今回は出久編だけ!
百聞は一見に如かず。
実践に勝る経験なし。
あれこれ聞いたりするよりも、とにかく実際に身体を動かして経験した方が何かと身に着くものである。
その理屈は理解できるのだが、いきなり山の中に一人置き去りにするのはやりすぎじゃないだろうか。
そう出久は頭の隅で思いながら、必死に今日の寝床を作っていた。
「本当に、ナイフ一本と水筒だけ渡されて置いて行かれるとは……」
『思ったよりスパルタじゃの』
蔦をロープ替わりに、枝と草葉で簡易テントを作る。
そのほかに食料や水の確保をしたりと、いろいろとすることは多くて大変だ。
大変ではあるのだが、かと言って耐えられないほどかというとそうでもない。
割と平気な顔で過ごしているくらいだったりする。
というのも、乙音がものすごい生き生きとしていたから。
『久方ぶりの森の中、野生が疼く、疼くぞ!』
「あ、木の実発見!」
『残念、毒ありじゃな。む、そこにマムシがおるぞ!』
「え、危ないな。気を付けないと」
『何をしておるのじゃ! 早く捕まえよ! 今晩の夕食じゃぞ!!』
「え、ええ!?」
こんな感じで乙音が野生の勘や知識で助けてくれるので、割と簡単に過ごせている。
特に火なんかは狐火で一発で着火である。
逆に、出久も学んだサバイバル技術を活かそうとするものの、ほとんど使うことができなくてちょっと落ち込んでしまった。
『乙音に助けてもらってばかりで、僕、全然役に立ててないや』
暗くなる出久。
実を言えば、こうなってしまうのは山に放り込んだワイプシたちの思惑通りというところでもある。
サバイバル術を知識として知っていたとしても、いざ実際にそういう状況に遭遇した時にはなかなかその知識を活かせないものなのだと、体で体感させるためのものだからだ。
結果を見れば、乙音の活躍により問題なく過ごせているものの、ワイプシたちの意図したとおりの事を感じさせられている出久。
ただ、こう一人きりになった時ほど、考えというのは暗い方、悪い方に向きがちなもので。
『今回のことだけじゃないや。体育祭でも乙音の力を借りるばかりで、僕はなにも出来てない』
二人で一人のヒーローだと言ってながら、乙音に頼ってばかりだと思い悩む出久。
本当のところはそうではないのだが、今使っている“個性”は乙音のものだという考えが頭に根付いてしまって離れない。
そんな悪い考えにはまり込んでしまった出久を救けるのはいつだって、相棒だ。
『主様よ。つまらぬことを思い悩んでおるの』
『乙音……』
『主様と妾は一心同体。妾の力は主様の力じゃ。それが納得いかなくとも、自分のものにするために努力するのが主様であろう?』
そのための特訓もしておったしの。
と、笑う乙音に元気づけられる出久。
今は乙音に頼りきりだったとしても、自分が成長していけばいいのだ。
そして、この相棒はそれをいつまでも待っていてくれる。そんな信頼があった。
不安が払しょくされたからか、眠くなる出久。
毛布代わりに、自分の柔らかな尻尾に包まって眠る。
悪い夢は見なかった。
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翌朝。朝食のカエル(not梅雨ちゃん)を食べた出久は、空を見上げてため息を吐いていた。
「これ、一雨きそうだよね?」
『うむ。間違いなく嵐になるの』
乙音と共に、天候が荒れる予想をする。
空を見れば雲の流れが早く、吹き付ける風も湿ったものになっている。
何より乙音の野生の勘が、そう告げているのだ。
とりあえず、数少ない荷物をまとめ、すぐに動ける準備をしておく出久。
簡易テントでは心もとないので、雨風をしっかりしのげる場所を探さねばならない……と、思っていたのだが。
『出久ちゃん、天候が荒れそうだから訓練は中止! ラグドールと一緒に迎えに行くからそこから動かないでちょうだい』
「あ、マンダレイさん……よかった。迎えに来てくれるみたいだよ」
『うむ。思ったより早くサバイバル実習は終わってしまいそうじゃの』
迎えが来てくれるとわかり、ホッと胸をなでおろす出久。対して乙音は少し残念そうだったり。
久方ぶりに野生の本能を発揮できていたのが楽しかったようだ。
そのことを感じ取った出久は、また時期を見て山に来ようと決めた。自分の相棒が喜んでくれるのならそれくらいどうってことはない。
『そういえば、かっちゃんの趣味は登山だったな……装備とかおすすめの場所とか聞いたら教えてくれないかな?』
ふと、幼馴染の趣味を思い出す出久。
あの決勝戦で全力で戦ってから、少しだけ関係が改善した二人は、周囲の心配をよそにメールやアプリでやり取りするくらいはしているのだった。
まぁ、学校では爆豪の方が出久のことを避けているのであまり話はできていないのだが。なお、そのことについて出久はあまり気にしていない。
いろいろと考え事をしているうちに、マンダレイとラグドールの二人が迎えに来たので、移動をする。
といっても、出久の身体能力は駄々下がり状態なので、マンダレイとラグドールに抱えられての移動なのだが……
「うぅ……は、恥ずかしい」
「マンダレイ、マンダレイ! あちき、なんか母性に目覚めそう!」
「はぁ……変なこと言ってないで急ぐわよ」
マンダレイとラグドールが出久を迎えにいく少し前の事。
「気象台の予想によると、この後山の天気が大荒れになりそうだ」
「そうみたいね。雨雲レーダーの様子を見てもひどい天気になりそう」
「マズイんじゃない? 出久ちゃんが山でサバイバル実習中だけど、初心者がいきなり山の嵐をどうにかできるとは思えないよ」
「ロクな装備もなく、生半可な知識しかない……あ、駄目かも、これー」
虎が気象台から送られてきたデータを示しながら山の天気が荒れそうだと予測する。
マンダレイもほかのデータを出してその予測に同意すると、ピクシーボブとラグドールが山にいる出久の心配を口にする。
山岳救助を主な活動としているだけあって、山の危険については重々承知しているワイプシたち。
「山で遭難なんかしたら命の危険もありえるわ。だから……」
マンダレイが言葉を途中まで言うも、ほかの3人とも何をするかはわかりきっている。
目で合図をしてラグドールと共に出発の準備を進める。ピクシーボブと虎は万が一のことを考え、緊急出動できるように用意を始めた。
するべきことをするために動き始めた4人。
その陰で、こっそり話を聞いていた人物がいた。そう、洸汰だ。
『山が荒れる? そこにあいつがいるのか。ヒーローになるためだか何だか知らないけど、危ないところに好き好んで行って危ない目に遭うなんて馬鹿じゃないか』
ケッと、吐き捨てるも、胸のもやもやは晴れない。
イライラして頭をかきむしれば、この間の夜の会話がよみがえってきた。
お互い口喧嘩をして大きく息を荒げた二人。
ついなぜヒーローをそこまで庇うのかと聞いたときに、乙音はその気持ちを語ったのだ。
『信じられないかもしれんが、妾は人から人へとのり移ってきた“個性”じゃ』
『長い年月を生きてきて、個性を悪用する人間を多く見てきたのじゃ』
『中には妾の宿主が、妾の力を使って悪事を働いたり、妾の力のせいで破滅したりする姿を見てきたのじゃ……』
そう悲しそうに告げる乙音に、洸汰は「やっぱり個性なんてものがなかった方がよかった」と、告げるが、乙音はその意見に真っ向から反対した。
『妾もそう思ったことがある。個性なんてものがなければ妾はただの一匹の獣で生涯を終えたはず。それが個性なんてモノを手にしたせいで、多くの人を不幸にしてきた……と』
『だが、主様に、出久に出会って救われたのじゃ。ここにいてもいいのだと。この力で人を救えるのだと』
『個性だと何だといっても所詮は力でしかない。それをどう使うかでよくも悪くもなる』
『じゃから、“個性”と一括りにして否定しないでほしい。悪いことばかりではないのじゃから』
真摯に告げる乙音の言葉になんと返事をすればいいか分からなかった洸汰。
何とか返せたのは、悲鳴のような怒鳴り声だった。
「そんなの分からないだろ! そもそも“個性”なんてものがなければ、個性のせいで悪いことなんて起きないじゃないか!」
“個性”なんてものがなければ、両親は――
心の奥でくすぶっていた悲しい気持ちが思わず口に出そうになるのを必死でこらえた洸汰。
グッと黙り込むその姿を見て優しく微笑んだ乙音は話を続ける。
『かもしれんの。それでも、それでも“個性”を使って人を救けよう、人を守ろうとすることは素晴らしいことに違いない。だから、それを仕事とするヒーローも素晴らしいと思えるのじゃ』
夜遅くになり、その時の会話はここで終わってしまっている。
だが、それでも洸汰の幼い心に響くものはあった。
完全には納得はできない。だが、それでも少しわかったような気がするのだ。
両親を亡くした当時、周囲の人が口々に誉めた「自分を置いていって」までやっていた
それがどういうことなのか、どんなことだったのか、少しわかる気がするのだ。
「個性を使ってまで人を救けることが本当に素晴らしいことなのか……俺が試してやる!」
少年は胸の奥のもやもやしたものを解決するために行動を始めたのだった。
拠点に戻ってきた出久とワイプシのメンバー。
彼らが洸汰の姿がないことに気が付くまで、不運なことに時間がかかってしまうこととなる。
オマケ『悩め! 職場体験先~不用意な一言~』
まだ出久が職場体験先をどうするか悩んでいた時の事。
なかなか決められない出久を心配してクラスメイトが集まってきていた。
「デクちゃん、どうするの? まだ決まらない?」
「うん……行きたい職場体験先が分からないのもそうなんだけど、そもそも僕の今の状態で行くことができる場所があるのか不安でさ」
出久の顔を覗き込みながら尋ねる麗日に不安そうに答える。
現在、個性の副作用で身体能力が駄々下がりの出久。
このままでは職場体験に行けないかもしれない。
暗い雰囲気に耐えられなかったのか、瀬呂が出久のもとにやってきて茶化すようにこう告げた。
「まぁ、職場体験先なら最悪いいところがあるぜ?」
「いいところ?」
「ああ。キッザニアなら今の緑谷でも大丈夫だろ!」
「き、キッザニアって……」
キッザニアとは、就学前の児童を対象とした職業の模擬体験施設の事である。
今の出久の見た目をからかっての一言なのだろうが、真剣に悩んでいた出久には大ダメージであったり。
精神が肉体に引かれているのか、つい、目から涙がこぼれてしまう。
「うぅ、酷いよぉ、瀬呂くん」
「え、いや、泣くなよ。なんか悪ィ」
泣き出した出久を見て動揺する瀬呂。すぐに謝罪するが……それで済む状況でなかったのが不幸である。
何故って?
そりゃあ、セコム麗日の前でそんなことしたら、ねぇ?
「瀬呂くん。ちょっと、裏でオハナシしようか?」
「ヒィ! う、麗日ァ! 全然顔が麗らかじゃな――」
麗日に肩をつかまれ、そのまま重さを無くされて教室から引っ張り出される瀬呂。
教室の巨大なドアが閉まる直前に見た瀬呂の顔は、恐怖に歪んでいたという。
その日、瀬呂の姿を見たものはいなかった……
なお、翌日にはちゃんと登校してきたのでご安心を。
「ウララカ怖い、ウララカ怖い……」
「せ、瀬呂ー!?」
デクちゃん、カエルを食す。若干野生に戻ってますね。
学校が始まったら梅雨ちゃんの顔を見れるのだろうか?
一つ、皆様にお願いなのですが、
他の小説の感想の中で、拙作についての言及はお控え願えないでしょうか。
ハーメルンの某出久TS小説の感想に拙作の名前があって心臓に悪かったです(汗)
割と鉄板ネタ使っていたり、同じ原作を下地にしているのでストーリー展開やアイデアが被るのはある程度当然だと思いますので。
何卒宜しくお願い致します。