轟が救援に駆けつける少し前。
ヒーロー殺しの今までの傾向から保須市でまた事件が起こると予想したエンデヴァーは、サイドキックを引き連れてきていた。
偶然にも脳無の襲撃に出くわしたため、迎撃に向かうエンデヴァーたちだったが、事件現場で向かう途中で轟のポケットが激しく動き出した。
「なんだ?」
「どこを見ている焦凍ォ! 俺を見ろ!」
「いや、お守りが……」
轟がポケットからお守りを取り出した時、ポンと煙を上げて何かが飛び出してくる。
ケモ耳と狐の尻尾の生えた幼い女の子。
体育祭で一度だけ姿を見せた出久の式神、キューちゃんだった。
「轟君、救援要請! ヒーロー殺しがいる!」
「なに!?」
キューちゃんの出現に驚く轟。だが、すぐさま伝えられた情報からすぐさま保須市に職場体験に来ている飯田のことを思い出した。
「場所、わかるか?」
「うん! 案内するヨ」
キューちゃんの案内で飯田のいる場所へ向かおうと踵を返す轟。
それに待ったをかけたのが父親のエンデヴァーだ。
「どこに行くんだ焦凍ォ!!」
「友達がヒーロー殺しに襲われてピンチなんだ。時間がない! 場所は後から連絡するから応援頼む! そっちはおまえならすぐに解決できるだろ!」
「連絡役にコノ子を置いてくカラ、お願いシマス!」
一方的にエンデヴァーに告げて走り去る轟。
キューちゃんは連絡役に式神の狐を一匹作り出してあとからの案内を任せて道案内のため、同じく去っていく。
残されたエンデヴァーはしばし呆然とするも、残された式神の狐を見ておおよその予想を付けた。
狐を作り出して使役する個性は、体育祭で目を付けた息子のクラスメイトが持っていた個性だ。
そのクラスメイトがピンチで救けを求めに来たのだろう。
そう考えたエンデヴァーは息子の勝手な行動に眉をひそめた後、やれやれと苦笑する。
「惚れた女のために勝手に行動するとは、ヒーロー失格だぞ、焦凍。……まあいい。今回ばかりは応援してやるとしよう」
寛大な父親に感謝しながら、しっかりと獲物を捕まえてこい。
そんな若干生暖かい目で息子を見送るのだった。
……当然のことながら、勘違いであるため、感謝もされないし逆に訳の分からないことを言われて轟の機嫌が悪くなるだけだったりするのだけれど。
――現在。
“ヒーロー殺し”ステインの元にたどり着いた轟は、すぐに戦闘に入る。
駆けつけてみればまさに誰かが殺害されかけているところで、躊躇している余裕などなかった。
「次から次へと……ハァ……」
「轟君まで……」
「ご主人様のお友達のイケメンさんじゃないですか! 助かりました、ありがとうございますぅ!!」
轟の登場に驚く三人だったが、もう一人の乱入者にさらに驚かされることとなる。
「せい! テアーッ!」
「チッ、邪魔な!」
鉄パイプを片手にステインに殴りかかるケモ耳幼女の姿。
キューちゃんである。
「お、お姉さま!? 救けに来てくれたんですね!」
「いいカラ、さっさと救助対象を保護シテ! 早く!!」
お玉からお姉さまと呼ばれたキューちゃんは、ステインと切り結びながら救助対象を避難させるよう指示を出す。
指示を受けてすぐさま動き出したお玉はネイティブを抱え、少し遅れて轟が飯田を抱えて移動を始めた。
一瞬、ステインの相手を一人で任せることに不安を感じた轟だったが、キューちゃんの戦っている姿を見て先に救助対象の安全を確保することを優先させた。
大人と子供の体格差だが、それを補うような三次元的な動きで渡り合っている。
左右どころか、上に飛び跳ね、壁を使った三角跳びや逆に低い位置からの切り上げなど、縦横無尽という言葉がぴったり来るような動きだ。
さらに言えば、キューちゃんは幼女の姿だが、出久の個性の能力の一つである怪力も使えるため、力負けすることもない。
要は見た目詐欺的な強さがあるのだ。
ステインは、獲物を目の前にして足止めを余儀なくされてしまう。
「ハァ……強いな、おまえは……」
「コノ先は、通さなイ!」
一方、撤退を始めた4人だが、飯田が轟ともめていた。
「さっさと退くぞ」
「何故、何故だ……やめてくれよ。兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ! あいつは、僕が……!」
肩を貸してくれている轟へ、自分の復讐心を訴える。
憎しみ、恨みがにじみ出るような言葉を聞いた轟は努めて冷静に返事をした。
「継いだのか? おかしいな……俺が見たことのあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな」
「何が……言いたいんだ!?」
インゲニウムに似つかわしくない。
そうともとれる言葉に飯田は瞬間的に激昂する。
その表情を見て、轟はどこか納得したような声音で語りだす。
「兄貴がやられてからのおまえが気になってた……恨みつらみで動く人間の顔ならよく知ってっからな」
「誰の話だ? 何のことを言っている?」
轟とエンデヴァーの複雑な父子関係のことを知らない飯田は何のことか最初は分からなかった。だが、語る轟の横顔を見て彼の実体験だと直感する。
轟も飯田がなんとなく察したことに気づき、苦笑する。
俺も人の事は言えねえが、と、前置きして続きを告げる。
「そういう顔した人間の視野がどれだけ狭まってしまうのかも知ってる。知ってるか、そうやって視野の狭くなった人間は……自分の大切にしていたモノまで見えなくなっちまう」
俺もそうだった。
そう語る言葉には経験に基づいた重みがあり、飯田の心にズシリと感じるものがあった。
思わず目を伏せる飯田。だが、状況は物思いにふける暇を与えてくれない。
『お玉チャン! ごめん、やられた。ヒーロー殺しの個性デ動けなイ……そっちにヤツが向かってる!』
「なっ!? お二人さん! あいつ、あいつがこっちに来ます! 気を付けて」
「キューちゃんがやられたのか!?」
キューちゃんが式神の能力による同期による情報伝達で伝えたことで、お玉が警戒の声を上げる。
バッと振り返ればステインがものすごいスピードでこちらに向かってきているのが目に入る。
逃げ切れない。
そう判断した轟は即座に迎撃の構えをとる。
「二人で守るぞ。協力してくれ」
「当然です! お姉さまからの伝言によると、『血をなめられたら動けなくナッタ。ヤツの個性だと思う。気を付けテ』だそうですよ」
「それで刃物か。近づかないように距離を取って戦うぞ!」
「ええ! むしろそちらの方が得意ッ、です!」
接近戦は不利だと悟り、狐火と左の炎による攻撃を行う二人。
細い裏路地を炎が走り、視界を埋め尽くすほどの大規模攻撃となった。
だが――
「氷と炎……なかなか強い個性だ。しかし、己より素早い相手に対して視界を遮る……愚策だ!」
「なんだと! どこに……!?」
「危ない、上です!」
ビルの壁を蹴って炎を躱したステインはそのまま轟に刃を振り下ろす。
先に気づいたお玉が轟を庇い、鮮血が舞う。
「
「おい、大丈夫か!?」
「ハァ……まずは一人……」
致命傷は避けたものの、右腕を深く切られてのたうち回るお玉。
刃に付着した彼女の血はステインの長い舌に舐めとられ、個性発動の条件を満たされてしまった。
途端に動けなくなるお玉。
「ギャー! 乙女の血をペロペロしてんじゃねーですよ。おぞましい! この変態! 変態ぃぃぃ!!」
「ハァ……うるさい女だ」
身体が動かなくなった分だけ口がよく回るようになったとでもいうように、姦しくステインを罵倒するお玉。
ステインもさすがにその罵倒にイラっときたのか、轟の攻撃をよけながら眉をしかめた。
さすがのヒーロー殺しも変態扱いは嫌のようだ。
ふざけた態度ではあるものの、れっきとした戦力であるお玉が抜けて一人でステインと相対せざるを得なくなってまった轟。
そこからは防戦一方で何とか血を摂取されることは避けているものの、身体に傷が次々と増えて血が流れていく。
その姿はただ見ていることしかできない飯田の心に重くのしかかる。
「やめてくれ……もう、僕は……」
「やめてほしけりゃ、立て!!」
諦めたように弱音を吐く飯田に轟は渾身の言葉で叫び返す。
今の轟が飯田に贈れる全力の言葉。
「なりてえもん、ちゃんと見ろ!!」
友を守るため、友の夢を思い出させるため。
かつて自分がしてもらったように、友人を思って向けられた言葉は確かに飯田に届いた。
『規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!! 俺はそんな兄に憧れ、ヒーローを志した!』
かつて学校の食堂で友人に告げた自分の理想を思い出す飯田。
『インゲニウム! おまえを倒すヒーローの名だ!』
だが、今の自分はどうだろう?
友に守られ、血を流させて。
兄の名前を復讐のために使い。
目の前の事、自分の事だけしか見れていない。
自問した末の結論は自分の未熟さだった。
尊敬する兄の足元にも及ばず、クラスメイトよりもヒーローとしての心構えができていない。
とんだ未熟者。その事実に悔しさで涙が出る。
だが――
だが、それでも――
『今ここで立たなきゃ、もう二度と兄さんにも彼らにも追いつけなくなってしまう!』
渾身の思いで立ち上がり、轟に迫っていたステインの長刀を蹴り砕く。
先ほどまでとは違う、覚悟を決めた目でステインを見据える飯田。
「これ以上、僕の友人に血を流させるわけにはいかない!」
「感化され取り繕おうとも無駄だ。人の本質はそう易々と変わらない」
そんな飯田の覚悟を否定するステイン。
私欲を優先させる贋物。
所詮おまえはそんな存在だ。
そう決めつけて蔑むステインに、飯田は頷いてそれを認めた。
しかし、それでも――と、言葉を続ける。
「俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」
「論外」
飯田の意地をステインは認めない。
お互いに相互理解は望めなかった。
再び二人がぶつかる。かと思われた次の瞬間。
ステインの顔に濃い影が差した。
「なん――――」
状況を確認しようとしたステインの言葉は最後まで言うことができなかった。
宙に浮き、振り回されて壁に叩きつけられるステイン。
叩きつけられた壁はへこみ、その衝撃を物語るかのように蜘蛛の巣状にヒビが入っている。
GURURURU
うなり声をあげる3メートルほどの巨大な狐。
大型の肉食獣並みの巨体を誇るその化け狐が背後からステインの胴を顎でとらえ、一撃のもとに下したのだ。
突如現れた化け狐。
その正体はすぐに判明する。
「フーッ! フーッ!!」
「お、お姉さま、落ち着いてくださいまし!」
ポンっと音と煙を立てて化け狐は姿をキューちゃんに変える。
獣化の影響か興奮しきりのキューちゃんを身体の自由を取り戻したお玉が慌ててなだめる。
血走った縦長の瞳が否応なく野生の獣を思い起こさせ、本能的な恐怖を思い起こさせる。
なんというか、この幼女、怖いぞ!?
「あー、まずいです。まずいというか、ヤバい! というわけで、おふたりさん、私たちはお先に失礼させていただきますね?」
それでは皆々様、お手を拝借……
などとふざけてから、拍手を一度。音とともに最初からいなかったかのようにキューちゃんごと姿を消してしまった。
まさに狐に化かされたよう。
「……とりあえず、こいつを縛るものを探そう」
「あ、ああ。そこのごみ置き場になにかないか探してくるよ」
ひとまずするべきことをするために行動する二人。
あっという間の出来事であった。
そのころ。出久は……
「ど、うして? キャパオーバー、なんて」
『主様! しっかりするのじゃ、主様よ。返事を――』
お玉とキューちゃんが大暴れしていたフィードバックを食らって倒れていたり。
強力な個性にはどうしてもデメリットがある。
その運命からは逃れられない出久であった。
というわけで、ステイン編決着。
キューちゃんはハイスペックなのでした。ホント見た目詐欺。
ちなみに、ステインと鉄パイプで渡り合っているときのイメージはSWのヨー●です。
ピョンピョン飛び跳ねてたり。
次回、『職場体験編エピローグ』、『小ネタ(爆豪職場体験エピソード)』、『次章予告風』
の三本でお送りいたします。
どうぞ、お楽しみに。