大口の取引だ。台無しになれば、"サウザンドアイズ"に我ら"ペルセウス"の居場所がなくなっていたな」
「それだけじゃない、箱庭の外と言えど、交渉相手は一国規模のコミュニティだ。もしも奪われでもしーーー」
「箱庭の外ですって!?」
黒ウサギの叫びに、運び出そうとしていた男達の手が止まる。邪魔者と認識していた"ノーネーム"の叫びに明らかな敵意を込め見る。だが黒ウサギにはその視線なんて気にしている余裕は無い
「一体どういう事です! "箱庭の騎士"は箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!?その吸血鬼を外に連れ出すなんて!」
「我らの頭領の取り決めた交渉。部外者は黙ってろ」
騎士は突く放すように語り、翼の生えた靴で空を舞う。空にはまだ百に匹敵する軍勢が"ノーネーム"の本拠の上に間に待ち構えている。本来ならば本拠への不当な侵入はコミュニティの侮辱行為だ、世間体的にはよろしくない。信頼が命の商業コミュニティである "サウザンドアイズ"ならこんな暴挙をすることはないのだろう、明らかに"ノーネーム"と見下した行為だ。
「こ、この……!これだけ無遠慮に無礼を働いておきながら、比例を詫びる一言もないのですか!? それでよく双女神の旗を掲げていられるものですね!」
「ふん。こんな下層に本拠を構えるコミュニティに例を尽くしては、それこそ我らの旗に傷がつくわ。身の程を知れ "名無し"が」
「なっ……なんですって……!!」
黒ウサギの堪忍袋が爆発する。レティシアの扱い、コミュニティの侮辱行為と暴言の数々に限界を迎える。怒りに震える黒ウサギを見下す騎士達のはその姿を鼻で笑う。
「フン、戦うつもりか?」
「愚かな。自軍の旗も守れない、名無しに我らに敵じゃない」
「恥知らず共め。我らが御旗のもとに成敗してくれるわ!」
そう言うと、旗印を掲げ、陣形をとるように広がる。しかし、黒ウサギはらしくない物騒な笑顔で罵る
「ふ、ふふ……いい度胸です。多少は名のあるギフトで武装しているようですが、そんなレプリカで強くなった気でいるのですか?」
「何!?」
黒ウサギは髪を桜色に染め上げ、高く舞い上がらせて威嚇する
「ありえない……ええ、ありえないですよ。天真爛漫にして温厚篤実、献身の象徴とまで謳われた "月の兎" をこれほどまで怒らせるなんて……!」
百もの空を駆ける騎士達は黒ウサギの放つ威圧感にたじろいだ。黒ウサギは右手を掲げると刹那、空気が裂けるような甲高い音が響き渡る。雷鳴のような爆音が周囲一帯を支配し、右手には閃光のように輝く槍が掲げられている
「雷鳴と共に現れるギフト……まさかインドラの武具!?そんな話はルイオス様から聞いていないぞ!」
「インドラの武具で槍ということは……ヴァサヴィシャクティ……でも私の知るのと違う?それに黒ウサギは箱庭創始者の眷属って……じゃあインドラもその一人……」
「本物のはずがない!どうせ我らと同じレプリカ!」
稲妻の迸る槍を逆手に構えた黒ウサギは、
「その目で真贋を見極められないならーーーーその身で確かめるがいいでしょう!」
熱膨張した空気が、雷鳴を轟かせる。同時に、黒ウサギの髪がプリズムを放ち、緋色から蒼に染まる。インドラの槍を黒ウサギが天に向かって打ち出しうとすると、それと同時に十六夜が、
「てい」
「フギャ!」
後ろからウサ耳を力いっぱい引っ張る。すっぽ抜けたインドラの槍は雷鳴と共にあさっての方向に飛び、箱庭の天井に着弾する。解放された稲妻と熱量が数kmに亘って天幕を照らした。
「お、ち、つ、け、よ!白夜叉と問題を起こしたくないんだろ?つか俺達が我慢してやっているのに、一人でお楽しみとはどういう了見だ」
「フギャア!!?って怒るところそこなんですか!? い、痛い、本当に痛いですよ十六夜さん! い、いい加減にしてください!ボケていい場面とそうでない場面をわきまえてください!今はあの無礼者共に天誅を!」
「みんな帰ったよ?」
「え?って逃げ足早すぎでしょ!?」
びっくりしながら空を見ると、まるで最初からいなかったように星空が広がる。黒ウサギに敵わないと判断するや否や、すぐさま退却したのだ。しかし、黒ウサギの目は誤魔化せない
「いえ、違う……あれはまさか、不可視のギフト!?」
「ハデスの隠れ兜かな。ペルセウスの逸話の不可視の兜……ヘルメスの空を駆ける羽のサンダル……でもあれは靴だった」
「しかし、箱庭は広いな。空飛ぶ靴に透明になる兜が実在してるんだもんな」
感慨深頷く二人をキッと睨みつける。しかし、十六夜はウサ耳を放し、首を横に振る
「気持ちはわかるが今はやめておけ。俺はいいけど"ノーネーム"と、 "サウザンドアイズ"が揉めたら困るんだろ?」
「そっ……それは、そうですが」
「詳しい話を聞きたいなら順序を踏むもんだ。事情に詳しいそうな奴が他にいるだろ?」
はっと思い出す。レティシアを連れてきたのは白夜叉なのなら、詳しい事情を知っているのかもしれない。
「ほかの連中も呼んでこい」
「で、でも昼間の事もありますし」
「だったら、ジン君と飛鳥だけでもいいと思う」
「ああ、どうもきな臭い。最悪その場でゲームもありえる、頭数はいた方がいいだろ」
ーーーーーーー
ジンは耀の様子を見ておくということで、メンバーは十六夜、飛鳥、天音、黒ウサギで行くことになった。しばらく歩き "サウザンドアイズ"の門前に着いた四人を迎えたのは無愛想な女性定員だった。
「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」
「黒ウサギ達が来る事は承知の上、ということですか?あれだけの無礼を働いておきながらよくも……」
「黒ウサギ、話し相手を間違えないで」
天音にさとされ店内に入る。中庭を抜けて離れの家屋に向かう。中で迎えたのは、白夜叉とルイオス、ルイオスは黒ウサギを見て盛大に歓声を上げる
「うわお、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂は聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかったよ!つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がってやるぜ?」
ルイオスは地の性格を隠す素振りも無く、黒ウサギの全身を見渡しはしゃぐ。このあと、ノーネームと白夜叉で黒ウサギの美脚をネタに黒ウサギが弄られたのは言うまでもない。黒ウサギの衣装は白夜叉が開催する審判の格好を今の服にすると賃金を三割増しにするというものだった、その後は白夜叉と十六夜が親指を立てて意思疎通していた。
「あの……御来客の方も増えたので、よろしければ店内の客間に移りましょうか?見れば割れた食器の破片も散らかってますし」
「そ、そうですね」
一度仕切り直すことになった一同は "サウザンドアイズ"の客間に向かうのであった。座敷に招かれた四人は "サウザンドアイズ"の幹部の二人と向かい合う形で座る。長机の対岸に座るルイオスは舐め回す視線で黒ウサギと何故か天音も見る、黒ウサギは悪寒を感じながら、天音は目を瞑り正座で静かにしている。黒ウサギは白夜叉に説明を続けた。
「ーーーー "ペルセウス"が私達に対する無礼を振るったのは以上の内容です。ご理解いただけたでしょうか?」
「う、うむ。 "ペルセウス" の所有物・吸血鬼が身勝手に "ノーネーム"の敷地に踏み込み荒らした事。それらを捕獲する際における数々の暴言と暴挙。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日」
「結構です。あれだけの暴挙と無礼の数々、我々の怒りはそれだけは済みません。 "ペルセウス"に受けた屈辱は両コミュニティの決闘をもって決着をつけて然るべきかと」
両コミュニティの直接対決。それが黒ウサギの狙いだった。レティシアが敷地内で暴れ回ったのは捏造だ。彼女を取りもどすためにはなりふり構っている暇はない。
「"サウザンドアイズ" にはその仲介をお願いしたくて参りました。もし "ペルセウス"が拒むようであれば "主催者権限"の名の下に」
「いやだ」
唐突にルイオスは言った
「……はい?」
「いやだ。決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠があるの?」
「それなら彼女の石化をといてもらえば」
「駄目だね。アイツは一度逃げ出したんだ。出荷するまで石化はとけない。それに口裏を合わせないとも限らないじゃないか。そうだろう?元お仲間さん?」
嫌味ったらしく笑うルイオス。筋が通ってるだけに言い返すことが出来ない。
「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出した原因はお前達だろ?実は盗んだんじゃないの?」
「な、何を言い出すのですかッ!そんな証拠がいったい何処に」
「事実、あの吸血鬼はあんたの所にいたじゃないか」
黙り込むしかない、それを言われたら言い返すことが出来ない。黒ウサギの主張もルイオスの主張も第三者が居ないという点は同じなのだから。
「どうしても決闘に持ち込みたいというならちゃんと調査しないとね。……最もちゃんと調査されて一番困るのは全くの別の人だろうけど」
「そ、それは……!」
黒ウサギは白夜叉に視線を移す。彼女の名前を出されては手が出せない。この3年間、 "ノーネーム"を存続できたのは彼女の支援があったからだ。
「じゃ、さっさと帰ってあの吸血鬼を外に売り払うか。あれも見た目は可愛いしその手の愛好家には堪らないだろう?」
そのあとルイオスの挑発で商談相手の人物像を言う、案の定、黒ウサギはウサ耳を逆立て叫ぶ
「あ、あなたという人は……!」
天音も握る拳に力が入る、だが頭だけは冷静にと考える
「しっかし可哀想なやつだよねーアイツも。箱庭から売り払割れるだけじゃなく、恥知らずな仲間の所為でギフトまでも魔王に譲り渡す事になっちゃったんだもの」
「………なんですって?」
声をあげたのは飛鳥だ。彼女はレティシアの状態を知らなかったから驚きも大きい。黒ウサギは声をあげなかったものの、その表情ははっきり動揺が浮かんでいる。天音も内心は動揺していた
「報われないやつだよ。 "恩恵"はこの世界で生きていくのに必要不可欠な生命線、魂の一部だ。それをバカで無能な仲間の無茶を止めるために捨てて、ようやく手に入れた自由も仮初のもの他人の所有物と言う屈辱にも耐え駆けつけたのに、その仲間はあっさり自分を見捨てやがる!目を覚ましたこの女は一体どんな気分になるんだろうなぁ?」
「……っ!」
天音は何か活路はないかと考える、黒ウサギの顔色は蒼白だ、見るに堪えない。
「ねえ、黒ウサギさん。このまま彼女を見捨てて帰ったら、コミュニティの同士として義が立たないじゃないかな?」
「………?どういう事です?」
「取引しよう。吸血鬼を "ノーネーム"に戻してやる。代わりに君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」
「なっ、」
「一種の一目惚れって奴? それに "箱庭の貴族" と言う箔も惜しいし」
飛鳥はこれには堪らず長机を叩いて怒鳴り声をあげた。
「外道とは思っていたけど、ここまでとは思わなかったわ!もう行きましょう黒ウサギ!こんな奴の話を聞く義理は無いわ!」
「ま、待ってください!飛鳥さん!」
黒ウサギの手を握って出ようとする飛鳥。だが黒ウサギは座敷を出ない。黒ウサギの目は困惑している。この申し出に彼女が悩んでいるのは明白だ。
「ほらほら、君は "月の兎" だろ?仲間のため、煉獄の炎に焼かれるのが本望だろ?君達にとっても自己犠牲ってやつは本能だもんなぁ?」
「……っ」
「どうしたの?ウサギは義理とか人情とか好きなんだろう?自己犠牲ヨロシクで帝釈天に売り込んだんだろ!?
………そうだな、じゃあ黒ウサギが来ないなら、君と吸血鬼の交換でもいいよ」
そういい、ルイオスは天音の方に指を指す
「はい?」
「なっ、」
黒ウサギと飛鳥は絶句する
「君も中々に可愛いし、三食首輪付きで毎晩可愛がってやるぜ?君だって考えてるんだろ?黒ウサギの代わりになってもって」
「……っ!」
言われた瞬間、天音は黒ウサギの代わりになってもいいかもしれないと考えていた
「(……レティシアをあそこまで尊敬する黒ウサギ……離れ離れにしたくない……だけどコミュニティを……)」
「どうしたんだよ?顔に書いてあるぜ、黒ウサギの代わりでもーーーー」
「 "黙りなさい"!」
ガチン!とルイオスの下顎が閉じ、困惑する。見かねた飛鳥の力が原因だ。
「貴方は不快だわ。そのまま "地に頭を伏せてなさい"!」
混乱するように口を押さえたルイオスは体を前のめりに歪める。だがしかし、命令に逆らって体を起こす、何が起こったのか理解したルイオスは強引に言葉に紡ぐ。
「おい、おんな。そんなのが通じるのはーーー格下だけだ、馬鹿が!!」
激怒したルイオスが取り出したギフトカードから、光と共に現れる鎌。鎌は飛鳥に向かって振り下ろされる、それを天音が槍で防ぐ
「ペルセウスのリーダー、飛鳥二人とも落ち着いて……ここは白夜叉のお店、話し合いで解決できないのなら」
天音は受け止めた槍を収める。
「今日は互いに不問にしましょう。……あと、先程の話ですが、お時間ください」
「ま、待ちなさい黒ウサギ!貴女、この男の物になってもいいの!?」
「………仲間と相談するためにも、天音さんにそんな真似は……」
「黒ウサギそれは、私の……」
天音は言葉に詰まらせる、天音はノーネームから黒ウサギが離れるべきではないと、黒ウサギがノーネームにいてレティシアもノーネームに戻る方法を考えている、だが現状そうの方法は天音がルイオスの物になるしか
「オッケーオッケー。こっちも取引ギリギリ日程……一週間だけ待つ、黒ウサギでも天音ちゃんでも両方来てもいいんだよ?」
さらに挑発する、黒ウサギはそれだけを口にして足早に座敷を去る。飛鳥はその後ろを追いかける。天音はうなだれる、十六夜は
「白夜叉は恵まれてるな、気難しい友人とゲスい部下に恵まれて中々にできない体験だぜ?」
「全くだの。羨ましいなら変わるが?」
「いや、遠慮しておく。……ところで"ペルセウス"のリーダーってお前か?」
「あぁ?そうだけど、今更何聞いてんの?」
先のこともあり不機嫌なルイオス。十六夜は落胆したように溜息をつき
「名前負けしすぎ、期待した俺が馬鹿だった」
「はっ。今なら安い喧嘩で買うぜ?」
「(喧嘩……直接対決……ギフトゲーム!)」
天音は数分前の話を思い出す。コミュニティの決闘その話を
「天音、俺は先に行くが、お前はどうするんだ?」
「うん……白夜叉に質問してから、追いつくよ」
「うん?私に質問か?答えられる範囲で答えるぞ」
白夜叉は胸を張って言う、天音は小さく口角をあげ
「少し場所変えてくれる?」
「いいじゃろ」
天音と白夜叉は座敷を離れ、家屋に移動する
「で、質問とは何じゃ?二人きりなるという事は、それ相応の質問なんだろう?」
「まぁ、大層なものじゃないけど、ペルセウスのリーダーには聞かれたくなかったからね」
「ほう?それは何じゃ?」
白夜叉は面白そうに天音に聞く、天音は悪い笑みで
「"ペルセウス"がギフトゲームを受けなければならない方法は無い?」
「ほう?いいところに目をつけたな天音。そうじゃな、教えてやる、"ペルセウス"に挑める方法をな」
白夜叉も楽しそうに笑う