コスチュームのお披露目を終えた出久はワイプシのメンバーからレクチャーを受けていた。
「いい? 山の天気は変わりやすいから、天候には常に気を配っておく必要があるの」
「なるほど!」
ガリガリとノートにメモを取る出久。
人命救助をする際の基本的な知識や注意点やワイプシの活動地域である山岳地帯での活動について体験談を交えた講義を受けたり、万が一のための森林・山岳地帯でのサバイバル術など、職場体験一日目はほとんど座学で終わることとなった。
その晩、ワイプシのメンバーともに夕食を終えた出久。
野営などで料理をすることが多いからか、大変おいしい料理だった。特に米は土鍋で炊いたのか、普段の炊飯器とはまた違ったおいしさだったり。おこげとかね。
そんなこんなで夕食を楽しんだ出久だったが、ふと一人だけで外に出かけていく洸汰の姿を見つけた。
「あれ? 洸汰くん? こんな時間にどこに行くんだろう?」
『幼子が一人だけ夜中に出かけるとは不用心な。主様よ』
「うん。追いかけよう」
一人出かけた洸汰の後を追いかける出久。だが、身体能力は今は洸汰と変わらないくらいになってしまっていて、なかなか追いつけない。
結局追いつけたのは洸汰が目的の場所に着いた後だった。
「こ、洸汰くん。やっと追いついた」
「てめえ! 何故ここが!?」
「ごめん、出かけるのを見かけて心配になってさ」
「いらねえよ。心配なんて。俺の秘密基地から出ていけ」
出久のことをギロリとにらみつける洸汰。
5歳とは思えない目つきの悪さに普通ならビビりそうなものだが、出久はあまり気にしていなかったり。
なぜかといえば……
『うわぁ、この目つきの悪さ、昔のかっちゃんみたいだなぁ』
『爆破小僧と似た雰囲気を感じるのお』
昔の幼馴染を思い出していたからだ。
ついニコニコしてしまう出久に、逆にイラっとくる洸汰。
本人が精いっぱい睨みつけているのに、相手が笑顔ではそりゃ怒りたくもなる。
イライラを募らせた洸汰は出久に対して怒りに任せて不満を口にする。
「だいたい何なんだよ、俺よりちんちくりんなくせしてヒーロー目指したいなんて、馬鹿じゃねぇの?」
「ちんちくりん!? 馬鹿!?」
あんまりな言われように目を丸くして驚く出久。
そんな姿もイラつくのかさらに不満を爆発させた。
「馬鹿だろ! ヒーロー目指したいなんて言うヤツはみんな!」
「そ、そんなことないよ!」
「いいや、そうさ! ヒーローだとかなんとか言ったって、自分の“個性”をひけらかしたい馬鹿じゃないか!」
ヒーローを否定する洸汰に反論しようとした出久だったが、口をつぐむことになった。
洸汰の言葉から、彼が嫌っているのはヒーローに対してだけではないと感じたからだ。
『洸汰くん、ヒーローだけじゃなく超人社会そのものが……』
なぜここまで“個性”に対して嫌悪感を、それを扱うことを生業とするヒーローを嫌うのか理由を知らない出久はなんと言えばいいのかわからず口ごもる。
個性に対する考え方は人それぞれだ。特に人生の大半を“無個性”で過ごしてきた自分とは考え方が違うに決まっている。
自分自身も個性に対して思い悩んだ時期があったのだ。
うかつなことは出久は言えなかった。
「ヒーローを目指すのが馬鹿だと? 勝手なことを言うな、阿呆め!」
「な、なんだと!」
が、出久の口から出てきたのは洸汰に対する暴言だった。
もっとも、出久本人が口にしたというよりは、別人が出久の体を借りて言ったのだが。
『お、乙音!? いきなり何を言ってるの!?』
『いいや、黙って聞いておればこの小僧。主様のことをナメきっておる! 何か言わねば気が済まぬ』
出久の中の同居人である乙音は黙っていられなかったようで、身体の主導権を奪って洸汰と口論を始めた。
「個性をひけらかしたいバカじゃと? フン! 犯罪者とヒーローの違いも分らんのか小僧め」
「うるせえ! 個性を使ってちやほやされたいと思ってるのは変わらねえだろ」
「全然違うわ、阿呆め!」
「黙れよ、このバカちび!」
だんだん幼稚な口喧嘩になってきてしまい、収拾がつきそうになくなってきた。
見た目相応といえばそうなのだが、片方の精神年齢を考えると、何をやっているのかとツッコミたくもなる。
『乙音、落ち着いて。子供相手に大人げないよ!』
『うるさい! 主様は、黙っとれ!!』
『黙れって!? ちょ、なんで乙音が拳を振り上げるビジョンが――』
精神だけの状態で意識を刈り取るという器用な技を使われ、プツンと意識が途絶える出久。
主様とか言っておきながらひどい扱いである。がんばれ、出久。
翌朝。目を覚ました出久は、同居人に文句を言いながら準備をしていた。
『ちょっと、乙音。昨日はひどいじゃないか!』
『すまぬ、主様。あの小僧に主様が馬鹿にされたと思うといてもたってもいられなくての』
『その主様とやらの意識を刈り取ってちゃ、本末転倒だよ』
『うぅ、反省します』
コスチュームに着替え、朝食を食べに行く。
ドアを開けた先にいたのは、昨日喧嘩をしたばかりの洸汰だった。
「あ、お、おはよう。洸汰くん」
恐る恐る、声をかけてみる出久。
昨日の今日なので、反応が怖い。特に自分が気絶? してからどんな会話があったのか知らないのだ。
「チッ、おはよう。朝食できてるからさっさと座れよ」
「う、うん。ありがとう」
また冷たい反応が来るのではと身構えていたが、思ったよりもマイルドな対応をされて気が抜ける。
舌打ちはされたものの、睨みつけられたわけでもなく、若干こちらを気遣うような言葉を投げかけられて驚くしかない。
『ね、ねえ、乙音。いったい昨日はどんなことを話したのさ?』
その原因になったであろう。相棒に思わず聞いてしまうが、乙音の答えはというと。
『まぁ、それは主様といえど言えぬな。何せ二人の秘密ゆえの?』
『え、ええ~!?』
教えてくれなかったり。
なんだか分からないことばかり増えて、頭を抱えたくなる出久。
自分の相棒と体験先の小さな住人の扱いに困っているところへ、洸汰の面倒を見ているマンダレイが姿を見せた。
「あら。出久くんも来てたのね。ちょうどいいわ。今後の活動について伝えておかないといけないことがあったから」
「はい! なんでしょうか?」
職場体験の今後の内容を告げられると聞いて、背筋を正す出久。
どんなことをするのか気になるので、一言も漏らさないよう意識を向ける。
さて、どんなことをするのだろうか?
「今日からしばらく、体一つで山の中でサバイバルをしてもらうわ。山での活動の仕方を学ぶのは実地体験が一番だからね」
「さ、サバイバル!?」
昨日レクチャーは受けたでしょ?
と、笑顔を向けるマンダレイはとても冗談を言っているようには思えない。
マジでか……と固まる出久だったが、現実は無情だ。
朝食後、ナイフ一本と水筒を持たされて山の中に放り出された出久だった。
「ど、どうしよう?」
が、頑張れ出久。プルス・ウルトラ?
――保須市。
「君、ヒーロー殺し追ってるんだろ」
パトロール中にマニュアルから告げられた言葉に飯田は言葉を失う。
図星であった。
事実、飯田が保須市に来たのはヒーロー殺しを追うためなのだから。
「私怨で動くのはやめたほうがいい」
この聞きづらいことを告げたのはマニュアルのヒーローの、人生の先輩としての忠告からだった。
ヒーローに逮捕や刑罰を行使する権限はなく、ヒーロー活動が私刑となってはいけない。
もしそう捉えられれば、重い罪となること。
ヒーロー殺しに罪がないわけではないが、飯田の生真面目な性格から視野が狭くなっているのではないかと案じたこと。
それらすべては飯田を思いやっての言葉だった。
それは飯田もよくわかっている。分かっているのだ。
『しかし……じゃあ、しかし……!! この気持ちを――!! どうしたらいい!?』
だが、敬愛する兄を再起不能にされた恨みを、抑えることなどできはしない。
ましてや、その下手人であるヒーロー殺しが再度現れる確信があるのならなおさらだ。
その執念が引き寄せたのか……飯田はヒーロー殺しと遭遇することとなる。幸か不幸かは誰も知る由もないが……。
――東京都。ベストジーニスト事務所。
超人気ヒーロー、ベストジーニストは必死で職場体験に来た生徒を慰めていた。
彼の心の傷は大きかったのか、人目も憚らずにベストジーニストに愚痴を言っている。
最初ということでサイドキックたちと同席していなくてよかった。プライドの高そうな爆豪は周りに人がいたらさらにダメージを負ったことだろう。
「ガキのころから一緒にいたクソナードが、無個性だと思ってた
「世の中には不思議な個性もあるからな」
「不思議で済ませられるかァ!! どうしろってんだ、俺に! デクだけじゃねえ、俺と同じくらいのヤツで実力が俺以上のヤツがほかにも居やがったんだ!」
爆豪の話を聞いてベストジーニストは頷く。
狭い世界から広い世界に出て挫折を知る。それはよくあることだ。たいていの人間はそこで二つのパターンに分かれるだろう。
「だから俺はできる限りの努力をしたんだ。先輩に頭ァ下げて鍛えてもらって、少しでも実力をつけようとしてきたんだぜ?」
そこで膝を折り、諦めてしまう人間。
その挫折を糧に努力を重ね飛躍する人間。
そのうち後者である人は褒められるべき人間だろう。そして、この爆豪は明らかに後者であった。
「最大限の努力もしただろーが! 体育祭の優勝っていう結果も出した! ――――なのにその評価が
その結果がひどい風評被害と考えれば、彼はどれほど悩んだことだろう。
先入観から彼を傷つけてしまったことを、ベストジーニストはひどく反省した。
「全力を出して全力で戦っただけだろ! 俺の何が悪かったってんだよ!!」
「そうだな。君は悪くない」
挫折乗り越えて全力尽くした結果が悪夢じみた風評被害とか、自分でも心が折れる自信がある。
こうなれば、自分がこの職場体験の短い期間にできる限り彼のイメージをよくする努力をしていくしかない。
と、決意したベストジーニスト。
最初の挨拶の時とは違い、優しい声音で声をかける。
「大変だったな。だが、安心するといい。私もこの短い期間だが君のイメージをよくするように協力しよう」
「ベストジーニストォ……」
救けを求めるような目でベストジーニストを見る爆豪に、安心させるように笑みを浮かべる。
「私も伊達に五本の指に入る人気ヒーローはしていないさ。任せるといい」
「頼む、ベストジーニスト」
プライドは高いが必要とあらば頭を下げることができるのは爆豪の美点だろう。
最初はプライドの塊だと思っていたベストジーニストは、自分の見る目のなさに苦笑してしまう。
「ああ! まずは粗暴な言動を改めるとしよう。少なからず君が誤解されているのはソレが原因だと思う。何、任せておきなさい。私のところで過ごせば身だしなみも協調性も身に着くさ」
「ベストジーニスト……断る!」
「ああ、一緒に……はぁ!?」
断られると思っていなかったベストジーニスト。
その理由を聞いてみれば、いかにも爆豪であった。
「なんで、俺が間違ってねぇのに俺のキャラクター変えなきゃならねえんだよ! 変えるのは周りの認識だろーが!」
「いや、その周りの認識を変えるためにもだな……」
「俺は悪くねえ! 俺は悪くねえぞ!!」
獰猛に吠える爆豪。
それを見てベストジーニストは思った。
『メンタルが強いのか、それとも繊細なのか……わからない。こんな生徒は初めてだ』
なんでこんな面倒な生徒に指名だしちゃったのか。
ちょっと、後悔しているベストジーニストだった。
オマケ『ザ・勘違いサイドキック』
職場体験一日目を終えて爆豪を帰した後。
ベストジーニストの手の中にはグラビアの写真集があった。
「ふう。彼の
爆豪がロリコンだと思っていたベストジーニストは、その矯正のために成熟した女性に興味を持つようにとグラビア写真集を用意していたのだった。
正直冷静になると訳が分からないが、きっとベストジーニストも今までと違った生徒を職場体験に迎えるとなって、緊張していたのだろう。たぶん。そういうことにしておこう。
使い道のなくなった写真集を処理しなければいけないと考えているベストジーニスト。
いつもなら不要な雑誌の処分はサイドキックに任せていたのだが、なんだかこういったグラビア写真集の処分を頼むのは気が引ける。
自分で処理するかと、ごみ置き場に向かったベストジーニスト。
だが、彼の失敗は時間を考えずに捨てたことだ。
彼が写真集を分別して捨てた後に、ほかの雑誌を捨てに来たサイドキックとすれ違った。
そしてサイドキックが見たのは捨てられている写真集。
『べ、ベストジーニスト……そう、だよな。彼もこういったものに興味を持っていて当然だよな』
上司のちょっとした秘密を知ってしまったような気持ちになったサイドキックの彼。
次の日、彼のベストジーニストを見る目はなんだか生暖かかったという。
「ベストジーニストも男ですもんね。興味を持って当然ですよ」
「待て、何の話をしているんだ?」
ああ、風評被害とはこうして生まれるのだなぁ……
どうしよう、飯田くんサイドのシリアスが息していないの。
どうして?